第二百十五話 そう簡単には見捨てられない
「俺はウィル、お前を倒してでもフェリシアをここから解放する、そう自由にして残り少ない時間を彼女自身を大切に愛して生きていく!!」
俺がそうウィルに向かって宣言した途端のことだった、俺たちをとりまく風景が突然に変わっていた。俺とウィルは大きな地下にある闘技場のような広間に移動していた、フェリシアも同時に移動している天蓋付きのベッドから、一際高いところにある豪華な椅子の上に気配があった。それでもフェリシアの顔や体を確認できなかった、それは豪華な椅子をとり囲むように天井から薄くて黒いベールが掛かっていたからだ。黒いベールの向こうに小柄なフェリシアらしき人影が見えた、豪華そうな椅子にもたれかかってやっと座っているようだった。
複数を巻き込んだ細やかな制御が必要な転移魔法、そしてさっきの場所から転移ができたということは、まだフェリシアの心が定まっていないということだ。フェリシアは未だに迷っているのだ、俺と共に残り少ない生を全うするか、ヴァンパイアたちの象徴としてたった一年を過ごすか。でもそれも無理もないことだろう、フェリシアにとってはヴァンパイアたちはずっと自分の子どものようなものだった、優しいフェリシアのことだから大切にしていた子どもをそう簡単には見捨てられないのだ。
地下にある闘技場のようなところには客席に沢山の人がいた、いや人間であるはずがないからヴァンパイアかその配下であるグールたちだった。ウィルが闘技場の真ん中で客席に向かって優雅に一礼する、その仕草に客席からはうおおおおおぉぉぉぉと熱狂した声があがった。俺の襲撃で地下に避難していたヴァンパイアたちだろう、中には豪華なドレスを着た女たちや燕尾服をまとった男たちがいた。そんな者たちに向かってウィルが両手をあげて、大きくはっきりとした声で話しかけた。
「さぁ、こいつは偉大なるヴァンパイアの出来損ない。なんと生意気にも我らの王を奪っていこうとしている大敵だ、汚らわしいヴァンパイアの成り損ないのなれの果てがこの男だ。そんな者に我らの王を渡すわけにはいかない、少しでも王を大事に想う気持ちがあるのなら誰でもいい……」
そこでウィルは俺の方をはっきりと指さして言った、俺は油断なく右手にメイスを構えウィルに向かって立ち向かった。
「そうだこいつを殺せ!!今すぐに殺してしまうのだ!!王が未練など残さぬように、肉の一片も残さぬように、血の一滴も残さぬように、この神聖な場から汚らしい出来損ないを排除するんだ!!」
ウィルの言葉に反応して何十人かのヴァンパイアが闘技場に飛び降りた、そうなったら俺が最初に使う魔法を決まっている、こいつらの全員が高位ヴァンパイアのはずがない、だったら俺がまずすることは確実に敵を減らしていくことだ。俺はとあるヴァンパイアハンターが最期に残してくれた魔法、それを使う用意をして戦意がある者に対してはこっちからも宣戦布告をした。
「俺を殺そうとする者は殺す!!俺は大事な者の尊厳を無視するお前たちを、俺の大切な女の自由を奪う者を許さない!!『完全なる強き太陽の光!!』」
俺の魔法は薄暗い地下にある闘技場に、一瞬だが確かに光り輝く太陽を作り出した。闘技場に飛び降りた者の何人かが、悲鳴をあげることもできずに真っ黒に焼け焦げて死んでいた。客席の方でもそうだ、中位ヴァンパイアまでは太陽の光に弱い、だからそのような者は俺の魔法で黒焦げになり死んでいった。闘技場の中から客席にまで動揺が広がった。太陽の効かない高位ヴァンパイアか、どうやら人間に近いミットライトたち、そしてヴァンパイアの配下であるグール以外は、全てたった一つの魔法で滅び消え去っていたからだ。
ウィルが少しだけ苦々しい顔をした、眉をひそめてその秀麗な顔を歪ませる。だが、またすぐに笑い出した。そこには仲間に対する愛情というものがない、彼にとって仲間はただの使える駒なのだろうか。
「動揺することはない、消え去った者たちはせいぜい中位までのヴァンパイア。配下が欲しければまた人間を襲って増やせばいい、例えばこの男などはどうだ!?完全な下位のヴァンパイアにしてやって、そう犬のように飼いならすのも面白いだろう!!」
「…………どこまでも趣味の悪い嫌な奴だなお前は、本当にあの優しいフェリシアに育てられたのか?」
俺がそう言った途端にウィルの表情がスッとなくなった、今までは俺を笑いものにしようとコロコロ表情を変えていたのに、それが彼の逆鱗だったかのように冷たく怒りに満ちた顔をしていた。だが、すぐにまたウィルは笑顔になって俺に話しかける、観客たちには聞こえないように俺だけに囁くように話しかけてきた。
「僕は本当は自分以外のヴァンパイアたちだって嫌いさ、皆が王の関心をひこうとして何でもする。なんて図々しい奴らだとは思わないか、本当は王は僕だけの保護者であり、僕だけの愛する祝福されし者なんだ。王の全ては僕のものだ、そう僕だけのものなのさ」
「…………相手の全てを欲しがってはいけない、それで以前に全てを取りこぼしてしまった人間を見た。お前はその人間のようだ、我儘に相手の全てが欲しいと駄々をこねて、そして相手自身を見ようともしていない。まるで子どもだな、なんて幼く可哀そうな子どもだろう」
俺の言葉にウィルはまた怒りを顕わにした、それこそまさに本当の子どものような表情だった。感情の抑制が全くできていない、随分と大きな力を生まれつき授かった分、それを使えば誰だってウィルの言うことをきいたのだろう。そんなウィルが支配できなかったのは世界に祝福されし者のフェリシアだけ、だからこそ彼女に固執してそれを奪おうとする俺に対して反発するのだ。
まるで子どもが大好きな玩具を独り占めしようとしているようだった、自分が玩具にしている者が生きて感情がある者だと分かっていないのだ。そんなふうにウィルの様子を見ていた俺の周囲にだんだんとヴァンパイアたちが集まってきた、高位ヴァンパイアかその配下であるグールだろう。ただのグールなんて怖くはないが、俺と敵では数が違い過ぎるのが問題だった。
それでも俺は自分の力を信じていた、大賢者ラウトがくれた戦う力を、優しい仲間たちが俺を信じていた力、そう仲間が送り出してくれた自分自身の力を信じていた。ウィルがヴァンパイアたちに向かって叫んだ、ただもう邪魔者を排除しようと忌々しそうに喚き散らした。
「殺すんだ!!誰でもいい、そいつを殺せ!!そんな出来損ないくらい早く殺してしまえ!!」
「あいにくだが殺されてやるつもりはない、それにこのくらいじゃ俺は殺せない」
俺の周囲から一斉に攻撃がきた、様々な武器をもったヴァンパイアたちが襲い掛かってきた。彼らは高位ヴァンパイアだけあってその速さは人間ならば敵うわけがない、だが俺にとっては違う大賢者ラウトの特訓を受けていた俺にしてみたら、その攻撃の数々は稚拙で連携もとれていないものばかりだった。だから余裕をもって時には攻撃を受けてから反撃して相手を殺した、または攻撃そのものを避けてから攻撃した者をメイスで素早く殴って殺した。中には初級か中級魔法を使う者もいた、そんな時は防御魔法を使うか、反対の属性の魔法で攻撃し返した。
俺は敵の攻撃をなるべく受けないようにしていた、俺の心臓の位置にはミゼがいる。ディーレとファンが俺のことを頼んで送り出した仲間、草食系ヴァンパイアになってからずっと共に過ごした相棒がいたからだ。だから体の中心に攻撃を受けた時にはメイスでそれを防ぐか避けた、それができない時には翼を使って飛ぶか、硬質化させた翼で相手の攻撃そのものを弾き飛ばした。ラウトから受けた特訓がまた役に立った、ヴァンパイアたちと戦うのに翼を使えるということは大きく違った、翼はまるで腕の延長のように自由に動かすことができて俺を助けてくれた。
そうやって俺は確実に闘技場にいる高位ヴァンパイアを殺していった、俺に殺意を抱く者を見逃してやるほど寛大な心はもっていない。大賢者ラウトとの特訓は決して無駄じゃなかった、以前の俺だったならこんなに戦えなかったはずだ。ラウトが何時間も、何日も、何十日も訓練してくれたから、俺は確実に強くなっていた。そんな俺を遠くから見ていたウィルはまた苦々しい顔をしていた、そして俺は常にウィルに注意をはらっていた。何故ならばここで一番に強いヴァンパイアは彼だったからだ、その思考は幼い子どもでも俺は今まで二度もウィル相手に負けている、とても油断ができるような相手じゃなかった。
「もういい、役立たずごと死んでしまえ!!『抱かれよ煉獄の火炎!!』」
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