第五十七話 知らなかったじゃ済まされない
俺たちはサンヌ国に無事に着くことができた、問題なのは国に入ることができるかどうかだった。なにせステラには身分を証明する物が何もない。だから、あらかじめ俺たちは相談しておいた。
「ここに来る途中の砂漠のオアシスに一人でいたんだ、親も商人らしき者も誰もいなかった、可哀相だったからついでに拾ってきた」
「へぇ、あんた。物好きだね、首輪はなさそうだから奴隷じゃない、旅が厳しくて途中で捨てられたのかな。お嬢ちゃんは何か覚えていないのかい?」
「……わからない、父と兄らしい人がいたけど、……見捨てるとか話していたかも」
そう言って門番達と決められていたとおりに会話をし、最終的にステラだけ通行料を倍額支払うことで、身分証がなくても街に入ることができた。
とにかく身分証がなければ動くことが難しい、ウィズダムからも離れたことだし、俺達はまずステラの身分証を作りに冒険者ギルドに向かった。
「それじゃ、昼間に移動してはいけなかったのか!?」
「はい、このサンヌ国の周囲の砂漠では体力の消耗を抑える為に、涼しくなる夕方から夜にかけて移動をします。…………よく、無事で来れましたね。皆さん達」
サンヌ国で冒険者ギルトに行ったら、真昼間からここに来る者は珍しいらしい。特によそ者の俺達を変だと思ったのか、これまでの旅のことを聞いたらそう返答があった。
俺は驚いた、どうも大事な旅の常識を聞きそびれていたようだ。俺とディーレ、それにステラの魔力が高く、水の確保が簡単だったから無事にここまで辿りつけたようだ。これが魔力をあまり持たない、人間だったら大変な間違いだった。
危なかった、もっとアクアルム国から、サンヌ国が遠かったらもっと危険な旅になっただろう。俺達は仲間全員で反省をした、この国を出る時には気をつけよう。
「どうりでラクダが休憩ばかりとって、やたらとゆっくりと進んだわけだ」
「水分の節約のためにも、日中は日陰で体を休めて、涼しくなる夕方以降に移動するのが普通です。砂嵐が起こりやすい場所もありますし、オアシスの位置は案内人がよく知っています。次からは気をつけてください。それで冒険者登録でしたか?」
「はい、はーい。そうでーす!!」
サンヌの街にある冒険者ギルドで、俺は職員さんにステラの冒険者登録を頼みにきていた。こんな過酷な環境にもギルドはあった、ギルドは情報を魔法で共有している。
だから、実際はステラも冒険者登録はするが、暫くは俺達のパーティに登録はしない。俺たちのパーティにスペラらしき女の子が入った、ウィズダム国のギルドにそう知られないためだ。街に入る時には、偶然に砂漠で助けた子だという説明をしておいた。
「こちらの用紙に最低でも名前と年齢、性別をご記入ください。他には魔法など、得意な技能を書かれるとパーティ、仲間へと勧誘される可能性が高くなります。字は書ける?書けなければ私が代筆致します」
「大丈夫です、書けまーす」
名前:ステラ
年齢:10
性別:女性
技能:棒術を見習い程度。中級魔法、得意なのは土属性
登録料として銅貨5枚を払ってステラは冒険者になった、本人は受け取ったギルド証を大事そうに首にかけていた。ギルドに関する説明にも、うんうんと頷きながら真剣に聞き入っていた。
「さて、ここの依頼には、どんなものがあるんだろうか」
「初めてくる街ですし、砂漠の街ですから、少し変わっていますね」
「私に出来そうなのあるかな?」
「皆さん、労働が好きですねー。偶には働いたら負けだと思っている、キリッ!!……そのくらいの気持ちにならないのがとても不思議です」
『ポー草を10本採取、ランク銅以上、常時依頼』『マジク草を10本採取、ランク鉄以上、常時依頼』『アクアルム国までの護衛依頼、ランク鉄以上』『迷宮探索、パーティ募集、ランク鉄以上』『食肉用の動物買い取り、ランク銅以上』『ミリタリス国までの護衛依頼、ランク鉄以上』『ペッパーの採取手伝い、ランク鉄以上』『オーガの皮、採取依頼、ランク鉄以上』『水の採取依頼、ランク銅以上』『土壌開発の手伝い、ランク銅以上』『外壁の修理手伝い、ランク銅以上』
「ちょっと旅をして疲れたことだし、二、三日は休憩をとってゆっくりと休もう」
「そうですね、偶にはそれもいいでしょう」
「あっ、でもレクス。棒術の稽古だけはお願い、少しでも強くなっておきたいの」
「やった、もう働きたくないでござる!!」
宿屋は料金が少し高めだったがラクダも置いておけた、旅の疲れをとるために最初のうちはのんびりと少し休むことにした。
砂漠を歩いていた間にできなかった体の鍛錬と、ステラへの棒術に関する指導以外は、ギルドにある少ないが珍しい異国の本を読んだりして過ごした。
「そういえばここは交易の国だったな、何か買っておくものはあるか?」
「香辛料!!香辛料を買っておきましょう、カレー粉があれば!!……期待はできませんが」
「香辛料?カレー粉?」
「要は今までとってきた、ニリン草など野草の一種、またはそれを乾燥させて粉にしたものです。これらがあると料理の幅が、圧倒的に広がります」
そうミゼが言うのでその後に、バザールという露天商が並ぶ位置で、様々な香辛料を手に入れた。少し値段が高めだったが、料理の幅が広がるというのなら買っても損はない。
「むぅ、これ、これが要ります!!」
「ふーん、カレーってそんなに美味いのか?」
ミゼはいつになく真剣にバザールの露天商から、香辛料の購入を熱心に行った。一つ、一つの匂いを嗅いでよく吟味し、いろいろと購入していった。
クミン、ターメリック、コリアンダー、チリ―ペッパー、カルダモン、クローブ、ナツメグ、シナモンという八種類の香辛料を混ぜ合わせて作られるのが、カレー粉だった。というか、一応はそれでミゼは満足していた。
「うん、独特の風味がして、スープでも充分に美味いなこれ」
「何か食欲が出る匂いもするし、こっちのカレーってお米でもパンでも美味しい」
「美味しいですね、神よ。今日も豊かな糧をお与えくださったことに感謝します」
「これですよ、これっ!!あちっ、あちっ、あちっ」
ちなみに泊まっていた宿屋の主人にも食べさせてみたら、別の味のカレー粉を分けてくれた、どうも其々の家でいろんな味のカレー粉があるらしい。
ミゼの奴は私のあの苦労は一体?などと言ってはいたが、別のそのカレー粉で作る料理も美味しく食べていて、いつにも増して上機嫌だった。
ぐらあああぁぁぁぁぁああぁあぁぁぁぁぁ!!
「お久しぶりだな、オーガさん」
「そんな、レクスさん。親しい友人みたいに、……魔物にも死後に安らぎが与えられますように」
俺とディーレはこの国にもある迷宮で、オーガを狩りに来ていた。サンヌの街にきてから、そこには多くはないが砂漠独特の植物達がいたので、戦闘ができる程度には俺も食事ができて回復している。
「いつも通りにいきます!!」
「おう、頼む!!」
俺はディーレが光の弾を魔法銃のライト&ダークで、オーガの目に撃ちこんで目つぶししてくれている間に、その背後に回り込んで足をまずは潰す!!
ぐらあああぁぁぁぁぁああぁあぁぁぁぁぁ!!
ぐしゃりといつもの肉を潰す独特の感触がメイスを通して伝わって、オーガはその痛みから咆哮を放ち、ディーレに生み出された攻撃魔法が降り注ぐが、彼はいつものように、『浮遊』で簡単にその攻撃から身をかわしていた。
「手順はいつもと変わらん、だがやっぱり体が少し重いな。『重力!!』」
俺はいつものようにオーガの機動力を奪ってから、暴れる両腕をかい潜ってその背中に飛び乗り、グギィと『重力!!』で重さを増したメイスで首をねじ切った。まだ、どこか本調子ではない。以前と違って体が少し重く感じる。
「オーガの皮はどこでも良い値段がつくな」
「丈夫で柔軟性があり、少し珍しい物ですからね。オーガを倒せるパーティはもっと大人数になりますから、報酬として結局はそこそこになったりするとか」
俺はオーガから皮を剥ぎ取って、ディーレとそんな話をしていた。俺からすればオーガは日々の糧を生む、大事な獲物の代表格だった。
「私、水属性の適正も高かったみたい、水の採取依頼って最初は何だろうと思ったけど、実際には中級魔法『恵みの水』で、この国では得ることが難しい水を魔法で生み出す仕事だったわ」
「『水』を使える者は大勢いますが、ステラさんのように『恵みの水』まで使える者は限られるようです。
ステラはミゼをお供にして、主に雑用依頼の方を受けて回っていた。変わった魔法の杖としてメイスを使い、棒術の鍛錬は怠らなかったが彼女は戦うよりも、雑用依頼の方を好んで受けていた。
「こんな国もあるのね、貴族も王様もいないなんて」
「ああ、そうだな。まったく不思議な国だ」
サンヌ国にはステラの言う通り、貴族も王族もいなかった。住んでいる者で代表者を選び、その者が政治の中心になっていた。俺たちの故郷なら考えられない制度だ。
「私、この国をとっても好きになれそうよ」
「好きなものが増えるのはいいことだ」
そう言うステラの瞳は輝いていた、何かが変わってしまったと俺はそう感じた。それは、子どもが大人になる大切な瞬間だったのかもしれない。
そうして、俺とディーレは迷宮でオーガ狩りを、ステラとミゼの方は雑用依頼を受け続けてから二月経ったある晩に、ステラがこう言いだした。
「私、この街に残ろうと思うの」
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