第二十二話 何故だか放っておけはしない
『大いなる浄化の光』
そうディーレが力のある言葉、上級魔法である浄化魔法を発動させた瞬間。ディーレを中心として、柔らかな光の波が幾重にも広がって辺り一帯を包んでいった。
水の表面に浮かぶ波紋のように、神々しい光の波が村中に優しく広がっていく様子は、まるで物語にでてくる一つの場面のようにも見えた。
「…………はぁ、はぁ、はぁ、間に合いませんでした。神よ、非力で未熟な僕をどうかお許しください」
「未熟はともかく非力ってのは……」
「ディーレさんって、自分がわかってない……」
俺は上級魔法を行使して、肩で息をしているディーレを呆れて見ていた。どうやら、この村にいた元村民を上級魔法で全て浄化してしまったようだ。
あれだけうろついていたゾンビの姿が一つも無くなっていた、初級魔法の『浄化』ならゾンビからゴーストを追い出すことができる、その後に動かなくなった遺体を二度とゾンビにならないように破壊しておく必要があるが、ディーレの上級魔法は彼らの体ごと全てを世界に還元してしまったようだ。
うっわっ、やっぱり上級魔法は怖い。その効果が初級や中級とは比べものにならない。今の俺なら一日に五、六回は行使できるが、あまりにもその効果が強力過ぎて使うことはほとんどない。
俺の魔力が前より随分と上がってるって、ははははっ!!俺は努力する男なんだ、『上級魔法書』を手に入れてから、ぼけっと過ごしていたわけじゃない。どうやら魔物を倒したり、魔法を使ったりすると魔力は成長するようなのだ。
「ミゼよ、そこで荷物番とディーレの護衛をしてろ。俺は一応、生存者がいないか、確認をしてくる」
「はい、レクス様。かしこまりました、お気をつけてどうぞ」
「…………はぁ、はぁ。申し訳ありません、よろしくお願いします」
そうして俺は村の様子を確認をしてみたが、残念ながらルティング村に生存者はいなかった。やはり上級魔法はすごい、ディーレの魔法によって村一つ全体が完全に浄化されていた。
俺達にここでこれ以上にできることはなく、ディーレと共に都フロウリアへと戻ることになった。俺は三日と短い旅の間、できるだけディーレに獲物の狩り方や旅の仕方、とにかく生き残る手段を学ばせようと頑張った。
「大変、お世話になりました。レクスさん、ミゼさんもどうかお元気で」
フロウリアの門の前でディーレはそう言って俺達とのお別れを済ませた、もちろん、護衛賃である銀貨5枚は既にもう頂いている。
俺とミゼはまた顔を見合わせて、同時にニヤリと笑った。そして、すぐにディーレの後を追いかけて彼に合流する。俺はディーレの肩を叩き、ミゼはその反対側の肩に飛び乗った。
「いやいや、ディーレ。お前忘れてるだろ、俺達にこのフロウリアを案内してくれると、そういう約束だっただろう」
「左様でございます、大事なお約束ですよ」
「えっ、あっ、そうでした。僕はすっかり忘れてました、それじゃ、一緒に行きましょう」
俺とミゼはこの五日間で話し合いをしていた、ディーレの上級魔法は得難い才能であると同時に恐ろしい武器でもある。そして、どちらかといえばこっちがメインなのだが、このディーレ自身がどこか放っておけないのだ。
このまま、世間の荒波にディーレを放りこんだとする。恐らく彼はすぐに溺れて酷い目に遭うだろう。どこか、そんな。少し目を離したらすぐにでも、コロッと死んでしまいそうなところが、ディーレにはある。
「そうそう、ディーレ。冒険者登録もしておこうな、今は都の平民として身分証があるんだろうが、作っておいて損はないぞ」
「そ、そうですか?」
「はい、レクス様の言う通りでございます」
そのままなし崩しにディーレの冒険者登録も済ませておいた。しかし、都って何もかもが高い。門の通行料も銀貨1枚も取られた、先に三日ほど宿もとっておいたが、一泊でこちらもやはり銀貨1枚。そんなにお金には困っていないが、あまり長居はしない方が良さそうだ。
「こちらが貴族と王族だけが入れる、特別な区画になっています。僕も入ってみたことはありません」
「こっちは商業区です、大体のものはここで手に入りますが、……はっきりと言って高いです」
「この辺りに美味しいと評判の料理店が集まっています、高いので僕が食べたことはありません」
「この公園は市民に公開されています、何かあった時の避難場所にもなっています」
「えーと、ここからは夜のお店があるそうです。義父に聞いたことがあるのですが、どうして夜のお店なのかは知りません」
「ここから先は入ってはいけません、僕も禁止されていました。貧民層の人達が暮らしているそうです、詳しいことは分かりません」
「ここが教会です、せっかくですからお布施をしておきますか、とても荘厳な建物なので一度見ておくと、どこかで話の種になると思います」
また、ディーレの都の説明が酷かった。この坊ちゃんは本当に、自分がいた孤児院と教会以外のことをよく知らないようだった。
ちなみに教会に銀貨1枚お布施をしたら、聖水を少し貰えた。要は光属性の魔力を含んだ水で、草食系ヴァンパイアである俺が飲んでも、爽やかな水だなという感想しかなかった。
光属性は教会は聖属性と言い張ってたりするんだが、別にヴァンパイアに特別な効果はないようだ。回復魔法とか滅多に使わないが、俺自身にも平気で使えるからな。
「うーん、何かいい仕事がないか、次はどの街へ行ってみようか。ミゼ、ディーレ、何か意見はあるか?」
「デレクタニトゥムの街とかいかがでしょうか?食事が美味しいと評判ですし、傍に魔の森があるそうですから、そこのギルドの仕事もきっと多いでしょう」
「……えっと、何故、僕がそんな話に入ってるんでしょうか。いつの間にパーティになって?あれぇ??」
俺は世間に疎いディーレに三日間、王都であるフロウリアを案内させた。その間に、ミゼと共にディーレを、さっさと俺達のパーティに入れてしまった。
その手段として食事の席で酒というものを用いたが、ディーレは凄く酒に弱かった。おかげで、ディーレが酔っている間にパーティ登録書を書かせるのは簡単だった。逆に俺は凄く酒類には強かった、どれだけ飲んでも酔っぱらわない。良いような、悪いような特技を知った。
「よし、ミゼの意見を採用しよう。丁度、デレクタニトゥムに向かう商隊の護衛任務がある。俺達のランク銅だから賃金は安いが、食事には困らん」
「美味しい料理が出るといいですね」
「ええっと、どうしてこうなったのでしょうか。神よ、お教えください。僕には記憶がないのです、それに何故だかやたらと頭が痛いです」
ディーレ、それはおそらく二日酔いというものだ。どれだけ飲んでも酔わない俺にはわからないが、村の大人が収穫祭の次の朝とかに苦しんでいた覚えがある。
「俺は依頼受諾の手続きをしてくる。すいませーん、この依頼を受けたいです」
「ディーレさん、僭越ながら失礼します『活性!!』
「あれっ、それは身体機能向上の回復魔法じゃないですか。あっ、頭痛が治った」
俺達は十数人規模の商隊の護衛任務を引き受けた、今回はディーレには防御だけを担当して貰うことにする。
「敵が出たら、そいつの体の中心を狙って撃つ。それだけの武器だ、今回はよほどのことがない限り使わなくていい」
「…………僕に使いこなせるでしょうか」
「ああ、私の二丁拳銃のロマンが遠のいていきますぅぅ」
この依頼の前に、魔法銃のラミアをディーレには渡しておいた。今すぐには使いこなせないだろうが、ディーレには何も攻撃手段が無いのだ。痩身でも孤児院で労働をしていたから体力こそあるが、何も戦闘系の技術というものがない。
「試しに、あそこに置いた石達に当ててみてくれ」
「狙って撃つ、狙って撃つ。あっ、当たりました!!」
「おや、意外な才能でございます」
そう考えると魔法銃のラミアはディーレと相性が良いかもしれない、その辺にあった石などを狙ってディーレは初心者だから両手で銃を撃っていたが、結構な確率でそれは命中して石をはじき飛ばしていた。
うーん、俺は中距離戦闘でも攻撃魔法があるからいいが、ディーレには今後もあの銃を使って貰った方がいいかもしれない。後は避けるとか、逃げるとかを中心に、俺の武術も少しずつ教えていこう。
「しかし、デレクタニトゥムとは懐かしい」
「レクスさん、行ったことがあるんですか?」
「私、初耳でございます」
俺の住んでいた寒村から一番近かったのが、デレクタニトゥムの街だ。俺もただ一度だけ父さんのお供で行ったことがある、その時は活気のある商業が盛んな良い街に見えた。
「ああ、父さんがまだ生きていた頃に、一度だけ何かの用事で連れていかれた」
子どもだった俺には、初めての街はとても活気があって、村とは比べものにならないほどに人が多かった。今、改めて通称デレクの街を見たら、別の感想がわいてくるだろうか。
「お世話になりました、それでは」
「はい、仕事の時はまたよろしくお願いします」
それから、十日間。俺達は無難に商隊の護衛任務を果たした、他の護衛の冒険者達にも新人である銅が多く、特に危険な道ではなかったのだろう。
「うーん、覚えがあるような、無いような。以前に来た時には、俺は子どもだったからな」
「活気があって賑やかな街ですね、都ほど大きくはないですけど」
俺はデレクの街を見て、以前に来た時の記憶を掘り起こしてみるが大したものは出てこなかった。子どもの頃に見たよりも、やや小さな街のような気がするのは、俺自身がその頃は幼い子どもだったからだろう。
ディーレと二人で街の感想を言い合っていると、ふとミゼがこう呟いた。
「レクス様、私はこの街にいた覚えがございます」
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