第三十三話 今更だがもう遅い
『なぁ、腹が減ったんだ』
そう俺はフラトリスの持っていた剣による斬撃で半ば斬られて、引き千切れそうな首から言葉を紡ごうとした。ヒュー……、ヒュー……とその言葉はどこかから、空気漏れを起こして、人間としてはちゃんとした言葉になってはいなかった。
俺の腕は暴れて逃げようとするフラトリスの腕を握っている、ミシミシミシミシッと少し奇妙な音がするが相手もヴァンパイアだ、このくらいは平気だろう。
「ヒッ!? 放せえぇぇぇぇぇぇぇ、この化け物がぁ!?」
そんなフラトリスの言葉に、きょとんと俺は千切れかけた首を傾げる。ああ、何ていうことだ、危うく首がそのままグラリと傾き千切れてしまうところだった。
人間ならばこんなに深手を負ってしまえば、きっとそのまま何もできずに死んでしまうことだろう。
『……死ぬ?死ぬ?死んでしまう?無くなる、失う、俺の大事なものを踏みにじる、それは認められない、そんなことは許さない……』
「くそがああああぁぁぁぁああぁ、その汚い手を放せ、この化け物!!」
俺は放せと言われたので、すぐに捕まえていた獲物からその手を放す。相手はそのことに、喜びを表情を浮かべたがすぐにその端整な顔は、今度は引きつった笑みを浮かべることになった。
「ふふふふふ、なんだ案外素直じゃないか、お前の仲間も一緒に私に仕える栄誉をやろ……う……」
『やかましいぞ、黙れこの化け物野郎、そんな口はあっても役には立たないな』
こいつは敵だ、俺の邪魔をするものだ。俺や他の者が持っている誇りを踏みにじり、自分では何にもしやしない。邪魔だ、俺の敵だ、排除すべき馬鹿だ、こいつは邪魔だ。敵だ、敵だ、敵でしかない。ならば、憐れみも同情も必要ない!!
俺は俺の敵であるものを睨みつけ、だんだんと自分の体が熱くなっていくのを感じた。これは前兆だ、以前にも感じたことのある感覚だ。そうして自分の敵のことしか考えられなくなっていく、目の前の敵は今にも逃げ出したいようだったが、そんなことは許さない。俺の思考が暴走していく。
そうだ敵なら殺してしまっても構わない、いや殺すことすら面倒だ。敵だ、ただの敵だ、俺を害する邪魔者だ。敵だ、敵だ、俺の嫌いな理不尽を押し付ける敵だ、俺の誇りを、人格を汚そうと思っている、俺の敵だ、許しがたい敵だ、あああ殺したい!!
『どいつもこいつも、俺の邪魔をする。俺は俺だ、俺が生きていくのは俺自身の為だけだ。ああ、腹が減った。どうにもこうにも魔力が足りない、足りない、そう何もかもが足りないんだ。――――少しぐらい、食べてしまってもいいだろう?』
その言葉が引き金になったかもしれない。フラトリスから傷をつけられて、半ば千切れかけていた俺の首から、いきなり勢いよく噴水のように溢れ出た血がそのまま変化する。
溢れ出た赤い血は全て白く何も見えない霧の幕に、そして獲物を逃がさないように、俺の体全体が全てが溶け消えるようにして霧へと変化していった。霧となった俺は洞窟内全体に広がった、これでもう誰も逃げられやしない。
「なっ、お前ははぐれのヴァンパイアでは無かったのか!? どうして、こんな高位のお方がここに!! 痛い、いたい゛、いだいぃぃぃいぃいいぃぃ!?」
『高位のヴァンパイアとはなんだ、お前は一体何を知っているんだ、俺に教えられるようなことがあるのか?………………それだけの知能があるとは思えない』
今の俺には無数の目があり、獲物を食べる口があり、言葉を紡ぐ頭があり、獲物を嬲る為の力があった。そして、俺の目の前には許しがたい、愚かな獲物がいた。
複数の目や口や、霧となって溶けてしまった手足がある。その力で、フラトリスと言ったか、うるさいゴミを子どもが玩具を叩きつけるように、俺は軽々と持ち上げて、洞窟の壁に叩きつけてやった。ドゴオオオオォォォンッ!!ゴガアァァァァアァ!!ガンッドガアァァン!!と何度も、何度も、飽きるまでそうし続ける。
「うぎゃああぁぁぁあぁぁあぁあぁぁ!?」
全く何てうるさい玩具なんだ、遊んでいてもちっとも面白くない。それに少し溶かして食べてみたがこれは美味しくない、こいつは何の役にも立ちはしない。
これは、ただのガラクタだな?もう、遊んでやるのも面倒だ。
「止めろ!! 止めて、止めてくれ!? お前の仲間達を殺してやるぞ、あいつらには仕掛けがしてあるんだ!!」
『このくそったれの大馬鹿野郎、自分で自分の首を絞めるのが、よほどに楽しくて堪らないらしい。……仕方がない、お前と遊ぶのは少しだけの間はお預けだ』
なかま、仲間、そう俺には仲間達がいる。俺は三重にはった結界を、その隙間を力の欠片として、害のない純粋な力の欠片たち。そうその隙間を細かな砂が通り抜けるように、ゆるゆると三重にはった防御魔法の中へと俺は侵入を果たした。
「えっ、レクス……さ……ん…………?」
「レクス様、お手を煩わせて申し訳ございません」
これは味方だ、だが美味しそうだな、それでも仲間だ、でも外にいるアイツよりもこっちが美味しそうで堪らない、それでも、仲間を食べたりしてはいけない。
俺は相反する感情を抑えながら、仲間達に施された仕掛けに集中した。なるほど、どちらにも、首に何かの古語が掘り込まれている。これが仕掛けか、つまらない。
「はははっ、私を殺したら。お前の仲間はお終いだ、すぐに死ぬことになる!!」
『ああ、もうこれは役に立たないな、こんな仕掛けがどうかしたのか?』
俺は喰った、俺の邪魔となるものを喰った。俺が必要としないもの、俺がいらないと思うものを三重の防御魔法に守られた内側で、余すところなく喰い散らした。
俺の仲間につけられていた、古語で刻まれた魔力はあまり美味しくはなかったが、食べてしまうには問題なかった。仲間、仲間は大事だ。これでもう、大丈夫。
「化け物、化け物……、いいえ、貴方は至高なる存在。祝福されし者なのでしょう、どうか私フラトリスは殺さずにお傍においてください!!」
今まで高圧的な態度で話していた、そんな獲物が妙なことを言いだした。これは俺が今まで聞きたかったことじゃないのか、聞いておいてもいい気がするが、こいつは許せない。そう、許すことができやしない。
いやこいつだけじゃない、ヴァンパイアっていうやつは嫌いだ。ただ生き血を啜って生きるのならばいい。それは生きていく為に必要な狩りだ、奪われた命はやがて何らかの形で、この広い世界に還元される。それが、自然の摂理だ。
『お前の役目はもう終わりだ、俺は今無性に腹が減っているんだ』
腹が減った、魔力が足りないんだ、食べたい、何かを食い散らかしてしまいたい。こんな奴では駄目だ、見るからにまずそうだ。でも、食べたい、食べたい、食べたい、食べたい、食べたい、食べたい、食べたい、食べたい、食べたい、食べたい、
食べたい、食べたい、食べたい、食べたい、食べたい、食べたい、食べたい、食べたい、何か喰い殺してやりたくて堪らない…………
「嫌だ、私が負けるなんて、こんな敵に勝てないなんて、化け物!!お前はただの化け物だ!!」
俺は霧状と化した体で、無数に増えた目で、感覚のない自由に動く四肢の欠片で、敵とみなした、フラトリスとかいうヴァンパイアの体を掴み、そのまま簡単に引き千切ってしまった。
もう、この玩具には飽きたんだ。それに、食べても美味しいところもない。
「……い、いやだ、いやだ、おかしい、こんな、こんな化け物がいるなんて……」
四肢を引き千切られて尚、まだフラトリスには意識があったので、またほんの少しだけ味をみて、その体を溶かし吸収してみたが、やっぱり美味しいものじゃない。
俺は誰だ?俺は俺だ、そう見渡す限りの平和主義者で、草食系のヴァンパイアだ。こんなまずそうな男を食べるなんて、美味しくも、面白くも、何も無い。
『ああ、腹が減った。そうだ、他のものを食べにいこう。ああ、皆は優しいな、俺のことを呼んでくれている』
俺は霧状の体で朧げな意識で、この洞窟内にもう敵がいないことを確認すると、スー……っと霧が消えるように、狭くて暗い洞窟の中から移動をしていった。
『ああ、すまないが腹が減って堪らない。俺に少し食事をさせてはくれないか?』
”……いらっしゃい……可愛い子。……全て枯れ……まう……食事……控えてね……。ああ、とても疲れた……でしょう……、ほんの少し……おやすみなさい。……もう、あんな…………近くにいないわ……”
俺は聞こえてきた優しい声に、森の中に生えている大樹達に身を委ねて、心からの安心を得て眠りについた。
ああ、ここならば安心だ。彼か、あるいは彼女達はとっても優しい。
穏やかで温かい大きな存在、そんな優しい彼らに包まれ俺はその意識を閉じてしまった。
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