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第四十九話 魔法少女なんかじゃない

 ある日、それはウィズダム国でのことだった。何事もない一日のはずで、俺はスペラに頼まれて棒術をみてくれと言われ、冒険者ギルドの鍛錬場で待ち合わせをしていた。そんな時にいきなりそれは起きた。


「てへっ、大地の加護を受けた魔法少女の撲殺天使、スペラちゃんの登場だ!! 『綺麗(クリアリー)に舞う(ダンシング)星々(スター)』、このメイスちゃんで悪い子には、私がお仕置きしちゃうのよ☆」


 知り合いのガキがいきなり妙なセリフと、無駄に可愛いらしいポーズをきめてみせた。そして、彼女自身の女性向けの細身のメイスを振り回すと、そこから綺麗なキラキラとした沢山の星のような光が周囲へと舞い踊る。


「「「「「うおおおおおお!!」」」」」


 パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ!!と何故か拍手の波が伝播して、そこにいた者たちを包んだ。


 男女の比率が偏っている、冒険者ギルドの鍛錬場。そこに、不思議な魔法を使った可愛らしい少女が、地味な学生服からふわふわとした可愛らしい衣装に変わり、少し化粧をした愛くるしい姿に変身した。


 スペラの顔はまぁまぁ、可愛い方だ。そんな少女がこれだけ可愛い格好をして、こんなほとんど男達ばっかりが集って、地道に鍛錬に励んでいる場所に現れた。


 鍛錬場のむさ苦しい男達は、可愛らしい少女の登場とその姿。また普段とは異なる甘えるような作り声に、最後には皆で一斉に盛大な拍手を送っていた。中にはその少女に向かって、まるで神を迎えたように祈りを捧げる者さえもいた。


 何だこれは!?ここはどこだ!!何が、どうして、こうなった!?


 俺の周りで不可思議な現象が起きた時の原因は大体は決まっている、俺は真っ先にこっそりと逃げようとしていた従魔であるミゼを捕まえた。


「…………ぅおーい、ミゼ。お前は今度は何を(・・)教えやがった!?」

「あ……ありのまま今起こった事を話すぜ!! 私が少し魔法少女という聖典についてお話をしてみたら、……何を言っているのか分からないと思いますが、私も何でこうなってしまったのか分からないのです。まぁ、お許しください。てへぺろ☆」


 パチンッ


「あああああ、目が――、目が――!!」


 俺は遠慮なくミゼの額に指で打撃を加えた、俺が攻撃したのは額なのにミゼは何故か目を押さえ、そのへんの土の床を転げまわっていた。よく、分からんやつだ。今度は俺はスペラに向かっていき話しかけた、彼女はまだ拍手してくれている男どもへひらひらと手をふっていた。


「お前は一体、何を考えているんだ?わざわざ自作の(・・・)上級魔法まで使って!!」

「ええ――!? ミゼくんが魔法が使える少女は、魔法少女という尊いものなんだっていうから、なんでも変身して姿を変えるのはお約束らしわ!! ………………うぅ、魔力が」


 俺の知り合いである少女は普段の制服に、彼女の私物であるメイスを持って鍛錬場に入ってきた。そして、引き起こしたのがこの騒ぎである。


 知り合いである彼女は、自作の(・・・)変身魔法でその姿を変えてみせた。さりげなく使われた魔法だったが、これは上級魔法なうえに難しい技術を使っている。


「目の前がふらふらするの~、あれれ~。魔法少女スペラちゃんの危機~?」

「ただ、単に魔力の使い過ぎた。ほらっ、寝てろ!!」


 おかげで彼女は魔力枯渇に近い状態になり、変身(・・)もとけて鍛錬場の椅子に座り込んでいる。本当に凡人の俺には、何がしたかったのか想像もつかん。


 俺の周囲で奇妙な出来事やわけの分からない言葉が出たなら、約八割くらいはミゼの仕業である。今回も微妙に使えるのか、使えんのか分からん、この従魔は何かやりやがった。


「うふふふ、私って天才でしょ!!自作の上級魔法まで簡単にって、…………気持ち悪ぅ」

「自作の上級魔法のうえに、慣れない魔法なら魔力枯渇を起こしても仕方ない」


 確かにこのスペラは天才だ、ディーレと同じように魔法に関しては才能に恵まれている。大抵の人間は魔法を自作することなどできない、ただ模倣するだけである。


「うぅ、使うのは二度目だけど、まだまだ魔力操作が甘いわ。鍵になる言葉と魔法の理想の姿は、かなりうまくいったんだけどね」

「お前は無駄に天才だな、ちなみにもう聞かなくても分かるような気がするんだが、最初は誰に見せたんだ?」


「もちろん、ヴィッシュに見せたわよ。彼ったら感動で涙するほど喜んだわ☆」

「…………魔法の才能の無駄遣いだ、魔力の損失だ」


 俺はおそらく感動で泣いたのではない、ヴィッシュの心中を察する。ああ、そういえば最初の頃からスペラには、好きでもないディーレを口説くなどの奇行があったっけな。


「その魔法、他には誰に見せるんだ? もう、永遠に封印しておいたらどうだ?」

「あら、いやだわ。もっちろん、お父様とお兄様に見せるに決まっているわ!!」


 俺はスペラの親御さんがこれから受ける心の傷を思った、俺に娘ができてこんな事をしはじめたら、……俺は全力でそれを止めよう。


 魔法を自作するというのは本当なら難しいものなのだ、俺は魔物になったから本能的に作りたい魔法を作ることができる。


 ただし、理想の魔法の姿を強く心に思い描く必要がある。この新しく生まれる魔法は形になり、必ずこの世界に存在するのだと、強く理想となる魔法の姿を思い描く。


 あとはそれに合わせて鍵となる言葉、真に力を持つ言葉を、理想となる魔法の姿にあわせて選択できれば、それは自作の魔法として完成する。


 単純に言えば魔法とは、魔力を理想の形に変換するだけに過ぎないのだ。例えば俺の自作魔法なら、『失いし(ルース)生きた(リブド)記憶(メモリー)』がある。これは悪用すれば恐ろしい魔法だろう。


「自作の魔法を作れる人間はほとんどいないのに、どうしてそんな魔法を作った」

「これでいいのよ、私はある程度は馬鹿(・・)じゃないといけないの(・・・・・)


 魔力枯渇に近い状態で椅子を借りて、壁に寄りかかっているスペラは俺に向かってそう言った。その瞳はまだ魔力が足りないようで力が無い、それは秘密を囁くような小さな声だった。


「私のお兄様は小心者だと言ったでしょ、だから私は馬鹿(・・)な女でないとダメ(・・)なの」

「…………お前が馬鹿でいなければ、お前の兄が警戒するというわけか」


 スペラは魔法に関しては天才だ、その気になれば婿をとって侯爵家を継ぐのも無理な話では無い。でも、彼女自身はそういった貴族達の巣窟に興味が無さそうだ。


 だが、いくらスペラ自身が言葉でそう言っても、現当主である父親から跡継ぎだと認められたらその責務から逃れるのは難しい。


「だから、私は馬鹿(・・)でいなきゃいけないの、それと同時に天才・・でもね、難しいわ」

「お前はまだ子どもなのに大変だな、まるで綱渡りのような人生だ」


 いくら魔法の才能があっても、今日使ったような役に立たないものばかり、それだけではいけない。ある程度の強力な力は持っていると、スペラの機嫌を損ねるのは愚策だと周知しなくてはならない。


 天才的な力があって敵にまわしてはいけない、だが同時に馬鹿な女を演じて周囲に権力者には向かない、そう相反する姿を見せなくてはならない。


「だから、こうしてレクスやディーレさんと本音で話すのは楽しいの。ヴィッシュは一応は貴族だし、親同士が仲が良いから巻き込みたくないの」

「俺達なら関係ないからな、そんな貴族のことなんかどうでもいい話だ」


 俺はディーレはこの国にとっては部外者だ、いつどこに行くかも分からない人間で、この国の権力争いになんて俺達は興味がない。


 ミゼだってそうだろう、こんな馬鹿馬鹿しい騒ぎを起こしているくらいだ。俺達は彼女が二つの仮面を被ることなく、自由に話せる者達なのだ。


「うーん、そろそろ魔力枯渇状態は治りそう。『重力(グラビティ)』は使えないけど、基本の型で打ちあってくれる?」

「ああ、基本は大事だ。今からならまだ遅くない、高い魔力を持つお前だったら、『重力(グラビティ)』を使いこなして、メイスを扱えるようになるだろう」


 最初はとんだおふざけだったが、俺とスペラはそもそもメイスを扱う訓練に来たのだ。メイスは重い武器だが、ディーレの魔法銃と同じような軽く魔力を通せる物を作ればいい。スペラの家にはそれだけの力があった、彼女は遠慮なく利用した。


 スペラの高い魔力なら、その軽いが硬いメイスを上手く使い。攻撃時に『重力(グラビティ)』で重さを増大させて、充分に有効な打撃を与えられる。同時に魔力の集中を助け、変わった形の魔法の杖という使い方もある。


「そういえば、私の役に立つ方の上級魔法って、何か知ってる?」

「いや、聞いていないな」


「私は土属性との相性が良くて、小さい頃から可愛い縫いぐるみが好きだったの」

「魔法にはどうしても相性があるな、苦手な属性だと使用する魔力が増える」


「そうなのよね、私の土属性の上級魔法で作る大きな縫いぐるみ軍団は強いわよ」

「ふーん、何体くらい作れるんだ?」


「あの迷宮で見たオーガ、つまり人の二倍くらいの大きさで作れるわ。数は……」

「ん?」

 

 俺達は一通りの棒術での型に合わせた、打ち合いをそこでやめる。話していたせいもあるが、今日はもうスペラの息が上がっているからだ。


「ざっと、千体は作れてしまうの。ねぇ、私って本当に馬鹿(・・)だけど天才(・・)でしょ」


 スペラはさらりとそう言った。やはり上級魔法はその威力が凄まじい、まだこんな小さな少女にもそんなことができてしまうのだ。


 やっぱり上級魔法が使えることは隠しておこう、そう俺は改めて思った。


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