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第三十四話 最初の終わりは悲しくない

「お前、あんなに怖い目にあっておいて、それでも俺達と一緒にくるのか?」

「ディーレさん、別に無理をすることはないのですよ」


「はい!! 私は信じております。レクスさんと共に行くことは、決して神の教えに背きません」


 デレクの街を出た街道をそれた先にある森で、俺とミゼはディーレと話をしていた。何故ならお人よしのディーレがまた、その度が過ぎる人の好さを遺憾なく発揮し始めたからだ。


 つい最近のことだ。デレクの街が大量のアンデッドに襲われるという事件が起きた、幸いにして襲ってきたアンデッドは精々が強くてもグールくらいで街は大きな被害は受けずに済んだ。


 受けた被害が無いとはいえなかったが、その集団を騎士団や有志の冒険者の活躍により、概ねグールやゾンビなどのアンデッドを退けることに成功していた。


「俺としてはディーレが今までと変わらない(・・・・・)なら、面白くっていいけどな」

「ディーレさんは、その発言が個性的でありますから」


「そうですか、僕はそんなに変わっているでしょうか?」


 デレクの街におけるアンデッド襲撃事件、その過程の一つでオクサトム男爵家など、数件の貴族が取り潰しにあっていた。彼らは襲撃のかなり前から、アンデッドの集団が引き起こす事件に加担していたのだ。


 そうある事件の一つ。一人の冒険者を陥れようとして、逆に複数のギルドの者にグールを飼っている光景を見られたのが原因で、過去に遡っていろいろと調べられあげられて、オクサトム男爵家は処罰の対象となった。


 その冒険者が俺なわけだが、デレクの街としては実は俺の起こした過去の騒動に、ただ巻き込まれただけに過ぎない。そして、その時の襲撃でディーレはその他一匹と共に下位や中位であるヴァンパイアの一群に捕まることになった。


 一歩間違えればその命や、魂の尊厳まで危うかった。だが、このディーレというお人よしは、それでもまだ俺と旅を続けたいと言ってのけた。更に俺の耳を疑うことまでディーレは言い出した。


「僕自身は今までと何も変わることがありません、いくら僕が世間を知らないと言っても、レクスさん。貴方が人間ではない(・・・・・・)ことには、少し前から気がついておりました」

「「――――――!?」」


 そう言ってディーレはいつものように穏やかに笑った、そう言う彼の心音や発汗、呼吸の速さは、今までによく知っているディーレと何も変わりが無い。


 特に緊張している様子もなく、ディーレはごく自然体で話していた。この俺が人間でないと知ってもそこに恐れは微塵もなく、ディーレはいつものお人好しで危なっかしい、よく知っている仲間と変わらなかった。


 このお人好しは天然の性質だ、だがそれ故にかえっていつからか俺の本質に、自然と気がついてしまったんだろう。俺は平和主義者の変わり者、珍しいが人間には害がほとんどない、草食系ヴァンパイアだ。


「それにですね、中位らしきヴァンパイアと戦うなんて事、レクスさんは大変な方です!! それはとっても危ないことだったんですよ!!」

「…………まさか、ディーレに戦闘の未熟さを説教されることになるとは」

「…………まさか、ディーレさんがレクスさまの正体に気づかれているとは」


 実際に中位ヴァンパイアであったフラトリスの戦闘で、俺は結構な力を酷使した。あの日は最低でも三度の上級魔法と、他にも多数の中位魔法を使用していた。


 最後のあたりは魔力枯渇に近い状態であったのだ、もっともそれはこうしてお説教をしている、ディーレ自身にも言えることであったんだが。


「ははははっ、お互いに道を変えることは、いつでもできるか」

「はい、レクスさん。僕は貴方の旅路についていってもいいですか?」

「私は賛成致します、ディーレさんは信用できる人だと思います」


 あのアンデッドの襲撃事件が終わった後に、ディーレとミゼは自分達を助けにきたのに勝手にいなくなった、そんな俺のことを必死で探し出してくれた。


 ディーレは人間だ、防御の上級魔法を使用した後のことだ。精神的に肉体的にも辛い状態だっただろうに、一生懸命に森の中の俺のことを探しだしてくれたのだ。


「ディーレの神様は草食系とはいえ、ヴァンパイア(・・・・・・)を退治しなくてもいいのか?」

「レクスさん、その問いは無意味です。貴方は何事もなければ、人間よりずっと優しくて温厚な人間(・・)そのものです」

「ええ、レクス様は時に人間よりも、理想の人間らしいと言えるでしょう」


 ミゼとディーレは閉じ込められていた洞窟から少し離れた森の中で、強い疲労から深い眠りについている俺を見つけてくれた。


 見つかった俺は生まれたばかりの胎児のように身を丸めて、森の中にあった大樹の傍で眠っていたらしい。まるでその木に守られて包まれるように俺は眠っていたという。


「それにレクスさんはお強いですが、ちょっと心配で僕は放っておけません」

「う、うっわっ、ディーレにそんな事を言われる日がくるとはな」

「人間とは少しずつ成長していくのですね、まだまだ危なっかしいですけど」


 ディーレとミゼは俺が回復するまで、ほんの一刻ほどの時間だったらしいが、無防備に眠る俺のことを守っていてくれた。


 あの中位ヴァンパイアであるフラトリスは、俺が全て喰ってしまった。残っていたのは知性ある魔物にふさわしい、上質の大きめの魔石だけだった。


「人間であるかどうかは関係ないのです、多分、そう大切なことは他にあると思えるようになりました」

「…………ふーん、そっか」

「…………美形がそんな台詞を言うと、文句がつけられないほどにカッコいい。はうわっ、イケメン爆発せよ!!フツメンの呪い、その身に受けてみるといい!!」


 今回の俺達が手に入れたのは中位ヴァンパイアの魔石が一つ、そして、人間としてのディーレの成長といったところか。


 ミゼの言っていることはもう気にしてはいけない、可哀想な不治の病を患っているようなものだ。これは恐らく、ずっと完治することはないだろう。


「それでは行くんですか?もちろん僕は神の御心のままに、レクスさん達についていきます!!」


 デレクの街は多数のアンデッドに襲われたが、その大半がグールやゾンビだったから大した被害は出なかった。僅かな死者も出たが、それでもよく善戦したと思う。


 俺達もオクサトム男爵家という、ヴァンパイアの隠れ蓑になっていた貴族との関与が疑われたりしたが、その後の調べによって本当に関係ないことが認められた。


「ああ、行こう。元がなんであれ良質な魔石が手に入ったんだ、これを使わないなんて勿体ないだろう」


 俺の幼なじみであったグラッジというグール、……いやグラッジという青年はその生涯を終えてようやく安らかな眠りについた。


 フラトリスという中位ヴァンパイアは滅び去り、良質な魔石を残していなくなった。この魔石自体は単なる魔力の結晶だ、これを利用することに迷いはない。


 死んでしまえば、滅んでしまえば、それらはもう基本的にこの世界に干渉することのできない者なのだ。そこに、正義か悪かなど序列は存在しない。


「ではいざ行かん、この国で一番の鍛冶の街。そう、アンダーグランへ!!」


 デレクの街のアンデッド襲撃事件は、その中心となるはずだった下位と中位であったヴァンパイアを、誰かが(・・・)退治したことで終わりを告げた。その事実すら噂話程度で根拠を見つけられた者はいない。


 俺の身分には特に何も変わりは無い、だってそれらのヴァンパイアを退治したのは、名前もわからない誰かということになっている。所詮はたわいもない噂話だ、真実は俺たちだけが知っていればいい。


 さぁ、俺達は良質な魔石も手に入れたことだし、ディーレが俺を化け物扱いしないというのなら、これから一緒に旅をすることになっている。しかし、ミゼよ……


「いや、お前が言うことじゃねえよ。それ、俺が言うことだよ!!」

「レクスさんがこのパーティの代表ですからね、あっ、これからは僕にも内緒ごとは無しにしてくださいよ!!」


 一人は草食系とはヴァンパイアの平和主義者。


 一匹は、魔物に変えられて従魔となった猫。


 もう一人は、草食系ヴァンパイアを恐れない、変わり者の聖職者だ。


 この奇妙な二人と一匹の旅はまだまだ続くことになる、ディーレの奴が俺の存在を拒絶しなかったから、ひょっとしたら随分と長い付き合いになりそうだ。


 俺は日の光が平気だったり、主食が森の木々や草の生気だったり、固形物が食べられなかったり、また時には霧に姿を変えることもある。


 そんなおかしな、世界でも類をみない変わり者。草食系であるヴァンパイアの旅は、まだまだ続いていくのさ。


「それじゃ、改めて行こう。新しい街に、目指すはアンダーグランだ」


 俺はこのおかしな構成をしているパーティの代表として、そう仲間達に声をかける。このパーティがいつまで一緒にいられるのかはわからない、それでも、お互いにもう隠し事もなくなったんだ、気楽に楽しくやっていけるといい。


「はい、レクスさん!! …………あっ、ただ今度から外で簡単に、全裸になってはいけませんよ」

「ぶっふぉ!? い、今ここで力一杯のドヤ顔をかましているレクス様を攻撃するとは!? やはり、ディーレさんはなかなかの大物です!!」


 …………うるさい、今日も俺の周囲の雑音がうるさい。仕方がないだろう、俺が霧に姿を変える時って、それは強敵と戦う必要がある非常時なんだ。


 戦闘とは勝利することが一番に大切なことであって、戦闘後に全裸になることぐらい大したことじゃない!! ……えっと、無いよな。いや無い、そう俺が決めた!!


「ええい些細な事でやっかましいわ、もう置いていくぞ!!ディーレ、ミゼ!!」


 俺がずかずかとデレクの街道に出て、新しいアンダーグランという街に続く道を歩く。少しくらい顔や耳が赤くなっていても、俺は絶対に悪くないんだ。


 ただ、少しばかり恥ずかしいだけだ、決して言い負けたわけじゃないからな!!


 俺が歩き出すとディーレの奴は慌てて、ミゼは笑い転げながら器用に後を追う。


「はい、全ては神の御心のままに。神よ、この新しき旅路をどうかお守りください」

「ぶっほぅ、えっ、ち、ちょっとお待ちください、私を本当に置いていかないでくださいよー!!」


 さぁて、次の街には何が待っているんだか、まだ見ていない場所はまだ沢山ある。


 草食系とはいえ俺はヴァンパイア、これからも楽しくいろいろやってやろう!!


広告の下にある☆☆☆☆☆から、そっと評価してもらえると嬉しいです。


また、『ブックマーク追加』と『レビュー』も一緒にして頂けると、更に作者は喜んで書き続けます。

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