第六十二話 勝利なんて必要ない
「俺はこの試合で負けたい、よってそちらにも認めて欲しいと思う」
「ふざけるなっ、この栄誉ある闘技大会において戦わない道など存在せん!!」
俺は第二選抜に残ったので、その次の試合になる八人が其々二人ずつ戦って残った者がまた戦い、最後に残った者を優勝者にするという。その初戦で相手に向かってそう言った、だが平和主義者の俺の返答は相手のお気に召さなかったようだ。
それならば仕方がない、俺の相手は全身鎧に大剣という騎士風の男だった。年齢も俺よりは七、八は上だろう。先ほどの試合では全身に鎧をまとっているとは思えないほど俊敏に、またその防御力を生かして勝ち残っていた。
「レクスさん、手加減をしてあげてくださーい」
「これは、これは、胸熱的な展開が待ち受けているのでしょうか?」
その他、大勢の観客は俺に向かって、腰抜けだの、卑怯者だの、男の屑がなどと言ってくれている。ディーレは俺の実力をよく知っているので、相手のことをきづかって応援してくれていた。ミゼは何か期待しているようだったが、その期待に応えてやるつもりは俺にはない。
ちなみに相手が全身鎧に大剣という完全武装なのに比べて、俺は実は剥ぎ取り用の厚めの手袋と部分的な皮鎧に防御服、それにいつものブーツという軽装だった。俺としてはこの装備で充分である、あとは細かな手加減と相手次第だ。
「冒険者は体が資本だ、なるべく無駄な戦いはしたくない。『身体強化』」
「はっ、ようやく本気になったか、泣き喚かせて地を這わせてやるとしよう」
俺は『身体強化』の魔法を使ったように、わざと口に出して詠唱した。そもそも、迷宮でも誰かに見られていることを考えて、いつも人目がある可能性のある場所では俺は魔法を詠唱するふりをする。
それは人間なら基本的に無詠唱で魔法は行使できないからだ、長年使い込んだ魔法ならば完全にできないというわけではない。それでも、何十年という歳月と魔法への高い適正が無ければ無詠唱では魔法は使えない。
それをいつも逆手にとって、俺は身体強化をしていると詠唱して見せて実は全くその魔法には魔力を込めていない。つまり、身体強化の魔法は発動していないのだ。
俺が実際に使用したのは手加減する時によく使用する、『重力』という魔法である。これを俺の体全体にかけることで、ヴァンパイアの高い身体能力を抑えやすくなり、結果として手加減もしやすくなるのだ。
「それじゃ、行くぞ。……早めに俺の降参を認めろ」
「ははははっ、何を言っているんだ? この俺、アイセ……ぐはああぁぁ!?」
俺がやったことはごく単純なことである、全身鎧をまとった相手に対してその四肢、この先の相手が戦いがあることを考えて行動した。利き手ではない方の左手を狙って俺はその大剣を簡単にかわし、俊敏に動いて鎧の上から左手を俺の両方の拳で挟むように殴りつけたのだ。
「うああああ、あああああ、何をする!? 鎧が、何故だ、どうして!?」
「俺の降参を認めるか?」
相手の左手を恐らくは粉砕骨折で俺は無効化した、酷い傷に思えるがこの闘技大会には高い能力を持つ回復魔法が使える者が揃っている。第二選抜からは試合ごとにその回復魔法を受けられる、あのくらいの傷なら問題なく治療できるそうだ。
俺は再度、俺の降参を認めてくれと相手に頼んでみたが、まだ戦う意志があったようだ。俺の対戦相手はキッとこちらを睨みつけ叫ぶように言い放った。
「愚か者が!? どんな手をつかったかは分からんが、これくらいで貴様の言いなりになるようでは、騎士団長は務まらん!!」
「え?まさかのお偉いさんか?…………あんたが勝った後に怒らないでくれよ」
相手はまさかのお偉いさんだった、……そういえばどこかの街に剣術馬鹿の騎士団長がいたっけな。権力者とは関わり合いになりたくない、さっさとこの騎士団長とやらの心を折ってしまうしかないか。
「見るがいい、我が鍛えたその技を!!『身体強化!!』『斬撃強化!!』」
「ふぅん、なかなかに速いな。でも、まだ大丈夫だ」
騎士団長とやらは身体強化と斬撃強化の魔法をつかってきた、あれをくらえば確かに大きな傷を負うだろう。人間ならば下手をすると死ぬかもしれない、でも俺にとっては話しにならない。
「くらえぇぇぇぇ!! ――――あ、ああ!? ふぎゃ!? ぐえぇ!! うぐぅ!!」
「よっと、これくらいでいいだろう」
俺のやったことは至極単純だ、全身鎧の重さをものともせずに突っ込んできた相手の大剣を避けて、その右手を鎧ごとギリギリギリッと変形するくらいに掴んだ。
そして、子どもが畑で鍬をふるうように、全身鎧の相手を闘技場の床に三回ほど叩きつけただけである。単純に速さとその怪力を生かしただけの稚拙な技だ。
「うぐうぅぅうう、ま、まだまだだぁ」
「いや、そろそろ本気で俺の降参を認めて欲しい」
相手は人間なのだし、殺したいとか思わない。そもそもが、俺は銀の冒険者証が手に入ればいいのであって、弱い奴をいたぶって喜ぶ趣味もないのだ。しかし、俺の対戦相手はそれでもまだ俺の降参を認めてくれなかった。
ああ、何て面倒な相手なんだ。俺はもう右腕も痛めて、碌に動けもしない相手からその身につけている鎧の一部を引き剥がした。そして、その外にさらされた人間の急所の一つである首を、金属片がつけてある攻撃用のブーツで踏みつけた。
「うぅぅううぐぐぅううううぅう、ぐぞおぉうぅ」
「なぁ、もう良いだろう?俺の降参を認めてくれよ、そうでないと……」
俺は今度は殺気をこめて相手を見た、こいつは弱い。俺よりも圧倒的に弱い、そうただの獲物だ、くだらない誇りにこだわる馬鹿だ、こんなものにもう時間を使いたくはない。こいつは獲物だ、俺が壊せる相手だ、ただのか弱い獲物に過ぎない!!
なぁ、殺すなんて嫌なんだ。早く俺の降参を認めろ、このたかが弱い獲物が!!
本気で俺が殺気を放ち、相手の首を少し深く踏んだ瞬間。あれほどに騒いでいた闘技場の観客たちが押し黙った、勝敗を決める審判が足が震えて立てなくなった。
一瞬で静まりかえった闘技場は酷く不気味な空間だった、重くて恐ろしいほどの沈黙がその場を支配して、何故だか誰も口をきかなくなっていた。
「……み、みどめる。あ、貴方様の、……降参を、……お認めじまずぅ」
俺の対戦相手はようやく俺の降参を認めてくれた。よぉし、これでいい。わざわざ決勝戦までいって無駄に目立つ事もない、俺はようやく銀の冒険者になれるのか。
「おお、ありがとう。助かった、さぁ、俺は降参を認められたから帰らせて貰う」
俺は嬉しさのあまりにそう喜色がこもった声で言った瞬間に、世界に音が戻ってきていた。ざわざわと何か雑音がしたが、これで俺のこの国での用事はほとんど終わったわけだ。
「その傷だと動かすのも辛いだろう、誰かすぐに来てくれ。回復魔法を…………、なんだこの国の魔法使いは足が遅いな。あまり、この系統の魔法は得意ではないんだが、『大治癒』これで少しはマシになっただろう」
「ああ、ああああ」
おおっといけないこの国の法律では、こういったお互いに納得した闘技場では殺人も罪に問われないが、平和主義者の俺としては誰も殺したりしたくない。
それに相手は少し時間はかかったが、俺の降参を気持ちよく認めてくれた良い奴だ。俺よりもこういった魔法はディーレが得意だが、魔力も増している今の俺ならこのくらいの治療は少し多めに魔力を使うができないわけじゃない。
「よぉ、終わったぞ。さぁ、冒険者ギルドに行って、さっさと銀の冒険者証を貰ってくることにしよう」
「…………はい、私は神に感謝します。レクスさんが平和主義者であったことに、神よ深い感謝を捧げます。どうかこれからも、彼に慈愛の心をお与えください」
「あーあ、これなら優勝した方がよかったのかもしれません、しかも自覚が無いんだから」
俺はさっさと闘技場から出て仲間達と合流した、その足で冒険者ギルドに向かって二次選抜を通過した証を見せた。
「そ、それではこちらは銀の冒険者証となります。ああああ、あの金の試験は受けなくていいのですか?」
「ん?金の冒険者になると指名依頼という面倒が増える、だからその試験は受けるつもりは全く無い」
何故だがギルドの職員は震える声で俺に銀の冒険者証を作ってくれた、いつものようにそれに俺の血を一滴垂らせば完成である。
ラビリスの街の銀の冒険者だったおっちゃん元気かなぁ、冒険者は引退してたからフロウリアとウィズダムとの戦争に巻き込まれてないといいけど。良い人だったからなぁ、あのおっちゃん。俺は以前に会った、銀の冒険者のことを思いだした。
「フロウリアには暫く行く気がないが、ラビリスの街のおっちゃんには俺が銀の冒険者になったって伝えて、それで驚かせてみたかったなぁ」
「銀の冒険者になってすることが、まずしたいことがそれですか、ふふふっ、とてもレクスさんらしいです」
「本当に自分が規格外だということを、理解されていないのが困ります」
仲間達から何故か笑い声と呆れたようなため息を浴びせられたが、俺にはよく分からなかった。銀の冒険者になったって俺は俺だ、ほんの少し選べる依頼が増えるだけだろう?
俺達は新しくなった冒険者証を受け取ると、すぐにミリタリスという都を後にすることにした。
この国の闘技場というのはどうにも好きに慣れない、俺は見渡す限りの平和主義者なんだ。
何事もない平凡な毎日が一番に良いことだ、頼りになる仲間もいてくれるしな。
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