第四十五話 子どもは元気でいるがいい
「ねぇ、その珍しい魔法の杖。私に売ってくれないかしら?」
「は? 嫌だ、無理」
鍛冶場で愛用の魔法銃、ライト&ダークにまだ嬉しそうに頬ずりしているディーレ。そんな彼にかけられたのはよく聞けば、まだ幼い少女のような高くてうるさい不躾な声だった。
それに対して、思わず俺が反射的にその声の持ち主を見て答える。ディーレは別に何も言わず、いきなり会話に割り込んできた少女をただ見ていた。薄い紫色の髪に桃の花のような色の瞳をした、本当にまだ若い少女だった。
年の頃はまだ十を少し超えたくらいか、興味深げに俺達のことを彼女は見ていた。容姿は上の下というところか、やや可愛らしい子と言える。……発言内容を除けばの話だが。
「あら、ただでなんて言ってないんだから……。そうだ、金貨20枚でどう?」
「は? 嫌だ、断る。まず値段が安過ぎるし、元々売るつもりは全くない」
俺がそうすっぱりと断ると少女は悔しそうな顔をする、来ている衣服は上等そうな生地でできた何かの制服のようだ、その上にフード付きのマントを身につけている。
「うぅ~、楽して凄い魔法具の課題がこなせると思ったのに~」
「課題? なんだ、お前は学生か?」
唸る少女に向かって俺が思わず聞き返すと、彼女は妙に偉そうに答えた。わざわざ腰まであるウェーブのかかった髪を、右手で格好つけてかきあげる。
「うふふふ、私はスペラ・ベリトリス。これでも珍しい上級魔法が使える、魔法学院の天才の一人と呼ばれているわ」
「…………上級魔法、魔法学院」
「同時に勉強をサボることで有名で、全てゴーレム任せの努力嫌いです」
俺とそのスペラとかいう女が話していたら、もう一人同じような服を着た。こちらは短いオレンジ色の髪に、紺色の瞳をした少年が話しかけてきた。こちらも容姿は上の下といったところ、ただし所作が綺麗でさっきの少女よりは好感がもてる。
「お前はこの金の価値がわかってない、馬鹿な女と知り合いか?」
「はぁ、まぁ、一応は友人と言ってもいいでしょう。私達は父親同士が仲が良くて、お互いに一応は大事かな~? という幼なじみでしかないですね」
「ちょっとお金の価値がわかってないって失礼ね、金貨が20枚もあれば平民なら、一年は遊んで暮らせるでしょう!! ヴィッシュはそこで黙って見ててよ!!」
最初に話しかけてきた少女よりも、次の少年の方が大人びていて話し方も落ちついていた。だから、俺はヴィッシュと呼ばれた少年の方に話しかけた。
「友人だったら忠告しておくといい、確かに普通の平民だったら、物価にもよるが金貨20枚で一年くらいはどうにか暮らせるだろう。だが、あの魔法の杖はそんな金では買えん、使用した素材の値段だけでも話にならない」
「そうですか、それは勉強になりました。ありがとうございます、スペラにもよく言い聞かせておきますので」
「えっ、ちょっと、何よー!! ヴィッシュのお節介――!?」
こうしてウィズダム国に住む、初めての貴族の知り合いが俺達にはできた。俺にとって気になっていたのは、ちょっと常識知らずだったがスペラという上級魔法が使える少女の方が気になった。いや、彼女が使える上級魔法が気になったというべきか。スペラ個人は貴族という点を除けば、どこにでもいる普通の女の子だった。ただし、実にいい性格をしていた。
「今日こそ売る気になったかしら、金貨40枚までなら出してもいいわ」
「…………お前、めげないな」
「その努力を他に生かしてくれれば、とにかく彼女は努力が苦手なので」
それから、一日に一度くらいの割り合いで、スペラという少女が声をかけてくるようになった。学校の課題はある程度経ったら終わったらしいが、彼女は個人的に気に入った物を、ディーレの魔法銃を手にいれたいらしい。
「もう、なんならディーレさんと一緒に、私という侯爵令嬢をおまけにつけましょう。つ~ま~り~、私は子どもを産む責務以外はサボって暮らし――はぅぅ!?」
「申し訳ありません、お手数をかけて」
「あっ、別に僕は気にしませんが、そのスペラさんの頭は大丈夫ですか?」
「大丈夫です、お気になさらないでください」
ディーレにおかしな発言をしたスペラをすかさずヴィッシュは素手で軽く叩いた、ぺしんっと軽い音がしたが子どもの力だ、ほとんど痛くはなかったはずだ。
「……頭自体の機能は無事だろ、だが頭の中身である思考方向は、既にもう手遅れのような気がする」
俺は思わず思ったことを口に出した。こうして時々は突撃してくるスペラにヴィッシュがガツンと、拳骨を落とすか、本の背で殴るか、足払いをかけて転ばせたりしていた。
「ヴィッシュとやら、拳骨や足払いでスペラに制裁を下すのは良い。だが、本で殴るのは止めてやれ、凄く可哀想じゃないか本が!!」
「はっ!? 確かに知識の泉に、私は今まで何ということを!? つい、目の前にある無情な現実に耐えかねて!! 次からは本は大事にしようと思います」
俺もスペラとやらはどうでもいいが、ヴィッシュの本に対する扱いが気になったので、それだけは成人した大人としてしっかりと注意しておいた。
注意するところが間違っている?いや、間違ってはいない。スペラは回復魔法をかければ頭の中身の方はともかく体の傷は治る。でも、本の傷は直らない。そこが重要なところだ。一冊の本を作るのにどれだけの労力がいることか、写本という地味な作業をしたことがあるならわかるはずだ。
俺は子供の頃に本一冊分丸ごと写本させられた、そんなに大量の紙なんて平民は持っていないから地面にだ。書いても消えていく文字たちがどれだけ辛かったことか、また書いても書いても終わらない地味な作業がきつかった。勉強の一貫だったが、文字は覚えたが本という形にならない、それがすごく虚しかった。
「もう、ぽんぽんぽんっと人の頭を叩いて、ケチなヴィッシュ!! 私は侯爵令嬢なのよ!?」
「…………侯爵令嬢はもっと思慮深く、美しい女性を示す言葉なのです。その為、この場合には適用されません。世の中の侯爵令嬢に謝ってください、はぁ~」
仮にも侯爵令嬢への対応では無いと俺でさえ思うのだが、スペラの方もヴィッシュのことをケチなどと文句を言いつつ、仲が良いのでいつ二人はいつもこの調子なのだろう。
スペラの狙いは段々と魔法銃から、その持ち主であるディーレに移っているようだった。しかし、ディーレは天然の純粋培養物である。
「ディーレさん!! 私は女だから侯爵家はつがないですが、上級魔法の使い手です。お嫁さんにぜひ一体どうですか? ――ふぎゃら!?」
「スペラさんは良いお嫁さんになると思いますよ、一体の意味がわかりませんが」
「…………」
「だから、具体的に言えば私が魔法使いとして男爵家を立ち上げるんです。そして、その後はディーレさんを侍らせて、うへへへへっ、――もんにょ!?」
「侍らせる?ただ、座っているだけのお仕事があるのでしょうか、暇そうです」
「…………」
「もう、ディーレさんったら、分かっていてはぐらかしてなんて悪い人。つまりはですね、寝室に二人で行って、ぐへっへっ――――ぬぎゃっわ!?」
「スペラさん、よく知らない男性と二人きりにはなってはいけないらしいですよ」
「…………」
スペラとディーレが話していると、ヴィッシュが無言で何時の間にかやってきて、彼女を毎回しっかりと制裁くだして回収していった。ちなみにスペラは毎回、毎回。悲鳴なのか鳴き声なのか、よくわからない声をあげている。彼女を連れ帰る時に時々ヴィッシュは謝っていた。
「本当にお手数をおかけします、もうこれはこういう生き物で、お気になさらず」
スペラがディーレを口説く、ディーレは意味が分かっていない、ヴィッシュがスぺラに制裁を下して連れていく。
こんな謎の連鎖行動がいつの間にかできていた、まぁスペラの発言内容のわりに特別に迷惑をかけてもこないので、ほとんど関係のない俺としては放っておいた。
「あの二人は元気で仲が良いですね、孤児院に居た頃の下の子達を思い出します」
「仲がいいのは間違いないな、そして、ディーレお前はある意味凄い」
「ああっ、私の影が日に日に薄くなっていきます。ちっ、こいつらリア充なのか?幼なじみでいちゃつきやがって、仲良くそろって爆発するといい」
ディーレの方は微笑ましい、子どもが何か大人ぶったことを言ってるなと、そのくらいの認識でいたらしい。俺と話している時にそう言っていた。
子どもとはいえ、あれだけ分かりやすい求愛行動をされて、まったく気にしないのがディーレの凄いところだ。俺も何かあったら見習おう、……何もない方がいいがな。
ミゼはまた何か分からんことを言っていた、リア充とは一体何なのだろうか。それもまた、爆発しなくてはいけないものなのか?
とにかくミゼは爆発が大好きらしい、スペラとヴィッシュの姿を見かける度にそう言っていた。これはもう口癖なのだろうか、全く不治の病とは気の毒に。
「今日は真面目にお話したいことがあります、引き受けて貰えるならギルドを通して正式に依頼します」
ある日、珍しくヴィッシュがスペラの暴走に関係なく、俺の方に向かって突然話しだした。俺も仕事の話なら、たとえ相手が子どもであろうと真面目に聞かねばなるまい。俺はヴィッシュの心音や発汗の様子を観察、嘘か本当か何が目的かを判断することにした。
「スペラと私を、迷宮の中に連れていって欲しいのです」
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