第三十話 疑われたがわからない
「鉄の冒険者レクス、あんたにはヴァンパイアである疑いがかかっている」
うっわっ、よりにもよってこのレクス様に、ヴァンパイアという疑いをかけるとは、正しい判断なのか間違っているのか。そんな俺自身が分からないことを聞かれても、俺自身がヴァンパイアかなんて分からん、むしろこっちが聞きたい、ぜひ何者なのか教えて欲しい!!…………としか思えない。思わず胡乱な目をギルド長に向けて、俺は首を傾げて固まってしまった。
一応は俺自身が草食系ヴァンパイアだと、そう認識してはいる。してはいるが俺が純粋なヴァンパイアかと言うと大いに怪しい。ヴァンパイアとは吸血鬼のはずだ、だけど俺は血が吸いたいと思ったことは一度も無い。自らが疑問視している思わぬ質問をされて俺は脱力してしまった、ギルド長はそんな俺に構わずに話を続けた。
「最近、この街ではアンデット系モンスターの増加、また行方不明者が続出している。そして、先日レクス殿がその元凶である、ヴァンパイアだという信用できる筋から情報があった。念のためにヴァンパイアではないか調べておきたい、身に覚えがないのなら証明してもらってもいいな」
「はぁ、別に俺はいいけど」
俺は冒険者ギルド長の言葉に軽い調子で同意する、何故なら人とヴァンパイアであることを判断できる。そんなことは既にいろいろと、俺自身が試してみたからだ。
むしろ、俺自身の正体がわかるというのなら、俺が一番にそれを教えて欲しいんだ。俺こそが誰よりもそれを知りたいのだ、……やっぱりヴァンパイアですとなったら、さっさとミゼとディーレを見つけて、ディーレには一応説明してから別れを告げて、俺の従魔であるミゼと一緒に逃げればいい。最悪な展開では逃げた後に名前を変えて、別の街や国のギルドでまた冒険者になれば済む話だ。
「まずは、この教会で得た聖水を飲んでもらう」
「はぁ、んぐっ。とても爽やかな水で喉越しがいい、一応は言っておくが俺はこれの代金は払わないからな」
まず、ギルド長が出してきたのは教会から買ったと思われる聖水だった。以前にも俺はこれを飲んだことがある。当然だが何の反応もない、後これの代金を請求されても俺は払わん。聖水ってただの光属性を帯びた水だが、ちょっと値段はお高い。
「次は、この聖遺物に触れて貰おうか」
「うっわっ、これもまた高そうな。銀でできてるのか、教会からの借り物?」
俺は教会によくある神様をかたどった神像を持ってみる、材質は銀でできているようだ、売り飛ばせばそこそこの値段がつくだろう。教会から借りてきたのだろうか、それともギルド長の私物かな?
ヴァンパイアは銀でできた武器や物を嫌がるという、それが光属性を帯びた魔力あるものなら尚更だ。もっとも、俺にとって銀はただの金目の物に過ぎない。そうでなかったら、銀貨で買い物すらできない。
「この聖なる鏡で、自分の姿を見てみるがいい」
「はぁ、いつも通りの俺の顔。あっ、寝癖がついてた、気がつかなかった」
これも教会から借りたのだろうか、なかなか凝った綺麗な装飾が施されている鏡がでてきた。鏡は結構な値段がする物だ、個人が持っているのは珍しい。そんな鏡にうつる俺の姿は、成人してから少し男らしくなっていた。
ミゼ曰くヴァンパイアは成長はするが、老化はしないんだそうだ。俺も永遠にずっと15歳の姿で過ごさずにすむ、草食系ヴァンパイアって本当に便利だ。普通ならヴァンパイアは鏡に姿を映すことがないらしい、それって女ヴァンパイアなら特に不便そうだ。俺は鏡を見たついでに、寝癖をなおしておいた。やっぱり、仲間が心配で少しだけ慌てていたみたいだ。
「これでどうだ、この植物が苦手だろう!!」
「ニンニクですか、くれるんなら貰いますよ、料理に使うと美味いんで」
ヴァンパイアはこの植物のなにが悪いのか、これを嫌う個体がいる。ミゼの奴は人でいうあれるぎぃでないかと言っていた、あいつは本当に変なことをよく知っている奴だ。あれるぎぃとは人にもあって、普通の人が平気な物がその人にだけは毒になる、そんな特殊な体質なのだが病気ではないとミゼは言っていた。
俺はおもむろにギルド長に差し出されたニンニクの束を手に取る、ただ持っているだけなのも暇なので、数個あるニンニクでお手玉をしてみせた。もうこのあたりで銀の冒険者達のほとんどは苦笑して、俺のことを警戒していなかった。
「この針で指先をついてくれ、その後に回復魔法をかけさせてもらう」
「まだやるの?はいはい、この銀の針か。いてっ、これでいいか、治してくれ」
俺が銀の針で指先を刺すと、普通にぷくりとした血の玉が出てくる。『治癒』銀の冒険者の一人が俺に回復魔法をかけてくれた、これが普通のヴァンパイアだったら、傷跡からは煙があがっているところらしい。
本で読んだ知識ではヴァンパイアが銀の武器が触れたところは焼けただれたようになるらしい。でも、本当のところは知らん、俺ってヴァンパイアは喰ってしまったローズって女ヴァンパイアぐらいしか、今までに見たことがない。
「この血を口に含んで貰おう、部屋の窓を閉めろ」
「…………………………ぼう、あぎだしでもいいでずが、なまぐざいんでずが?」
ヴァンパイアは当然ながら血を好む、でも俺は草食系ヴァンパイアだ。何度か動物で試してみたこともあったが、生臭いばっかりで生き血なんて飲みたい思えないし、ちっとも美味しいものじゃない。偶にディーレが怪我をしたこともあったが、その時に出る血を飲みたいとは思わなかった。飲み物しか食べられない俺だが、生き血はその中に入らないようだ。
暫く口に含んで我慢していたが、吐いていいと許可が出た俺は、ぺっぺっと一口分くらいの何かの血を用意されていた桶に吐きだした。その後に水で口を濯がせて貰った、それでもまだ口の中がなんだか生臭いような気がする。
窓を閉めたのはヴァンパイアは暗い場所では、その瞳が紅く光るからだろう。ふっ、その問題は解決済だ。
俺は少し暗い場所でも夜目がきく、その強い身体能力を制御して少しの間だけ抑えておけばいい。その間、俺の視力は落ちるが瞳が光ることはない。『隠蔽』で隠すほうが楽なのだが、魔法を使うと怪しまれると思って、無詠唱の魔法もこの場では使わなかった。
「最後に聖別されし、この銀の杭を心臓に…………」
「ってそれ確実に死ぬからな!!ヴァンパイアか人間か、関係なく死ななかったら、それはそれで別のモンスターだからな!?」
最後にギルド長が笑いながら馬鹿なことを言いだしたので、俺も冗談だとはわかっているがつきあって突っ込みを入れておいた。銀の冒険者達ものくすくすと笑っている者が多数だった、さすがに本当に銀の杭を心臓に打ち込むわけにはいかない。
ヴァンパイアだろうが、人間だろうが、当たり前だが銀の杭を心臓に打ち込まれれば死ぬ。それでも死ななかったら、そりゃ本当に化け物だ。
「グラッジ殿、レクス殿はヴァンパイアではないようです、オクサトム男爵家からの依頼でしたが、これで疑いははれたかと……」
「いいや、そいつがヴァンパイアだ!!俺は見たんだ、そいつが化け物だ!!」
俺がヴァンパイアだと認められない、本当は草食系ヴァンパイアなんだが、普通のヴァンパイアではないと判断された。そうすると、銀の冒険者の後ろに隠れていた、黒いフード付きのマントを羽織った青年が喚き散らした。
「そいつが化物だ、恐ろしい吸血鬼なんだ!!汚い奴だ、俺をあんなに酷い目にあわせやがって、お前も死ぬほど苦しめばいいんだ!!」
ギルド長や銀の冒険者達はその青年の言うことに困惑していた、青年は何かの感情を爆発させるように喚き散らすことを止めなかった。
「お前が殺したんだ、俺の母さんも、妹も、それに好きな女まで!!こいつが全て悪いんだ、こいつこそが化物だ!!」
喚き散らしながらその青年は地団太を踏んだ、体を大きく揺らした瞬間にフードが外れて、その姿が明らかになった。まだ成人して間もないんだろう、濃い茶色の髪に、真っ赤な光を放つ瞳をした青年だった。
その部屋にいた人間達が一斉にざわめいた、その青年の瞳は明らかに人間のものではなかった。近くにいた銀の冒険者の一人が、反射的にその青年に剣を向けたが軽々と避けられてしまった。
俺はやっと、そのどこかで見た青年のことを思い出した。
「こいつがいなければ良かったんだ、そうすれば俺は抵抗しない母さんを食べずに済んだ、助けを呼んで泣き喚く妹を食べずに済んだ、それにマリアナ!!俺の好きな女を手に入れることができたんだ!!」
俺の目の前でそう怒りの感情のままに叫んでいるのは、変わり果てた過去の幼馴染である青年だった。驚きすぎて声には出なかったが名前は確かグラッジだった、あの日の成人の儀で俺とマリアナの間に立っていたのが彼だった。
グラッジという元人間は今はグールに堕ちてしまったようだ、もう今居るのは元は大人しくて素直な人間だった青年の残骸だった。その残骸は呪詛を吐き出すかのように俺に向かって話し続けた。
「俺は食べた、皆を食べて強くなった。たとえお前が化け物だって負けはしない、母さんも、妹も、他の皆も、知らない奴も皆、皆、俺が食べてしまった」
グラッジは赤く染まってしまった暗い瞳で、狂気に溺れてしまったような声で、俺に向かってこう言い放った。
「なぁ、レクス。今度はお前の順番さ、この街のお仲間と一緒に全て食べてやる」
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