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第二十四話 受ければ落ちるつもりはない

「レクスです、昇格試験を受けにきました、銅から鉄へ」


 俺は冒険者ギルドの、昇格試験が行われる日にあわせてギルドを訪れた。以前から調べたところによると、銅から鉄への昇格試験は次の三点が重視される。


 今まで受けてきた依頼という実績、次に冒険者としての知識が必要な筆記。そして、その時々で変わるが戦闘などの実技だ。


「はい、本日試験を受けるレクスさんですね、実績で試験資格を認められました。貴方は銅から鉄、こちらの試験を受けることができます」


 まずはその冒険者の実績だ、どの程度の依頼を受けているのか。依頼を達成できた数は多いか、逆に達成できなかった時にはどんな理由があったのか。


 これには時間がかかり、今までのギルドの記録をまとめておく必要がある。だから、昇格試験は事前に申請を出しておいて、ギルドによって決められた日にだけ行われる。


 まずは、この実績すら無いと試験資格も認められないのだ。俺はとりあえずは第一関門を突破して、ほっと胸をなで下ろした。


「まずは筆記試験を行いますので、二階の右端の部屋に移動してお待ちください」

「はい、わかりました。二階の右端の部屋ですね」


 俺としては実績に関してはほとんど何も心配していなかった、今まで受けた依頼を達成できなかったことがない。


 ランク鉄以上の採取依頼を何度も受けたことさえある、以前に銀の冒険者だった人のいいおっちゃんに言われた通り、俺は堅実に依頼をこなしてきたんだ。


「それでは、これより筆記試験を行います。こちらにある砂時計が全て落ちきったら終了です。皆さん、始めて下さい」

「………………」


 ギルドの職員の合図で全員が一斉に試験用紙に取り組む。俺以外にも銅から鉄へと昇格試験を受ける者はいた、銅が新人なら鉄は一人前だ。当然ながらギルドで受けれる仕事の幅の広がるし、その報酬も変わってくる。鉄の冒険者になってはじめて一人前だ、そう冒険者の身分証も証明してくれるといっていい。


 筆記試験とは冒険者に必要な知識の確認だった、採取依頼では薬草を採る際に注意すべきこと、または相手が動物ならば剥ぎ取って役にたつ部位はどこかなどだ。


 他は至って冒険者として当たり前のことだ、迷宮や森などでの戦闘における決まり事。人の獲物を取らないとか、救助要請があったらどう動くかなどが問われる。


 それからもう一つに基本となることに、文字の読み書き自体も評価の対象になる。元は農村の人間だったから、などと読み書きができない者もいるのだ。


 ギルドではそういった者の為に、図書室に勉強できる本が置いてある。一ページに簡単な例えば鳥の絵が描かれてあり、その下に一言『(とり)』と記されているような本だ。冒険ものといった絵本なんかも、そんな理由でギルドの図書室に置かれているんだ。


 この文字が読み書きはできるかは、依頼内容を理解するという点で基本でありながら大切な技能である。それを理解した者は、冒険者になった後で真摯にこれらを学んでいく。


「それではこれで終わりです、用紙を回収しますので動かないでください」

「………………ん、問題なし」


 筆記試験で問われた内容はほとんどが知っていることだった、幾つか知らない薬草や魔物のことなどがあったが、ほとんどは解答することができた。


「次は戦闘技術についてみます、鍛錬場の方へ移動してください」

「おお、今回は戦闘を実戦形式でみるのか?」


 以前に冒険者とは大きく二つに分けられると俺は言った、戦闘を重視するタイプと、戦闘以外の雑用を重視するタイプだ。


 前者においては先輩の冒険者を、対戦相手として戦闘そのものを見る、必ずしも勝つ必要はない、要はどの程度の技術を持っているかを見られる。もちろん、強さを示して悪いことはない。昇格試験の相手をするぐらいだからギルドから信用できる、それだけの強さと手加減ができる技量を持った者が相手になるはずだ。


 戦闘などができずに、雑用を主体にギルドの依頼を受けているものは、この試験自体を受けないことが多い。受けても傷を負う可能性が高いし、傷を負ったら治療費がかかる、そういった者達は一つ目の実績の多さで昇格を狙うのだ。彼らにとってはギルドとは何らかの非戦闘系の技術を身につけるまで働く場所でしかない。


「はい、はじめてください」


「…………遠慮せず、かかってくるがいい」

「うおおおおぉぉ!!」


「ふぁ~あ、あ~……」


 ギルドの職員が別の受験者に向かって合図する。俺は自分の順番がまわってくるまで、欠伸などをしつつ手袋を外して戦闘への準備をする。昇格試験を受ける者達は皆、真剣な面持ちで自身の装備を確認していた。だから彼らに習うように俺もそうする、たとえ相手が銀の冒険者でも俺なら素手の戦闘で十分だ。


 俺の手袋は比較的若いオーガの皮に、魔法銃の謎の金属を埋め込んだタイプである。これで拳を握り込んで殴れば、かなりの破壊力を有する。また、愛用のメイスを扱う時にも便利で、予備も含めて三つほど持っている。今日は手加減をしなければならないから、外してとりあえず腰に紐でくくりつけておいた。


「次の方、どうぞ」


「…………全力でこい」

「うあああぁぁぁぁ!!」


「それにしてあれはどのランクだ、冒険者証が見当たらないんだが」


 俺は順番を待ちながら、昇格試験を受ける者達を見ていた。その相手をしているのはかなり鍛え上げられた初老の剣士だ、動きやすそうな部分鎧を見にまとい、次々と相手を倒していく。


 今日の昇格試験を受ける者は三十数人ほどいたが、実戦形式で相手をしているのは三人だった。俺がギルドの職員に指示された相手には冒険者証がなかった、他の二つの列で戦っているのは銀の冒険者だが、服の中で見えないだけで同じく銀の冒険者なのだろうか。


 残り二人の銀の冒険者達も、わりと余裕を持って新人の相手をしている。これはあくまでも試験だ、全力を出すような必要が無い。だから、武器で数回打ちあってみて実力をはかる。前にも言ったが相手を倒す必要はないんだ。ただ新人ではない、一人前の技量があるんだと認められればそれでいい。


 もちろん俺だってわざわざ勝つようなつもりは無い、そんな目立つことをしなくても鉄の冒険者にランクが上がればいいんだ。


「次です、どうぞ」


「…………どいつもこいつも、さぁくるがいい」

「お手柔らかに頼むぜ」


 俺は別に緊張をすることもなく、訓練用の刃引きした剣をもっている相手を見た。初老とはいえ、服と部分鎧を着た状態で鍛え上げられた筋肉がよくわかる。

 うーん、やはり冒険者証は見えずランクがわからない。まぁ、ほどほどに相手をしよう。


「よっと、ほいっ、はっ、はいっと、うーん」

「…………打ち込んでこんか!そもそも素手で試験を受けるなら、始めから受けずにこの試験を辞退しておけ!!」


 あれれれれ、俺が余裕を持って相手の攻撃をかわし続けると、どうやら試験相手の機嫌を損ねてしまったようだ。……これで試験に落ちるのは嫌だな、少しだけ本気を見せて終わらせるとしようか。


「そうですか、それではお言葉に甘えて、――――はっ!!」

「なっ!?」


 俺は監督官の剣の攻撃をかわして、簡単に懐に潜り込んでいつものように掌で肺を攻撃した。この攻撃を受けると肺の中にある空気が無理やり押し出されて、相手は一瞬息をすることができなくなる。


 それに手加減していても俺の打撃を受ければ、もれなくその相手は吹き飛ばされて、運が悪ければ気絶する。この監督官は気絶こそしなかったが、末路は他の連中と同じだった。


 俺の打撃でその体は後ろへと吹き飛ばされ、ズザザザザッっと痛そうな音をたてて、地面へと仲良しになったのだ。俺とその監督官との模擬戦を見ていた、ギルドのおねえさんが最初は何が起こったかわからず、ポカンと口を開けていた。


「これで試験は終わりでいいですか?」

「えっ、あっ、はい!!ええええええっ!?」


 何だろう、何か俺はやらかしてしまったのだろうか。よく分からないが、妙なことに関わるのはごめんだったので鍛錬場をさっさと後にした。これで試験は全て終わりのはずだ。


「うわぁ、レクスさんは相変わらず強いですね」

「レクス様、お疲れさまです」

「おっ、なんだお前らいたのか?」


 鍛錬場を出ようとするとディーレとミゼが俺に話しかけてきた、昇格試験中でも鍛錬場は開放されている。デレクの街はそこそこの規模がある街だし、また昇格試験を見学する冒険者も多いのだ。


 相手の実力をみるいい機会だし、パーティとしての仲間を鉄の冒険者の先輩が探していることもある。この二人は俺は昇格試験があったから、今日は自由行動と言っておいたのだが、暇を持て余して見に来たとかそんなところだろう。


「凄いですね、レクスさん。普段よりいっぱい、手加減をされていましたね」

「うっわっ、いやいや、俺は偶々運が良かったんだ」


「ええええええっ、でもいつもより動きも抑えていましたよね」

「こ、この試験はある程度、戦えるかどうかを見るだけの試験だからな」


「ああ、だからわざとゆっくり戦ったんですね、手加減をしたんですね」

「い、いやわりと本気で戦ってたぞ、本当だぞ」


「デビルウルフの集団に比べたら、こんなのレクスさんには簡単なことでしたか」

「ひ、人と魔物は違うからな。それに、いつもお前達と協力して狩りをするから」


「はぁ?でもレクスさんだけでも、デビルウルフくらい簡単に倒してきますよね」

「こ、これでも俺は一年は冒険者をしているからな」


「レクスさんって時々、妙に謙虚なことがありますね、正直、楽勝に見えました」

「な、なぁもう行こう。さぁ、行くぞ。後は試験の結果を待つだけなんだ!!」


 誰かぼんやりとしていて、この天然のお人好しであるディーレの口を閉じてくれ。

 俺と戦った試験官がすっごいギラギラとした目で、こっちを睨みつけてるから!!

 なんか親の仇のように、ものすっっごく殺気を持って俺が見られてるんだから!!


 やばい、俺。もしかしたら、この昇格試験に落ちたかもしれない。


 俺は尚も俺のことを天然発言で褒め称えるディーレと、その行動にあきれて頭をかかえているミゼをつれて、後は昇格試験の結果を聞くだけなのでギルトの受け付け近くで時間をつぶすことにした。


「レクスさん、おめでとうございます。貴方をランク鉄の冒険者として認めます」

「あっ、受かったんだ、ありがとうございます」

「レクスさん、良かったですね。おめでとうございます」

「ふっ、このくらいレクス様なら、当然の結果です」


 あー、良かった。俺は見事に試験に受かった、最後の模擬戦だけ監督官の心象を悪くして落とされるかと思った。ディーレの天然発言も、特には問題にならなかったらしい。


 銅の時と同じように、鉄の冒険者証にも偽造防止に俺の血を一滴使用して、無事に俺は鉄の冒険者になることができた。ははははっ、これでできる仕事が増えるぞ。


「それじゃ、合格祝いにちょっと良い飯でも食うか」

「レクスさんの場合は飲むかですけど、胃が弱いって辛いですね」

「飲み物やスープ類でも、このデレクの街には様々な楽しみがあります」


 そう俺達が嬉しそうに会話をしていたら、俺達の前にぬっとさきほど俺と戦った、初老の監督官が現れた。

 濃い茶色の髪に白いものが少し混じっており、よく見ればこちらを睨みつけている瞳も同じ色だ。俺達の出口を塞ぐように、両手を組んで仁王立ちをしている。


 なんだ試験が終わってから、文句でも言いきたのか。もう鉄の昇格試験には受かっていることだし、俺の方でも先輩とはいえ何も遠慮することはない。俺は何が起きてもいいようにと、軽く身構えておいた。


 すると、その初老の試験官はカッと目を見開き、俺に向けて叩きつけるような大声で言い放った。


「レクス殿、婚姻を前提として、ぜひお付き合いをして貰いたい!!」


広告の下にある☆☆☆☆☆から、そっと評価してもらえると嬉しいです。


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