第三十二話 逆恨みとはうっとうしい
濃い紅色の男にしては長い美しい髪、真っ赤な瞳をもつ男は笑ってこう言った。
「やぁ、私はフラトリス・ミディアム・ニーレ。可愛い妹を殺された憐れな兄さ、だからちょっと君たちは、ここで悶え苦しんで死んでくれるかな?」
男はそうちょっと庭で散歩しよう、そんな軽い口調で恐ろしいことを言った。奴は俺が以前に喰い殺した、ローズとかいう女の兄らしい。
確かに少しだけローズとかいった女ヴァンパイアの面影がある、ヴァンパイアとは皆がこんなに容姿が優れているのだろうか?
端麗な美貌でにっこりと優雅に笑うフラトリスという男、彼に付き従うように他に数人の男女が現れた。速い、体の動きが人間とはまるで違う、こいつらもヴァンパイアだ。
「ふーん、敵討ちってやつか。お前、フラトリスとか言ったっけ、そんなにあんな尻軽女と仲が良かったのか?」
「いいや、別に仲はよくなかったよ。私としては、愚かな元人間ごときに殺される妹のことは、本当はどうでもいいんだがね」
俺はフラトリスと話しながら、ほんの少し手でディーレとミゼに合図を送る。狩りの時、俺以外に相手ができない大物が現れたという合図だ。
「それなら、さっさと帰ってくれよ。ああ、デレクの街の手下もついでに一緒にな。今から帰ってくれるなら、こっちも無駄な殺しをしなくてもいい」
「たかだか、下位ヴァンパイアごときが、随分と生意気なことを言うものだ。人間というのは愚か者だから、手に入れた私達の僅かな力に溺れてしまっているのか」
俺達三人は狩りで大物が現れた時には無理はしない、数が多ければ撤退する。もし、数が少なく俺が戦う時には、ディーレとミゼは完全に防御の姿勢に入る。
「へぇ、それじゃ。あんたは下位のヴァンパイアじゃないってわけだ。良かったら無知な人間だった俺に教えて欲しい、あんたどの程度強いヴァンパイアなんだ?」
「人間のような下等生物に高貴なる祝福されし者の末裔、その偉大さがわかるかな。少なくとも私はローズよりも強い、下位のヴァンパイアを従えることもできるさ」
このフラトリスというヴァンパイアには、確かに並みの魔物よりも強い魔力を感じる。俺はディーレとミゼが状況と、するべきことがわかっていることを確認した。どちらも、いつでも防御系魔法を発動できるようにしている。
「そろそろ、問答にも飽きてきたよ。お仲間の準備も終ったようだし、私達と遊んでもらおうかな」
「大物を気取るならもう少しべらべらと無駄な解説をしてろ『重ねし強き結界』!!」
「『完全なる聖なる守り』神よ、か弱き我らをお守りください!!」
「『風硬殻』!!レクス様、後はお任せ致します!!」
フラトリスが戦闘開始の合図をした瞬間、俺達は別々に魔法を一斉に行使した。俺が使ったのは上級魔法の防御をディーレとミゼに、ディーレ達は更にその上からも、それぞれ上級と中級魔法で同じく防御魔法を使った。
三重の防御魔法だ、たとえヴァンパイアであったとしても、そう易々と破れやしない。特にディーレは防御に関してなら、上級魔法を扱うことができる天才だ。
「ディーレ!!ミゼ!!俺に何かあっても、たとえ何を見たとしても、お前らは防御だけに集中しろ!!」
「はい、レクスさん。ご武運を!!」
「はい、ディーレさんを出来る限り、お守り申しあげます!!」
俺は仲間に声をかけながらも、周囲にいる敵の気配を感じとって、下位と思われるヴァンパイア達の攻撃を回避している。愛用のメイスが無いのが、少しだけ辛いが無いものを嘆いても仕方がない。
「まずは一匹!!はあああぁっ、次に二匹目!!」
ドガアァアァ!!と人間なら木っ端微塵になるような勢いで、まず最初の一人を蹴り飛ばした。恐らくあれは内蔵がぐちゃぐちゃにつぶれたはすだ、次にかかってきた奴の攻撃を上に飛ぶことで回避し、同時にすかさず無詠唱の『重力』の魔法を発動させて、二人目の体の中心をめがけてグワッシャアァァ!!と力と重力をかけて踏みつぶした。
「おやおや、お前達。たかが人間か、下位ヴァンパイアのはぐれ者に、ちょっと力を抜き過ぎじゃないのかい?」
「高見の見物とは余裕だな、『火炎槍』!!」
親玉であるフラトリスに向けて炎の中級魔法を放ってみたが、こちらはかわされてしまった。やはりヴァンパイアの動く速度は尋常ではない、接近した時に零距離で魔法を行使しないと当たらない。
いや、そうでもないか。俺の仲間達、ディーレとミゼは今は三重の防御魔法で守られている。ならば、俺は次々と襲いかかってくる下位ヴァンパイアの攻撃を最小限の動きでかわして、上級魔法を行使する為に魔力を集中させる。
「羽虫にふさわしく逃げ回ってばかりだねぇ、おやおや、そこは危ないよ」
「ぐはっ!?」
どごおぉぉん!!と派手な音を立てて壁に叩きつけられた。魔法使えるように準備するのに少し集中し過ぎた、俺は受け身もとれずに一度は壁に叩きつけられたが、すぐに背中を軸にして回転して起き上がる。続いてきた下位ヴァンパイア達の連撃はかわすことができた、また俺は魔力をねり再び魔法を準備することに集中する!!
「ふーん、あの攻撃で死なないとは、どうやら人間じゃなくて下位でも……」
「『抱かれよ煉獄の熱界雷』!!」
フラトリスがなんかくそ余裕気に何かを言いかけたが、その前に俺の魔法は完成していた。
バリバチィバリバリバリバリィィイイィ!!と俺の周囲一帯に恐ろしい威力の雷が吹き荒れた。これは雷を生み出す上級魔法だ、それをこの洞窟内だけ範囲を限定して発動させた。当然ながら魔法の効果範囲が狭くなれば、それだけ威力の方は増大する!!仲間であるディーレやミゼ達が魔法の三重の防御結界にいるからこそできることだ!!
上級魔法のその効果は凄まじい、俺と戦っていた下位ヴァンパイア達は皆、高圧の雷による電流にその身を焼かれる。生きている者を生のままで焼く、そんな匂いと煙が洞窟の中に溢れかえる。
俺は同時に反射的に無詠唱で上級魔法、『耐えぬきし雷への結界』を発動させて自分の身を守る。
「はぁ、はぁ、はぁ、ははははっ、ざまあ見やがれ!!はぁ、はぁ」
上級魔法の行使をほぼ同時に二つだ、草食系ヴァンパイアの俺でも辛い、息があがってしまって体が重くなった。そうごっそりと俺の中から、魔力が持っていかれたのがわかった。でも、その甲斐はあった。
恐ろしい雷の嵐が吹き荒れた後に残ったのは、俺達三人と少々息が上がっている、そんな状態のフラトリス一人だった。こいつも少し傷を負っている、無詠唱で何かの魔法を行使したのだろうが、全てを防ぐことはできなかったんだろう。
「この下位ヴァンパイアふぜいが、一体どうしてこれほどの魔力を!?」
グールになってしまったグラッジの姿は消えてなくなっていた、残っているのは黒い墨のような遺体らしき僅かな欠片の痕跡しかない。子どもの頃は散々、マリアナと俺をいじめてくれて嫌な奴だった。
でも、吸血鬼に襲われて、無理やりにグールにされられたことには少し同情する。ただし、こいつが俺を襲ってきた時に、地下室に閉じ込めたことは後悔しないからな。それは俺の身を守るのに、必要なことだった。
暗い地下室で最初は、まだグラッジ達にも理性があったはずだ。しかし、ローズという主人の喪失と共に、その理性は無くなっていった。
同じくグールやゾンビになった母親を食らい、妹を食い殺し、他の皆も全てを食べてしまった。ディーレの馬鹿ではないが、お前に神様とやらの救いがあるように祈ってやる。ほんの少し、今この瞬間だけだがな。
……もう何も心配しなくていい。疲れたよな、ただゆっくりと眠るといい。
「おやおや、少し油断をし過ぎではないですか?」
「ははははっ、俺は優しいからな。ちょっとくらい、余裕があってもいいのさ」
さて、次はフラトリスと俺の直接対決だ。ディーレとミゼの方をみる、大丈夫だ。三重にはった防御魔法は無事で、あいつらにはかすり傷の一つもない。
魔力をごっそりと持っていかれた俺は、とうとう本気になったか。腰に付けていた剣を振るいだしたフラトリスの相手をする、くっそう体が重くて怠い。まだなんとか余裕があるが、同時に二つの上級魔法の行使がキツ過ぎた。
「威勢がいいわりには動きが鈍くなっていますよ、ほらっ、このとおり!!」
「ッチィッ!?」
シュバッ!!っとフラトリスの剣が微かに俺の右腕をかすった、そこから血がにじみ出す。やはり魔力が足りない、いや体の力も足りていない。そして魔力が足りていないんだ、そう魔力が足りないんだ、足りない、足りない、足りない…………
「そろそろ降参してはどうです、下位ヴァンパイアとはいえ、これほどの力があるのならば、私の配下にしてあげても構いません」
俺は本能に逆らわないように、体が欲するもの、俺が必要としているものを咄嗟に掴んだ。ザッッシュゥウウゥ!!と何かを切り裂く音がする。
同時に体のどこかで何かを感じたが、俺にとってはそれはもう大したことじゃ無かった。
「放せ、くそっ、下位ヴァンパイアの分際でえぇぇぇ!!――ヒイッ!?」
俺は虚ろな眼差しを獲物であるものに向けた、首元近くに斬撃を受けて血とヒュー…ヒュー…と息が漏れ出している、俺が最後に発した言葉が音として相手に伝わったのかは分からない。
『なぁ、腹が減ったんだ』
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