第三十七話 夢みる少女もいなくはない
「お前は!?」
「ふ~ふ~ふ~、これが~、運命なのかしら~」
それはどこか力が入っていない、不気味な女の声だった。どこかで、聞いたことのある声だと思ったら、以前にラビリスの街でうざいほど付きまとわれた。アウラといったか、くそ女候補その二が俺の目の前にいた。
どこか虚ろな蒼い瞳と以前とは違う艶の無い金髪を揺らめかせながら、以前よりも貴族らしく豪奢な服を着ていてまるでその重さに耐えられないかのように、ゆらりふらりとその体をどうにか支えているようだった。前と違って顔色も悪く、腕や足なども痩せ衰えてしまっていた。
俺はまたこの女に付きまとわれるの何か、勘弁してもらいたかった。だからディーレとミゼをつれてアンダーグラン家をさっさと逃げ出した。そんな俺達をくそ女候補その二は別に追いかけては来なかった、だがそれだけでやはり話は終わらなかった。
「ディーレ、そっちにいったぞ!!撃ち殺せ!!」
「お任せください、逃がしません!!」
「私も『氷撃!!』」
アンダーグランの迷宮にはなぜか火属性のモンスターが多かった、俺達が初めて遭遇するモンスターもいた。ファイアーマースという火の塊という魔物で、俺と相性が少し悪かった。ディーレはライト&ダークで、氷撃弾を撃ち出していた。
全身を炎で覆った生きた岩の塊のようなモンスターだ、俺のメイスでもぶん殴って破壊することは可能なのだが、とくかく体に炎をまとっているので火傷を負うことがある。
ただ倒せば魔石の他に金属の塊を落とすことがあった、どうやらこいつらはそれを主食にしているらしい、なんて不思議な生き物だ。……草食系であるヴァンパイアの俺に言えたことじゃないか。俺も充分に不思議生物である。
「ふぅ~、暑い、暑い。なんでこんなにアンダーグランの迷宮は暑いんだか」
「それに不思議なモンスターさんがいらっしゃいますね、神は時として思わぬ奇跡を生み出すものです」
「水属性の魔法が無かったらキツイです、あと私も毛皮が暑くて辛いです」
今日もいつものように狩りを行い、真面目に働いて生きていく為に金を稼いでいく。午前中に充分な稼ぎが得られたので、そこからは各自で自由行動になった。そして、俺はそいつに見つかった。
「なんだ、お前は一体何がしたいんだ!?」
「う~ふ~ふ~、私は~、見てるだけ~」
俺がこの街に来てから購入した本、『アンダーグランの迷宮について』そんな本を読んで、木陰でついでに生気をわけてもらい休憩している、そんな時に決まって近づいてくる女がいた。
この街の伯爵令嬢だという、アウラ・アンダーグランだ。俺が街のどこかでこうして休んでいたり、草食系の食事をしていたり、本を読んでいたりすると、決まっていつの間にかこの勘違い女候補その二が現れるのだ。ただ以前とは違って勘違い発言は収まって、静かにほとんど気配を消して俺の傍にいるのだった。
「…………以前のように、馬鹿な発言をして追いかけまわされないからいいが」
「そう私は馬鹿な女なの~、だからせめて~、最後に夢を見たって許される~」
勘違い女候補その二は前とは、比べものにならないくらい大人しくなっていた。もし、そうでなかったらまた威嚇してやろうかと思っていたが、この女は本当にただ俺を見ているだけなのだ。
「…………話ぐらいなら聞いてやる、また勘違い発言をしたら迷宮に放り込む」
「貴方~、意外と~、優しいのね~」
アウラという女はまるでゴーストのように、ふらふらとした足取りで傍に寄ってきた。その瞳は虚ろで生気がない、本当に体のあるゴーストのように俺には見えた。
「その何だか力のこもってない、間延びした話し方を止めろ。じめじめとしていて、うっとおしい!!」
「はーい」
…………この女、俺が珍しくも話しを聞いてやると言ったのに、相変わらずぼうぅっとした瞳で、どこか遠くを見ているようだった。
「………………」
「………………」
暫くの間、俺達はお互いに沈黙していた。俺は読書を再開した、この女が話し出す様子がなかったからだ。ようやく話し出したのは、本を半分ほど読んでしまった後だった。
「最後の夢を見ているの、これが最後だから大人しく見ているだけなの」
「なんだ、それは?」
アウラは初めて俺の方を見て微笑んだ、力のない笑みだったが、彼女はとても幸せそうだった。思わず俺が驚くような本当に幸せそうな顔だった。
「私は結婚するの、だからこれが最後の夢なのよ」
「…………意味が分からん」
彼女は視線を俺がもたれてすわっている大樹に移した、そして本当に夢か幻を見ているように、ゆっくりとまた幸せそうに話をする。
「私は自由になりたかった、冒険者になりたかった、一人で生きれるようになりたかったの。でも、それは全て夢だった。もう、夢の時間はお終いなのよ」
俺は本を閉じてその女の話に耳を傾けた、俺は自由に生きることが好きだ。だから、そうやって生きていきたいという女の気持ちに興味を持った。
「私、本当に貴方が好きだったの。あの街で初めて助けてくれた時、本当に貴方を好きになったのよ」
アウラから好意を向けられていることは鈍い俺でもわかっていた、ただそれはまるで子どものようなものだと思っていた。実際に、彼女がとった行動は幼い少女のように我がままで稚拙なものだった。
「貴方に嫌われてるって分かった時、私は泣いたわ。そして、凄く後悔した。私が夢みていられる時間は、もうほんの僅かしか残っていなかったから」
俺はこいつを勘違い、くそ女候補その二だと思っていた。だが、今の彼女はどこか誇らしげで、そして哀しいのに幸せそうだった。
「私は私に出来ないことを知ってるの、私がどんなに努力しても剣術は身につけることができなかった。魔法は実戦では役に立たなかった、どれだけ頑張っても私は一人で生きれるようにはなれなかったの。だから、夢の時間はお終いなの」
アウラは俺にその両手を伸ばして、掌にできた固くなっている部分を見せた。これは剣を振るってきた者の手だ、決して貴族である女の大切にされた、ただ柔らかい手ではない。
「私の好きな言葉に、人は自分のなりたい者になるっていうことがあるわ。それはほんの少しは本当だった、私は少しだけ私のなりたかった自分になれた」
彼女はまた俺の方を見て幸せそうに笑った、ほんの少し前には俺はこいつの顔を碌に見てやることも無かった。今の彼女は以前とは、別人のように変わっていた。
「私、本当に好きな人がいたのよ。夢のような僅かな時間だったけど、私はとても幸せだったわ。そう今だって幸せよ。だって私のなりたいものに、ほんの少しだけでも私はなれたんだから」
そうして、彼女は立ち上がる。今までのぼうぅとしていた瞳では無い。やせ細ってしまった体は痛々しいが、何かを吹っ切ったように彼女は笑って宣言する。
「夢の時間は終わったわ、今度は別の夢をみる。私は私のなりたい自分を、きっとまたみつけてみせる」
彼女はそのまま俺の元から離れていった、そうして遠くから護衛をしている騎士たちの元に戻っていく。一度だけ、彼女は振り返った。そうして、また力強く幸せそうに俺に向かって笑ってみせた。
「さようなら、私の夢の人。貴方も貴方のなりたい自分になってね、時々は私が思い出して、とても素敵な夢だったと、素晴らしい夢を見たと言えるから」
「……当たり前だ、俺は俺のなりたいものになる。それは誰にも邪魔はさせない」
俺が返事をするとアウラという美しくなった女性は、また誇らしげに笑ってみせた、俺が個人的に彼女に会ったのはそれが最後だった。
数日後、アウラ・アンダーグランは結婚した。
領主である父が決めた相手と婚姻し、その式の間も彼女は美しく誇り高く、笑っていた。彼女は新しい夢を、なりたい自分を、きっと見つけることだろう。
俺もそれを何故か見ていた、平民である俺は貴族の婚姻になんて立ち会えないが、ヴァンパイアの高い身体能力で式を遠くから見届けることはできた。
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