第五十四話 意外とお喋りかもしれない
「スペ……いやステラ、どうだ上手くできそうか?」
「うん、私がやってみる」
俺達はまだウィズダム国にいた、駅馬車で距離を稼いだ後。国の中心は避けてフロウリアとは反対の国境にいく為に、目立たないように街道を見失わないようにしながら、ずっとその近くにある森の中を移動していた。
森は俺にとっては一番に動きやすいところだ、草食系ヴァンパイアとしては森の中は、食事をするのも楽だし、獲物を狩るのも容易い。
スペラは名前をステラと変え、髪を切って言葉や服装も男の子を装っていた。
「そう剥ぎ取り用のナイフで脂や肉が残らないようにして皮をはぐ、こうして綺麗に毛皮を剥いでおけば、街に持っていけばいけば少しだが金になる」
「兎は可愛いけど仕方がない、生きるためだもんね。いや、生きる為にさ、両足をしぱって、首から血抜きして足首の周りから浅く切って……」
「ステラさん、そう……厳しい話ですが、まだ体温が残っているうちが兎の皮を剥ぎやすいです、あとは内蔵を取り出してから、必ず火をしっかり通して頂きます」
「はい、ディーレさん。これでいい? 結構、綺麗に皮が剥げたと思うけれど」
「ええ、これくらいでいいでしょう。それに今日は雨が降っていますから、そんな時の薪について教えましょう。雨の日は掌の半分ほど掘れば地面が乾いているので、そこに焚き火をつくります」
「その前に濡れても消えないように、雨をよける天幕をはるのね。いや張るんだった、掘った穴はこれぐらいでいい?」
「はい、こうすれば後は普通の焚き火と同じ、なるべく乾燥している地面を作って、軽く掘って枯れ葉や小枝を中心に、小枝は円錐状に並べます。あとは魔法で火をつけるか、火打ち石を使うか。火力が強くなるにしたがって、細い枝から太い枝に交換していくのです」
「うん、こうして木をならべて『火』、これでいいかな」
今までにもスぺ、いや今は改名してステラにデビルボアなどの解体を教えたりしていた。でも、これからのステラは本当に自分の力で生きていく必要がある。
成人するまであと五年ほどの時間があると、余裕をもって学んでいた頃とは違う。真剣にそして、本当に使える技術としていろいろと身につけなけらばならない。
もう侯爵令嬢じゃない、今は逃亡中の女の子であるただのステラだ。森の中にいるが今のところ追っ手の気配はない、だからできるだけ生きていく知恵をステラに教えている最中だった。
ステラは魔法が使えるのでまず獲物の狩り方と、その捌き方や調理法などを中心に教えている。
「寝るときは季節や天候にもよるが、一人で見張りもいなければ木の上で命綱をつけて寝た方がいい、熊などの大きな獣はそれでも襲ってくる。だが、狼くらいならそれで防げる、襲われたら自分の命が一番だ。どんな魔法でもいい、遠慮なく行使しろ」
「うん、大勢で移動する時は交代で見張りをするのね、いや、するんだな」
ステラは当分は、少なくともこのウィズダムという国を出るまでは、男の子で過ごして貰う予定だ。今のところは追っ手はないが、魔法による通信でどこまでスペラの情報が、伝わっているかわからない。
「俺達は『魔法の鞄』があるから、いろんな荷物を運べるが一人で旅する時には持ち物は最小限に、できればこれからいくアクアルム国やそのもっと先で、安心できる仲間がみつかるといいな」
「レクスの旅についていったらダメなの、ずっとついていくのは邪魔になる?」
「俺はステラがついてきたってディーレに妹ができたようなものだ、だけどな、俺も見た目通りの人間じゃない。ステラはそれを見たら、俺を怖がるかもしれない。それはおれが辛い、だから次の次くらいでいい国がみつかるといいんだが」
「…………もう怖い人間は身内、元身内で散々見たから、レクスが何をしていても怖がらないと思う」
今のステラはとても不安定だ、肉親として接してきた父や兄から裏切られた。殺されかけたのだ、優しく強い心を持った幼なじみが逃がしてくれなかったら、ステラの生涯はそこで終わっていた。
それなら、もう少しだけ秘密を教えて安心させてみるか、これならいいだろう。
「ステラいいか、お前は上級魔法が使え、それに貴族の生まれで酷い目にあった」
「うん」
「実は俺も上級魔法の使い手だ、だからそれを知られることは避けている。国家に見つかれば、平民である俺だってどんな扱いを受けるかわからない」
「ああ!?やっぱりそうだったの。ヴィッシュを最後に助けにいってくれた時に、そうなんじゃないかと思った。……普通の人間なら、あんな状態で助けるなんて」
俺はステラがもう充分に、上級魔法の使い手の危険性について理解したと思う。俺の上級魔法だって、どこかの国に知られたら何をされることか。
上級魔法と中級魔法の間には大きな差がある、その使い手はやろうを思えば数百という命を簡単に奪えてしまうのだ。
その力の大きさゆえにスペラという侯爵令嬢は姿を消した、今ここにいるのはただの平民になったステラだ。このくらいの情報なら、彼女に教えてもいいと思った。
「それにレクスさんは人間じゃありません、人間にほとんど無害な魔物なんです」
「レクス様、もうこれほど関わった以上、私も教えておくべきかと……」
「ディーレ!? ミゼ!?」
「魔物、レクスって魔物なの!?」
俺が隠しておこうとしていた、もう一つの秘密を仲間達はあっさりとステラに教えてしまった。そうだよ、俺は魔物だよ。ほとんど、無害の草食系ヴァンパイアだけどな!!
当然、ステラは驚いている。だが、俺が思ったほどに激しい拒絶反応はなかった。きょとんとしていて、言葉の意味が分かっているのか分からない。仲間二人は彼女にも俺のことを伝えて大丈夫だと判断した、それなら俺も仲間を信じよう。
「一応はヴァンパイアだと思う、人の生き血を吸ったりはしないんだが」
「えっと、それじゃ。動物とかを食べるの?」
「いや、俺が主に食べるのは森など草木から分けてもらえる生気だ。だから、こういった森の中は俺の力が一番に発揮される場所だ」
「ええ!? ヴァンパイアなのに、血を吸わないの!!」
「舐めるくらいならできるが生臭いし、できるならそんなもん飲みたくない」
「草木の生気を貰うって…………虫?」
パチンッ
思わず俺はステラの額を軽く指ではじいた、ステラは額を押さえて蹲った。虫、虫とは何だ!?そりゃ、樹液を吸う虫もいる、でも俺はそうじゃない!!
「別に樹液を吸ってるわけじゃない、ただ、ちょっと生気を分けて貰うだけだ」
「うーん、想像できない」
ほう、そうか。まぁ、そうだろうな。俺も自分以外に草食系ヴァンパイアなどは、見たことがない。……少しだけ、それなら体験させてやろうか。
俺は雨がぽつぽつを音をたてる天幕の中で、仰向けになって寝て見せる。ディーレとミゼが見張ってくれているから、少し食事をしてみても大丈夫だ。
「ステラ、来い。俺の体の上に乗って、なるべく力を抜いてみろ」
「ええっ!?」
俺はステラの腕を掴んで、俺の体の上に仰向けに乗せてしまった。最初はステラも慌てていたが、徐々に身体の緊張がとれて力が抜けてきた。
「ゆっくりと呼吸をしろ、そう魔力の回復をする時のようにゆっくりと」
「うん、なんだか眠いような、なんかぼんやりと温かくなってきた……」
ステラの緊張がとれるのと同じように、俺はいつもよりもゆっくりと森の木々へと話しかける。
そう、最初は無意識に使っていた。この食事は木々との会話に近い状態になれる、その間は体はぽかぽかと温かくて、ぬるま湯につかっているような浮遊感がくる。
体の感覚が鈍くなっていくが、そのことに返って安心感を覚える。
大きな温かい何か、俺達を傷つけないとても優しい存在に包み込まれるようだ。
「……なんか……、聞こえる……? …………」
「……そのまま、ゆっくりと体の力を抜いて……よく聞いてみるといい…………」
”……今日……雨……ね…………”
”……水だ、……美味し……い……………”
”さぁ、……生きよ……う……”
”……ふふふっ、……可愛……い……子がいる……わ……”
”も……う……、ひ……とり…………”
”悲し……い…………、泣い……もいい……のよ…………”
”いい……の、……いい……の……よ…………”
”……だって…………、悲し……い……”
”…………生き……て……いて、…………可愛い……子…………”
”……誰も…………あ……なたを…………”
”……生きよ……う……、……楽し……い……”
”好き……よ…………、とても……や……さしい……子…………”
”…………生きて、…………精一杯に…………”
”伸び……るの…………、生きて…………い……く…………”
”……皆、…………許さ……れ……の…………”
”枝を…………伸ばし……て……”
”…………さぁ、……今日……も…………生きよう…………”
”……また……ね、……可愛……い……子…………”
「……無事に眠れたようですね、あれからずっと緊張していましたから」
「……ずっと動いていないと、何をしていいか分からないように見えました」
「こいつらは基本的に優しいからな、…………辛い感情も穏やかに癒してくれる」
俺はそっとステラが寒くないように、せっかく得られた眠りを邪魔しないように、そっと体を傍に降ろして温かいマントで包んでやった。仲間達とも、彼女を起こさないように小声で話しあって見守る。
「すー、すー」
その寝顔は幼い、規則正しい寝息が聞こえる。良かった、深い眠りにつけたようだ。ヴィッシュとの別れや、親類の裏切りという残酷な現実から、少し眠って休めるといい。彼らの声は優しい、ステラのことも大切に扱ってくれた。
「彼らは人間よりよほど逞しくて、生きることを、一瞬、一瞬を楽しんでいる」
「……以前に聞かせて貰った時は驚きました、僕の知らない実の母にあったような気持ちになったものです。……どうして、彼らはこんなに優しいんでしょうね」
以前に俺が森の木々の声がすると言ったら、ミゼの奴はそれは妄想だと言っていた。でも、俺の力が増すにつれて、人ほどに明確ではない。だが、確実に木々達からも感情を聞き取れることが増えた。
それを感じとれるようになった時から、『共感覚』という魔法を無詠唱で使うことで、仲間にも実際に共感させることができた。
「植物達にとっては生きることは辛いことじゃない、体を傷つけられたら痛がることもある。それでも、そのことを恨んだりはしないんだ、……不思議だな」
長く生きてきた森の大樹ほど、そういった傾向がある。まだ、若木達はお喋りでもある。そして、彼らにとって生きることは当たり前の楽しいことなんだ。
「生きるということが何よりも嬉しい、毎日が楽しくてしかたがない。俺のような彼らを糧とする者に対しても、助けることが楽しい、話せることが楽しいと言う」
植物達は毎日を精一杯に力強く生きていく、たとえ途中で摘み取られても、または焼かれてしまったとしても、今までを力を尽くして楽しんで生きたと言う。
「人間よりも彼らの方が生きるという喜びを、ずっと分かっているのかもしれない。楽しい、嬉しい、痛い、辛い、時に傷つけられても、また新しい芽を伸ばす」
人間と違って植物たちはその瞬間の生を楽しむ、生きていることそのものを喜ぶ。そして、辛い目にあっても、次の瞬間にはまた生きていることへの喜びを感じる。
本当は彼らこそ、この世界で一番に幸せな種なのかもしれない。人間のように立場に縛られることもなく、太陽と水や土の恵みがあれば、それだけで生きていける。
生きるということを体全体で楽しむ、成長することを喜び体を伸ばしていく。寿命をむかえる古木でさえ、その命尽きる瞬間まで生きていて楽しいと言っている。
「俺みたいな草食系ヴァンパイアも悪くないが、実は彼らの方が本当は幸せなのかもしれない」
「……ええ、そうかもしれません」
俺とディーレは深い眠りに入ったステラを見守りながら、そう二人で言って笑いあった。ステラについた心の傷がそう簡単に癒えるとは思えない、だが、今は眠って休んで欲しい。良質な眠りには、心を回復させる力がある。
「以前にディーレさんとレクス様が『共感覚』を使った時は別の意味で楽しゅうございました。美男子二人がお手て繋いで寝転がって笑ってて、プスー、プークスクスクス。なにこれシュール、テラ笑える」
ぺちんっ
俺はミゼを暴れないように抱えてから、その額をはじいてやった。ミゼもさすがにステラを起こすことはできないから、静かにうめきその痛みに耐えていた。
全く残念な使い魔だ、いつもの発作がこんな時にも出てくる。
「すー、すー」
ステラはそんな残念なミゼに気づくことなく、その深い眠りから目覚めなかった。
今まで眠れなかった分を取り戻すように、深く、深く、穏やかに眠り続けた。
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