第四十一話 何も考えなくてもいい
旅の途中のことだった、何日も雨が続いて俺たちは少々うんざりしていた。だから村で借りた納屋での朝食をとった時に、俺はふと提案をしてみた。
「これはちょっと、今日の旅は止めておいた方がいいか?」
「ここ数日の雨です、こんなに降り続くことは珍しいですね」
「普通の村人にとっては、きっと恵みの雨なのでしょうが」
俺達が生きるこの世界は水という資源が乏しいことが多い、だから都市や街、村は必然的にそうした水源に近い場所に造られる。
俺達はまたウィズダム国を目指して、フロウリアの国境は既に越えていた。国境を越えたとたんに、何日も続く雨に遭遇することになった。
「急ぎの旅じゃないんだ、このオースイの村でゆっくり休んでいこう」
「はい、こちらではフロウリア国と違って、米という穀物が多いのですね」
「小麦は水が少ない地域での栽培に向いています、また連作障害の危険もあります。しっかし、この世界でもお米が食べられるなんて、うっはぁ、ほくほくのご飯最高でございます!!」
またミゼの例の発作が始まった、こいつは小麦よりも米という穀物を好んで食べることがわかった。でも俺もその穀物で作られる、甘酒という優しい味の甘い飲み物は気にいった。
連作障害というのは、昔の俺だったら関係ない話じゃない。同じ場所で同じ作物を作り続けると、その生育が悪くなることがある。おかげで昔はいろんな方法を試したものだ、別の植物を植えたり豊かな森から土をとってくることもあった。
「ここにも大きな湖があるんだな、俺の村ではこんなに水が豊富になかった」
「フロウリアの都は水道が発達していましたよ、教会など富んでいる場所だけですが」
「そう言えば、お二人は泳げるのでしょうか?」
「泳ぐ?」
「泳ぐ?」
ミゼの言いだしたことに俺達は首を傾げた、本の知識でそれは水の中を動くようなもの、確かそんな技術だったはずだ。
ディーレの方もそんな経験はしたことが無いらしく、俺と同じように首を傾げていた。泳ぐというのは面白いのだろうか、俺は経験したことがないならやってみたいと思う。いまいちピンとこない俺たちに、ミゼが泳ぎを教えてくれることになった。
「えー、ゴホン。それで第一回、ポロリはないよ。ミゼの水泳教室を始めます」
「ポロリって何だ?」
「さぁ、僕には分かりません」
俺達は村から借りていた納屋を出て、オースイ村の近くの小さな湖に来ていた。雨はその勢いを無くし、小雨になっていたから特に気にならなかった。
「とりあえず、泳ぎやすいように最低限の下着以外は脱いでください。もし、水に落ちたら真っ先に衣服は脱ぐべきです、まず間違いなく溺れます」
「ふーん、俺は下だけ履いてればいいか」
「わかりました、僕もそうします」
湖の傍にいつもの旅でつかう天幕を張って荷物を置き、俺達はほとんど裸という軽装になる。溺れるというのは苦しいらしい、食事の時に飲食物が肺に入り続けるようだと、そう聞いたことがある。
「では、このミゼラーレがお二人にお手本を示しましょう。最初はお手本どおりにいきません、まずは息を大きく吸って静かに吐いて、水に浮くことから始めます」
ミゼはそう言って湖に入ると、腰をかがめて頭だけ水面から出し、手を交互に掻きながらバタバタと足で水中を叩いた。あまりカッコよくは見えないが、ミゼはとにかく泳いではみせた。
「おおー!!これが泳ぐか」
「なるほど!!ミゼさんは器用ですね」
俺達二人はとりあえずは拍手する、それから浅いところで水に入ってみた。温かい時期だったので、ミゼに言われたとおり仰向けになって浮かんでいるだけでも、何だかふわふわとして面白かった。
「…………なんだか、温かくて気持ちがいいな」
「…………はい、僕もそう思います」
何度か体を浮かせてみたり、全身で水にもぐったりしてみる。そして、ついにミゼがやっていた、泳ぎを覚えることができた。
バシャバシャバシャバシャバシャバシャバシャバシャ……
「この泳ぎ方は顔が水につかなくていいが、とても進むのが遅くないか?」
「な、なんとか泳げますが、何か納得ができないような」
「ぶっほぉ!?芸能人になれそうな、美形二人が犬かきで泳いでいるなんて、ぶっくくくっ、何ということでしょう。ミゼは、ミゼは、痛い、腹筋が痛い!!」
俺達の泳ぐ姿を見て、水からあがったミゼはなぜか地面を笑い転げていた。一応は泳げたのだから、ミゼが嘘は言っていないと思われる。だが、何故かどこか釈然としない。
「あー、おっちゃん達。何をやってるんだ?」
「わぁ、旅人さんだ。何でここにいるの」
「お兄さん達って冒険者でしょ、何してるのー?」
俺達がようやく泳ぐことができるようになったら、いつの間にか小雨も止んでいた。そうしたらオースイ村でもまだ幼い、そんな子ども達が俺達と同じような軽装で次々に湖にやってきた。
「泳ぎを覚えようとしてたんだ、俺達は泳いだことがなかったから」
「僕もそうです、生まれて初めて泳いでみました」
俺達が素直にこの湖にいる理由を答えると、少年も少女も目を輝かせて俺達に競って話しかけてきた。ミゼ?あいつは腹筋に重傷を負ったらしく、地面で笑い転げたままだった。
「だったら、俺が泳ぎを教えてやる!!」
「私もよ!!この村で一番に泳げるのは、絶対に私なんだから!!」
「俺も、俺も!!」
「兄ちゃん達、俺に任せてくれ!!」
「えへへっ、泳ぐの楽しいよ」
……どこに行っても、基本的に幼い子どもは無邪気だ。それにこのオースイの村は街道沿いにあるせいか、あまり閉鎖的でなかった。俺たちは顔を見合わせた後、さっそく子どもたちに声をかける。
「それは面白そうだ、ぜび頼む」
「はい、どうか僕もよろしくお願いします」
それから俺達は子ども達に混じって、いろいろな泳ぎ方を教えて貰った。ちょっとしたコツがいるが、ミゼが教えたものよりカッコいい泳ぎ方がいくつもあった。
俺とディーレは自分達の年齢も忘れて、幼い子ども達と夢中になって泳ぎ遊んだ。中にはついこの間、命を失った少年くらいの者達もいた。
「よぉし、泳ぎを教えて貰った礼だ。俺が面白いものを見せてやろう!!」
「何、何、なあに?」
「おっ、何を見せてくれるの?」
「何かなぁ~?」
ディーレに一応何かあったら『浮遊』の魔法を使うようにいい、俺は魔力を高めて練り上げた。
「行くぞ、『隷属せし水流の竜!!』」
俺が水属性の上級魔法で、水で作り出した竜が現れた。俺は竜になんて遭ったことがない、だからギルドでみた絵本の挿し絵のような水の竜が現れた。
「うひゃああああ!?」
「凄い、凄い、凄いよ!!」
「俺、乗りたい!!あの竜に乗ってみたいよ!!」
「カッコいいー、凄いよ、お兄さん」
「次は私も、私も!!」
俺は水で作り出した竜の背にのりながら、子どもたちに期待に応えてやることにする。俺が上級魔法を使ったことにディーレが少し驚いていたが、辺りには子どもしかいないことだし偶にはこんなことをしたっていいだろう。
「おう、順番に遊べガキども!!」
「はいはい、慌てないでね。小さい子は、僕と手を繋いで乗りましょう」
俺が作り出した澄んだ水でできた竜は、大人しく次々に子供達をその背に乗せたり、または中に空気の空洞を作って湖を泳いでみせたりした。
「ははははっ、楽しいな!!なぁ、ディーレ!!」
「…………はいっ、とても、とっても楽しいです!!」
俺は生み出した水竜を操りながら、幼い子ども達と飽きるまで楽しく遊んだ。俺と同じようにディーレも珍しく、時に大声で楽しそうに笑っていた。
ディーレの頬を伝う水は、きっと湖の水だったんだろう。俺はそういうことにしておいた、彼は少しだけ哀しそうだったが、心から楽しそうに子ども達と遊んでいた。
「いいか、あの水竜は俺のいる時しか湖には来ない。珍しい竜だから、今日のことは大人には何も言うなよ」
「僕からも言っておきます、あんなに大人しい竜は滅多にいないので、普通の竜を見たらまずは逃げて隠れなさい」
「はーい、お兄さん達。また来てね、私あの子が気に入ったの」
「すっげぇ、面白かった!!」
「兄ちゃん達、とってもカッコよかったぜ!!」
「ああ、楽しかったぁ。もう、終わりなのが残念ー」
「また来てね、また遊んでくれよ。冒険者の兄ちゃん達!!」
オースイ村の子ども達は俺の作りだした水竜と遊んで、口々にお礼を言ってくれた。もし、本物の竜に遭遇してはいけないから、そのあたりはディーレが注意してくれていた。
俺が一応の口止めは全員にしておいた。でも、子どもの口は軽い、俺達がここを出ていった後に、何か竜の伝説が生まれたかもしれない。
俺達は翌日にはオースイ村を後にした、…………ミゼの奴?翌日に腹筋が筋肉痛になったと、何これ辛いと転げまわっていた。
まったく、ミゼはやはりちょっと残念な従魔である。
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