第六十九話 変わってしまって困らない
「俺は忙しい、全て断っておいてくれ」
俺は上等な紙が使われている封筒を冒険者ギルドの職員につっかえした、金の冒険者になんてなりたくてなったわけじゃない。まぁ、図書館でその権利を活用させてもらえてはいる。だが、銀の冒険者でも大体の国立図書館は使えるようだ。
だったら指名依頼なんて断って、断りまくってギルドでの評価を落としてもらいたい。そして、銀の冒険者に戻してもらう。そうすれば指名依頼なんてこないから、俺にとっては願ったり叶ったりだ。そんなことよりもっと重要なことができた、ディーレがとうとう昇格試験を受けることにしたのだ。
「それじゃ、ディーレ。落ち着いて頑張れよ」
「はい、今までの経験や知識を生かしてきます。……神よ、僕は心を尽くし、力を尽くして祈ります。どうか御力をお貸しください」
「ディーレさんは天才です、神様に頼るまでもありません」
ワイバーン退治で懐が温かい今、ディーレがようやくランク鉄の冒険者になるべく昇格試験を受けることになったのだ。冒険者のランクはできれば銀くらいまではあげておく方が便利だ、それ以上になると…………ミリタリス国め許さん!!
おかげで金の冒険者になった俺は、貴族や商人から指名依頼が来ているが今のところは全部断っている、貴族は怖い、権力者は嫌いだという俺の持病だな。これでランクが下がって、銀の冒険者に戻れればいい。そんな俺のことよりディーレの昇格試験は大丈夫だよな。
ディーレが冒険者になってからまだ一年は経っていないが、俺達のパーティはかなりの採取依頼をこなしている点で、ディーレも同時に評価されて昇格試験の資格がやっと貰えたのだ。
主な採取対象はオーガさんの皮である、もう俺とは顔なじみといってもいいお得意様だ。まぁ、毎回同じ奴に会うことはないんだけどな。
「それじゃ、俺は森で読書と食事をしてくるな」
「はい、僕は頑張ってきます」
「私は宿屋でいつレクス様がお戻りになってもいいように、その寝具を温めておきましょう。ふわわわっ、もうお外に出たくない。働きたくないでござる!!」
ディーレが俺達に見られていると逆に緊張するということで、昇格試験が終わるまで俺達は別行動をすることになった。
ミゼの奴はこのまま宿屋で惰眠をむさぼるらしい、本当に働かない時にはとことん働かない奴だ。
俺は私物である本を持って、久しぶりに都の近くの森にいこうと思っている。
都にある木々からも俺はその生気を分けて貰っていた、さすがはラジヌ国の都だけはあって公開されている庭園まであって庭師もついている、綺麗に剪定された木々や花々が見事な美しさを見せていた。
「ああいった整えられた美しさも良いが、やっぱりお前達は自由に生きているのが一番に嬉しそうだな」
俺は久し振りの森の食事で立派に育った大樹や森の木々に話しかける、彼らの方からも嬉しそうな返事があった。いつもよりも随分とお喋りだ、何か楽しいことでもあったのだろうか。
”……いら……っしゃ……い……”
”…………可愛……い……子…………”
”今日……も……生き……よう……”
”……あ……ら…………”
”あ…………の……子が……来る……ね……”
”……嬉し……い…………な……”
”ああ……愛し……い子…………”
”……でも……ちょ……っと…………”
”怒……ってい……る……くすくす…………”
”……懐か……しい…………”
”ほらっ……、来……た……よ…………”
俺が森の木々達の話を聞きながら樹にもたれかかって本を読んでいると、突然その俺の上にスッと黒い影が差した。
「お前は――!?」
「もうレクスはダメじゃないか、力の使い方を間違っている。私のあげた力はもっと大きく使うんだ、個として強くなるのもいいけど、こうもっとふわわ~っと使うんだよ!!」
そう言って俺の目前で怒っていたのは以前に会った、金の髪に碧の瞳を持った常識知らずの桁外れな魔力を持った男だった、いや男だったか?ディーレの奴は女じゃないかと言っていた。
俺がそう思った途端に目の前に信じられないようなことがまた起こった、――な、なんだこれはああぁぁぁぁ!?
「おやおや、これは驚いた。なんだレクスはやっぱり私に近くなっている、良かった。嬉しい、嬉しいよ!!」
「な、な、な、なんだと!? ち、ちょっと待て、待ってくれ、こらっ抱きつくんじゃない、おいっ、こらっ、止めろ!!」
目の前にいたはずの男だと思っていた相手がいきなり女性に変化したのだ、美しい金色の長い髪に綺麗な碧の瞳をもったその女は、今までに俺が見たどの女性よりも美しい女だった。
この前に抱きつかれた時とは違う、相手には女性特有の柔らかい膨らみがあるのだ。つまりは俺に抱きつかれるとその膨らみが当たるのであって、そんなことをされると俺も一応は男なんだよ!!体が勝手に反応してしまうだろ!?
「ち、ち、ちょっと離れろ!! 離れないならお前とはもう二度と口を聞かないからな!!」
「ええ――、そんなの寂しい、寂しいよ。分かった、レクスから離れることにする。でも変だね?レクスの方が私と交わりたいと思ったのに、離れてくれだなんて不思議だね」
俺はまた言われたことに混乱した、俺がこいつとま、交わりたいと思った!?こんな男か女かわからん奴とか!?
「俺はただお前が女じゃないのかと思っただけだ、こ、交配したいとかそんなことは考えてはいなかった!!」
「あれっ、そうなんだ。私の意志に関係なく体が女性になったから、レクスが私と交わりたいのかと思った。多分レクスが強く疑問に思ったから、私の体が勝手に反応したんだろうね」
体が勝手に反応する?俺がこいつは女じゃないかと疑問に思ったから体が変化した、それならば男性にもなれるのだろうかって――!?
「ああ、今度は男性かと思ったのかな?女性体も男性体も随分と久し振りにとる姿だ、疑問に思っただけで私を変えるとはレクスはやっぱり私にとても近い子だね!!」
うわぁ、本当に今度は男性体だ。何故だか金の髪まで短くなって、端整な顔つきをしていることには変わりがないが確かに立派な男性である。
一体こいつは何者なんだ、女性にも男性にもなれてしまう。名前は皆が好きに呼ぶと言っていたか、それなら俺もこいつに勝手に名前をつけてやろう。
そうしないと何と呼べばいいのか分からなくなった、そうだどんな名前がいいだろうか。こいつに似合いそうな名前は何だろうか、こいつは強いそしてきっと恵まれている奴だ。
「そうだな……、フェリシア。お前のことはこれからそう呼ぶ」
「え? …………フェリシア、フェリシアか。青に薄い赤色、それに白い花も咲く。うん、良い名前だよ。気に入った、幸福という意味を持った花だったね」
そうフェリシアは恵まれているものや幸福という意味を持つ花の名前だ、なぜだろうかこいつを見た瞬間にその名前が頭に浮かんだ。
そういえば疑問に思ったことを俺はフェリシアに問いかけてみる、フェリシアはいつの間にか男性から最初に会った時の中性的な容姿へと戻っていた。
「お前は女性にも、男性にもなれるのか? それなら今の姿はどちらなんだ?」
「うん、私は自分が望めばどちらにでもなれるよ。もしくは私が好きな同族が望めばそうなるよ、今の姿は無性だね。女性でもないし、男性でもない。好きな相手ができて交わりを望む時以外は基本的にこの姿だね」
俺はフェリシアの言ったことをよく考える、こいつは女性にも男性にも無性にもなれるらしい。なんて不思議な生き物だ、いや草食系ヴァンパイアの俺が言えたことではないことだった。
まるで夢のような生き物だな、そういえば前は気が付かなかったが、フェリシアに触れられているとなんだか奇妙な感覚だった。どういえばいいのか、実体があるのに無いような感覚だ。
女にも男にもころころ変わるような生き物だ、だから不思議な感覚がしたのかもしれない。生物としての枠組みから逸脱してしまっているように見えるが、他の生物にも環境の変化で性別を変える生き物もいる。……こいつほど、ほいほいと簡単に変えられるわけじゃないが。
んん?それよりも何か聞き逃してはいけないようなことを、俺にフェリシアはさらりと言わなかっただろうか?
俺が言われたことを思い返そうとした瞬間に、フェリシアはまたとんでもないことを言いだした。
「レクスだって私に近いんだから、きっと同じように女性にも無性にもなれるようになる」
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