第七十話 なれるからってなりたくない
「レクスだって私に近いんだから、きっと同じように女性にも無性にもなれるようになる」
「な、俺がか!! 女性に!? む、無性にもか!?」
俺はフェリシアの言いだしたことに驚いた、俺が生まれてからもうすぐ17になる。だが、約十七年も俺は男でいたんだ、それ以外のものになれるなんて考えもしなかった。
あれだろうか、草食系ヴァンパイアになってから翼を得たように、俺が強く女になりたいと思ったらそうできるんだろうか。
いいや、俺は男性以外にはなりたくない!!この体に慣れているんだ、女や更に無性とかわけのわからない性別にはなりたくない!!
「いや、俺は自分の両親から貰ったこの体を気に入っている。だから女性や無性になんてなれなくていい、それに今のところ交わりたいと思う相手もいない!!」
自分の性別が揺らぐという恐ろしく不可思議な現象を起こしたくなくて、俺はそれを全力で拒否してフェリシアの言ったことを聞かなかったことにした。
そんな俺の抗議の声にフェリシアはこてんと首を傾げて見せた後に、こいつ実力行使にでやがった。また俺にべったりと抱きついてきて離そうとしない、以前よりも俺の力は上がっているはずなのに、こいつと比べるとまるで大人と子どもくらいの差がある。
「まぁまぁ、少し体験してみるといいと思うよ。最初から女性になるのは不思議な感覚かもしれないけど、無性の方はわりとあっさりと受け入れられるものだよ。これが本来の私達がとる自然な姿なんだから、性別がいるのは交わる時くらいなんだよ」
「は~、な~、せ~!!」
俺は再びフェリシアからの抱きつきという技を受けた、こいつは俺よりも強い存在だ。俺の抵抗をあっさりと無視して、親しい友人を抱くようにフェリシアは俺のことを強く抱きしめてきた。
女になる?無性になる?俺はそんな経験はどっちも味わいたくなくて冷や汗をかきながら、俺は男だ。俺は男だ、俺は男だ、俺は男だと強く心に念じていた。
「…………うーん、おかしいなぁ。私がこのくらい強く願えば変わるはずなのに。レクスが自分が男だって思いこんでいるから、体の変化を引きだせないみたいだ」
「それは良かった、よしもう離せ!!」
ほっと思わず息がもれた、どうやら俺の性別は男性のままで済んだらしい。強く自分が男性だと願っていればいいのか、簡単だ。何故なら、ついさっきまでは自分が男性であることに疑問すら持たなかったんだからな。
これからだって、それは譲れないところだ。ヴァンパイアからすれば約十七年などあっという間の出来事かもしれないが、俺にとっては今まで生きてきた全てだ。
そう簡単に性別などコロコロ変えるものじゃない、それに男性から女性や無性に性別を変える利点がない。女性になればまず筋力など力が確実に落ちるだろうし、……無性に至ってはどうなるのか想像もつかん。
本という知識を別にして、うっかりと未知のものには手を出さない主義だ。俺は冒険者だが普段だって冒険らしい冒険はしていないからな。この現実世界において冒険なんて、そんな不確かなことをする奴は大抵はそれで死んでしまう。
「嫌だよ、まだ離したくないよ。レクスになかなか会いに来れないんだ。あの子達に見つかったらレクスが殺されてしまう、……レクスの個としての強さが増したのは良かったのかもしれないね」
「お前はヴァンパイアの王と呼ばれているんだろう、王様なら仕えている者に命令したらいいだろう。俺のことを殺すなとか、自分を探すなとかな」
俺がそう疑問に思っていることをフェリシアに聞いてみる、こいつの実力を知っているから本当にヴァンパイアの王であっても俺はもう驚かない。
だが、こいつは会ったのは二度目だが、どうも絶対的な支配者には見えなかった。俺以外のヴァンパイアに遭遇したのは二度しかないが、あいつらとフェリシアでは何か根本的に違っているとなんとなく感じとれるのだ。
「私が命令したって聞いてくれる子と聞かない子がいる、話を聞いてくれない子は私のことをいつか食べてしまうつもりでいる。悲しいよ、でも大切な友人達の残した子達だから、私は彼らを殺したくはないんだ」
「……その友人達っていうのは、もう他にはいないのか?」
俺の提案にフェリシアは首を振った、どうやらヴァンパイアの王とは呼ばれていても、彼らを完全に掌握しているわけではないらしい。
フェリシアは俺からの問いには悲しそうに顔を歪めた、その様子はまるで迷子になってしまった幼子のようだった。俺にぎゅっとしがみついて、悲しそうな顔をする。
「友人達は自分達の想いを果たして逝ってしまった、それは彼らにとって喜ばしいことだった。私も喜んだ、でも。そう友人がどんどん減っていったら、独りでいるのが好きだった私だけが残ってしまった」
「……もう誰も、お前の友人はいないのか」
友人が誰もいない、俺も最初は家族しか味方がいなかった。その次にはミゼという変わった従魔が仲間になった。そして、今ではディーレという友人がいる。傍にはいないが他にも何人か親しいと思う者達がいる。
フェリシアは返答した後に俺を抱きしめる腕に力をこめた、悲しそうに切なそうに泣くような声で言葉を紡いだ。
「おかしいよね、友人達があんなにいた時には私は独りでいることの方が好きだった。でも、友人が一人もいなくなってしまって、それからずいぶん経ったら私は寂しくて堪らなくなったんだ」
「……そうか、それは寂しいよな」
人間は独りが好きなくせに、それでいて他の人がいることも好きだという相反する面を持つ。フェリシアは言葉を話して友人を欲する、何者か分からないがその精神はどこか人に似たところがあるのだろう。
思わず俺は迷子の子どもの頭を撫でるように、俺に抱きついているフェリシアの頭を撫でてみた。フェリシアは嬉しそうにしていた、こいつには恐ろしいほどに力はあるが、その精神はまるで無邪気な子どものようだ。
俺達はしばらくの間そうしていた、森の木々が優しく風を受けてざわめいて、頬をなでていく風は気持ち良かった。あまりにも居心地が良いものだから、俺はうっかりとそのまま眠りそうになった。
「……フェリシア、お前は帰らなくていいのか? あの子とやらに見つかるんじゃないか、俺はなんだか眠くなってきた」
「ふぁ~あ、私もレクスの傍にいたら心地が良くて眠い。…………あの子、そうだあの子がもう来ちゃう!!」
太陽が少し傾くほどの間、俺達はぼんやりと夢心地でいた。フェリシアは慌てて俺から離れようとして、かえって転んで座っていた俺を下敷きにしてしまった。
「おい、そのお方に何をしている!!」
フェリシアの逃亡は既に遅すぎたようだ、真っ赤な燃えるような癖のある髪と同じく赤い瞳をもった女騎士のような女性が一瞬で俺達の前に現れた。
そして彼女はフェリシアに押し倒された状態でいる俺に、その喉元に剣を既に突きつけた状態だった。
彼女が現れる瞬間に周囲の空間が魔力で歪んだのが分かった、そうか。こういった魔法もあるわけだ、おそらくは無属性の空間に干渉して一瞬で移動する魔法なのだろう。
俺は現実逃避を含めて今、自分の目の前で起こった現象のことを反射的に分析して考えていた。そんな緊張している俺とは逆に、フェリシアはのんびりと現れた彼女に向かって話しかけた。
「あっ、キリルだ。レクス、この子は大丈夫だよ。私のいうことを聞いてくれる良い子だよ、キリル。この子がレクスだよ、ほらっ私にとっても近いだろう。だから気に入っているんだ、キリルもこの子に優しくしてね」
「……キリル・パシオニス・ニーレという、先ほどの無礼を謝罪しよう。だが、早くそのお方から離れては貰えないだろうか」
「……それはフェリシアに言ってくれ、俺よりもこいつの方が力は強いんだからな。いつも、いつも、離せと言ってもちっとも俺の話を聞かない」
キリル・パシオニス・ニーレ、俺の目の前に現れたこの女はヴァンパイアだ。俺の本能からの直感がそう告げている、もちろん日の光を恐れないところから恐らくは高位ヴァンパイアだ。
彼女は最初は恐ろしいほどの殺気の塊だったが、フェリシアが俺のことを紹介してからその殺気は随分と収まった。完全になくなっていないところが怖い、俺は特に何も悪いことはしていないはずだ。
「陛下、この場からすぐに離れましょう。陛下を慕っている者達がまた集まって参ります、くれぐれもお心だけで独り歩きはお控えくださいますよう」
「ええ――!! でも、レクスにも会いたいよ、こんなに私に近い子なんて次はもういつ会えるかわからない。それに私は名前も貰ったんだ、フェリシア。私は今度からフェリシアって言うんだよ」
女ヴァンパイアはようやく立ち上がったフェリシアに対して、膝をついて恭順の姿勢をとる。そして、殺気は残しつつもこう言った。
「それならば、陛下の領域へ持ち帰りますか? 今の私なら持って帰ることが容易くできるでしょう」
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