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第四十三話 勝てると決まったわけじゃない

「…………コレディ、君は浮気をしたのか!?」


 ウィルという男は顔を青ざめさせてそう言った、いやそんないらない誤解をされても困る。俺は人間だったら話せば分かると思っていたが、本によれば逆に恋なんかに燃えてる連中は、ある意味で正気じゃないんだった!!


「それは違う!! 俺はただの通りすがりの冒険者だ!!」

「そうよ、ウィル!! これはただの雇われた冒険者よ!!」


 俺とコレディという女はそれぞれ誤解を招かないように反論した、俺の女の好みはこんなのじゃない!!じゃあ、どんなのかと聞かれても困るが、多分こんな女じゃない!!……あと俺のことをどさくさにこれ呼ばわりしやがったな、違う断じてこんな女は好みじゃないぞ。


「……息も合っているじゃないか、そうか。そうだったんだ」


 ウィルという青年はまるで子供が傷ついたような顔をした、まるで見ているこちらが悪いことをした気になるような顔だ。俺は無罪なのに、罪人のような気分になった。


「違うと言ってるのが聞こえないのか!?」

「ウィル、私の言ってることを信じられないの!!」


 それからはもう喜劇だった。これがどこかの劇場で上演される喜劇なら、俺は興味も持てずに見もせずもう寝ていると思う。俺とコレディという女は誤解を解こうと頑張った、俺は素早く女から離れて距離をとった。女も俺から離れて優しく誠実な態度で男へと話しかけた。


「ウィル、私はこの村を出て貴方についていくって言ったでしょう。どうして私を信じてくれないの」

「…………その言葉は本当かい、僕についてきてくれるのか」


「ええ、ウィル。もう荷物も用意してあるの」

「そうか、分かった。信じる、信じるよ。君は嘘は言っていない」


「貴方のためなら村なんてどうでもいいわ」

「僕もそうだ、君がいないならあんな村はどうでもいい」


「貴方が好きよ」

「その言葉は本当だ、嬉しいよ」


「……ウィル」

「……ああ、僕の恋人」


 もう俺のいないどこかで勝手に二人で恋愛劇をやって欲しい、だが俺はまだウィルという男がヴァンパイアだと疑っていた。だから二人から距離はとりつつ、でも二人を近づけないように二人の中間にいた。だが恋人たちにこの程度の距離は関係ないらしい、揉めに揉めたがこの二人は仲直りをしたようだった。


 だから次の瞬間、俺には何が起こったか分からなかった。


「ではさようなら、僕の恋人」

「……ウ……ィル……?」

「――――!?」


 俺は確かに二人の間に立ちはだかっていた、ちょうどその中間にいたはずだった。だが俺が反応するよりも速く、コレディという女の首が飛んだ。鋭い剣で切り飛ばしたように、まるで玩具のように女の首がころころと地面を転がっていた。


「僕は本当だろうと、嘘だろうと、他人の手垢がついたものは嫌いなんだ」

「――――お前は!?」


 俺は反射的に全力で(・・・)走ってメイスをウィルという男に振り下ろした、だがそれはなんなくかわされ男は俺をその手で軽く(・・)突き飛ばした。


 ずっがあぁぁんと音をたてて、俺は古城の跡地にあった壁に叩きつけられた。こいつは強い、そう思う暇もなかった。俺の体は自然に反応した、そう俺の輪郭はあっという間に溶けて、()となって敵に向かって襲い掛かった。


「あれぇ、なんだ。君はヴァンパイア(・・・・・・)だったのか。『(ウインド)』」


 俺の体は、霧は、敵に襲い掛かったはずだった。だが、男が『魔法の言葉(マジックワード)』を唱えた瞬間に、霧全体をくるくると回されて一か所に集められてしまった。ウィルという男は無邪気に笑って言った、まるで親しい友人に話しかけるような感じだった。


「なんで人間の味方なんかをしているの、そんな趣味の悪い遊びはほどほどにね。『火炎(フレイム)』」


 ぐっぎぃあぁぁあぁぁ!!霧に口があったならば俺から悲鳴が漏れていただろう。俺は霧である体を炎の渦で焼かれていた、痛い、痛い!!生きたまま焼かれるというのはこれほどの苦痛なのか、俺は意識を保つことに集中した。そうしていないと体がばらばらになりそうだ、俺自身を保っていられない!!


「僕はもうここは飽きた、それじゃあ。そうだ、今度会ったら()に言いつけちゃうよ」


 純真な子供が笑うようにウィルという男は笑ってそう言った。そして、その背中から黒いコウモリのような翼を出して、そのまま俺の目の前から飛び去っていった。


 いや、今はあんな化け物に構っている場合じゃない。体が痛い、腹が減った、減った、減った、あっちに、あっちに、美味しそうなものがある、いや違う、あれは村だ、違う、違う、仲間たち、仲間だ、減った、腹が減った、仲間、でも回復しなければ――――!!


 俺は残っている理性を振り絞って霧全体を森に広げた、そうして森の木々から生気を分けてもらった。申し訳なかったが今年のこの森の実りは悪くなると思う、それだけの生気を俺は森から奪ってしまった。俺は最後の力を使い切って、焼け残っていた服にもぐりこんだ。


 俺は真っ青な空を見上げて倒れていた、服はあちこち焼けて破れていた。でも何とか人前には出れるだけの格好はしていた、ぼうぜんと今起きてしまったことを反芻した。


「…………ウィルと言ったな、覚えたぞ」


 ウィルと言う男は決して言わなかったが、正真正銘のヴァンパイアだ。おそらくはかなり高位のヴァンパイアだ。あんなレベルの化け物がひょいひょい居てたまるものか、本当に世界はまだまだ広いんだな、俺の知らないことばかりだ。


「それと、霧になるのも無敵じゃないんだな」


 俺は霧になるのは必殺技だと思っていた、だがそれが通じない相手もいるわけだ。霧が炎と相性が悪いこともわかった、今度霧になる時はその対策をしておかねばならない。


 そのまま俺は夜になるまで、いや次の日の昼になるまでそこで倒れていた。ここが森の中の古城跡で良かった、下手に迷宮や洞窟だったりしたら俺は回復できずに死んでいたかもしれない。俺が倒れたまま起き上がれないでいたら、やがて聞きなれた声が聞こえてきた。


「……クス……ん、レ、レクスさん!? ああ、女性が!! レクスさん、しっかり!!」

「……レ……ス、レ、レクス様!? え、し、死体!? いやぁぁ、生首ぃぃ!!」


 ディーレとミゼが俺を探しにきたようだ、二人はまずコレディの遺体に驚いていた。俺も死んだと思われていたのか、呼びかけられてつぶっていた目を開けて仲間になんとか笑いかけた、その様子にディーレとミゼは安心したのか体の力を抜いたようだった。


「神よ、信じる者を守りたもうその優しき御手に感謝を、……黄泉へと向かう貴女に安らぎを」

「き、強敵でございましたか、レクス様!?」


 今回は俺の完敗だった、だが負けても得るものが多かった。まず高位ヴァンパイアが存在する、そして恐らくそれを束ねる()がいる。俺の霧の体は無敵ではない、だが使い方を間違えなければおそらく強い。俺はやっと重い体を持ち上げて起き上がる、そうして自分の失態を笑い飛ばす。


「なぁに、大したことじゃない。ちょっと負けただけた。……ディーレ、ミゼ。世界は広いな」

「レクスさん、貴方が負けたのですか。ではやはり本当にヴァンパイアが!?」

「はいぃぃぃ!?ま、負けた。ではまだその強いヴァンパイアがここに!! ひぃぃ!!」


「いやもういない、俺は幸運だった」

「…………そうですか、ではその幸運を授けし神よ。その御業に感謝いたします」

「…………強制負けイベントでございましたか、…………ボタンで飛ばせないのが辛うございますね……ってこれは現実、レクス様が負けたぁ!?」


 ディーレの労りと神への感謝の言葉にほっとする、ミゼの奴は相変わらず何を言っているのか分からん。分からんがミゼよ、重ねて負けたとか言うな、それは俺が一番よく分かっている。


 とにかくこうして俺たちのヴァンパイア退治は終わった、犠牲になったコレディという女には申し訳ない。まだ俺の力が足りなかった、俺にもできないことがあると思い知った。


 俺たちはコレディの遺体を布で包んで村へ帰した、彼女の遺体はヴァンパイアの被害者として火葬にされた。首と胴が離れていてもアンデッド化する危険が皆無じゃなかった、父親である村長は当然だが暗い顔をしていた。


 やっときた冒険者ギルドの応援も、領主がよこしてくれた私兵も彼女の死には間に合わなかった。俺たちは役に立たなかったから、礼金は断ってこの村を去ることになった。


「俺はもっと強くなる、そうしないとな」

「僕もです、もっと力をつけて人々を救えるようになります」

「はい、希望をもって頑張りましょう。ちっ、ニート生活とは儚い夢でした」


 俺たちはウィズダムへの旅に戻った、少しばかり俺は落ち込んでいたが、いつまでもうじうじと過ぎた事を振り返ってもしかたがない。だが、俺はウィズダム国で惨い現実をつきつけられることになった。


「またかああぁぁぁぁあぁぁあぁ!?」

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