第五十一話 抵抗がないわけがない
フロウリア国と俺達がいるウィズダム国は、長年の間に渡って因縁のある国だった。ウィズダム国がフロウリア国よりも高地にあり、大迷宮を抱える山々の水源。そこから溢れ流れる水は貴重な財産であった。
一年の間に降り注ぐ雨や、その貴重な水源からの水が豊富な時には問題ない。だが降水量が極端に減ったりした年には、二国の間に流れる川の水をめぐって争いが、絶えず起こった。フロウリア国側の言い分は大体がこうだ。
「偉大な全知全能であるディース神を崇める国同士、神の教えに従って同じ信徒に対して、寛大にも無償で助けを与える栄誉を授けよう」
要約して簡単に言いたいことをまとめるならこうなる。
同じ神様を信じてるんだし、ただで水を与えるのが当然だ、貴重な水を独り占めすんな。そっちの国は教会に喧嘩を売る気か?ああ゛?死後の世界で安らかに眠れると思うなよ。
フロウリアの都合のいい宣戦布告に対して、ウィズダムの公式な返答は大体がいつもこうだ。
「偉大なる神は隣国に試練を与えたのである、同じ信徒として同情はするが、簡単に助けを与えることは神の意志に反する。よって、この試練にあらゆる力を用いて、神に恥じることが無いように立ち向かうといいだろう」
こっちも要約して、簡単に言いたいことをまとめるならこうなる。
すっごい神様はフロウリア国の信仰を試しているのだ、それを勝手にウィズダム国が助けるなんて神様に対して悪いだろう。助けが欲しいなら、金なり、土地なり、いろんな力になるものをくれ。そうしたら、こっちもそれなりに助けてやる。
「同じ神様を信じていながら、どっちも都合がいいように解釈してるのよ。為政者からしたら良い神様だけど、個人的には好きになれないわ。死んだ後のことは怖いし、煉獄には送られたくはないけど……」
スペラはそう言って憂鬱そうな顔をした、俺は何となくぽんぽんとその頭を撫でてやる。ディーレほどではないが、俺もスペラのことを気に入っているのだ。さて、二国の間の話し合いで出てきたディース神について語らずにはいられないだろう。
ディース神は全知全能であり、また時に人々に試練を与える。そして、自分以外の神を信仰する者に厳しく、時に人は死後の世界で煉獄という恐ろしい場所に送られ、神に対する信仰が足りないと罰を受ける。
それは生きながらにして受けるあらゆる刑罰、餓死、車裂き、斬首、溺死、圧死、絞首、皮剥ぎ、四肢の切断、火刑、生き埋め、凌遅刑、磔刑などが繰り返し、最早その人は死という安らぎを与えられずに、繰り返し、繰り返し、こうした恐ろしい刑罰を受け続けると、ディース神は人々に教会を通して警告する。
「他の神様を信仰していると罰を与えるというわりに、国教としてはいるが他への宗教弾圧は無いんだな。ああ、そうか。ここにはいない神の力を借りるのはいいが、教会の力が増すことを為政者としては歓迎できないんだな」
俺の感想としてはこうだ、教会の力というのは侮れない。何百年も前なら教会から破門されることは、その人生を一変させるくらい恐ろしいことだった。
それに人間には死後の世界のことまでは分からない、ディース神が多くの人々から信仰されているのにはその死後への恐れも大きい。誰だって死んだ後にまで、そんな酷い刑罰を受け続けたくはない。そして、人間には死後の世界を知る方法はない。
それでもディース神が両国で信仰されているのは、その国の王族達がディース神の送った神の子の末裔である。そんな伝説があるからである、国を治める為政者にはこのディース神は、とても都合のいい神様なのだ。
「またはディース神は全知全能の神であることから、他の神々をその下に従えているという説をとっているからです。僕のようにパルム神を信仰していても、結局はディース神の信徒であるとみなされます」
ディーレの話によると、教会の主流派は他にどんなに沢山の神様がいたとしても、結局はディース神が一番偉大で信仰すべき対象だと考えているらしい。そうやって、他の神を信仰している者も勝手に信徒として認めてしまう。
教会の国に対しての発言力を増す為には、一人、一人は非力でも多数の支持を得るということが大切だと利を追求する考えだ。国の中で権力を持つにはどんな理由であれ、多数の貴族や国民を味方にすることが大切だ。
「私のような無神論者など、見つかったら袋叩きにされそうですねぇ。神は自らを助ける者を助ける、そういったのは某一神教でしたっけ?私は宗教には詳しくありません、思い出すのは身内の葬儀のときくらいのものです」
ミゼは無神論者だと言って飄々としていた、身内の葬儀って猫も葬式をするのだろうか。ミゼの身内については聞いたことがない。
そうそうディース神の教えを、生まれた頃からそういう教えを受け続ければ、神という存在を否定しにくくなる。心のどこかで、もしかして神は本当にいるのかもしれない、それなら信仰しておかないと恐ろしい目にあうかもしれない、という未知への恐れが拭えなくなる。
信仰というのは下手に力を持たせると恐ろしいことになる、異端者を探して歴史では変わり者、流れ者、弱者、病人などを処刑してまわった時代もある。本によればほんの僅かな昔のことだ、刑罰に関しては今も残酷な刑が幾らでもある。
「俺も戦争を経験するのは初めてだが、思ったよりも静かなものだな。まだ宣戦布告して、戦うのかどうか協議しているせいもあるんだろうが」
「スペラさんの護衛任務を受けれてよかったです、なにかあったら僕達でお守りします。僕の信仰するのはパルム神ですが、どうか僕達全員にご加護を」
「もっと一気に戦闘行為に発展するのかと思いました、オンラインのギルド戦とはわけが違うか、心配です。何かあったら命大事に、すぐ逃げましょう」
「天才の私だって経験するのは初めてよ、小さい頃に一回あったそうだけど、その時はそれなりの金額で、戦闘行為にまではならなかったそうよ」
「私もスぺラと同じです、今の私は役には立てない、何事もなく終わっても構いません。勉強が遅れます、………………戦争など起こらずに早く帰らせて貰いたいものです」
今、俺達はベリトリス家から特別にと頼まれて、スペラの護衛依頼を受けている。それで国境の近くにある街、バウンドリーに来ているのだ。
『遠視眼』の魔法が使える者は国境を見てみるが、今のところは特に目立った動きもない。
ベリトリス家にも立派な騎士達がいるのに、俺達が護衛として雇われたのはスペラ本人の強い希望である。まだ十を少し過ぎたくらいの少女に、戦場によく知りもしない慣れない人間だけで行け、とは父親であるドクティス・ベリトリスも言えなかったそうだ。
「スペラ、お前以外にはどんな上級魔法の使い手がいるんだ?」
「それがね、あんまり知らないの。とりあえず二人はいるんだけど、前の戦争では活躍する機会が無かったし、軍事機密ってやつね。フロウリア国が知ったら、その魔法の対策をしてしまうでしょ」
軍事機密、確かにそうだ。俺はフロウリア国の出身だが、元自国の上級魔法の使い手などディーレ以外には知らない。上級魔法を使える人間は少ない、ウィズダム国にはスペラをあわせて、たった三人だけしかいないわけだ。
……俺達も含めると五人だが、俺達は戦争になるべく加担したくない。いざという時には遠慮などせずに逃げることにしている、理由は後でなんとでもなるだろう。
「スペラ、いざという時に危険があるようなら、遠慮なく俺達は逃げるぞ。いや、建前では将来有望な上級魔法の使い手を保護する。それは覚えておけ」
「…………うん、私もなるべく魔法は使いたくないわ」
「どうしてですか?スペラ、貴女の命は大事ですが、国の危機ですよ。その与えられた才能で国を救える、そんな大事な戦いで敵を倒しておくべきです」
俺の返答にスペラは力なく頷いた、まだ子どもだ。いくら上級魔法が使えるとはいっても、その魔法で人を殺す戦争に参加することに抵抗がないわけがない。どうもそのあたり、彼女の心情が分かっていないヴィッシュに訊ねてみる。
「あのな、ヴィッシュ。お前ならできるのか、スペラと同じ力があればその魔法を迷うことなく、生きている人間相手に使えるのか?相手を殺せるのか?」
俺の問いかけに対して、ヴィッシュは意外なことに少しも迷うことなく頷いて答えた。その目は幼いゆえに澄んではいるが、口から出たのは浅薄な言葉だけだった。
「私なら使います、むしろ剣で殺すよりも楽でいいでしょう」
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