第五十九話 これはどうも普通じゃない
俺達はサンヌ国を出て、ラクダに乗りミリタリスという国を目指しているところだった。昼間は天幕をはってその影で休み、涼しくなる朝方や夕方から夜にかけて移動する。案内人は結局雇わなかった、信用できる仲間だけで旅をするほうが気楽だったからだ。
あまりにも気温が落ちて凍える前に、夜は天幕を張って『魔法の鞄』から平たい岩を取り出す、それを『火炎』で熱して料理をしたり、暖を取ったりしていた。
そして、俺たちは砂漠の真ん中で思わぬものを見つけた。
「なぁ、これ。何だと思う、こういう状況は二度目なんだが?」
「返事が無い、ただの行き倒れだ。……ではないでしょうか?」
「大変です、すぐにお助けしましょう!! 『大治癒!!』」
今日もそろそろ進むのはやめて、天幕を張ろうとしていた時だ。砂丘の陰に一人の男が倒れていた、それはいいのだが、いやよくないか。
「ふぁ~あ、よく寝た。あれ、こんばんは」
ディーレが倒れていた男に『大治癒』をかけてやったら、そいつはすぐに起きた。そして、まるで何事もなかったかのように俺達に挨拶をした。
綺麗な顔をした男だ、中性的で美しく長い金髪に碧の瞳をしている。着ているものは清潔そうな、絹で作られたような上等な服だ。ゆったりとした体に巻き付けるような服で、戦闘にも旅をするにも全く向いていなさそうな格好だった。
こんな砂漠で倒れているよりも、どこか貴族の邸宅の椅子に座っていた方が納得できるような男だった。男だよな?あまりにも中性的な容姿をしているので、俺と同じくらいの身長から男だと勝手に判断している。
「あんた、一体何者なんだ? どうして、そんな立派な服で砂漠に倒れている?」
「うーん、そうそう私に近い者を見たって聞いたから、探しにきたんだ」
人を探しにきた?こんな砂漠で人探しなんてするものだろうか、いや普通ならしない。それにそもそもこいつは荷物すら持っていない、……ますます怪しい奴だ。そんな男にディーレが心配して声をかける。
「人を探されて? 荷物などはどうされたのですか、まさか盗賊にでも遭われたとか?」
「えーと、重いものは持ち歩かないんだ、必要なものはその場で出せばいい」
ディーレの当然の疑問にも訳のわからない事を言う、その場で出せばいいというなら『魔法の鞄』持ちかと思った。だが、そもそも男は荷物一つ持っていなかった。
「仲間の方が荷物を持たれていたのですか?」
「うーん、仲間はもういないんだ。仲間の子ども達はいるけれど、あの子達は私と違ってしまっている。全く、寂しい話だよ」
ミゼが仲間がいたのかと推測をぶつけてみるが、それもいないらしい。これはもう、あれか?砂漠で仲間とはぐれるか何かした、脱水症状で頭のおかしくなったどこかの貴族の坊ちゃんだろうか?俺も心配になって声をかける。
「……これから夜は冷えていくぞ、そんな軽装でどうする。それに脱水ぎみなのかもしれない、とにかくまず水を飲むか?危害を加えないなら、俺達の天幕で今日は休んでいってもいいが?」
「ああ、有難い。聞いていたとおり、優しい子だね。嬉しいよ、寒くなるなら暖かくするとしよう」
とにかく、砂漠は夜になると急激に気温が下がる。時には雪が降ることさえあるのだ、さっさと俺達は天幕をはってその寒さに備えるべきだった。
だから、見るからに怪しい男だったが、とりあえずは天幕を張って寝床の確保をしようとした。するとまた奇妙なことを言う、完全に頭がいかれてしまっているのだろうか?
「そうだね『ここを暖かくして、土を捉え生まれ育ってくれるかな』」
男が奇妙な鍵となる言葉、いや鍵となる『魔法の言葉』のようなものを紡いだ瞬間に急激な変化が起こった。
今まで砂地であった場所が大地に変わり、冷えてきていた空気は暖かくなった。土に変わった場所からは、物凄い勢いで植物達がしゅるしゅると芽を出し、メキメキメキッと音をたてて生まれ育っていった。
「ついでだし、これもいるかな『綺麗な水を運んでおくれ、とても澄んだ美しい水がいい』」
みるみるうちに俺達の周囲には一つのオアシスが生まれ作られていった、成長をして美味そうな果物などの実らせる木々に草花、そして透き通って底まで見渡せるような水がその中心に湧き出てきた。
「な、何なんだ!?」
「ええと、神よ。何事でしょうか!?」
「……私、この旅が終わったら、好きな子に告白するんだ。……二次元だけど」
小さいとはいえオアシスがたった一人の男に、魔法でいや魔法なのかもわからない方法で、みるみるうちに作られていくのに俺達は驚いた。ミゼなど驚きのあまりに何か言っていたが、それを聞いているような余裕も無かった。
当たり前だ、俺も上級魔法の使い手だが、こんなに非常識なことはできない。これだけのことをするのなら、一体どれほどの魔力が必要になることか!?
「ほらほら、これでいいだろう? とっても、過ごしやすくなった」
「………………」
「………………」
「………………」
呆然としている俺達を放っておいて、先ほどまでは倒れていた男はその美しい顔で、にっこりと上機嫌で微笑んだ。そうやって笑うとますます性別がわかりにくくなる、そのくらい魅力的な笑顔だった。
俺達は暫くは何も言えずに、呆気にとられてその無邪気に笑う男をみつめているだけだった。人間、あまりにも非常識なことに出会うと、どうやら反応すらできなくなるものらしい。
砂漠の真ん中に突然できたオアシスの中、俺たちは何もすることができなかった。
ただ、ただ、呆然と立ち竦んでいた。
「ねぇ、ねぇ、もう少しお話しよう」
「聞いてほしいよ、もう勝手に抱きついたりしないから」
「寂しくて泣いてしまいそうだ、せっかく君達に会えたのに」
「少しだけ、ほんの少しだけだから」
「うーん、何が悪かったんだろう。とっても素敵な場所ができたのに」
先ほど、とんでもない非常識な魔法を使った男がうるさい。いや、あれは魔法であったのかすらおかしかった。
そして、その現象を作り出した男も充分におかしかった。奴は暖かいオアシスを一つ簡単に作ってしまうと、その後に俺にいきなり抱きつきやがったのだ!!
「な、なんだ!?お前は何なんだ!!」
「うわぁ~、やっぱり私のお仲間だぁ。とても近い、こんなに仲間に近い子は随分と久しぶりに見るよ」
まるで子どもが猫を可愛がるように、俺のことを抱きしめてその無駄に美形な男は喜んだ。ずっと昔からの友達に、久し振りにあったように無邪気に喜んだのだ。俺は逆に身をこわばらせた、敵意などは感じなかったが、逆にあまりに邪気が無さ過ぎて動けなくなった。しばらくしてどうにか男を引きはがそうと努力する。
「は~、な~、せ~!!」
「なんだい、久しぶりに会えたんだよ。どんなに私が一人で寂しかったことか、私にこんなに近い子は初めてだ。ああ、嬉しくて堪らないよ」
なんとこの男、砂漠の旅の途中で少し弱っているとはいえ、草食系ヴァンパイアの俺の強靭な筋力でも、無理やり引き剥がすことができなかったのだ。
「………………」
「ああ、嬉しいよ。今日はなんて良い日だろう、わざわざ見にきた甲斐があった」
おかげでその抱擁は暫く続いた、別に変なところを触られたりはしなかった。ただ、普通に抱きしめられただけだ。
俺を抱きしめている間中、その男は嬉しい、嬉しいと繰り返し、まるで子どものようにそう言っていた。そいつが次に興味を持ったのはディーレだった。
「おやおや、この子にも君ほどじゃないけど、少し懐かしいな。ねぇ、ええとなんだっけ。でぃーれくん? いっそ、君も人間を止めてみない?」
「えええええ!? も、申し訳ありませんが、僕には人間をやめる予定はございません、神よ、お助け下さい――!!」
次はディーレはソイツの抱擁というか、顔や体のあちこちを珍しそうにつつきまわされていた。ディーレもさすがにそれは勘弁してほしいようで、あっちにと、こっちにと、素早く身をかわし逃げ回っていた。
「この子は知らないな、とても変わった子のようだけど」
「私はただの従魔でございます、あのもう魔物ですので人間は止めてます!!」
そいつはミゼのことは珍しそうに見たが、触ったりつついたりはしなかった。俺達はその不可思議な男から距離をとって、逃げようとしたが俺もディーレも服の端を、その男にしっかりと逃げられていて無理だった。
男はしつこく、それはもう執拗に俺達に話しかけてきた。仕方なく、仕方なく、俺はその恐らくは言っていたことからして、人間ではない男に話かけてみた。
「俺と、特に俺の仲間達に、お前が危害を加えないというのなら話をしよう」
「うん、そんなことは嫌いだからしないよ、他の子もそうできればいいのにね」
俺が話しかけると男は瞳を輝かして答えた、本当に俺達に危害を加える気はなさそうだ。力だけをみれば、きっと俺達はこの男には敵わない。だが殺気も何もない。この男はまるで、無邪気な子どものようだった。
「お前は一体、何者だ?名前はなんていう?そして何かの魔物なのか?」
「ん?私は私、名前は皆が好きなように呼ぶ。魔物が人間以外の全てを示すのならば、きっと私も魔物だろうね」
話しが一向に通じていない。とりあえず、この男が人間ではないということだけは確認できた。魔物だとしたら、何という魔物になるのだろうか。とにかく男の目的を聞いてみた。
「何がしたいんだお前は?」
「私に近い子がいると聞いたんだ、とても近い子がいるとこの子達から聞いた」
そう言ってこの男は出来たばかりのオアシスに、生き生きと生い茂る植物達を指し示した。んん?こいつもまさか、草食系のヴァンパイアなのか。
「お前は草木の生気を食う、ヴァンパイアなのか?」
「うーん、前半はちょっと違う。後半は、勝手にそう言われることがある」
俺以外にも草食系ヴァンパイアがいたのか、いやちょっと違うとこの男は言った。さっき散々抱きつかれた時には私に近いとも言っていた。この男は一体何者だろう。
ふと思いついたように、男はまたポツリと言葉を零した。
「そうなんだ、私のことをヴァンパイアの王と呼ぶ子もいて困ってしまうね」
広告の下にある☆☆☆☆☆から、そっと評価してもらえると嬉しいです。
また、『ブックマーク追加』と『レビュー』も一緒にして頂けると、更に作者は喜んで書き続けます。




