第二十九話 死んでも眠れるわけじゃない
「なぁ、最近やたらとアンデッド系が多くないか。俺の気のせいか?」
「確かにそうです、命失いし迷える者に安らかな眠りを『浄化』」
「新人の冒険者が命をおとすこと自体は、そう珍しくありませんが……」
俺達はいつも通りにデレクの街近く、魔の森に狩りにきている。まだデレクの街の美味しい料理どころを堪能していないので、こうして狩りを楽しみながら、デレクの街で自由に食への探求心を満たしているところだ。
そうそう、以前にデビルグレイトスパイダーから剥ぎ取った糸。あれのおかげで丈夫な戦闘服が作れた、俺はその服の上から手袋とオーガ皮の部分鎧を身につけて、足には同じく皮のブーツを履いている。
ディーレも防御服の下に似たような装備をきている、見た目は軽装だがそこそこの魔物だったら、攻撃されて衝撃はあっても貫通する攻撃などは防げるはずだ。
うああぉおおぉぉぉぉううぅぅぅぅ
「またゾンビかよ!?」
「むごいことです、神よ安らかな眠りをお与えください、『浄化』」
「ディーレさんの魔法は、あい分からずお見事でございます」
普通の人間でも練習次第では使える、光魔法の基本中の基本『浄化』はアンデッドという魔物に有効だ。しかも、ディーレの魔力は強くて光魔法の基本だけで、アンデッドの体ごと全てを世界に還元してしまう。普通ならゾンビからゴーストを追い出して、しばらく憑依しないように浄化するはずの魔法だ。
例えばミゼが『浄化』を唱えれば確かにアンデッドは一時無力化するが、また時間が経てば、その体に別のゴーストが入りこんで再ゾンビ化しアンデッドとなる。だから、その前に遺体を破壊する始末する必要がある。同じ魔法でも使い手の力量しだいで、その効果に差が出てくる良い例だ。
「うーん、デビルウルフも何匹か狩ったし、今日はもう街に戻るか」
「アンデッドがこれほど頻繁に現れる、僕は街の方も心配です」
「ギルドに行けば、何か情報が得られるでしょうか?」
俺達はいつもより早く狩りを切り上げて、デレクの街に戻ることにした。ディーレは相変わらず人の役に立つことが大好きだ、街に着くと『貧民街』の方に行くというのでミゼをお供につけてやった。
俺は冒険者ギルドで何か情報がないか聞き込みをしてみた、ギルドに併設している酒場で飲んでいれば、いくらかの酒代と引き換えに情報が得られることも多い。
「ああ、そう言えば確かに最近はアンデッドになる人間が多いような」
「夜の街で遊んでいた連中が減ったな、俺も知り合いが一人見つからない」
「新人の死亡が増えてるそうだ、まぁ新人だし最初が一番危ないんだが」
ただし、酔った相手の言う事でもあり、複数の場所で情報を得る必要がある。手に入れた情報を整理して、それらを精査しなくてはならない。
「新人の可愛い子がこなくなったから寂しいわぁ、目をつけていたのに」
「銀のランクでは警戒してるみたいよ、大規模な魔物の襲撃があるかもって」
「新人だからな、そういや『貧民街』の方でも死にかけを見かけないな」
俺は場所を軽食が食べれる屋台通りに移して、またいろいろとそこにいた者達から、話しを聞いてみたりした。
「どうにも魔物の動きがおかしい気がする、『魔物の氾濫』が起こらなきゃいいけどな」
「あれな、魔物共が魔力溜まりで異常繁殖して、少なくても数年に一度は起こるからな」
「まぁ、デレクの街なら外壁がしっかりしているから、そんなに厄介でもない」
『魔物の氾濫』は聞いた通りに、魔力溜まりなどで生まれる魔物が数年から数十年に一度、異常繁殖して起こる現象だ。小さな村などがこれに遭遇すると住民の全滅もあり得るが、街などでは外壁がある為に対策もとりやすい。魔力溜まりは元々魔力の強い土地だ、デレクの街は魔力溜まりのある土地が近くにあるから、ギルドに『魔物の氾濫』が起こらないように魔物退治を定期的に依頼しているはずだ。こういう生き物の異常発生は何年か、何十年かに一度、起きることがある。
普通の昆虫でも例えばいなごの蝗害などが有名だ、始まれば植物など口に入れれるものならなんでも食べつくして、また大量の卵を産む為に数年にわたってその襲撃が続く例もある。俺も実際に遭遇したことはない、村の大人たちの昔話やギルドの図書室の本で知っているだけだ。
「『魔物の氾濫』そのわりには、アンデッドばかりが増えると言うのが分からん」
俺は街のあちこちで話を聞いてみたが、住人や冒険者は何となく普段を異なる様子に、不安を抱いてはいるが何も確証はないという印象だった。
俺にも特に心当たりは無かったので、軽食や買い物を済ませるといつもの宿屋へと戻った。ディーレとミゼはまだ帰ってきていなったが、これも普段なら時々あることだった。俺はそのまま水浴びなどを済ませると、いつもの短い睡眠をとった。
「――――まだ、帰ってこないのか?」
異変が起こったのはその夜だ、ディーレとミゼが連絡もなくその姿を消した。ミゼは俺の従魔であるから、俺とは軽口もたたきつつ必ず連絡は欠かさない。
『従う魔への供する感覚』俺と従魔であるミゼとの、非常時の連絡手段。ミゼの体験している感覚を俺が体感できるという、特別な上級魔法を試してみたが反応がなかった。
「…………どう考えても、これはおかしいな」
ミゼに連絡できないのもおかしいが、ディーレだってそうだ。ディーレはお人好しの馬鹿だが、その性格は真面目そのもので、何も言わずに姿を消す可能性は低い、必ず何かあったら連絡くらいはしてくるはずだ。俺は夜だったが普通の人間には危険な『貧民街』に向かった、普通の人間くらい俺は絡まれても大したことにはならない。
「ああ、あの聖者様か。いつも通りに『貧民街』で治療を手伝ってくれたよ、その後に少し子ども達と遊んでいるのは見たが」
「そうか、わかった。また、何か情報があったら教えてくれ」
「もちろん、あの聖者様には世話になってるからな。皆にも声をかけておく、……ああ、そうだ。これは関係ないかもしれないが、『貧民街』の住人が最近になって少し減っている、死体は見つかってはいないから、良い働きぐちを見つけたのかもしれないが」
「…………そうか、情報ありがとよ」
ディーレがよく通っている『貧民街』の医者はまだ起きていた、ディーレとミゼはいつも通りにここに来て、特に普段と違う様子はなかったと言った。
だが、『貧民街』でもやはり人が消えているという。医者もその点が少し疑わしそうだった、ここの住民が真っ当に働く職を得るのは難しい。人間というものは劣悪な環境に落ちるのは簡単だが、そこから這い上がるのは難しいのだ。こういう場合『広範囲探知』は役に立たない、人間や生き物が多すぎてディーレやミゼ達と区別できないのだ。俺はあてもなく夜の街を歩いた、皆で行ってみた場所を巡ったが収穫はなかった。
「よっ、こんちは。ディーレの奴と俺の猫が来てないか?」
ディーレ達がいなくなった次の日の朝に冒険者ギルドに向かった。ディーレ達だけで何か、緊急性の高い依頼を受けたという可能性もなくはない。
もっとも、それでもあの一人と一匹が、俺に連絡を欠かすとは考えにくい。少ない可能性だったが、俺は馴染みのギルド職員を捕まえて聞いてみた。
「ちょっと、待っていてください」
俺が話を聞こうとしていたギルド職員は一旦、ギルドの奥へと入っていった。それからしばらくして戻り俺に向かって言った。
「ギルド長がお会いしたいと言われています、こちらについてきて下さい」
「んん?ギルド長が?俺に?」
思わぬことを言われて俺は驚いた、俺は鉄の冒険者だが特に華々しい活躍をしているわけじゃない。その日を余裕を持って生きていけるだけの仕事くらいしかしていない、ディーレの奴は別だが、あいつには報酬の分け前を多めに渡している。
俺は不老のヴァンパイアだからいいが、ディーレは人間だ。いつか老いという人間の限界に直面するし、それまでに冒険者稼業で多くの金銭を得ていた方がいいから内緒でそうしている。
「なんだか、随分と警戒されてるな」
そうして俺がギルド長の部屋に呼び出されると、そこには銀の冒険者が数人揃っていた、心音や発汗の様子で彼らが緊張しているのがわかる。
彼らに囲まれた先にいた初めて見るギルド長は、元冒険者なのだろう。白髪の初老の男で衰えてはいるが、その眼光は鋭くこちらを異常に警戒していた。
やがてギルド長は重々しく、その口を俺に向かって開いた。そこからは俺が思いもしなかったような言葉が紡ぎ出された。
「鉄の冒険者レクス、あんたにはヴァンパイアである疑いがかかっている」
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