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第二百二十話 二度と離れることがない

「それでは結婚式はなるべく早くしましょう、もうしばらくしたらお二人の体も回復しますから、レクスさん何も心配はいりませんよ」

「………………分かった」


「レクス、どうしたの。結婚って人間の習慣でしょ、それってそんなに大事なことなの?」

「フェリシア、人間はな。普通は結婚してから、お互いに交わることができるようになるんだ」


俺はディーレの言葉に神妙な顔をして頷くことしかできなかった、それはつまり結婚するまでは清い関係でいてください。実はそう宣言されたのと同じことだったのだが、フェリシアはその意味が分からずに可愛らしく小首を傾げていた。そして俺と結婚するまで交わることができないと知ると、今度は今すぐに俺と結婚しようとディーレに向かって頼み込んでいた。


「ディーレ、私はレクスと今すぐに結婚したい。私が交わりたいのはレクスだけ、他に欲しいものは何もない」

「ええと、それは可能ですが綺麗なドレスや記念の贈り物は…………、何も必要はありませんね。レクスさん、神に使える者としては未熟な僕ですが、これから結婚式を執り行いたいと思います」

「ディーレいいのか、いや俺も反対する理由はないが、こんなに早く決めていいのだろうか」

「うわわわわ!?今すぐに結婚しちゃうの、フェリシアさんだったらすぐに服を着替えよう。白い普段着用のドレスしかないけど、せめて服と綺麗な髪だけでも整えようよ!!」

「レクス様が結婚ですか!?あの最初は女の子のように可愛かったレクス様が結婚ですか!?私の中では密かに賢者候補だったのに何ということでしょう。酷い裏切りを見た、ギリィ」


それから一日も経たないうちに俺とフェリシアの結婚式は行われた、俺なんか普段と同じ姿から皮鎧を外したくらいのものだった、フェリシアはファンから貰った普段着用の白いドレスに着替えて金色の髪をまとめて結い上げていた。美しい豪華なドレスも、記念となる贈り物も、何もない式だった。参加してくれたのも俺の仲間たちと、それに加えて大賢者ラウトの影だけだった。ディーレはいつもの法衣姿で俺たち二人の前に立って、そしてこうゆっくりと神への誓いの言葉を紡ぎ出した。


「愛の源である神よ、僕たちのすぐ傍におられる優しき神よ。この二人はその心を尽くし、全ての力を尽くして、お互いを唯一のものとして愛することを誓います。どうか愛すべき隣人である二人を、二度と離れることがないように、ここに結びあわせて光溢れる道へとお導き下さい。……それではお互いに誓いの言葉を」

「分かった、俺。レクス・ヴィーテ・ニーレはフェリシアを愛することをここに誓う」

「はい、私。フェリシアはレクスを愛することをここに誓います!!」


「僕、クレディーレはここにこの二人が神の名において結ばれたことを認めます。これからの二人の一生が、いつも神の祝福で満ち溢れていますように」

「フェリシア、これで結婚はできたぞって!?おいっ!?」

「うん、レクス。私はレクスと結婚できて、とても、とっても嬉しいんだ!!」


俺との結婚式が終わった途端にフェリシアは俺の唇にキスをした、ディーレからもファンからも結婚式でキスをするなんて話は聞いていない、だったらその情報源はたった一匹しかいなかった。俺はフェリシアからの長いキスが終わった後で、真っ赤になった顔を押さえて問題の発生原因、つまりはミゼに向かって強く抗議した。


「ミゼ!!お前だな、フェリシアに奇妙な習慣を教えたのは!!勝手に変なことを教えるんじゃない!!」

「お言葉ですがレクス様、私の故郷では結婚式で神への誓いの後に、お互いに口にキスをするのが常識でした。ふん、リア充などそろって爆発して幸せになるがいい」


ミゼはツーンとすました顔をして反省も後悔もしていないようだった、もしかしたら本当にミゼの故郷にはそんな習慣があるのかもしれない。愛しあうとお互いにキスをする猫か、可愛らしいかもしれないな、ふとそんなふうに思った。だがそんなことを悠長に考えている暇は俺にはなかった、フェリシアが声高々にこんなことを言いだしたからだ。


「レクス、レクス、さぁ交わってみよう!!私は初めてだ、とっても楽しみだよ!!」

「ふ、フェリシア。それは夜になってからすればよくないか、それにそんな話はファンみたいな子どもの前でするものじゃない、――っておい!?」


俺はフェリシアに強引に新しい二人部屋につれていかれた、最後の救いはないのかとファンのことを見てみたら、ファンはにっこりと笑いながら俺に手をいっぱい振って見送ってくれた。


「レクス、結婚おめでと!!フェリシアさんといつまでも幸せにね!!」


それから新しい二人部屋の中で何があったかは言わない、それは俺とフェリシアだけの秘密だ。ただお互いに初めてだったからすぐには上手くいかなくて、その代わりにお互いの体を大切に抱きしめ合った。もう二度と離れるまいと心からそう思いながら、やがて夜がきてまた朝になるまでの間、二人で互いに愛おしい体を抱きしめ続けていた。


「レクスと冒険か、楽しいな。ディーレやファン、それにミゼもいるのが嬉しい」

「フェリシア、あまり無茶はするなよ」

「レクスさんは心配症ですね、フェリシアさんは子どもじゃありませんよ」

「そうそう、フェリシアさんにレクスは負けっぱなしだね」

「姉さん女房でございます、それに夫婦は女性の力が強い方が上手くいくとかいかないとか、独身の私には分からない世界でございますね」


それからフェリシアは俺たちのパーティの一員にもなった、ラウト国には体が治るまで随分と長居をしてしまった。俺たちは大賢者ラウトの影とそれからエルフの長老たちに礼を言って、また目的の決まっていない気ままな旅に戻った。ラウトは国の端である森まで見送りに来てくれた、彼には本当にいろいろと助けて貰った、たとえ命をもたない魔道具だとしても、俺にとっての大賢者はこのラウトだけだった。


「ラウト、本当は魔道具であるあんたに言うのも変な話だが、これからもこの国で元気でいろよ」

「ああ、レクス。貴方たちがいつまでも優しく親切な隣人として、どこへ行っても幸せに暮らせることを祈る」


それから次に行った国でフェリシアの身分証を傭兵ギルドで作った、ヴァンパイアたちはもう俺たちを探してはいないと思ったが、念のために冒険者証は使わずに俺たちは無名の傭兵として国々を渡り歩いた。


「レクス、私はまだ本当には世界のことを見ていなかった。こんなに世界が明るく楽しいだなんて、レクスに会って私は初めて知ったよ」

「そうか、そうだな。明るく楽しいものばかりでもないが、確かに世界が前と違って見えるな」


俺は傍に愛する者がいると世界が違って見えることを知った、何でもないような些細なことでも嬉しくて、自分たちの力が及ばない悲しい出来事も二人でなら乗り越えられることを知った。


「ディーレはいつも優しいね、ファンは元気で明るくて楽しそうだ、ミゼは凄く面白くて仕方ないよ」

「フェリシア、あんまりミゼを褒めるな。すぐに調子に乗る奴だから、また厄介ごとを引き起こす」

「レクス様、それはあんまりでございます。この間も私がフェリシアさんのお膝にいると邪魔をして、まったく夫としてお心が狭いのです。もっと大きく寛大な心をもってください」

「えへへへっ、ディーレ。僕ったらフェリシアさんに褒められちゃった。そうなんだよね、皆で旅をするってとっても楽しいんだよね」

「はい、ファンさん。僕もとっても楽しいです、神よ。理解されることよりも、理解することができますように。そして愛されるよりも、愛することをどうか望ませてください」


皆で賑やかにお喋りをしながらいろんな国を訪れた、国よっては奴隷制度など酷いものを見ることもあった、旅をするということは楽しいことばかりじゃないのだ。でもそれは生きていく者なら当たり前のことだった、たった一つの国でその一生を終える人々だって、毎日いろんな喜びや悲しみを感じて生きているのだった。俺は辛くて苦しいことがあるからこそ、逆に喜び楽しむことができるんだと感じた。


いろんな出来事に遭遇したが旅の間中フェリシアはとても楽しそうだった、もちろん悲しい時には素直にまた泣いていたし、なにかあって寂しい時には俺のところを離れなかった。とにかくフェリシアは残された時間を大切に、とても大事にして過ごした。俺はフェリシアの寿命のことは聞かなかった、残された時間がどれだけかなんて知っていても意味が無かったからだ。毎日、毎日を俺たちはただ精一杯生きていった。時間は全ての者に平等に過ぎていった、年を重ねながら俺たちは変わることなく、お互いをとても深く愛していた。


それは見事な花畑に来た時のことだった、フェリシアという名の花がとてもたくさん咲いていた。ディーレが目を見開いて驚いていた、ファンはその花畑に頭からつっこんで匂いを楽しんでいた。ミゼはそんなファンと一緒になって寝転んで笑っていた。フェリシアも笑っていた、心からこの美しい景色を楽しんで喜び、とても幸せそうに笑っていたんだ。そして、彼女は俺に何気なくこう言った。


「レクス、レクス、本当に大好きだよ。これからもずっとレクスを愛してる、だから今度はゆっくりでいいんだ、いつかまたきっと私に会いにきて」

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