第四十八話 今日を生きれればそれでいい
ウィズダムの国立図書館を目当てに俺達はこの国にきた、それは主に俺の希望だったから、俺は暇があれば図書館の蔵書を読みあさっている。でも、仲間の希望を聞く日もあるわけだ。
「ディーレさんみたいな、お兄様が欲しかったわ。もう、レクスでもいい~」
「でもいいとは何だ、でもいいとは!?」
「っふふふ、僕はスペラさんみたいな妹がいたら可愛がったでしょう」
「私はいかがですか、お兄様と呼ばれてみたいですぅ!!」
「スペラ、甘えるのもそこまでにして、どうやらいるみたいだよ」
今日はディーレの希望を聞いて、魔の森へ必要な狩りをしに来ている。今日狙っているのはデビルボアの肉だ。できれば二頭ほど狩れるといい、スペラやヴィッシュも俺たちと一緒に来ていてとても賑やかだ。
ウィズダム国の都には迷宮の他に歩いて半日、やや離れた場所に魔の森があった。この森の魔物は誰でも狩っていいことになっている、言うまでもなく危険だからだ。
基本的に魔物はどこでもそうだ、普通の森でも貴族が管理する特別な森以外は狩りをしても誰も何も言わない。
例えば鹿などは森の中で増えすぎて、適度にその数を減らさなければ、農家に被害が出ることもある。そこは、乱獲との兼ね合いが難しいところだ。
遠くにいた獲物であるデビルボアが俺達に気がついた、こっちを獲物とみなし一直線に俺達を目指して突っ込んでくる。こいつは雑食だから肉も食うわけで、だから人間も獲物として見ているわけだ。
「さぁ俺たちの今日の獲物はデビルボアだ、スペラにヴィッシュ。一直線に突っ込んでくるが、お前らがやってみるか?」
「よっし、この天才に任せなさい!!」
「私も、スペラの手助けをします!!」
デビルボアは普通の猪が魔力溜まりで魔物になったものだ。その攻撃は直線的なものが多いから避けやすいが、その攻撃をくらえばこちらが襲われることになる。
「こういう敵には念の為、『標的撃!!』これで少し避けられても大丈夫!!」
「スペラが衝撃を当てて転がしたので、『風斬撃!!』これで完全にとどめを!!」
スペラとヴィッシュは見事にデビルボアをしとめてみせた、スペラは追尾する効果のある簡単な中級魔法で確実な攻撃をしてみせた。
ヴィッシュも中級魔法で綺麗に首を斬り飛ばしてくれたので、そのまま持ってきたロープで適当な木に吊り上げ、穴を掘ってその中に血が抜けて落ちるようにする。二人とも魔法の使い方が上達して成長している良いことだ。
「二人とも俺達に守られているとはいえ、魔法の発動や選び方がうまくなったな」
「ふふ~ん、あの迷宮は勉強になったわ。生来のサボり癖も少し止めることにしたのよ、もしかしたら私も将来は冒険者になるかもしれないわ」
「私も魔物と直接戦える、こんな機会は逃したくないです。迷宮に入る前の私なら、今日だって見ているだけで何も出来はしなかったでしょうから」
スペラやヴィッシュはそれぞれ、迷宮での探索で何か学んだことがあったようだ。こうしてちょこまかと、俺達の姿を見たらついてくる。俺達もただ甘やかしたりせずに、時にはこうして魔法を使わせたり、狩りや獲物の捌き方を教えておく。
役人か、剣術が使えるようなら騎士か、冒険者や傭兵になるとしても、この経験はいつかどこかで何かの役にたつだろう。
「スペラは魔法使いになれば、努力次第では国に仕える魔法使いくらいになれるんじゃないのか?」
「うーん、私もなれなくはないと思うわ。でも、いろいろと問題があるのよ」
「……本来ならばスペラは努力次第でかなりの魔法使いになれます」
そこでスペラはちょっとヴィッシュと顔を見合わせて、それから憂鬱気に話しだした。彼女は一応は侯爵令嬢だ、いろいろと複雑な問題があるらしい。俺もこの子どもらには隠しているが上級魔法が使える身だから、思わず他人事とは思えずに話に耳を傾けた。
「これはこの天才の独り言なの、私はサボり癖をなおせば、そこそこの上級魔法が使える魔法使いになれるわ。でも、私の場合はそこに継承権がからんでくるわけ」
「お前には長兄に……レジピマ・ベリトリスだったか、そんな兄がいるそうだな」
「私には優しい兄に見えましたが、スペラとも同腹の兄妹ですし」
「そうヴィッシュの言うとおりなの、あのお兄様は優しいというか、小心者過ぎるのよ。生き馬の目を抜くような貴族の中で、生きていくにはちょっと頼りないの」
「ああ、お前の父親の方は兄ではなく、お前に婿をとって跡継ぎにしてもいいと考えるわけだ」
「……魔法使いは血筋に現れることが多い、そんな言い伝えがありますから」
スペラはそこでまたうんざりといった様子で頭を振る、この子はまだ幼い。そんな身内の中での継承権争いなど、醜い争いに関わりあいになるのが嫌なのだろう。
「かといって、私が上級魔法を使えることは隠しておけなかったわ。この上級魔法という武器のおかげで、碌に知りもしない許嫁の件を無効に出来たもの」
「上級魔法を使える者は少ない、たとえ女でも、お前自身の意志を勝手に無視したりはできないわけだ」
「……運が良かったんですね、もし上級魔法が使えなかったら、今頃は花嫁修業の真っ最中になっていたかも」
「ヴィッシュの言う通り、こっそりと魔法書を読んで勉強していなかったら、私は今頃は誰かの婚約者よ。女って損だわ、男よりも自由に生きれる範囲が狭いの」
「今までサボっているようで、なかなかの勉強家だったんだな。確かにこの世界では女の世界は狭い、男ならたとえ継承権が無くてもいくつかの道を選べる」
「……例えば僕のように、男には選ぶという選択肢がある。逆を言えば必ず何かの道を選ばないといけない。それでも、……僕は恵まれた方ですか」
そんなお喋りをしているうちに、デビルボアの血抜きが終わったので、スペラ達に教えながら解体をしていく。今日これから食べる分と明日に使う分に分けておく。
「ディーレ、一応は念の為だ。頼む」
「はい、『解毒』……これで大丈夫でしょう」
「魔物の中には稀に毒を持つ個体もいます、だから解毒魔法をかけておくのです」
「へぇー」
「なるほど」
今日食べる分の方は血抜きを待っている間に、ディーレが薪など火をつける用意をしておいてくれた。デビルボアの肉は独特の癖があるから、筋を切って食べやすくする。また、二人にも教えたがハーブなどで、臭みを消し味を良くする。
「うはははっ、美味しそう~。家での食事も悪くないけど、自分で仕留めた獲物はまた別ね」
「スペラ、涎がでてますよ。全くもう、一応は女の子なんですから」
ディーレが串焼きや簡単なスープなどの料理をしている間に、俺はもう一頭メイスを使ってデビルボアを仕留めてきた。同じように血抜きをして、解体し『解毒』もかけて貰う。
「このデビルボアの肉はよく冒険者ギルドに依頼がある、受けるのはいいがその時は必ず『解毒』をかけて、自分自身で毒見をしろ」
「もし、毒入りの獲物なんて持っていったら、誰か亡くなってしまうかもしれません。基本的に食肉用の魔物を狩ったら、『解毒』と自分で毒見を忘れないことです」
「それにもちろん依頼は失敗ですから、ギルドからの信頼を無くしてしまいます」
「はい!!」
「わかった!!」
俺達の説明と忠告に子ども二人は素直に返事をした、本当にいいガキどもだ。素直で学ぶのも早い、最近は地道に体も鍛えている。僅かだが、前より体の動きも良い。
「レクスって串焼きは食べないの?すっごく歯ごたえもあるし、美味しいわよ」
「ディーレさんの腕なのか、単純ですが美味しいです」
「俺は胃が弱いんだ、ディーレが丁寧に作ったから、具無しのスープでも美味い」
それから俺達は魔の森でデビルボアで細やかな宴会をした、串焼きに簡単なスープだが、育ち盛りの子ども達はお気に召したようでよく食べた。俺は相変わらず固形物が食べれない、それをディーレも知っているから、必ずスープの類を作ってくれる。
「いやん、美味しかったわ~。……随分、沢山のお肉が余ったようだけど、それは食肉用に売っちゃうの?」
「いいや、これはディーレが趣味で使う、明日も休日だったか見に来てもいいぞ」
スペラに肉の使い道を聞かれたので、いい機会だからディーレの趣味を教えておくことにした。スペラもヴィッシュもそう言われて、少し不思議そうな顔をしていた。
翌日に俺達が訪れたのは街のすぐそこにある、普通の森だ。今日は獲物を狩る気はない、ただ狼などが出た時などの為に警戒はしておく必要がある。
「うわぁ~、何これ。こんなに沢山の子ども達、一体どこから連れてきたの」
「…………この子達は、まさか!?」
「ああ、『貧民街』で今日だけ、雇ったガキどもだ」
ディーレの奴が『貧民街』で雇ってきた、汚れた服をきた痩せた子ども達が、二十人ほどそこにはいた。
「いいですか、このポー草か。もしあったらマジク草を集めてください。一番沢山集めた子の五人には、銅貨を1枚ずつあげます。喧嘩をした子には無しです、種がついている薬草は、その種をその場で土に埋めること、では頑張ってください」
『貧民街』から集められた子達は、ディーレの説明を聞くと森の端にある草原をくまなく丁寧に探し始める、俺とミゼは子どもを守ると同時に見張りをしておく。
ディーレは集められた草を薬草と雑草に分けて、子ども達の記録と料理もしている。今日はそれをスペラやヴィッシュが手伝ってくれたから、料理も手をかけて作ることができた。
「はい、今日はここまで。薬草を沢山とってくれた子には銅貨1枚ずつ、それでは良かったらスープを食べていってください」
粗末な器に盛られた肉の多いスープに、『貧民街』の子ども達は群がった。慌てて食べようとする子には、ディーレが優しく背を叩き声をかけている。
「ねぇ、ねぇ、こんな事をして儲かるの?」
「まさか!?採取できた薬草の儲けはあるが、ガキどもの街への通行料がかかる。儲かる日の方が珍しい。だから言っただろう、これはディーレの趣味なんだ」
「こんなことをしても、焼石に水では?」
俺はこのディーレの趣味を気にいっている、決して彼は子どもたちに施しを与えたわけじゃない。ただ働いてもらって、景気よく金と食事を振るまっただけだ。
「ほんの一食でも食べれば今日は生き残れる、ディーレ以外にもいるぞ。街の草刈りなんかを『貧民街』のガキに頼む変わり者、そういう変わった奴はついでに食事まで出すらしい」
「教会の慈善活動……、いいえ、これって立派な労働なのね」
「ただ、施しを与えるだけではないっと」
そう、世界は残酷な者もいるが、ディーレのような変わり者もいる。わざとギルドを通さずに雑用を『貧民街』の子どもに与えて、きちんと働けば食事や僅かな賃金を支払う。
「こういう労働で銅貨を貯めて、冒険者ギルドに登録するやつもいる。運が良ければ、そこから真っ当な働き口を見つける。俺達は神様じゃない、飢える全ての者を救うことはできないが、時々趣味で気まぐれを起こすくらいはいいのさ」
「なるほど、凄いわ。……あーあ、ディーレさんが本当にお兄様ならいいのに~」
そうこれは『貧民街』に住んでいるガキに、一つの道を選ぶ機会を与える。そんな小さな切っ掛けを与えているだけだ、俺達も毎日はできない。
俺達には俺達の生活があるからだ、それに薬草だって毎日採ってしまえば無くなってしまう。そうなったら、他の新人冒険者が困るだろう。
ほとんど無償だが、ディーレには子どもに生きる機会を与える満足感を、子ども達には僅かな報酬や食事と未来に繋がる機会を与えられる。
「…………あの子達が、一つ間違えれば明日の私なのですね」
ヴィッシュがぽつりとそう言った。そう、それは彼の言った通りだ。いや、未来があることを考えて、俺達は子どもを優先で救おうとしている。
手足の欠損などの傷を負い、『貧民街』に堕ちる元冒険者も多くいるが、彼らの方が生き残るのは難しいこともある。
ヴィッシュの言ったとおり、何があるかわからないこの世界で、あの子どもたちは彼の未来の姿かもしれないのだ。
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