第六話 仲良くしてやるつもりはない
「は? 俺、別に冒険者なんかにならないけど??」
「ええ!? 何でですか、レクス様!! 冒険者の物語とか、英雄伝説とか、それ系の本をいっぱい、読みまくっていたじゃないですか!?」
このちょっと頭が残念な黒猫従魔、こいつは一体何を言っているのだろうか。確かに俺は冒険ものという本が好きだ、伝説の英雄とかにも憧れる。だが、しかし。
「あのな、ミゼくんよ。現実と物語の区別はつけような、現実とは夢物語ではないんだよ?」
「うっわっ、それを草食系とはいえヴァンパイアの貴方がいいますか!? 既に貴方自身が夢物語に出てくるような、そんな貴重な存在なんですよ!!」
えええ――、そんなことを言われてもなぁ。俺は相変わらず夜の街道を、夜目が利くようになった身軽な体で走りつつ考える。
うーん、確かに冒険や英雄もの成り上がりものって楽しいよ。弱い主人公が段々と強くなっていくにはワクワクさせられるさ。
でも、それを俺にやれと言われたらちょっぴり遠慮したい。既に金銭はあのヴァンパイアのお屋敷からそれなりに頂いてきたし、暫くの間は金には不自由はしないと思われる。わざわざ怖い思いをして、戦ったりする必要はないと思うんだ。
「あっ、でも俺もヴァンパイアだから寿命が無いのか? そうなると、人間だったら細々と暮らせば一生を過ごせるだけの金も、段々と減って足りなくなるわけだ」
「そ、そうですよ!! それに村人でもない、貴族でもない、特に人脈もないという人間がお金を稼ぐんだったら、冒険者か他には精々が傭兵しか道は無いですよ」
うむむむ、確かにミゼの言う事には一理ある。この世界には人が生きる為の権利は、何か職か身分を得ることによって貰えるものなのだ。
何の力もない人間が最後に行きつくのは、奴隷か、盗賊か、あとは乞食くらいか?俺の読書と偶に村に来た行商人から得た知識だと、結局はそういうことになる。俺の元いた村は多分ヴァンパイアに襲われて全滅だろう、土地を捨てて逃げ出した農奴として追いかけられたりしていなければいいがどうだろう。
「それに俺、金はあっても身分を証明するものがないしなぁ。村にまだ残っているはずの身分証を使うと、多分他の村に行ってまた農民になれって命令されるだろうし」
「ねぇ、そうでしょう!! その点、冒険者か傭兵だったら、とりあえず身分は保証されます。レクス様はヴァンパイアですから、年は取りませんが十数年ごとに別の街でまたやり直せばいいことです」
うーん、なるほど。これはミゼの奴を認めてやるしかないだろう、伝説になるのかはともかく身分証というのは魅力的だ。これから世界を見て回るわけだが、身分証がないと何かと不便だ。
「なぁ、ミゼ。確か高レベルの冒険者は、準貴族扱いもされるんだっけ?」
「私も実際にみたわけではありませんが、私を最初に眷属にした下位ヴァンパイア。その方が何度か冒険者を利用されていました、確かに高レベルの冒険者の方が、何かと優遇されるようですよ。……もっとも、私の見た冒険者の方々は、最初の主様のご飯になってました。普通のヴァンパイアとは、わりと残酷なものです」
うわぁ、その下位ヴァンパイアがどんな奴なのかは分からないが、高レベルの冒険者を雇ったふりして、最終的に殺してご飯にしてしまう。……俺って草食系ヴァンパイアで良かったなぁ、そうじゃなかったら飯探しがとっても大変そうだ。
「って、ありゃ何だ? 最近の街道では、夜に祭りをするところがあるのか?」
「…………そんな豪華な街道は聞いたこともございません、一体何でしょうか。何か嫌な予感がしますねぇ、いっそのこと上空を飛ばれるか、迂回されては?」
俺は走っていた速度を緩める、今はまだ遥か遠くにある街道の曲がった先から何かの明かりが見えていた。どうやら、人間がいるらしい。
俺と同じく人外って可能性もあるけれど、それならそれでちょっと観察してみよう。ミゼがいたから話し相手には不自由していなかったが、これから行く先の情報が手に入るかもしれない。
「最悪の場合は逃げるとして、とりあえずは偵察してみよう」
「かしこまりました、レクス様の判断に従います」
そうして、ちょっと走る速度を落として、こっそりと明かりの正体を覗いてみた。ああ、これは揉め事ですな。なんか行商人らしき人の馬車が倒れて、戦っている人が数人いる。……既に手遅れな人もいる、これはどうするべきかな。俺は父さんの最期のことを少し思い出した、その父さんを殺した盗賊なんて大嫌いだから仲良くしてやるつもりはない。まぁ、とりあえずは助けがいるのか聞いてみるか。
「なぁ、なぁ、どっちが盗賊なんだ? そこの商人らしき人、俺の助けがいるか?」
「だ、誰だお前は?」
「何だ、このガキは可愛い顔をしてんのに、チッ。つまんねぇな、男かよ」
「俺達は護衛だ、盗賊はこいつらだ!!」
「なぁ、あのガキ。顔も良いし、売れそうじゃねぇ?」
「ガキは引っ込んでろ!あぶねぇぞ、今すぐ逃げやがれ!!」
「ははははっ、獲物が一人増えやがった!!」
うーん、乱戦になっているからどっちが盗賊で、どっちが護衛の人かよく分からん。となると仕方がない、明らかに味方そうな人以外は全部やっつけよう!!
「ミゼはここで荷物番な、誰かが近づいたら何か魔法をぶっ放せ!!」
「はい、レクス様。どうぞ、お気をつけて」
俺はミゼに『魔法の鞄』を預けると、まずは明らかに盗賊の方々。俺に対して売れるだの、獲物だの言いやがった奴らをかる~くただの素手だけでぶっ飛ばしていった。
「ぐはっ!!」
「うげえぇぇ!!」
「な、何だこのガッッ!!」
ほいほいほーい、草食系とはいっても俺もヴァンパイア。人間とは明らかに力の差があるのだ、一応護衛さんと間違えたりしていたら殺しちゃいかんだろ。だから、俺は手加減のしやすい素手で、しかも拳は使わずに掌で相手に打撃を与えている。
武術なんか習ったこともないでたらめな俺の動きだが、ヴァンパイアは怪力であると同時にとても素早くそして視力にも優れている。盗賊の振り回す剣をかわすなんて簡単なお仕事だ。人の気配は動物よりもよみやすい、乱戦に介入しても避けてから攻撃するのは今の俺には容易いことだ。
盗賊なのか、護衛さんなのかは不明だが、彼らが落とした松明。その朧げな明かりの中で、俺自身が普通の人間に見えるように注意しながら、なるべくゆっくりと盗賊を片付けていった。
「このくそガキ、ぐえぇぇ!!」
「ひっ、逃げっ、あがあぁぁ!!」
「うぎゃあ!!」
俺は護衛さんらしき人、俺に逃げろと言った人の動きを参考にして、体を動かす速度を調節する。そうしないで俺が全力で動いたら、きっと即座に化け物扱いだ。
そう俺の元いた村を襲撃された時もそうだった、ヴァンパイアは力が強い。力が強いということは筋力も強いということだ、速さは筋力によって生み出される。当然ヴァンパイアの動く速度は速い、そう人間の動体視力では捉えられないくらいに速いのだ。
「ほーい、最後っと!!」
「があっ!!」
俺は素手だけでヴァンパイアの目を使って盗賊の攻撃は全て避けてから、手加減を充分しつつ彼らを叩きのめした。戦闘よりも俺は別のことに注意するのが大変だった、それは俺の瞳だ。
夜に猫の目が光るのを見た事がある人は多いだろう、あれは人間にはないミゼ曰く輝板という組織があって人間より猫は光をとらえる力が強いんだそうだ。
俺の瞳にその組織があるのかはわからないが、俺の瞳は放っておけば夜は光る。川を覗き込んだ時に気がついたんだが、それから練習してその光を抑えるようにしてきた。だって普通の人間は目が光ったりしないからな、こうすると少し視力はおちるが今回戦った相手ぐらいなら、松明の明かりで充分対応できた。
「……すごいな、お前。正直、助かった」
「ははははっ、盗賊って奴らは嫌いなんだ。あっ、何かお礼が貰えるのなら大歓迎」
俺の方に護衛のリーダーなのだろう、戦っていた中で一番に動きが良かった男の人が寄って来て話しかけた。ははははっ、もっと褒めてくれてもいいんだぜ。他に、リーダーさんっぽい人と一緒に商人らしき人も俺に向かって話しかけてきた。
「お礼ですか、あの、お礼とそれとは別に賃金を支払いますので、貴方を護衛にやとえませんか?」
「えーと、それはお幾らぐらいで?」
俺としては早くどこかの街に行きたいのだが、ここで恩を売って情報収集をしておくのは悪くない。俺は田舎者なのだ、今はとにかく様々な情報が欲しい。
盗賊は俺の父さんを殺すと言う愚行をおかした駆除されるべき人種なので、今回の戦闘行為は実はほぼ私怨なのだが貰えるものはしっかりと貰っておこう。今後も、盗賊とは仲良くしてやるつもりはない。
「はい、食事付きで街まであと5日、銀貨5枚でいかがでしょう?」
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