第五十八話 失ったって構わない
「私、この街に残ろうと思うの」
「…………理由は?」
このサンヌの街に滞在し始めて二月ほど、ある晩にそうステラが言いだした。実はそう言うんじゃないかと思っていたが、俺は話を促してその理由を問いだたした。
「私はこの街が好きよ、今までみたいに貴族ってものがいないし。私の中級魔法はここで充分に通用するわ、『恵みの水』を使うと依頼でいつも喜んで貰える。
「そうか、お前楽しそうだったもんな」
このサンヌの街は王という存在がいない、当然ながら貴族もいないんだ。商人や職人など、住民の代表者が話し合って国の運営を行っていた。
「もう貴族のことなんて気にしなくてもいいし、それに私は土属性の魔法が得意だわ、この国でその力を生かしていきたい。サンヌ国は砂漠に飲み込まれないように、土壌開発にも力をいれている、私も得意な魔法でその手伝いがしたいの」
一見すると狭そうな世界の街だがそうでもない。ここは交易で発展を遂げた街であり国だから、様々な意見が出ることが多いし、それらを尊重して考える。
商人たちは旅をして入れ替わることも多い、だから極端に偏った意見に陥りにくい。広い世界を知っているから、狭い世界の常識にこだわらないのだ。
「もう、ここにある教会の孤児院とも話してあるの、私が雑用を手伝うのなら部屋を格安で貸して貰えるわ。冒険者ギルドの依頼を受けていけば、私は充分過ぎるくらい食べて生きていける」
ステラが雑用依頼を好んでいたことは知っていたし、その依頼を通じてこのサンヌ国に溶け込んでいるのも分かっていた。
「レクス達に出世払いができないのは酷い話だと思う、だからこのメイスを貰ってくれない?高い素材が使ってあるから、高く売れると思うわ。それでも助けて貰った恩には足りないんでしょうけど、今まで貯めたお金もつけるわ」
ステラが差し出すメイスはウィズダム国に居た頃に、家の力を使って作った高級品だ。売ればそれなりの値段はする、更にステラは今もっているお金を全てを払ってもいいとまでいっている。
「一つ、聞きたい?」
「うん、なぁに?」
「俺というヴァンパイアが嫌になったわけでは無いんだな?」
「ふふふっ、レクスよりも私の元身内のほうがよほど怖い化け物よ。そういう理由じゃないわ。ただ、この街でもあり、国でもあるサンヌ国が私は気にいったの」
ステラの答え方は落ちついていた、心音の速さも、発汗の具合や呼吸の乱れもない。彼女は本気で、俺がヴァンパイアだということを気にしてはいなかった。
「それにね。もう一つ、理由があるの」
「なんだ、言ってみろ」
「私ってやっぱり闘いには向いていないみたい、それにヴィッシュは私が戦わずに済むように彼に出来る限りの力で私を逃がしてくれた。そのことを忘れずに生きていきたいの、何かの命を奪うんじゃなくて助ける生き方をしてみたいのよ」
「…………ヴィッシュが喜ぶだろうなぁ」
ステラの命は戦うことを選んだヴィッシュという少年が救ってくれた、優しい彼女が戦わずに済むようにと力を尽くしてステラを解き放ってくれたのだ。
そのステラが優しい心のままに新しい生き方をみつけた、ヴィッシュがこのことを知ったら自分は正しいことをやり遂げたと、ステラの新しい生き方をとても喜ぶだろうにと俺はふと思った。
「ディーレさんはお兄さんみたいで大好き、ミゼくんは面白いからお友達ね、それからレクスは……、お父さんかしら」
「ふっ、はははははっ、そうか随分とまぁ俺にもでかい子どもができたもんだ」
ステラの言葉は真摯なもので、嘘は見つからなかった。俺は自由が好きだ、人が嫌がることを強制したくはない。
「ステラ、一つだけ俺は確かめたい」
「なぁに、もう一つ?いいわ、なんでも聞いて」
それは後日に行われた、俺が確かめたかったのはステラのこれからのこと、世話になるという教会の孤児院についてのことだった。俺はそこを預かる人間にどうしても会っておきたかった、そう自分の力で生きていくことになるステラのことが心配でたまらなかった。
「あの子は優しく、また才能がある子どもです。ここの子達にも馴染んでいます、私もあの優しい子が大好きですよ」
「…………そうか、頼む。辛い目に遭った子だ、優しくしてやってくれ」
ここで教会と孤児院を預かっているのは三十を過ぎた、砂漠で夫を亡くしたという女性だった。ステラの才能や魔法についても聞いてみたが、彼女の心音等に変化はなかった。嘘や偽りを言っている様子は無く、本当にステラのことを彼女は気に入っているようだった。
俺は今度は仲間たちに問いかけた、ディーレもミゼもステラのことを大切に思っている、ステラは一時とはいえ仲間だったからだ。
「ディーレはいいのか、可愛い妹を手放すことになるが?」
「ヴィッシュさんとも最初から、あの子が安心して住む場所を見つけるという話でしたから、この街でステラさんはとても幸せそうです。兄として妹の喜びを邪魔することなどできません。…………あの子の望むとおりに」
「ミゼは?」
「嫌がる子を無理やり連れていっても不幸になるだけです、ステラさんは雑用依頼を本当に嬉しそうにこなしていました。…………この街が今では大好きなのです」
本人が望んでいる、仲間達も反対しない。そして、俺自身もステラの幸せを願っている。ならば、もう結論など出たようなものだ。俺たちはステラと別れてまた旅に出ることになった、ステラは可愛い顔を真っ赤にして、ポロポロと涙を零しながら俺たちに別れの言葉を告げた。
「ステラさん、どうかお元気で。僕はそう貴女を……実の妹のように思っています、神の御業である大いなる優しさがこれから貴女を守りますように」
「私、私もよ。……ディーレ兄様、これからだって言うわ。私には血は繋がらないけど、とても素敵な兄がいるんだって!!」
ディーレに抱きついてステラは素直に泣いた、泣いて別れを惜しんだ。ディーレの方も妹が生き甲斐を見つけたのは嬉しそうだったが、この別れに少し目が潤んでいたのは間違いない。
「お元気で、私という立派な従魔がいたことを忘れないでくださいよ」
「ふふふっ、ミゼくんみたいな面白いお友達。忘れようとしたって忘れないわ、もちろんこれからだって覚えてる。一緒にとても楽しく遊んだわね、どうか元気でいてね」
ミゼを抱き上げてステラはその背中に頬ずりをして、柔らかく温かい毛皮の手触りを惜しむように、大事な友達から離れることを惜しむように、ゆっくりと抱き合げて最後になるかもしれない挨拶をした。
「ステラ、これは持っておけ。お前が争いごとを嫌うのは知っているが、これがいつかお前の役に立つかもしれない。それから、金のほうもな。鉄の冒険者をみくびるな、普段の鍛錬は忘れるなよ。俺の一生は長いから、気が向いたらまた会いにくる」
「うん、わかった。レクスの好意に今は甘えておくわ、出世払いって言ったでしょ。次に来るならどうか、私の寿命が尽きる前に来てね。何年でも、何十年だって私はここで待っているから、レクスが驚くほど立派になったところを見せてやるわ」
俺はステラにメイスとお金をそのまま返した、ここで生きていく彼女にとって、これらは役に立つことだろう。
草食系という変わったヴァンパイアがいた、そんな者から棒術を習ったのだと覚えていてくれるかもしれない。いや、きっと覚えていてくれるだろう。この優しい子は俺をまるで父親だと言ってくれるような、そんなとっても変わった可愛い女の子だから。
「レクス、ディーレ兄さま、ミゼくん!! 元気でね、どうか幸せになって――!!」
「はい、ステラさんもお元気で、貴女に神のご加護がありますように。さよなら、どうか健やかにお過ごしください。…………僕の大切な妹」
「ステラさんこそお元気で、また会えた時には沢山遊びましょう。毎日がとっても楽しかったです、さようならでございます」
「俺がまた会いにくるまで、長生きをしろよ。その時はどれだけ立派になったか、また棒術をみてやる。――――それじゃ、またな」
ステラがこの街に残ると決めてから更に一月、孤児院に移った彼女の状況が落ち着いたことを確認してから、俺達は忘れられない国になるだろうサンヌの国を出発した。
夕方に出発する俺達をステラはずっと、ずっと、ヴァンパイアである俺の視力でも見えなくなるまで見送ってくれた。ステラは泣いていたが悲しい涙ではない、それが分かっているからディーレもミゼも少し泣いていた。
俺か?ちょっとくらい水分を失っても構わないさ、せっかく可愛い娘が見送ってくれるんだこのくらいは平気だ。
俺達はステラと別れ、次の国。ミリタリス国への旅路についた。
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