第五十六話 行ってみないとわからない
「次に俺達が行く国は、砂漠の中にあるんだ」
そう俺が言った瞬間、皆の動きが硬直した。そして、その後に一斉にそれぞれが喋り出した。いっぺんに話すので煩い、だが驚いたのは共通しているようだ。
「えええええ!? 砂漠って木なんて生えてないんじゃないの!!」
「僕も行った事がありませんが、……大丈夫でしょうか?」
「オアシスなどが必ずあるはずです、そこに国があるなら行く方法はあるでしょう」
俺の次の旅する場所が砂漠という事実に、仲間達が一斉にざわつき落ち着かなくなった。うん、俺だって本当は砂漠なんかには行きたくない、……というのは嘘だ。
実は行ってみたい、まだ行ったことない場所なら、どんなところが見てみたいんだ。しかし、俺は草食系ヴァンパイアである。草木の無いところでは食事ができない、つまり俺が砂漠に行くというのは自殺行為に近いかもしれない。では他に方法は無いのかといえばなくもない。
「方法はもう一つあることはある、大迷宮だ。あの迷宮も、これから行く国に繋がってはいる」
「う、私が足手まといなばかりに……」
俺の提案にステラが真っ先に申し訳なさそうな顔をする、いやそんな顔をする必要はない。この提案には無理があるからだ。
「いや、ステラだけの問題じゃないんだ。確かに大迷宮もその国に繋がってはいるんだが、かなり深い階層を潜らないといけない。さすがに俺達でもオーガなんかがうろうろしている場所で、野営をするのは危険だと思う」
「確かに、僕達は短時間で深く迷宮を潜ることはできますが、その場に居続けるとなると大変です。それよりは普通の方と同じように、砂漠を渡った方がいいかも」
「…………そうなんだ、それじゃ仕方がないわね」
「レクス様にとっては、わりと最大の危機かもしれません」
うーん、確かに草食系ヴァンパイアで草木の生気を分けて貰って生きる、そんな俺には厳しそうな環境だ。でも、そこに国があって人間が住んでいるのなら、植物もなくはないはずだから辿り着けないことはないと思う。
「とにかく、アクアルム国の端の街で砂漠を渡る方法を探す。それにできるだけの食糧や薪、枯れ葉などを集めておこう」
「うん、私は頑張って集める!!」
「僕もできるだけ、日持ちする食糧を作りましょう」
「……あれっ、私だけ役立たず、いやいや小枝を集めるくらいはできますね」
アクアルム国の最後の街、ロッソというところで俺達は二手に分かれて行動した。どこにウィズダムの諜報員がいるかわかないので、ステラは街中ではフードを深く被って基本的に顔を隠し、ミゼを護衛につけて宿屋で留守番をして貰った。もちろん、偽名で全員が宿泊している。
「頑張って勉強しておくわ」
「はい、ミゼは大人しくステラさんの護衛をします。やっほう、久しぶりの女の子だー!!ああ、シアさん以来の安らぎがここに……」
「ミゼも一緒にもっと、中級魔法の勉強をしてろ!!」
ただ、留守番をしているだけでは暇だろうから、俺が持っている本をその間に勉強できるように置いておいた。『中級魔法書』と『上級魔法書』の二冊である。
「旅をするにはらくだが必要なのか、出発前に充分に水を飲ませておく、成程」
「オアシスを渡っていくのですね、案内役ですか。それはちょっと……、ほらっお金の問題がありまして……」
そして、俺とディーレは砂漠を渡る方法について、商人達に聞き込みを行った。俺が悲観していたほど、厳し過ぎる旅にはならないようだ。
しっかりと準備していけば、人間だって渡れるんだ。俺達でも大丈夫らしい、ただどうしても案内人を雇った方がいいと言われたが、ステラの痕跡を完全に決しておきたいので、それができないのが辛いところだった。
「砂漠では昼間は酷暑だが、夜は逆に極寒の地になるらしい。昼に白い布を体に巻いて暑さを防ぐ必要がある、他には毛布を買って寒さへの対策もな」
「一応は大体のオアシスの場所を教えて貰いました、その代わりにレクスさんがおっしゃったような品を買いました。あと、らくだも購入した方がよさそうです」
俺達は酷暑と寒さへの対策にいろいろと品を購入した、ウィズダムの迷宮で稼いでいたから、金銭的に困ることはなかった。
「案内人を雇えないのがきついが、もしも迷ったら『飛翔』と『遠視眼』で進む方角を確認しよう」
「意外と草などは豊富ではありませんが、僅かには生えているそうですよ。それに鳥が飛ぶ方角、動物の足跡などを参考にするといいそうです」
最大の問題がラクダの確保だったが、これもまたちょっと高い買い物にはなったがどうにかなった。
「それじゃあ、行くぞー!!」
「うん、よろしくね。ラクダさん」
「この旅路に、神のご加護を。恵み深いその慈しみが永久に絶えませんように」
「って暑い、すっごく暑い、レクス様。日傘を作りましょう~!!」
ミゼの提案で購入した白い布で簡単な傘をいうものを作った、身につけている物もいつもと違う通気性を重視した白い服だった。……日傘は作ってはみたのだが。
「ミゼ、諦めろ。これはちょっと今の俺達じゃ無理だ」
「はうぅ、もうこの毛皮脱ぎたい!!猫のスフィンクスにチェンジで!!」
強い日光を直接当たらずに、過ごせるという点で日傘は良かった。しかし、俺達はラクダに乗るのは初めてだ、そしてこの動物はけっこう乗っていると揺れるのだ。
「うわわゎわわっわ、レクス~」
「我慢しろ、俺も我慢してるんだから」
「結構、揺れるんですね。うぅ、少し酔いそうです」
「…………返事がない、ただの乗り物酔いだです」
最初の日はオアシスまでは辿り着けず、全員が乗り物酔いと酷暑でぐったりしていた。ラクダは二体買って、ステラとミゼを交代させつつ、二人乗りで進んだが乗り慣れないうちは大変だった。
夜は天幕を張って、その中心に大きく平らな岩を置き『火炎』で熱して料理をしたり、天幕内を暖かくして交代で見張りをして休んだ。
「本当に昼は酷暑で、夜は極寒なんだな」
「熱射病が怖いですから、水分補給を常にお忘れなく」
「夜は寒いけど、星が綺麗だったねー」
「ええ、それに星の位置で大体の進む方向がわかりました」
二日目を過ぎるとオアシスに辿りつけたりした、あれだけ枯れ木や枯れ葉を集めておいたのだが、『火炎』で岩を熱するという方法で、大抵の料理は出来たし、天幕内の暖を取ることも簡単だった。
ラクダ達はどこにそんなに入るんだというほど、オアシスの水を飲んでいた。話しには聞いていたが、ラクダはこうして一気に大量に水を飲むが、その後の数日は水を飲まずに過ごせるらしい。
「お前達は凄いな、環境に適応して生き延びているんだな」
砂漠を渡るのに、ぴったりの生き物なのだ。砂漠を恐れずに来て良かった、俺はこういう初めて見るものや、初めて知ることが大好きだ。
酷暑は辛かったが『水』の魔法で、それぞれが水袋に水をためて喉が渇く前に常に水分を補給した。この酷暑では熱射病が起こりやすくなる、普通の村人だって暑い日に水を全く飲まずに働けば倒れてしまう。
「オアシスも点々とあるから、俺の食事も普段よりは控えめだが、飢え死にする前には街に着けそうだ」
「よかったね、レクス。……ヴァンパイアの干物って、本のとおりに血をかけたら復活するのかしら?
「レクスさんの場合は、森に置いておいたら復活するのかも」
「水分が必要かもしれません、川に放り込んでみてはいかがでしょう?」
オアシスなどに植物があって、草食系ヴァンパイアである俺は一安心だが、仲間たちはそれぞれ思いついたことを言っていた。本気で言っているわけではないので俺も苦笑いだ。ディーレだけは天然だから、もしかしたら本気で言っているのかもしれない。
「お前らな~、他人事だと思って言いたい放題だな~」
ヴァンパイアの物語なんかでよくある、枯れた遺体のようなヴァンパイアに、何かが原因で血を与えられて復活する、という恐怖伝説のような話しを皆でしばらく好き勝手にしていた。
うーん、確かに普段と違ってオアシスに遠慮するように食事をしているから本調子ではない、魔力や体力など全てが半分くらいには落ちていると思う。
「でも、砂漠でも草食系ヴァンパイアで良かったこともあったろ、俺には大体だがオアシスの場所が感じとれる」
森の木々が話すように、かすかだがオアシスの木々の声を、俺は聞き取ることができるのだ。それは案内人のように俺たちを導いてくれた。
”……こっち……だ……よ…………”
”……こっち、……こっち……よ……”
”…………いらっ……しゃい、可愛い……子……”
”……また……ね…………”
ディーレの記憶力と星などで方向を確かめ、俺が点々と生えている草やオアシスの声を聞くことで、心配していたが道に迷うことはなかった。それより怖いことが他にあった。
「あれはっ!! 俺のところへ集まれ!! ラクダ達を座らせ、体勢を低くしろ!!」
「きゃあ、あれって竜巻!!」
「いえ、砂嵐のようです。『聖結界!!』」
「これは、『強き結界!!』でございます」
素早く防御魔法を使用した仲間に習って俺も、無詠唱の『強き結界!!』を使用した。中級魔法だが三重の防御魔法だ、砂嵐とは初めてみたが、何事も無く俺達はやり過ごすことができた。それからものんびりと旅をする。
「……ラクダがあまり動きたがらないな、やたらと休憩ばかりとる」
「こういう生き物なのかしら」
「夕方に一番、元気に動いてくれますね」
「ラクダにも水を与えておきましょう、私たちの魔力の消耗は強くなりますが、脱水ぎみなのかもしれません」
ミゼの言うようにラクダたちの水分補給にも十分に気を付けた、彼らがいなくなっては徒歩での旅になってしまう。もしくは『飛翔』の魔法で一気にサンヌ国まで飛んでいかなければならない、何が起こるか分からない砂漠でそれは危険だ。
それからもいくつか小さな問題はあったが、一応は順調に旅は進んでいった、一月後にはようやく目的の場所が見えてきたようだ。
「ねぇ、見て!!あれが、サンヌの街かしら!!」
ステラが指さした方角には、今までとは比べものにならない街があった。レンガで作られた建物が並んでいる大きな街だった。
あれが街にして、国でもあるという砂漠に囲まれたサンヌ国だ。
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