第六十七話 そんな神など信じない
「ファイスがこのままだと、神の生贄として湖に沈められてしまう」
そうサクルトいう男は俺達のところに来て、衝撃的なことを言いだした。思わずミゼに合図を送り、俺達以外に誰もいないことを再確認させた。
「『無音境界』これでいい、ココで何を話しても外には聞こえない、この部族が祭る神とは何だ?何故ファイスが殺される?」
俺の言葉に頷いてサクルトという男は話し始めた、重苦しい雰囲気が俺達の天幕を包んだ。
「俺は元々はラジヌ国から逃げ出してきたよそ者だ、理由は聞くな、とても褒められたもんじゃない。だが、このワンダリングという部族は外の血を欲っする、俺に妻と子を与えてくれた。ただ、信仰している神へのいくつかの決まりがある」
「ここでは一体どんな神を信仰しているんだ?」
サクルトはまずは自分が置かれている状況から話し出した、その間俺とディーレは話を真剣に聞いており、ミゼは誰か来ないか見張りをしてくれていた。
「ワンダリングでは名も無き神と呼んでいる、そしてその神に対していくつかの決まりがある。出産をした時子どもを産んだ母親の乳が豊富に出ない、またはその乳を飲みたがらない子どもは神からの使いだったとして天に帰す。人の通る街道に籠に入れて置き去りにするんだ。運が良ければ村人に拾われたり、商人が連れて行ったりしたこともある、しかしそのまま天に帰ることが多い。母親が生まれた子を、おかしな子だと思った時も同じだ」
「……母親の乳が出ないのは体質か体力が無いからか、厳しい決まりごとだな」
子どもを産めば母乳は溢れるように出るものだと思っている者も多い、だがそれは人によってかなりの差が出る。体質的なものもあるらしい、または母親に栄養が足りていないことも多い。
村なら足りないようなら代理として、同じ時期に子どもを産んだ者が乳を与えることもある、もちろん我が子に与えるその残りだが。
ここでは母親の栄養が充分に足りていないことが多いのだろう、またその時期は脂が多い食事を食べると母乳に悪い影響がでるという。そういった母親に運の無い子は見捨てる、確かに残酷な神様だが外でもそんな扱いを受ける子どもは少なからずいる。
「他には例えば狩りに使う特別な毒を作る時は薬草を集めて煮詰めるんだが、この煙を吸い続けると死に至る。だが、誰かが火の番をしなくてはならない。大抵は村の老い先短い年よりが自主的にそれをやる。いつかは俺もそうしたいと思っている、その者は名前無き神の戦士として祀られることになる」
「……そうか、それは厳しいが合理的な考え方でもあるな」
狩りに使う毒薬は大事な一族の武器になる、この村は魔の森を通っていたりする、武器が無ければ生き残るのは難しい。そして、いくら一族で助け合ったとしても、動けなくなった老人達の面倒をみるのはこんな少数の部族では重い負担になる。
世話をされる方もそれを恥ずかしく思い、そうなる前に皆の役に立とうと自分自身で自らの最期を選択する。それは本人の考え方次第だ、他人に口が出せる問題じゃない。では、ファイスの場合は?彼はまだ若く幼さの残る青年だ。
「ワンダリングでは一族の数が極端に増え過ぎたり、獲物を取れる数が例年よりも減ると神の戦士と称して生贄を神に捧げる。要するに口減らしさ、それを引き受けるのが老人ならいい、だが族長はファイスを捧げようとしている。あれは若いまだ子どもだ、だがファイス自身は名誉なことだと考えて疑問すら持っていない」
「どうしてファイスが選ばれた、口減らしならもっと弱い者がいるんじゃないか」
俺の問いにサクルトは首を振った後に、自分の頭を押さえるようにしてまた言葉を紡いでいった。その表情は苦しげだ、目には怒りの炎が燃え隠れしている。
「そうさ、本当なら他に言い方は酷いだろうが、いくらでも候補がいる。ファイスが選ばれたのはアイツが両親を亡くした孤児で、ファイスに惚れている他の部族の女が族長の好みなんだ。つまりは邪魔者を始末して、その女を手に入れる。ラジヌ国から俺は逃げてきたが、結局はどこにいっても人間は人間なんだ」
「……………………なるほど話は分かった、それで? 俺にどうして欲しい?」
サクルトは俺の問いに沢山の宝石になる原石が入った袋を渡してきた、そして彼は金の冒険者である俺にある依頼をして帰っていった。
「今日は神聖なる儀式を執り行う、ファイスは見事に立派な戦士となった。準備はできているだろうな?」
「はい、もちろんです」
村の者達の反応は様々だ、儀式が行われることにほっとしている者も多い。外の国を知っているサクルトと違って、この村では名も無き神を純粋に信じている者もいるのだ。
中には気の毒そうにファイスを見ている者もいる、だが口には出せないのだろう。もしも、部族の伝統的な儀式に口出ししたら、今度は自分が生贄にされるかもしれない。
「それでは今より、儀式を執り行う。偉大なる名も無き守護神よ、ここに生贄を捧げて我らにより多くの獲物を…………」
「ん、それは無理だ。そんなに弱い男が神の戦士になれるものか、この村の全員でもまだ足りない。馬鹿馬鹿しいにもほどがある、その程度で神の戦士か?」
俺達は部族がこっそりと儀式を行う為に、特別な場所である森の奥にある小さな湖までやってきていた、そこには石でできた立派な祠があった。固定した家を作らないワンダリングにしては、そこは珍しくきちんとした建築技術で作られているような建物だった。
俺のかけた声にその祠のまわりにいた、何十人かの村の男達が殺気だった。特にこの儀式を行いたくて堪らない、族長の視線は鋭く俺達を睨みつけていた。
「訪れ人よ、我が神聖な儀式を邪魔して貰っては困る」
「だからその儀式が間違っているから忠告してやってんだ、そんなガキを生贄にして何になる?今一度神に問いかけてみるといい、誰が神の戦士になるかをな」
「それはもう族長たる私がこの神の宿る湖に問うた」
「ん、それをもう一度見せてくれ。神が本当にファイスを選んだのか知りたい」
「もう済んだ話だ!! 確かに神はファイスを選んだ!!」
「だから、それを見せてくれと言っている。どうした、偉大な族長ならそれくらい皆の前でできるだろう」
「神が宿る湖に行く手段は族長だけのものだ!! 誰にも見せられない!!」
「それをいいから見せてみろ。さぁ、どうやって湖の中に行くんだ?」
「湖の神に会えるのは族長たる私だけだ!!」
「つまりあんたしか神の言葉は聞けない、それって本当に神の言葉なのか?」
「うううぅ、煩い――!! よそ者が!!」
「なんだ、最後は子どものようだな」
俺は少々怒っている、素朴な良い生活をしている部族かと思ったら、その裏は何ら街や都の人間と変わることがなかった。はぁ、全くつまらん話だ。
「その訪れ人を打ち取れ!! 神聖な儀式を邪魔する邪悪なものだ!!」
「ははははっ、…………お前達の世界がどれだけ狭いか教えてやろう」
俺と仲間達は事前に打ち合わせておいたとおりに動いた、俺は単騎でディーレとミゼが組んで襲い掛かってきた男達に立ち向かう。
「これで神の戦士とは笑わせる、神様とやらも怒り狂うのは間違いない」
「『浮遊』さぁ、皆さん。傷を負っても大丈夫です、僕の信じる優しい神は癒しの力を施すでしょう」
「まぁ、当然。少々、痛い目にあってからのことになりますがね」
俺は襲い掛かってくる男達を素早く避けて片っ端から両足を破壊して無力化する、サクルトとは打ち合わせ済みだったから、彼だけは軽く殴ったふりだけしておいた。
ディーレは魔法銃ライト&ダークで、やはり襲ってくる相手の足だけを攻撃して無力化していた。ミゼはディーレの補助だ、防御と時々魔法でやはり相手を無力化する。
「私は戦士だ、神の戦士になるんだあああぁぁ!!」
「馬鹿が、お前はもっとこれから大人になるんだ、こんなくだらないことをしない立派な大人になって……、部族を生かす新しい道を探せ」
俺は突撃してきたファイスを軽くいなして、その足を折って這いつくばらせた。
ファイスは簡単に地面に倒れ伏した、最後に残った族長は元はファイスがつけられるはずだった岩を、逆にその手足に縛りつけてやった。そして、目の前の小さな湖のほうに引きずっていった。
「神の儀式とやらの手伝いをしてやろう、偉大な族長なら神のところへ行けるのだろう。行ってファイスはまだ神の戦士にふさわしくないと伝えてきてくれ」
「――――ひぃ!? や、止めてくれ。どうか、どうか助けて欲しい」
俺は族長を湖の淵まで連れて行って、その体を持ち上げて湖に放り込む寸前で止めるという、そんな遊びを何回かしながら族長と話を続ける。
「いやいや、遠慮することはない。神の生贄とは名誉なんだろう、あんなファイスくらいの若者では神も満足されないだろう? だから、それを族長のあんたが神に伝えてくればいいだけだ」
「止めろ、本当に止めてくれ。神が選んだのだ、ファイスが犠牲になるべきだ!! うわああぁぁあぁぁ、怖い、怖い、止めてくれぇぇ!!」
俺は族長を首だけ残して体は湖に沈めてしまった、ディーレは襲い掛かってきた村人達を回復魔法で起こしてまわっていた。
ファイスもその中にいたが、皆と同じように尊敬すべき力強い族長が、まるで子どものように無様に泣き喚く姿に目を見開いて驚いていた。
「なんだ族長とは神に会えるのだろう、それが泣き喚くほど怖いことなのか?こんなに様子では族長は務まらないな、……もっと公正な族長になれ。そうだ、少なくとも皆の前で神と会えるくらいでないと、とても神を意志を伝えることができる族長とは認められん」
「たっ、頼む、頼む、頼む、その役目だけはもう嫌だぁ!!」
そんな族長からの訴えを聞いて俺は族長を湖から引きあげて、そこらの地面に適当に放り投げた。
族長はその衝撃か恐怖の為かとうとう気絶してしまった。それに加えて失禁までしてしまったようだ、全く族長だというのに根性が足りなくていかん。ここまで醜態をさらしておけば、この後にコイツに従う奴もいるまい。
「神の言うことだろうが、それを聞いたと言っているの族長という人間だ。間違った教えをそのまま信じるな。それに回復魔法で体感しただろうが、魔法はただの力となる技術だ」
「はい、魔法も一つのただの力です、使うのは自分自身。ただ何も知らずに否定するのではなく、新しい自分の力として受け入れてみてください」
「まぁ、簡単に申し上げますとこの族長の言っていることは信用に値しません」
俺達は呆然としているワンダリングの連中をおいて、さっさとラジヌ国に向かうことにした。その途中ですれ違ったサクルトと、俺は小声で話をしておいた。
「儀式をぶち壊して欲しいという依頼分の働きはしておいた、後は自分でなんとかしろ。ああ、宝石の量が多かったから、少しおまけもしておいたぞ」
「あ、ああ、わかった、…………さすがは金の冒険者だな」
いや、俺自身は金の冒険者の自覚はさっぱり無いんだがな。むしろ銀の冒険者に戻りたい、街に降りたら面倒事が待っていなけばいいが。
そのまま、俺達は森からラジヌ国へと向かって行った。おまけ?ああ、ここから離れた場所で、デビルベアやデビルボアを十頭ほど狩って適切な処置してから置いてきただけだ。
ついでに2冊の本も油紙に包んでおいてきた、『初級魔法について』『魔法とは何か』だ。サクルトは元々ラジヌ国の人間だと聞いていたし、このくらいの古本ならば読めるはずだ。それを活用するかは、ワンダリングという部族次第だな。
獲物の方は干し肉にすれば当分の間の食糧は大丈夫だろう、ほんのおまけだ他意はない。ここの神さまの問題に関してはサクルトに頑張って貰うしかない、俺達はここではただの部外者だ。
しかし、ああいう少数民族も過激な信仰以外は面白かった。
やはり初めて見るものや知ることは大切だな、うん。
広告の下にある☆☆☆☆☆から、そっと評価してもらえると嬉しいです。
また、『ブックマーク追加』と『レビュー』も一緒にして頂けると、更に作者は喜んで書き続けます。




