第五話 自炊ができないわけがない
「……えいっと!! おお、簡単、簡単」
「お見事でございます、さすがはレクス・ヴィーテ・ニーレ様!!」
「ははははっ、このくらいは村人にだってできる些細なことだ」
「いえいえ、レクス様は高位ヴァンパイア、その素晴らしい能力を生かした神のごとき御業でございます。」
笑いながら俺は使い魔であるミゼの称賛に遠慮なく頷いておいた。と言っても別に大したことをしたわけじゃない、俺が誘拐された屋敷から慰謝料代わりに頂いてきた弓矢で、木にとまっていた鳥を狙って狩りをしただけである。
「3羽とれたから、明日の朝まではもつだろう。それじゃあ、血抜きして捌きますか。おいっ、ミゼ。お前、小枝くらい拾ってこいや」
「かしこまりました!! 乾燥した枝を拾えばよろしいのでしたね。すぐに行って参ります、いやぁさすがはレクス様!!」
俺の使い魔くん、ミゼラーレことミゼは俺のことをここ数日、過剰に褒め称えて素直に命令に従っている。
それは当たり前である、なぜなら草食系ヴァンパイアである俺は本来こんな狩りをする必要も無いのだ。森の中に生えている優しそうな大樹、もしくは草などから生気を分けて貰えばそれで生活できるのだ。
「なぁ、使い魔って本来主人をこんなに働かせるものなの? 馬鹿なの? 死にたいの? もっと役に立たないの?」
「…………私はレクス・ヴィーテ・ニーレ様が、それは素晴らしく寛大なご主人であると固く信じております」
ただ使い魔の食事の為に一生懸命に狩りをする主人って、そりゃそいつは寛大だろうな。つまりは俺はとっても心がひろく思いやりのある主人である、…………この非常食の黒猫、街に行っても役にたたなかったら売り飛ばしてやろうか。
俺は手慣れた様子で鳥をさくさくっと捌いていく、ちょっと血抜きの時に血も舐めてみた。おお、なさけない高位ヴァンパイアのレクスよ。
生臭いだけでちっとも美味しくなかった、だからそれ以降は普通に血抜きしてお肉はスープの具にしている。やっぱり俺は草食系ヴァンパイアなんだなぁ、生き血がちっとも美味しくない。それとも、人間じゃないからダメなんだろうか?
「うぉい、ほとんど役に立たない使い魔。ミゼ、鍋の中に水を出してくれ、集めた薪に火もな」
「はい!! 『水』それに、『火』でございます!!」
ミゼが呪文らしきものを唱えた瞬間、俺が用意した鍋の中が水で一杯になる。それにミゼがせっせと集めた薪に、火がついて燃え上がる。
これは使い魔であるミゼの活躍できる、数少ない貴重な機会である。…………もっとも、近くの川からくんできたり、火打石を使うちょっとした手間を省けるという、ただそれだけのことだ。
俺は捌き終わった鳥を一羽分、鍋に放り込んで森の中に生えていたハーブで臭みを消して、更に屋敷から頂いてきた塩で適当に味付けだ。後は肉が煮えるのを待って、しっかりと火が通ったら出来上がりである。
出来上がったスープの中から鳥肉を出し、ミゼ用の皿に入れてやる。ミゼは、ふー、ふーとホカホカの鶏肉に息を吹きかけて冷ましていた。使い魔と言っても黒猫だからな、文字通り猫舌なわけだ。
「それじゃ、食べていいぞー」
「ありがとうございます、喜んでご相伴致します!!」
俺も鳥の出汁がでたスープをゆっくりと啜る、ミゼは時々あっつっとか言いながら、はふはふと茹でたての骨付き鶏肉に噛り付いている。
「美味そうでいいなぁー、ヴァンパイアになって良いことだらけだと思ったけど、やっぱり世の中って全てうまくはいかないんだなぁ」
「普通のヴァンパイアの方は嗜好品としてお食事をされていましが、……レクス様は今回もやはり無理でしたか?」
ミゼからの問いに俺は頷いてその残酷な事実を肯定する、俺は草食系ヴァンパイアになったようだが、それと同時に…………、何故か固形物が食べられなくなったのである。
「パン粥とかでも無理そうだ、だからそんな茹で鳥なんか食べれない。液体は平気なんだけどなぁ、他のヴァンパイアはできることだとはうーん。でも、草食系ヴァンパイアの方が日光に強いとか、多分霧になれるとか利点が多いからなぁ」
「スープ系で食の楽しみを追求するのも良いのでは、世界には様々な料理があると聞いております。レクス様の強力な力さえあれば、固形物が食べられなくても他にいろんな食の楽しみが見つかりますよ」
おおっ、ダメダメな使い魔であるミゼが珍しく良いことを言っている。そうだよな、広い世界には沢山のスープ料理があることだろう。他にお茶や、ジュースなどもあるわけだ、そう悲観するような事実ではない。
うーん、俺も無理をすれば固形物を食べれなくはない。ただし、後で嘔吐感が湧いてくるし、そもそも食べたいという食欲の対象にならないんだよなぁ。ただの村人であった時は焼き鳥とかご馳走だったのになぁ、とても不思議だ。
俺達はそのままお互いの食事を済ませると、またミゼに水を出させて鍋などを洗い、『魔法の鞄』に収納する。この『魔法の鞄』があの屋敷の宝物庫にあったのは幸運だった。
どこまで物が入るのかはわからないが、かなりの量の生活用品やそこそこのお金、それに役にたちそうだった武器類を入れてきている。俺は荷物をまとめると、ミゼをまた鞄の上に載せて布で固定し立ち上がった。
「それじゃ、街道沿いに街まで行くぞ。しっかりと捕まっていろよ、ミゼ」
「はい、あっ、最初はゆっくりとお食事後の激しい運動は胃によくありません」
使い魔であるミゼに頷いて俺は街道を最初はゆっくりと、人間が全力疾走するくらいの速さで走っていく。半分はミゼの言う通り、食後に激しい運動はあまりよくないからな。もう半分はミゼが自身が揺れて気持ち悪くなるからだ。
『魔法の鞄』の上にミゼを包み運べるように布を取り付けたが、食後にあまり早く走りすぎると気持ち悪くなるらしい。
俺も馬車に数回、父さんのお供として乗ったことがあるが、乗り物って揺れると気分が悪くなるんだよなぁ、んん?つまりは俺はミゼにとって乗り物なのか?
どうにも主従が逆転しているような気がしてならない、ミゼに言わせれば私は本来なら愛玩用の使い魔なんですと言う事だ。俺にとってやっぱり知識以外は役立たずだなぁ、旅の途中で良いヴァンパイアに会ったらこいつは譲渡してやろう。
「ミゼ、もし他の良いヴァンパイアに会ったら、お前のことはそいつに喜んで譲ってやるぞ」
「うわぁ、言外に私を役立たずだと言ってますね。それは有難い申し出ですが、私は既にレクス様と従魔契約をしましたので貴方より強い方でないと契約の上書きができません」
「あっ、そうなんだ。だったら、迂闊に俺の血なんてやるんじゃなかったなぁ」
「いえいえ、レクス様と従魔契約をしていなかったら、私は今頃はただの猫です。それはそれで可愛らしいでしょうが、私個人としては嫌ですね。あのお屋敷にただの猫で置いていかれたら、最終的には地下室から出てきたアンデッドさんのご飯です」
俺とミゼはあのヴァンパイアがいた屋敷、そこで過ごした10日間で従魔契約をしていた。ミゼが必死という様子で頼みこんだので、俺としてはしぶしぶとその契約をしたのだ。ミゼに俺の血を一滴飲ませただけなのだが、それでミゼは俺の従魔になったらしい。
「そもそも、お前はただの猫だったわけか?」
「最初はそうですね。あのローズさんに愛玩用として献上される為に、下位ヴァンパイアと従魔契約をしたのです。それから、私はいろいろと思いだしたり、沢山の知識を与えられました。魔法もその一つなわけです、私って賢いでしょう」
ミゼは鞄の包みの中で胸をはっているようだが、今のところ凄く役にたったという覚えがない、…………まぁ、過剰な期待はしないでおこう。
俺はそろそろ胃の調子も落ち着いてきたので走る速度を上げていく、人間の全力疾走くらいから、狼も追いつけないくらいの速さで夜の街道を走っていく。
「うーん、やっぱり俺も草食系ヴァンパイアとはいえ、夜の方が調子が良い気がする。昼間はどこかの木の上で眠ればいいわけだし、明日の朝に眠りやすそうな大樹が見つかるといいなぁ」
「…………ヴァンパイアとして大きく間違っている気がしますけど、便利なお体ですねぇ、正直に言えば私と代わって頂きたいです」
俺は旅にでてから基本的に夜に行動して、昼間は適当に安全そうな樹上で眠る。お日様がぽかぽかで温かいし、木に命綱を結んで眠ればうっかり落ちることもない。
一度、熊に狙われたこともあったが、草食系とはいえヴァンパイア。それに元々、俺は森によく出入りしていた、人間の時以上に動物などの気配に敏感になっており、その運のない熊は俺のつたない剣術によって首と胴が泣き別れすることになった。一応は血抜きをして、売れるかもしれないので今は『魔法の鞄』の中に入れてある。
「そろそろ、街に行ってみたいなぁ。ああ、まだ見ぬ書物!新しい物語!!それに美味しいものがあったりすれば完璧だ」
「そうですね、それに冒険者登録もしませんと、とてもお強いレクス様のことです。きっとこれから、伝説の冒険者になれるでしょう。くくくっ、その従魔である私も伝説として語られるような立派な従魔に!!」
んん? 何か勝手に俺のこれからの予定を立てているミゼくんだが、ちょっと勘違いしている部分があるぞ。
「は?俺、別に冒険者なんかにならないけど??」
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