第六十話 考えるな感じろではいけない
「そうなんだ、私のことをヴァンパイアの王と呼ぶ子もいて困ってしまうね」
目の前で無邪気に笑う男はそう言った、こいつがヴァンパイアの王?この見るからにただの子どものような無害そうな奴がか!?
いや、この男の魔力の高さは尋常ではない。これで敵意や悪意があったら、確かにヴァンパイアの王に見えるんだが、この男にはどう見てもそんな様子が無かった。
「あっ、またあの子がくる。君はレクスだったよね、戦ったり、血を流すのは嫌い……だよね」
「は? ああ、そうする必要があれば戦うこともあるが、特に好きではないな」
俺は自分の見える範囲に全てにおける平和主義者だ、戦うことだってそれが仕事として必要だからしている。人やヴィンパイアが持つ破壊衝動を押さえる為には適度な運動や、それ以外の夢中になれる何かが必要だ。
まだ出会ったことのない未知の敵と戦うか、まだ読んでない本を読むか、どちらか一方を選べと言われたら俺は間違いなく後者を選択するだろう。
男は俺の返事に嬉しそうに笑った、それと同時に悲しそうに眉をひそめた。そして、こう言いだした。
「本当は連れて帰りたいけど、今は無理かな。あの子達がきっと勝手に殺してしまうんだ。そんなことは嫌いだけど、あの子達もそう生まれたから仕方がないんだ」
あの子達とはなんだ、こいつが本当にヴァンパイアの王ならそれは、高位のヴァンパイアのことだろうか。いや、王であることは否定していた。
「まぁ、いいや。ほんの少しだけ、ずっと、ずっと、そのまま育って。もっと私に近くなるといいな。あの子達に見つかりそうだから今日は帰るね、さようなら」
そう言うと男は止める暇もなく俺の手を掴んだ、なんだこれは温かい、温かい何かが流れ込んでくる。ああ、これはいつもの食事の時と同じ……
「……スさん、レクスさん、大丈夫ですか!?」
「レクス様、気がつかれましたか!?」
「あ、ああ、何が起こった?俺はどうして倒れたんだ?」
俺はいつの間にか、旅をするときにいつも使っている天幕の中に寝かされていた。どうやらもう夜が明けているらしい、天幕の外が明るく夜が明けていることだけが分かった。
「あの方がレクスさんの腕を掴んだと思ったら、レクスさんが眠ってしまったんです。そして、あの方は一言、二言話されたら、すぐにその姿が見えなくなりました。レクスさん、体でどこかおかしなところはありませんか?」
「………………おかしなところはなさそうだ、いやだからこそおかしいな」
「レクス様?」
俺は起きてすぐに自分の体を動かしてみたが、特に傷を負った様子も無い。むしろ体の具合は好調だった、だからこそおかしい。
草食系ヴァンパイアの俺は、植物がない砂漠では充分に生気を分けてもらえずに、いつもよりか弱体化する。そう、弱体化していたはずなのに、今の俺はこの砂漠に入る前よりも力が増しているようだった。
「……魔力の量が以前より増している、今の俺に分かるのはそれくらいだ。アイツは消える前に、何と言っていたんだ?」
「人間にあんまり関わっていけないと、彼らは怖い生物だからと言っていました」
「はい、それに早く私に近くなって、とも言っていました」
アイツに近くなる、それはヴァンパイアの王に近くなるということか?いや、そうじゃないような気がする。アイツは自分がヴァンパイアの王では無いと言っていた、それならアイツは一体何だったんだろうか?
「……夢じゃないわけか」
昨日のことが夢ではない証拠に、天幕の外には出来たばかりのオアシスがそのまま残されていた。気温の方はいつもと変わらない、昨日の夜もアイツが姿を消した、その途端に寒さがやってきたとディーレとミゼは言っていた。
魔法のような、いや魔法よりも凄い力を持つ何かは、一体何なのか分からなかった。とにかく普通のヴァンパイアでは無いらしい、……今はそれくらいしか、分からないのだ。
「今は情報が少ないので、あの男についてはなんとも言えん」
「男の方だったのでしょうか、レクスさんと話す様子から、僕にはあの方は女性のように思えました」
「お二人より綺麗な者を初めて見ました、性別が分かりづらい方でしたね」
確かにアイツは中性的な容姿をしていた、ディーレの時々鋭い勘を信じるならアイツは女性だったのだろうか。性別から話したことまで、とにかく不思議な奴だった。
わけのわからない魔物?に遭遇はしたが、危害を加えられることは無かった。俺達は最初のとおりに、ミリタリス国へと向けて旅の続きを始めた。
それから十日ほどでミリタリスという国に着いた、長くお世話になったラクダ達とはここでお別れだ。サンヌ国に行く商人の一人に、そこそこのお値段で買い取って貰えた。
「ミリタリスという国は、力を尊ぶ傾向があるんだったか」
「はい、ここには闘技場というものがあるとも聞いております」
「是非、是非、参加しましょう!!レクス様!!」
ミゼの奴がうるさかったが俺としては、別にそんな目立ちそうなところに行きたくない。もう一つの理由としては、人間相手だと手加減が難しそうで嫌だ。
「とりあえずは宿をとって、冒険者ギルドに依頼を探しに行くぞ」
「はい、わかりました」
「ちぇー、面白くなりそうですのに」
『ポー草を10本採取、ランク銅以上、常時依頼』『マジク草を10本採取、ランク鉄以上、常時依頼』『ミリタリス国の都まで護衛依頼、ランク鉄以上』『コハドの北の森に出るエビルウルフ退治、ランク鉄以上』『サンヌ国までの護衛依頼、ランク鉄以上』『迷宮探索、パーティ募集、ランク鉄以上』『食肉用の動物買い取り、ランク銅以上』
「ここはミリタリスの国でサンヌ国に一番近いコハドの街だ、ミリタリスの国の都への護衛依頼がある。これを受けようか、ミゼが言っていた闘技場もそこにあるという話だった」
「商隊の護衛ですね、神よ。新しき旅路に幸多からんことを」
「しばらくは暇で、平和な旅ができるでしょうか?」
俺達はミリタリスの都までの商隊の護衛依頼を受けた、どうせ都には行ってみたかったし、それまで食事が出て金になるのなら言うことがない。
「レクスと言ったか?少し腕をみさせて貰うぞ」
「……商隊の護衛に試験があるとは思わなかった」
依頼を受けて依頼主に挨拶に行ったら、いきなりそこで俺は銀の冒険者ルロという、護衛の中心になる人物と戦うことになった。
ルロという護衛は剣で、俺は相手を殺してしまわないように素手で勝負をする。ルロがフェイントをかけたりしながら、切ってくる隙に相手の懐に入り込んだ。そして、いつもと同じように、肺に当たる部分を掌でついたのだが、その瞬間ミギャリと嫌な感触と音がした。
「ディーレ、来てくれ!!中級魔法での回復を頼む、早く!!」
「は、はい。『大治癒!!』……『大治癒!!』」
回復が得意なディーレに中級魔法を二回使用して貰って、どうにかルロという男を死なせずにすんだ。あ、危なかった、充分に手加減をしたはずなのに、もう少しで殺してしまうところだった。
「おう!!今度の新入りは凄ぇな、護衛依頼を喜んで頼もう。そっちの細い兄ちゃんも回復が上手いな、ランク銅だが特別に給料が出るようにしてやる」
「あ、ああ、よろしく頼む」
「は、はい、それは助かります」
どうやらこの銀の冒険者ルロは、今度の商隊の雇い主である商人と専属契約をしているらしい。ランク銅であるディーレにも、賃金を払ってくれることになった。
「ディーレ、頼みがあるんだが、模擬戦をして欲しい。俺はできるだけ力を加減する、攻撃はしないで回避にだけ努める」
「では僕がもし怪我をした時には、回復魔法をよろしくお願いいたします」
どうも俺は魔力だけでなく、身体能力まで上がっているようだった。商隊の護衛が揃うまでの間、ディーレに模擬戦の相手をして貰った。
回避する速さも増している、これは気をつけないと人外だとばれてしまう。また五感も鋭くなっていた、夜に赤く光る瞳は必ず『隠蔽』の無詠唱魔法で隠すことにした。
「こんなに盗賊が多いのか?」
「この国は全体的に荒っぽい奴が多い、だから冒険者くずれや元貴族などの盗賊も多いのさ」
ミリタリスという国の都まで数回、盗賊に襲われた。盗賊ならば間違えて殺しても、普通の人間と違い罪悪感がないので、丁度いい近接戦闘の手加減する練習台になって貰った。
殺さずにほぼ無効化できたが、かなりの重体にしてしまった。他の護衛依頼を受けた冒険者が、俺の倒した盗賊にきっちりととどめをさしていた。俺はどうも人間を殺す気にはなれない、それは俺が元人間だからだろうか。
「おい、レクスよ。このルロと一緒に働かねぇか?強い奴は大歓迎だ!!」
「いや、俺達は迷宮や闘技場などを見てみたい。それは遠慮しておく」
護衛した商隊から専属で働くように言われたが、それは遠慮をしておいた。ミリタリスの都についたが、商隊とはそこでお別れした。ミリタリスの都もかなり活気溢れる場所だった。
それは迷宮でさえ同じで、冒険者達がひしめきあっていた。こんなに迷宮探索が盛んだった国は見たことが無い、いつものようにはいかないことが多くあった。
「人が多いし、ここではオーガすら容易く倒す者がいるらしい。買い取り価格が低めなのが、財布にとっては辛いな」
「それに迷宮に入る人が多過ぎます、しかも無謀な方が多くてなかなか進めません、これは困りました」
「考えるな、感じろ。でございますが、実際にされますと実に迷惑でございます」
ミリタリスはとにかく血の気が多い者がいて、新人冒険者などが入り口近くで死にかけていることもしばしば遭った。
そうするとお人好しのディーレが素通りできず、彼らの装備品を後で売り飛ばして回復費にあてる、そういう話をまとめて回復魔法を使わせた。
「いやぁ~、助かったぜ。おかげですっからかんになったけど、まずは命が大事だからしょうがない!!」
「次はもっと慎重に行動されてください、貴方に神のご加護を」
「次からはもっと考えて、そんな装備では大丈夫ではないでしょう」
もう迷宮を探索するよりも、無謀な新人冒険者を拾うことの方が多くなった。それでも日々を暮らしていけるほどに稼げるのだった、この国の人間は少し無謀が過ぎるだろう。
反対に雑用依頼は人気がなくて、俺達は荷物運びや外壁の修繕など、そちらの仕事を多く受けるようになった。賃金は安かったが、これも面白い経験だったので、特に構わない。
「ひょっとして、この国なら冒険者ランクを上げるのも力で出来るかもしれん」
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