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第五十三話 決めているなら仕方がない

「それではレクスさん、どうかスペラを連れて国外へ(・・・)逃げてください」


 そう言い放つとヴィッシュは自分の体を、持っていた剣を逆手に持ちなおして、自分自身の体を浅く切りつけた。その所作はいつもの拙い剣捌きが嘘のように、滑らかで俺達が止める暇すらないものだった。


 いつか見た迷宮での、幼い子供が振るうような剣の動作では無かった。いつも以上にその表情は淡々としていて、その瞳は冷静に自分の傷の具合を確かめていた。


「なんてことを、『大治癒(グレイトヒール)!!』」


 ヴィッシュの傷は深くはないが浅いものでもない、ディーレがすぐに回復の魔法を行使してその傷を癒した。


「ああ、せっかく痛い思いをして血を流したのに、あっ、次はいつもするように、『無痛(ペインレス)』の魔法を使えばいいだけでした。僕が傷を負っていた方が、レクスさん達が話を真剣に聞いてくれると思っていました」


 ヴィッシュの行動は一見して馬鹿な行動に見えるが、彼自身で考えがあってのことらしい。その様子は落ち着いていて、強い意志が感じられ、とても狂っているようには思えない。


「せっかく傷を治して貰ったんです、私の置かれた状況を説明します。傷を負っていても話すつもりでしたが、どうかよく聞いてください」


 そう言ってヴィッシュは自分のおかれている、厳しい状況について話しを始めた。まず、ヴィッシュ自身を傷つける前にそうして欲しかった、だが本人は傷を負ったことすら特に気にしていないようだ。始めから、そうする予定だったと言った。


「私はずっと実家であるスクイレ家から、スペラとの婚姻を薦められていました。もちろん、彼女の上級魔法という力を手に入れるためです。それが出来ないのなら今回の戦場でどさくさに紛れて、殺せと言われていて逆らうことができません」

「――――!?」


 スペラは思いもしなかった幼なじみのからの言葉に、何も言うことができずにいた。無意識なのだろう、咄嗟に掴んだディーレの服を固く握りしめている。


「そして、反対に私はスペラの兄。レジピマ・ベリトリスからこの戦争で、スペラが国に対して役に立つ存在なら、すぐに殺せと脅されています。この申し出にも、私は逆らうことができません。貴女の父親はこの事を知っていますが、敵を殺せないような者なら、かえって跡継ぎ問題の邪魔になると考えて黙認しています」

「……お兄さまが、……お父様まで………」



 スクイレ家ではスペラの上級魔法の力を取り込もうとしたが、それが出来ないのならばいっそ死んで貰いたい。ベリトリス家ではスペラがもっと精神的に強く、人を殺めても構わないほどの成長がなければ、不安定な強大な力は必要が無い。


 そして、どちらの家もこの二国間での戦争の間に、結果的に彼女を排除することに決めた。その決定を実行することを任されたのが、スペラと仲が良いヴィッシュだ。もし、ヴィッシュの方に少しでも殺意があったなら、スペラは今まで生きていられなかった。


 ディーレの服を握りしめていた、スペラの顔色はますます悪くなっている。元々が上級魔法を行使した後の魔力枯渇に近い状態なんだ。その話の厳しい内容も含めて、もう話を聞いているだけでも彼女には辛いはずだ。


「だから、今回依頼した護衛依頼はわざとギルドを通していません(・・・・・・・)。スペラの魔法の集中を妨げるからと、できるだけベリトリス家の者は近づけさせませんでした。貴方達が逃げてもこの国に帰ってこなければ、冒険者として生きていくのに問題はないと思います」


 どうりでこの依頼を受けた時に依頼書を持ってきたのが、ヴィッシュだったわけだ。書かれていた内容はベリトリス家からとはなっていたが、依頼書の作成も提出もヴィッシュが一人で代行したと言っていた。


 スペラの依頼自体が最初から無かったことだったのだ、ベリトリス家に仕える騎士達との接触の少なさも分かる、俺達はスペラ個人の客と扱われていたのか。どおりで同じ護衛なのに碌に話もしなかったし、お互いの顔さえ朧げに覚えているだろうか怪しい。


 俺達はスペラが心配だったから、依頼がなくても傍にいるつもりだった。だから、俺も深く依頼について調べなかった。ヴィッシュに説教したことを、今度は俺の方ができていない。つい、私情のほうを優先してしまった。


 スペラという大事な幼馴染を今まで守り抜いたヴィッシュは俺たちに頼み込む、淡々とした表情が崩れてその顔は何かに縋るようにとても苦しそうだ。


「どうかお願いします、この国にいるとスペラはどちらにしろ、二つの家のいずれかに殺されてしまいます。そして、私にはそれを防げません。また、優しい彼女の望む自由を与えることもできません」


 ヴィッシュは本当に辛そうにスペラのことを見た、小さな喧嘩をしていてもお互いに大切な友人であったことには違いない。だから、彼は殺すという一番簡単な手段を選ばなかった。考え方の甘い友人を時間のある限りなんとか説得しようとした。


 そうでなかったら、彼女はもう何か事故(・・)でも起こって、死んでしまっているだろう。ヴィッシュはできるだけ、スペラが殺されるまでの時間を稼いでいた、そしてその間に俺達を見つけ観察して、大切なスペラを預けてもいいと判断した。


「ヴィッシュ、俺達に支払う報酬はどうする?」

「はい、上級魔法が使える優しい幼なじみの、出世払いという事でお願いします。貴方達が逃げた後に私は敵の奇襲があって彼女は攫われたのだと、どうにか誤魔化してみせます。二つの家もフロウリア以外の国境を越えてしまえば、もう追ってはこないでしょう」


 ヴィッシュは俺達がスペラを見捨てないことを見抜いている、逆に報酬を用意する方がヴィッシュの行動に不自然さを生み、スペラや俺達を危機にさらしただろう。十歳ほどの子どもが大金を用意するのはどう考えても不自然だからだ。


 ただし、残されるヴィッシュの立場はかなり危険だ、何といっても殺害対象だったスペラの遺体がない。それならばいっそのこと、もう一つの道がある。


 俺がスクイレ家や、ベリトリスの現当主や時期当主を、こっそりと殺害しても意味が無い。ただ、単に当主のすげ替えが起こるだけだ。


 この国にいる邪魔になる貴族達を全て排除することなどできない、俺には彼らを全て殺す気なんかない、それなら部外者の俺にできることは限られる。


「ヴィッシュ、あなたも一緒に逃げればいいでしょう。こんな国に残る意味なんて無いわ。そうよ、二人で逃げてレクス達に、一緒に恩を返していけばいいのよ!!」

「私はもうスペラ以上に目をつけられています、家の中のあまり言いたくない事情をいろいろ知っています。だから、学院でくらい綺麗な生き方をしていました」


 俺はヴィッシュと目線を合わせて座り込む、ヴィッシュの心音は早くかなり緊張していた。でも、同時に強い動かせない意志を感じさせた。だが、スペラと同じことをあえて聞いてみる。


「お前が何かの情報を持っていることを考えても、この国から逃げ出すだけなら、俺達に任せても問題ないぞ。他の国でも、充分に生きていける場所はある」

「いいえ、ただスペラを一人を逃がすより、二人同時にいなくなったら、スクイレ家は必ず消えた私の行方を捜すでしょう。それに、私はこの国で生きていこうと、……もう決めているんです」


 ヴィッシュは妾腹のスクイレ家では三男にあたる、長男程に大切にされず。言い方だと様々な形で利用されていたんだろう。ヴィッシュは笑う、いつもの淡々とした笑顔ではなく、力強く笑って自分の決めたことを実行しようとしている。


 俺達だったらヴィッシュが何を知っていようと、子ども二人くらいは守ってやれる。だが、その対象となるヴィッシュ本人にその意思が無いのでは仕方がない。


「そうか、それじゃ。出世払いで引き受けよう、隣国の修道院かどこか安全な場所まで送り届ける。そこで一人で生きていけるように、それでいいか?」

「はい、私だって何も考えていないわけじゃありません。もっとこうなる前に選択出来たことを、スペラのいう要領の良い方法を遠慮なくして生きていきます。……今度、この国の噂を聞いたら、ヴィッシュ・スクイレという貴族の当主がいるかもしれません」


 そんなに簡単に妾腹であるヴィッシュの立場が良くなるとは思えない、だが、彼は本気でそう言っている。今回、二つの家を欺いて行動したように、もっとしたたかにただ利用されるだけではなく、自分の力で生きていくのだと彼は言った。


「それでは、スペラ。私は才能があるのにそれを利用しようとしない、そんな貴女が嫌いでしたが、優しい友人としては好きでした。どうか、どこかで幸せに」

「わ、私はちょっと潔癖すぎて、愛想がなくて、要領が悪い。そんなあなたが嫌いで、友人としては大好きだったわ。当主なんかどうでもいいから、ヴィッシュこそどうか死なないで、何をしても幸せに生きていって!!」


 お互いに大切な幼なじみはそう別れの挨拶と、これからの人生の幸福を願って口にしあった。どちらの約束もあまりにも儚い夢だ、本人達もその実現の難しさをよくわかっていて、それでも相手の幸福を祈った。


「そろそろ、最初の戦争は終りそうだ。ヴィッシュ、この砦にいるのはベリトリスに仕える者達ばかりだったな?」

「はい、そうです。それではお気をつけて……」


 俺達はディーレに『隠蔽(ハイド)』の魔法を使って貰うのに集中して貰い、そうっとその砦から逃げ出した。未だに戦争の結果に戦々恐々としている街から逃走する、門は閉まっているから『浮遊(フロート)』で体を軽くして、全員で高い外壁を飛び越えた。


「ディーレとミゼ、それにスペラ。お前らはこの森の中で待っていろ。ほんの少し、ヴィッシュの言い訳の手伝いをしてくる」

「はい、スペラさんを守って隠れておきます。……レクスさんとヴィッシュさんに神のご加護を」

「レクス様、お気をつけて」

「うん、ほんの少しでもいい。どうか、ヴィッシュのことを助けてあげて」


 俺は再度、『隠蔽(ハイド)』を使用しながら、さっきまでいた道を戻り砦に戻っていた。それから、俺はある上級魔法を行使した。


「これがいい『誘われし(インバイト)抗えない(レジスト)深き眠り(スリーピング)』……ヴィッシュの言い訳も、砦にいた全員が眠っていたら、そう怪しまれはしないだろう」


 俺は『誘われし(インバイト)抗えない(レジスト)深き眠り(スリーピング)』を効果範囲は砦に限定してかけておいた、こうすれば敵にスペラを攫われたという言い訳もしやすい。また、この国がフロウリア国の上級魔法の使い手の存在を勝手に疑ってくれるはずだ。


 俺はその後にディーレとミゼ、それにスペラと合流した。俺が荷物とミゼにスペラを背負って『隠蔽(ハイド)』で俺達全員の姿を隠す、ディーレは『浮遊(フロート)』で体を軽くして貰い、別の近くの街まで一定の速さで走り続けた。


 そこからは駅馬車を使い、ウィズダム国にとってフロウリア国とは反対に位置する国になる。アクアルムという国へと、俺達はなるべく人目を避けながら移動した。


「スペラ、すまん。女としては辛いだろうが……」

「ヴィッシュに比べたらこれくらい何でも無い、私は絶対に生き残る!!」


 スペラにも悪かったが非常事態だ、その長かった髪を短く切って貰い、そう男の子が着るような平民用の服に着替えてもらった。スペラの持っていた魔法の杖になるメイス、これはとりあえず布を巻いて常に隠して『魔法の鞄(マジックバッグ)』に入れておいた。


 ヴィッシュがあの後、どうなったのかは分からない。ただ、戦争そのものはその後もしばらくの間は続いた。また恐ろしい眠りの上級魔法を使う敵が、フロウリア国にはいるらしい、そんな噂話が平民の間にも密やかに流れてきた。


 しばらく後で聞いた話だ。最後の交渉でお互いの国力を削るのは限界だったのだろう、フロウリア国はいくらかの金銭と引き換えに、堰を解かれた川の水を使用する権利を一年限りで受け取った。


 全てが終息するには何か月もかかったが、こうして水源を発端にした二つの国での戦争は終わりを告げた。


広告の下にある☆☆☆☆☆から、そっと評価してもらえると嬉しいです。


また、『ブックマーク追加』と『レビュー』も一緒にして頂けると、更に作者は喜んで書き続けます。

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