第六十六話 嫌っているとは限らない
「ファイスは戦士なんかじゃない!! ああ、畜生」
サクルトという壮年の戦士はそう最後まで言っていたが、他の者たちはファイスが戦士になったことを喜んでいた。それから俺たちは寝る場所を作る為に天幕をはった、ファイスからはそれを不思議そうに見られた。
「へぇ、不思議な布の家だ。私達は春から秋は木か草で家を作って時々場所を変える。そうしないと獲物が少なくなってしまうから、だから森の中を移動して暮らす。冬の初めには他の仲間達と会って、皆で秋は子を作る季節になる」
「うーん、秋の初めに子どもを作れば大体は夏くらいに生まれるか。この辺りでも秋は実りが多いのか?」
「そうだ春と秋が森の実りが多い季節だ、春には森の恵みを、夏には子どもを得て、秋には冬に備えて蓄えを、そして冬の前に普段より丈夫な家を作って冬を待つんだ。私も去年の秋にルワという可愛い娘に誘われたが、まだ戦士ではなかったから子どもは持てなかった。サクルトもその子を気に入っていた、彼は妻が二人になるかもしれない」
「戦士にならないと子どもは持てないのか、なら今度は大丈夫だな」
「いや、その前に私は神の戦士になるだろう。族長がよくあのデビルベアを倒したと褒めてくれた、それに今年は獲物が少ない。そういう時には何かが神の機嫌を損ねている、だから選ばれた者が神の戦士となる。神がまた豊かな恵みを与えてくれるように……、レクスだから教える。これはとても名誉なことなんだ。素晴らしいことなんだ!!」
「その神の戦士っていうのは何だ?」
「うーん、レクスは一族の者ではないから、そこまでは言えない。族長も軽々しく他の者には話してはならないと言っていた。……サクルトだけは何故か、私が神の戦士に選ばれたことを知っていた。そして、止めろと何度も言う。これはとっても名誉なことなのに、サクルトは今まで私にとても優しい戦士だったのに…………」
「よくわからないが、お互いによく話し合ってみるんだな。神の戦士とは名誉なことなんだろう、それならサクルトを説得できるだろう」
ファイスは俺の言葉に喜んでサクルトを探しに行った、ここ数日まるで弟のように懐かれていた相手だ。神の戦士とやらが何故いけないのかがわからない、言葉の響きだけ聞けばファイスの言うように名誉なことに思える。
俺は一旦、自分達の天幕に戻ってコーヒーを飲みながら、仲間達とこの部族に対して話をした。
「ここはいろいろと面白い部族だな、この世界で魔法に頼らない者がいるとは」
「皆さんが好意的にいろいろと教えてくれます、人とは魔法が無くても生きていけるのですね」
「お礼に貰った宝石の原石を、『記憶での鑑定』で調べたら嫌そうな顔をされましたね。まぁ、ほとんどが本物の宝石になる原石でよろしゅうございました」
しかし、このワンダリングという部族が魔法に頼らないというのには驚いた。魔法は便利で強力な力になる、自然の力だけで生きるということにこの部族は拘っているらしい。
『記憶での鑑定』とは一度触れたことのある物と同じ種類の物かを見分ける魔法だ、俺は都の宝石店で客のふりをしながら様々な石に触れたことがある。
ただで知識を貰うのも悪いから、俺は一つだけ小ぶりなアクセサリーを購入した。買ったがその使い道がみつからないので、『魔法の鞄』の中で今でも眠ったままだ。
「そして、秋はこの部族では結婚の季節だとか、ただし相手は一人とは限らないようだが、それで近親婚とかが起こったりしないんだろうか?家畜ではあまり血筋が濃いもので交配を続けると、とても弱い個体が増えたりするんだが」
「ワンダリング自体が数が少ない部族のようですから、外の血は大歓迎のようでしたよ。レクスさんはふーん、そうかといつものように聞き流されていましたが、僕達も仲間に誘われていましたよ」
「…………もしくは一晩のお相手でもいいそうです、…………いいですねぇ、お二人はモテモテで、ああ、何故、私は猫に生まれたんでしょう!? いつものことですが、リア充は爆発しろ。それが世界の法則だ!!」
他にも同じような思想のやはり百人もいない小さな部族が、ラジヌ国の広大な森の中を移動しながら暮らしているということだった。この国は気温がそう下がらないので、碌に天幕がなくても充分に暮らせるようだ。
ディーレの話は初耳だった、俺は基本的に自分に関係のないことは聞き流してしまうから耳に伝わらなかったんだ。伝わった今でも、やはり関係ないので問題ない。
「そういえば、ファイスがやけに嬉しそうでこれで神の戦士になれると言っていたが、なんのことだか分かるか? あいつは名誉なことだとしか言わないんだ」
「信じる神が違うことにやんわりと怒られましたが、こればかりは僕も譲れません。この部族の神についても聞いてみたのですが、部族の者でないと教えられないそうです」
「そうそう、私が猫だから警戒していないのか言っていました、ファイスさんはその神様の儀式に近々出られるそうですよ」
俺としては一応はディーレと同じく、パルム神の信徒といっていい。特に強く信じているわけではないが、その考え方が気に入っているから軽く信じている。
神とは何だろうかと考えていたら、俺たちに乱暴な声がかけられた。
「なぁ、あんたレクスって言ったな。今からでもいい、あのデビルベアは自分達の獲物だったと言って村を出ていってくれ、それでも一時しのぎにしかならないかもしれないがどうかそうして欲しい。無理ならば俺と戦え!!」
「あんたサクルトだったか、あれはもう譲った獲物だ。戦ってもいいが、あんたでは俺の相手にはならないぞ」
ファイスが俺の傍から姿を消して、俺達が仲間同士で話し合っているとサクルトという男が現れた、この一族に来てからずっと族長や俺達を睨みつけていた男だ。
時々は族長に何か言っては一蹴されていたり、ファイスとも何か話し合っていたが、どうもその話し合いは上手くいっていないように見えた。
「戦ってみなければわからないこともある、その金の冒険者証は飾りか?外に出て俺と戦え、俺が勝ったらあのデビルベアは自分の獲物だと認めて去れ!!」
「うーん、それじゃあ。軽く相手をするとしよう」
俺達は天幕を出て人目につかない少し開けた場所に移動した、そこでサクルトは俺に長めのナイフを持って襲い掛かってきた、俺はその攻撃を余裕を持ってかわした。だが、その次の瞬間に別の攻撃が俺を襲った。
「くらええぇえぇ!! 『氷撃!!』」
「おっとっ、これは驚いた。ワンダリングという部族は魔法を使わないんじゃなかったのか?」
相手が魔法を使わない一族だと聞いていたから、少し驚いたがその魔法を俺は余裕を持って回避した。それから暫くサクルトの攻撃は続いたが、どれも俺にかすることさえなく、俺は全ての攻撃を避けてしまった。
「はぁ、はぁ、はぁ、畜生!! ……やっぱり金の冒険者だけはある」
「ん? 俺は避けていただけだがな」
しばらくそんなサクルトの一方的な攻撃が続いたが、やがて魔力も尽きてしまったのだろう、力なく肩で息をしてその場に蹲ってしまった。
「あんたらがデビルベアを自分の獲物だと主張してくれなければ、このままだとファイスが神の戦士にされてしまう、畜生!!畜生!!」
「…………それは一体なんなんだ、神の戦士とは名誉なことではないのか?」
一先ず俺達はサクルトを俺達の天幕の中に招きいれた、サクルトという男が心からファイスを心配していることが何となく分かったからだ。一族の他の者に聞かれてはいけない話のようだ、人目を避ける必要があった。
思えばサクルトという男だけが俺達を警戒していた、そして時々ファイスを巡って族長とかなり長く話していることがあった。何を話しているのかは分からなかった、それをどうやら今から教えて貰えるようだ。
サクルトと呼ばれた壮年の男性は、力の無くした声で俺達にこうポツリと言った。
「ファイスがこのままだと、神の生贄として湖に沈められてしまう」
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