第四十話 理解できることではない
「…………う……ぁ…………」
俺が助け出した少女は両足の腱を切られ、またその体には肩から先の両腕もついていなかった。その傷口はおそらくは止血の為に焼けただれていた。俺は『無痛』の魔法で、少女が受けた傷から痛みを取り除いておいた、しかしそれでも受けた苦痛が強すぎたのだろう、意識は回復させることができなかった。
その少女の目は何も見ていないように虚ろで、人間のように話すこともなく、ただ微かなうめき声をあげるだけだった。俺から少女を託されたディーレは、少女のただならぬ様子に声も出せなかった。
「ディーレはこの子を預かってくれ、可哀相だが回復させるのは後にしろ。ミゼはディーレ達とそこの新人達を守れ!!」
俺がそう言い放つとディーレは気を持ち直し、すぐに彼女をしっかりと抱き抱えて、新人冒険者達のところへと走った。俺は盗賊相手にメイスを構えて、ディーレ達が結界をはるのを待った。預けられた少女を抱きかかえてディーレは魔法を行使する、少し遅れてミゼがそれに続いた。
「――っなんてことを、『聖結界!!』必ずお守り致します!!」
「そこの新人さん、何もできないのなら動かないでください。『風硬殻!!』」
新人冒険者達はただ呆然と、この悪夢のような状況を理解できずに立っているだけだった。ディーレとミゼは彼らも含めて、保護した少女と一緒に防御魔法を二重にかけて守りにはいった。
「獲物が逃げるぞ!? 皆、出て来い!!」
ガラガラガラガラガラガランッ
この恐ろしいカルバル村の村長らしき男は、部屋の隅にあった紐を素早く引いた。それがどこかで鳴子に繋がっていたようで、小さな村中に大きな音が響き渡った。
「誰が獲物だ、人食いのお前らと一緒にするんじゃない!!」
バキィ!ボキィ!!ぐわしゃぁ!!と派手な音を立てて盗賊が吹っ飛ぶ、俺は盗賊たちの両足だけを狙って素早く動いた。
「いだい、いだい、いだいぃぃ!!」
「畜生!?なんで鉄の冒険者がここに、ぐわあぁぁ!!」
「なんて素早いんだ、くそがぁぁあああぁぁ!!」
か弱い女の両腕をもぐような奴らだ、俺は襲い掛かってきた村人である盗賊達を遠慮なく、その両足を破壊して無力化していった。少しはまともな人間もいるんじゃないかと思っていたが、残念ながら血の匂いからするとそんな平凡な村人は一人もいなかった。
「父ちゃんに酷いことをすんなあぁぁぁ、ただの肉のくせにぃぃぃ!!」
「母さん!? なんて、酷いことをするのよおおぉぉぉ!!」
ガギッ!!ぐぎゃり!!と今度は比較的軽い音だけで済んだ、襲い掛かってきたので対処したのだが、今度の相手はさすがに俺でも骨を折るのは躊躇われたからだ。
「うぎゃああぁぁぁあぁぁあぁあぁぁ!!」
「痛い、痛いわ、どうしてあたしがこんな目に、いだいぃぃぃぃ!!」
何故ならまだ成人もしていない、少年と少女達までが俺に襲いかかってきた。さすがに子どもをメイスで殴る気にはなれず、素手で両肩の関節を外すだけにとどめておいた。
「あの人骨の多さから、やっぱり全員が盗賊か」
俺はこのカルバル村に入ってすぐに濃い血の匂いに気がついた、だから『隠蔽』で姿を隠して、その血の匂いがする場所にいってみれば、そこには人骨の山があった。さっき助けだした、可哀想な少女もそこにいたのだ。
「なんて村だ、これが村か?人間とはこんな事までできるのか?」
俺がメイスや素手で無力化していった村人、いや盗賊達は五十人を超えていた。全員の足を使えなくした後に、とりあえず広めの何件かの家に干し肉などの食べ物と一緒に放り込んで監禁した。
「ディーレ、ミゼ、盗賊達は無力化した。……ディーレ、俺がこの子の腕を村の中で見つけたことにする。心の方は無理だが、せめて体だけは治してやれ」
「はい、『完全なる癒しの光』……ううぅ、あ、貴女にこれから神の導きがありますように……、う゛うぅぅ」
上級魔法が使えることがわかると、いろいろと面倒が増える。だから、中級魔法の『大治癒』で切れた手足をくっつけて、治したように見せかけることにした。
その中身はただの木だったが、それらしく見える包みをディーレに渡した。実際はディーレが使えば体の欠損さえも癒してしまう、上級魔法『完全なる癒しの光』を使って少女を治して貰った。
助け出した彼女の両腕はおそらく、ここの村人達に食べられてしまったのだろう。この村にあった干し肉は、見たことも無く嗅ぎ慣れない匂いの肉だった。骨以外には爪や歯などが大量に、こっちはただのゴミのように村の端に捨てられていた。
ディーレは泣きながら少女の体は完全に癒してみせた、だが壊れてしまった心の方はどうにもならなかった。彼女はその体に受けた傷が癒えても、ただ虚ろな目をしていて何も話すこともなかった。
この少女は後にその親類にひきとられていったが、最後まで何も言うことができなかった。カルバル村での恐ろしい経験を思えば、それも無理のないことだろう。
俺がいっそのこと『失いし生きた記憶』を使い、その心を赤ん坊まで戻してやった方が良かったのかもしれない。
「えっ、何なんだ?」
「う、嘘だ」
「ここが盗賊の村!?」
「両足を折るなんて」
「で、でも……」
俺が村全体をまわって盗賊を全て退治するまで、新人冒険者達は何もすることができなかった。ただ、ただ、呆然と窓から無力化されていく、その村人達を見ているだけだった。
「お前達が余計な物をつれてこなければ、新しい肉が手に入ったのに……」
両足を俺から潰された村長は、痛みにうめきながらそんなことを口走ったそうだ。新人冒険者達はその悍ましい言葉に、中には失禁した者すらいたと聞いた。
人間という生き物は、時にモンスターという怪物よりも残酷でとても恐ろしい。特に閉鎖的な社会になると悍ましい行為も禁忌も、日常と化してしまうことがあるから恐ろしいのだ。
見つけ出した人骨の山は、古いものから新しいものまで様々で、まるで戦利品のように飾ってあった。頭や部位ごとに分けてあったから、スケルトンなどアンデッドになることも無かったのだろう。
「おい、そこの新人達。とにかくお前達が依頼を受けた街に戻るぞ、現実を報告する必要がある」
「……あっ、……は、はい……」
幸いにして村人、いやこの盗賊達が買い出しに使う馬車があったので、十日も経たずに近くの街。マラフォルトナという街の冒険者ギルドに急いで報告をした、そのあまりに酷い内容にギルドでは大騒ぎになった。
マラフォルトナを治めている伯爵も、ことの真偽を確かめようと急いでカルバル村に騎士達を送った。そこでは、また新たな地獄が待っていた。
「うげえぇぇぇぇぇ!!」
「おい、嘘だろ。おうっ、げえええぇぇぇ!!」
「ああ、神よ。なんて恐ろしい、うぅぅ」
両足を破壊して、食事を与えて監禁していた村人という名の盗賊達。彼らは碌に動けない体で、充分な食糧を残しておいたのに、更にお互いの体を食べあった者がいたのだ。
「どうせ死ぬんだ、だったら古いものより新しくて美味い肉が食いたかった」
俺達も証人としてついていったのだが、こんなに恐ろしい言葉を聞くことになるとは思わなかった。証人は一人でいいということだったから、俺だけがカルバル村に行ったのだが、ディーレやミゼをつれてこなくて本当に良かったと俺は思った。
カルバル村は元は普通の村だったらしい、だが十数年前に体の衰えを悟った盗賊団が村人を殺害して、そのまま村を乗っ取った。殺人だけではなく、食人を行うことになったのは、最初は生活が苦しくなった時に仕方なく行ったことだった。
しかし、一度でも禁忌を犯してしまうと、カルバル村を乗っ取った盗賊達は楽をして肉を手に入れるようになった。禁忌を恐れる理由が無くなってしまったのだ。
税金などは国境越えをする旅人を襲ったり、またギルドに新人冒険者に対して盗賊討伐の依頼をして、彼らを厳しい食糧事情の補填にして村人として暮らしていた。
この盗賊である村人はしたたかで、鉄以上の冒険者が来た時には盗賊はいなくなったと言って依頼を取り消し、新人の冒険者ばかりを狙って狩りを行っていた。冒険者ギルドには新人たちは来なかった、もしくは来たが盗賊にやられてしまったと、そんなことを言って都合よく依頼を取り消したりしていた。ギルドに怪しまれた時は盗賊は盗む物も無くていなくなったと、税金のとりたてをする役人に報告していた。あまつさえ税の軽減さえ、そんな時は願い出ていた。
「カルバル村は廃村とする、またその村を乗っ取った盗賊全員を処刑する」
マラフォルトナを治めている伯爵様は当然ながら、その悍ましい村を廃村にしてしまった。また、盗賊達はその年齢に関わらず、全員が処刑されることになった。
「なぁ、なんで俺が殺されるんだ。俺はただ、いつもの肉を食べただけなのに」
処刑される直前にカルバル村で生まれた、ある一人の少年はそう言った、その瞳は恐ろしいほどに澄んでいて、彼は本当に一体何が悪かったのか、最期の時まで理解することができなかった。
カルバル村という食人をする村で生まれ育ったその少年は、それ以外の世界を知る機会が得られなかったのだ。
時と場所によっては常識とは、その狭い世界の中で酷く歪んで、恐ろしいものになってしまうのだ。
「…………何が正しくて、何が悪かったのか、分からくなってしまいそうです」
カルバル村の処刑に立ち会った俺達の中で、ディーレはそう言った。そして、いつものように、盗賊達の犠牲になった者達の為に祈っていた。
「犠牲になった方たちが神の御心により、どうか安らぎが与えられますように」
優し過ぎるディーレは更に祈りを捧げていた、無知で残酷な人間に育ってしまった、そんな憐れな子ども達の為に祈っていた。
「…………神よ、他の世界を知らず育った者達を、彼らをどうかお許し下さい」
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