第四十六話 そう信じられなくもない
「スペラと私を、迷宮の中に連れていって欲しいのです」
「ん、なぜ迷宮に行きたい?それも学校とやらの課題か?」
ヴィッシュはすぐに首を振って俺の疑問を否定した、彼はいつものように淡々と自分がおかれている状況を話し出す。
「ウィズダム国で子爵以上で跡を継げるのは、基本的に直系の男子か女子が一人だけです。そして、私は三男。スペラは長女ですが、彼女も長男がいるので跡継ぎにはなれません」
「へぇー、フロウリア国とそこは一緒なんだな」
「跡継ぎになれない貴族の子どもが何になるのかと言えば、私の場合は死ぬ気で勉強して役人になり男爵家を立ち上げるか、または冒険者か傭兵です。スペラには更に上級魔法が使える魔法使いになるという道がありますが、私にはありません」
「まだまだ、ガキなのにそこまで考えるのか?」
「いえ、私は考えが甘い方です。基本的な読み書き、計算に剣術の勉強などを学んできました。ですが、どれも中途半端なのです。これといった特技がありません、またコネもないんです。……私は妾腹でしたから、だから冒険者がよく行く迷宮に行ってみたいんです」
「ふーん、それで迷宮か」
俺はまだ子どもだと思っていたヴィッシュの顔を見る、彼の表情は真剣そのものだ。俺達のパーティなら余計なことをしなければ、子ども二人くらいなら大丈夫だ。まぁ、連れていけるだろう。
「一つ、迷宮では何が起こるかわからん、何が起きてもその責任を追及しないこと。二つ、まずお前達の実力が知りたい、その上でどこまで迷宮を奥に行くか判断する。三つ、汚れて破れてもいい、できる限りの装備と服装でくること。四つ、当然だが依頼は冒険者ギルドを通して申し込むこと。」
俺はまず思いつく四つの点をあげる、ヴィッシュは一生懸命にその事を紙に書き写していた。それから、ふと思いついて追加でもう一点を彼に告げる。
「五つ、これはできたらでいいが、この国のウィズダム国立図書館への書物閲覧に関する推薦状を報酬にして欲しい。それが無理なら、一日に銀貨15枚で引き受けよう」
「はい、わかりました。……最後の項目だけは私では難しいので、さりげなくスペラに父親におねだりするようにすすめてみます。今すぐに確約するのは難しいですが、よろしいですか?」
ヴィッシュは最後の依頼の報酬だけが意外そうだったが、一応の努力はしてみると答えた。もし、この二人の迷宮探索の案内で、国立ウィズダム図書館に入れるのなら、俺は全力で無理矢理にでもこいつらを連れていってやる!!そうとも俺はまだ見ぬ知識が手に入るなら、時にはちょっとくらいは手段を選ばん!!
「ああ、ダメで元々の話だ。だが、できれば図書館を使用する許可の方が有難い」
「まずは報酬の件で、スペラを説得してみます。というわけで……」
ヴィッシュは相変わらず、俺達のパーティにいやディーレにいつものように迫っていたスペラ目がけて、自分が履いていた靴を脱いで投げつけた。
スパーン!?と小気味のいい音がしてそれはスペラの後頭部を直撃する、ディーレに全力で集中していたいつものスペラにそれを避ける術は無かった。
「ああ、いいではないですか? 一代限りの貴族とはいえ、貴族は貴族。その生涯においてなってしまえば身分は保証されます、だからディーレさん、げっへへへっ――――もじゃやぎぃ!?」
スペラは悲鳴をあげた後に自分を直撃したヴィッシュの靴を拾って、ちょっと痛かったのかもしれない、涙目になって即座にその暴力に対しての非道さを訴えた。
「何てことするのよおおぉぉ、女の子の頭に靴を投げつけるなんてえええぇ!!」
「スペラ、話しは聞いていたことにします。では、まず父親に可愛らしい侯爵令嬢として、おねだりをしてきてくさい。はい、行きますよ」
「ああん、ディーレさん。酷いわ、運命の二人を引き裂く恐ろしい罠がここに!? ええええええ!? お父様におねだりとか、子どもか!? ……面倒くさいなぁ」
「私たちの未来の選択肢を増やす為のことです、それにすぐにその面倒くさがる癖、いい加減なおしてください」
ヴィッシュはいつものように、スペラの愚行を収めて、その姿をがっしりと捕まえて去っていった。スペラは不服そうだったが、最後にはいつもどおり大人しくヴィッシュについて帰っていった。
「ディーレは話は分かったか、あの二人の護衛というか新人指導の依頼をしたいんだが」
「はい、迷える若人を導くのも神のお導きでしょう。全力を尽くしたいとおもいます、っふふふ。それにスペラさんは面白い方ですから」
ディーレの発言に俺は沈黙する、あれを面白いの一言で片づけていいものだろうか。そんな俺にディーレは続けて発言した、にっこりといつもの笑顔付きでだ。
「面白い子どもです、だって別に好きでもない僕を口説くふりを、ずっと続けているんです。おそらく彼らにも悩みが多く、僕は彼女のその心の弱音に対してのはけ口なのでしょうね」
「…………そうなのか?」
俺は驚いた、今までスペラの行動の表面しか俺には見えていなかった。ディーレはその表面の更に下、彼女の弱音という甘いところを指摘してみせた。
天然の純粋培養された世間知らずのディーレは、時々世間を知らないゆえにその本質を見る。普通の人間が型に当てはめること、それをしないで本来の性質を見つけてしまう。
俺が人間でないことだって、ディーレはいつの間にか知っていた。ならスペラのことも、その弱音という甘いところも、おそらく当たっているのだろう
「レクス様、私にはご相談くださらないのですね。もう、働きたくないでござる。絶対に働きたくないでござる!!」
「従魔が働かないでどうする、スペラに依頼のおまけにお前を贈ってやろうか」
「なにそれ酷い、マジレスが重い」
「酷くない、普通の反応だ」
ミゼの方はその存在を忘れられていたとすねるが、別に忘れていたわけじゃない。ただ、ちょっとその存在が薄くなっているだけである。それにミゼの出番もきちんと用意してある。
後日、冒険者ギルドを通して、俺達に正式な依頼があった。
『迷宮探索に同行依頼、鉄の冒険者、レクスを指定。期間は十日、報酬として国立ウィズダム図書館への閲覧権利を二人分』
俺たちが迷宮に行く当日、朝からスペラとヴィッシュの二人は遅れることもなく、迷宮の入り口にやってきた。俺はまず基本的なことから始めた。
「よし、それじゃ。まずはお前らの装備と特技を答えろ、あとスペラ今日は一切のおふざけは無しだ。特にディーレにしがみついたりするな、下手をすればそれだけで二人共死ぬ」
「私は剣術と軽い部分鎧にマントです、他には一応中級魔法まで幾つか使えます」
「この天才スペラは動きやすくて防御服にもなる、デビルシルクワームの服。それにマント、言うまでもなく上級魔法までの魔法が使えるわ」
俺は迷宮探索という依頼を受けた、そして用意しておいた荷物を二人に渡しておく。それは一日分の食糧。それに、護衛として従魔のミゼをつけた。
「二人とも一応はその食糧を持て、他に自炊できるよう最低限の荷物が入っている。もし、冒険者として旅をするなら、もう少し重い荷物が必要になる」
俺が用意しておいた荷物を二人は慌てて受け取る、一日分だからそんなに重くは無いはずだ。それでも一日中持ち歩くことを考えたら、ただの貴族の学生にはかなり重い荷物かもしれない。
だが、俺と違ってこの二人には『魔法の鞄』が無いのだ、当然ながら持ち運ぶ荷物は増える。たった一日くらいなら、荷物もそんなに要らないだろう?
いやそういうわけにもいかない、俺達は俺が草食系ヴァンパイアであり、その身体能力が高いこと。ディーレも魔法への高い才能があり、努力をかかさず鍛えられていること。ミゼだって戦闘に慣れていて、中級魔法までならいくつか使えること。
それだけ俺達のパーティの全員に実力があるから、迷宮を半日ほどで30階層まで行って戻って来れるのだ。ごく普通のパーティならこうはいかない、迷宮の奥に行くのなら、何日か泊まりになることも多い。
「基本的な魔法『火』と『水』は使えるな、使えなけばそれに加えて水袋、火打ち石、また燃料が必要になる。今日は半日で帰るつもりだから、そのくらいの荷物にしておいた」
二人は荷物が入ったカバンを背負って、既にもう顔色が悪い。だが、初級魔法までは軽く使えるようで、これ以上に荷物を増やすことは避けられた。
「それじゃいくぞ、ミゼ。今回はお前は防御にのみ注意しろ、その二人を守れ」
「はい、かしこまりました。レクス様」
俺からの命令にミゼは胸をはって承諾する、いくらかこの二人にも魔物と戦って貰うつもりだが、まだ初心者だはっきり言って役には立たないだろう。
「よ、よろしくお願いします」
「ふっ、この魔法学院の天才なら、荷物くらい『浮遊!!』」
パチンッ!!と俺はすかさず、勝手に魔法を使ったスペラの額を指で軽くはじいた。彼女は打撃を受けた額を押さえて蹲る、その瞬間に魔法への集中が途切れて、ドサッっと荷物が地に落ちた。
「パーティのリーダーを無視して勝手に魔法は使うな、そもそも荷物を運ぶくらいで魔法を使ってどうする。魔物が湧いた時には魔力枯渇なんて、馬鹿な真似をする気か?」
するとスペラは涙目にはなっていたが、すごすごと大人しく荷物を背負いなおした。迷宮で魔力枯渇など起こしたら、すぐに魔物の餌だ。スペラは女だから、もっと恐ろしい末路を辿る可能性もある。
「ゴブリンなど、面白半分で人間の女を襲うモンスターもいる。……意味はわかるだろう、女の冒険者は男よりもずっと危険が多いんだ」
スペラの顔色がますます悪くなった、ヴィッシュも知識としては知っていたのだろうが、真っ青な顔で頷いて荷物を持つ手が微かに震えている。
「今の攻撃程度で魔法への集中力が途切れるようなら、防御魔法だって使えない。今日は初日だ、いかに自分達に実戦で戦う力が無いか。それだけを覚えろ」
二人は青くなった顔色でこくこくと首振り人形のように頷いた、そして俺達はようやく迷宮へと入る。この迷宮にはもう何度も入っているから、行き止まりや人が近寄らないような場所を知っている。
俺は二人を他の冒険者が来ない、そう人気のない場所へと連れていく。ディーレ達とも事前に打ち合わせをしておいた。俺達は目的地について、お互いに頷いた。
「そうそう、教えておこう、『無音境界』」
俺が風属性の中級魔法を行使する、これでしばらくココで何が起きても外に音は漏れない。迷宮の中だが魔物も、人間だってこんな場所には来やしない。
「ヴィッシュ・スクイレ、お前には特に用がないが。スペラ・ベリトリス、お前に関して父親のドクティス・ベリトリスに頼まれていることがある」
俺の発した言葉にスペラの方が素早く反応した、ヴィッシュの服を引っ張り慌てて出口から逃げようとする。悪いな、ちまちま同行依頼を受けるより、こうした方が、よほど良いものが俺達に手に入ることになる。
「ヴィッシュ逃げるわよ!? 『風刃』!! 早くっ!!」
「『風殻』、そのくらいの魔法じゃ話しにならん」
「うっ、そ……うああ!?」
俺はスペラが発動させることができた魔法を、簡単に同属性の魔法で防いでみせる。ヴィッシュが立ち直りようやく二人が逃げ出そうにも、ディーレとミゼがその出口を塞ぐように立っている。
「いいか、ガキども人を簡単に信じるものじゃない」
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