第六十四話 どうも俺にはまだ早い
無事にミリタリスという国を逃げ出して、少し俺たちが落ち着いてから、ふと思ってディーレに話しかけてみた。俺たちは強硬な女性たちの迫力に負けて逃げてきたが、ディーレの恋愛観とはどうなっているのだろうと思ったのだ。
「そういえば俺は不老らしいし、まだ結婚するような気もない。だが、ディーレは良かったのか? ちょっと、いやかなり、相当がっついた女が多かったが、好きになれそうな奴がいたか? 好感が持てそうな相手なら付き合ってみないのか?」
「はぁ、そう言われても、そもそも。僕は信仰上の理由で女性との交流を、あまり勧められていないのです。女性と関わることが多いとそれは堕落への道だと、実際に好きになった女性と正式な婚姻を望んで信仰を止めた方もいます」
「なんとぉ!?ディーレさんが賢者になることはすでに決定事項でしたか、それはなんと喜ば……、お、お辛いことですね」
「教会に仕えていると結婚ができないのか?」
「一応はできることはできます、ただし教会での地位が高ければです。私よりも位の高い、教会に正式に認められた神官ならばその血を残すべきと考えられています。選ばれた神官や神官騎士達は魔力も高く、生まれた子どもにも期待が持てるという理由もあります」
「…………賢者への道は遠そうです、…………畜生、同士かと思ったのに酷い裏切りをみた、はぅぅぅ」
「正式な結婚ではないというのはどういうことだ?」
「平民や貴族の方と違って、教会の地位が高い者が実際に婚姻生活をおくるには、その方が不幸にして寡婦となった女性に援助するという方法をとります。実際の夫は教会の方なのですが、表面上は妻を持たないということになっているのです」
「つまり未亡人を助ける優しい神官、もしくは神官騎士をいうわけですか。聖職者がそんなことでいいのでしょうか。もっと神様に真面目に仕えて皆が賢者となるべきです!!」
ミリタリスという国では散々に女性達からの恐ろしい襲撃に遭った、だから思考がそういう方面に行き話しの流れで、俺達は互いの結婚観や教会における婚姻制度についての話をした。
俺は草食系ヴァンパイアであり、どうも不老であるからうっかり死ななければ相当に長生きすると思われる。だが、ディーレは人間だ。だから彼の結婚観や教会についてどうなっているのか、旅の途中にのんびりと聞いてみていた。
「つまり位の低い聖職者は真面目に結婚するとなると引退する、普通の平民になるわけだ。だが、教会で位の高い神官や神官騎士が女性と交わると堕落、そう見なされるから正式な結婚はしないのか」
「僕の義父のカーロ様はお若い時は婚姻されていたそうですが、早くに奥様を亡くされて弔いという意味で教会に入ったのだそうです。魔法への才能もあり、中級魔法までなら破格の使い手でもありました」
「それはお気の毒に、でも優しくて才能のある方だったのですねぇ。ディーレさんが魔法に対して才能があるのも、性格が穏やかで大人しいのもそのカーロ様の影響でしょうか」
ミゼの言葉にディーレは嬉しそうに微笑んで肯定していた。ディーレを育てた聖職者というカーロはわりと誠実な真っ当な人物であったようだ。…………後は常識というものをディーレにしっかりと教えておいて欲しかった。話しながら森の中を歩いている時、唐突にお喋りは終わりとなった。
「おい、前方にデビルベアが二頭いるぞ。戦闘準備に入れ、そこそこに大きい」
「分かりました、いつでも援護可能です」
「了解です、デビルベアの一撃などくらったら私が綺麗な花火になってしまう!!ディーレさんそのフードの中に入れてください!!」
デビルベアは普通の熊が魔物化したものだが、ただの熊でもその力は恐ろしい。鋭い爪で人間の手足などを折ってしまうし、腹をえぐられれば内蔵が傷つく。
妊婦を内臓から食い殺した個体もいるという、それが魔物化していればその能力は更に増しているはずだ。また熊は動きもかなり速い、普通の熊でも馬の一種と同じくらいの速さで走る、そういう恐ろしい生物である。
「ディーレもミゼも回避を一番に考えてくれよ、そこそこの大物だ」
「はい、決して無理はしません。『浮遊』」
「ディーレさんから離れません!!」
暫くして森から二頭のデビルベアが現れた、一頭は何故か少々傷を負っていた。俺達と遭遇前に既に何かに攻撃され手傷を負っているようだ、相手が弱っていても関係ない。俺達の旅路の邪魔になるのなら、排除するしかないだろう。
うがあああぁぁぁ!!
「的が大きいようで小さい、熊は頭よりも心臓を破壊した方がいい。頭蓋骨が硬いからな」
熊は俺達の姿を見つけるとその一頭が立って辺りを伺うような姿勢をとった、その行為は俺にとっては隙だらけだ。『魔法矢!!』俺は熊の心臓の辺りを目がけて魔法を放った。
ごぅおおおぉぉぉ!!
だがデビルベアもさすがは魔物、俺の中級魔法を何かの魔法で防ぎやがった。しかし、俺は既に次の攻撃にうつっている、相手が咆哮をしている間にその一瞬に魔法を避けて懐に入り込み、ガッと一点に力を集中して相手の心臓付近を狙い全力でメイスで突いた。
俺の一撃にデビルベアは心臓のあたりを中心にメイスのやや鋭角な先端で貫かれて、そのデビルベアの背中から体の内容物が吹きだした。反射的な行動なのだろう。デビルベアが最期の足掻きかその鋭い爪を持った両腕を振りまわしたので、俺は一旦その獲物からメイスを引き抜いて離れた。
こいつはもうすぐ死ぬ、俺は仲間達の援護へ向かった。
うがぁうがががあ!!
「申し訳ありませんが、私もここで死ぬわけには参りません」
「そうです、『標的撃!!』でございます!!」
もう一頭のデビルベアはディーレから光属性の弾を目に受けて、視界が利かない為かやみくもに手足を振り回しているところだった。
ディーレは無理をせずにそのデビルベアから距離をとり、ミゼが衝撃系の魔法を使っていたがその毛皮と太い筋肉に阻まれてあまり利いてはいないようだった。
「ディーレ、足の膝か腱を狙え!!『小花火!!』」
「了解しました」
「はい、隙があればお手伝い致します」
俺はやみくもに暴れていたデビルベアの視界がはれてくる前に、その注意を引くためにデビルベアの背中に威嚇用の派手だが効果は少ない火の魔法を使用した。その衝撃にデビルベアは俺の方を振り返る、そこにできた隙にディーレがそのデビルベアの両膝の裏側を風撃弾で撃ち抜いた。
ぎゃあうおううおう!!
「これくらいかな、『重力!!』」
ディーレの魔法銃の攻撃に、デビルベアはガクンッと膝が砕けて前のめりに手をついた。その瞬間に俺は念の為に魔法まで使い、その首の骨を折るべく重く激しい一撃を入れた。
バキリッと頸椎の砕ける音がしたのを感じて、一応俺はデビルベアから一旦は離れて距離をとった。魔物の生命力は侮れない、完全に死ぬまでは気を抜いてはいけない。
暫くすると二頭とも逆立っていたその毛がペタリとねてしまい、完全に死んだことが分かった。それを確認すれば血抜きと剥ぎ取りの時間である。
「よっと、そっちのデビルベアも縄でしっかりとくくってくれ。俺が木に吊るしてから血抜きをする」
「はい、途中で解けないようにしっかりと結んでおきます」
「今日はデビルベアのお肉でございますね、あまり硬いお肉でなければいいのですが、このくらいの大きさなら期待が持てそうです」
地面に穴を掘ってデビルベアの血抜きを始めた途端に、俺にかなり遠くから聞こえてくる人間の声が聞こえた。このデビルベアは始めから手傷を負っていた、声の主はその人間だろうか?ほどなくその声の持ち主達の姿も見えてきた。
「おい、よそ者よ。それは我が一族の獲物だ、何故に手をだした」
「一族の獲物だ、戦士としての誇りだ」
「私がつけた傷があったはずだ、それは私の獲物だ!!」
聞こえてきた声の持ち主は十数人の男たちだった、丁寧な文様が施された変わった服を身にまとい、顔や腕に様々な入れ墨がしてあった。そんな殺気立つ男たちに俺達は呆れて首を傾げた、だから思ったままのことを言った。
「俺達はデビルベアに襲われたから倒しただけだ、それともただ無抵抗で食われろと言いたかったのか?そんな馬鹿な話があってたまるか!?」
「……、…………」
「…………、……」
「……、……、……」
「……、…………」
「…………、……」
その男たちは囁くような声でお互いに何かを話しあっていた。暫くすると代表なのか若い男が話しかけてきた。
「私の名はファイスという、そちらの若い一頭は間違いなく貴方達の獲物だ、だが大きい方の獲物はどうか譲って欲しい。これは私が一人で手傷を負わせた獲物だ、その代わりに欲しい物があれば私の物からそれを渡そう」
要するに熊の片方を諦める、もう片方は渡して欲しい。俺達がそうするなら、その対価に相応しいものを与えると言っている。
「なぁ、ディーレとミゼはどう思う?」
「僕は別に構いません、あの若い方は一人でデビルベアと戦われたのでしょう。その勇気に敬意を示したいと思います」
「若い方がお肉は柔らかくて美味いです、毛皮の損傷も少なかったですし、もう一頭の方はわざわざ彼らと敵対してまで得るほどの獲物ではありません」
俺達は相談しあってそのファイスとかいう男に告げた、もう一頭の方のデビルベアは譲ってやることにした。その男は嬉しそうに笑った、仲間達と共に血抜きされたデビルベアを縄でくくって運んでいった。もう一頭の方は綺麗な部分だけ毛皮を剥いで、いくつか美味い部位の肉だけを頂いてきた。
「ありがとう、これで私も村で一人前の戦士だ。これはとても名誉なことなんだ、礼としてあんた達が好きなものを渡そうと思っている」
「ん、そうか。期待をしておく」
このファイスという男にはそう答えたが、実際はそんなに期待していなかった。だがこの男たちは村人ではない、本で読むような森に住む少数民族ではないかと思われた。知らないものは見てみたい、初めて知る知識がほしい。そう思った俺はこの男についていったのだった。
「ようこそ我がワンダリングの一族へ」
「いらっしゃい」
「わぁ、お客さん?」
「あら、随分と若い男ね」
「弱そうだ、男なのに」
「なんか、不思議な動物がいるよ」
そうして連れて来られたワンダリングという一族は、本当に少数民族らしく百人も人数がいなかった。子どもと成人した大人達、老人はあまり見かけなかった。
ファイスという男は、村の男たちから一人前になったことを褒め称えられていた。頭や肩を叩かれて嬉しそうにしていた、どんな社会でもその一員として認められることは誇らしいことなのだろう。だが、そこに強い抗議の声があがった。
「そいつは卑怯者だ、よそ者の力を借りて試練を果たしたと言えるものか!?」
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