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第二百十四話 永遠なんてものはない

「…………クス、レクス。…………たった一年が、それが本当はたった五年でも(・・・・・・・)、…………一生私だけ愛して…………ずっとその後も生き続けてくれる?……」


初めて聞いたフェリシアの声は酷くかすれて弱々しかった、俺はもう深く考えもせずに反射的にその声に返事していた。それは本能的なものだった、どうしてもフェリシアに伝えたいことだった。


たった五年でも(・・・・・・・)なんて言うな!!それは本物のお前自身(・・・・・・・)が生きる大切な時間じゃないか!!」

「……レ、クス……?……」


たったの五年、それは三千年以上を生きてきたフェリシアからすれば短すぎる時間なのだろう。でも俺にとっては違う、俺とフェリシアが出会ってからまだ五年も経っていないのだ。確かに五年にも満たない時間だが、俺にとってはそれまで生きてきた十六年よりも濃密な時間だった。俺はゆっくりと天蓋つきの豪華で大きなベットに近づいた、今すぐにフェリシアの顔が見たくてそれを邪魔する薄くて高そうな黒い布を左手でどかそうとした。


「レクス、止めて!!」

「……フェリシア?」


思ったよりも激しいフェリシアの声がして、俺は天蓋の布をどかしかけていた手を止めた。少し荒い呼吸音がしばらくして、やがてフェリシアがまた少しずつ話し始めた。


「……ドラゴンの大魔石に……、記憶を移し替えるのは……ふふっ、……思ったより……ずっと…………寿命と力を使うの……、もう……五年も残っているのか……分からない……」

「それでも!!それでもたった一年よりは長いだろう、もう記憶を移すなんてことは止めてくれ!!」


そこから先は沈黙がその場を支配した、フェリシアは未だに迷っているのだ。俺はもうフェリシアをここから解放して自由にすると決めている、でもフェリシアはいまだにヴァンパイアたちの保護者を続けるのか迷っているのだ。俺はゆっくりと思ったことをそのまま口にする、フェリシアにそう好きな女にできもしないことは言いたくない、それが一時の気休めになるとしても嘘だけはつきたくなかったからだ。


「フェリシア、俺の一生は何年なのか分からない。お前と同じ祝福されし者にはなれなかった、がっかりさせて悪いが、俺はやっぱり草食系ヴァンパイアだ」

「………………レクス……」


「きっとお前よりも何倍も長く生きると思う、人間並みの寿命だったとしてもそうなるだろう。そしてそのうちの五年をお前と一緒に生きていきたい、フェリシアにとっては短い年月かもしれない、だが俺にとってはなによりも大切な時間なんだ」

「………………レクス、……レクス…………」


天蓋の向こうにあるベッドに横たわっているフェリシアからの俺の名前以外の返事はない、でも俺はその傍に立ったまま話しかけ続けるようにした、できるだけの誠意をもって彼女を説得しようとした。


「正直に言ってお前がいなくなってしまった後のことは分からない、人間は変わってしまう生き物で俺は元は人間だったのだから、お前のような純粋な心をもった世界に祝福されし者にはどうしてもなれなかったんだ」

「………………そうか……、…………私と同じ仲間は……もうどこにも……いないんだね……」


フェリシアが消え入るような声でそう答えた、悲しいことがあるとすぐに泣いてしまう彼女のことだ、少しだが声が今までと違っていてきっと泣いているに違いなかった。俺は今すぐに俺と彼女とを遮る薄い布を剥がして顔がみたかった、たとえどんなに彼女が変わってしまっているとしても直接触れたかった。だから一番言っておきたかったことを言っておく、俺の素直な気持ちをできるだけ正確な言葉にしてゆっくりと紡いだ。


「愛しているよ、フェリシア。たとえお前が五年しか生きられなくても、もしかしたらたった一年しか生きられなくても、きっとその後の長い一生でお前を忘れることはないほど、……愛しているよ」


俺がどれだけの月日を今から生きるのかは分からない、それでもフェリシアが生きている間は彼女だけを愛せるだろう。そして、彼女がいなくなってしまった後でも、きっと彼女のことを忘れる日は来ないだろう。そう俺は素直に思えるんだ、何故だろうかそうとしか思えないんだ。だってこんなに他人を好きになったことはない、こんなに自分以外の誰かを大事に想ったことはないんだ、フェリシア。


「………………レクス……、私は…………、私はね…………」

「我らの王は永遠に生き続ける、消して滅びる日はこない。あーあ、最悪だね。これで王よ、よくお分かりになったでしょう。人間というのは変わるものです、酷い嘘をつく生き物なのです。ここから出ていけ出来損ない、ヴァンパイアにすらなれなかったなれの果ての者」


フェリシアの声を遮ってウィルの冷たい言葉が聞こえた、振り向けばウィル・アーイディオン・ニーレ、フェリシアを母とも慕う白髪と赤い瞳を持ったヴァンパイア、彼が怒りをにじませる表情でそこに立っていた。今まで俺に何の気配も感じさせずにそこにいた、俺はゆっくりと数歩ベッドから離れて移動する。襲撃されてもいいように即座に反応して戦えるようにそうした。そうしたらウィルという冷酷なヴァンパイアは今度は冷笑して、俺の今までの言葉を踏みにじるようにして(あざけ)ったのだ。


「五年の約束はできても、永遠の約束はできない。それはご立派なことだ、きっと王がいなくなれば、すぐに次は人間の女を好きになるんだろう。なんという卑怯者、王には永遠を誓わせておいて、自分にはできないとは臆病者としか言いようがない」

「フェリシアを愛してすらいないお前がそう言うのか、彼女から時間を奪い、自由を奪い、そして命さえ奪ってしまおうとしている。そんなお前がそう言うのか、これは俺とフェリシアの問題だ。他の者からどうこう言われる筋合いはない、ましてやフェリシアを愛していないお前なら尚更だ!!」


「全く煩いだけでその言葉の軽いことといったら、僕は王のことを心から愛している、だから永遠になった王のことを愛するとすぐに誓える。そうだ王は永遠に生き続けるんだ、これからも変わらずにヴァンパイアたちの守護者として、僕の大切な王はずっと変わらずに美しいままで生き続けるのさ」

「お前は永遠に生きるようにするという意味が分かっていない、大賢者ラウトは確かに精神を移した魔道具を残した、だがその自我は別の個体となっていた。永遠なんて存在しない、貴様はフェリシアのことを本当に大切にすることすらできない、美しいだけのただの虚像にしてしまおうとする、そんなお前なんかにフェリシアを譲れない!!」


ウィルは俺とフェリシアの関係を嘲笑った、永遠を誓うこともできない卑怯者だと俺を見下した。だが、俺に言わせればウィルの言葉ほど中身の無いものも無かった。精神が幼いとしか言いようがない、だから軽々しく永遠だなんて誓いをたてる。簡単にフェリシアの心という尊厳を踏みにじる、いくら精神を移したといっても、素晴らしい魔道具に自我を与えても、それはもうフェリシア自身ではなくなっている。この子どもはそんな簡単なことが分からない、そうなってしまったから気づいても遅いのだと、失くしてしまってからどんなに辛い思いをするのかも分かっていないのだ。ウィルは相変わらず、冷たく笑いながら言った。


「それじゃ、どうしようか。出来損ないのヴァンパイアくずれ、王は僕たちと永遠に生きることを望まれている。出来損ないに何ができるって言うんだ、永遠に愛する誓いもたてれない、王の寿命を延ばすこともできない。出来損ないとたった五年を過ごすより、ずっと永遠に変わらない象徴となって、今まで通りに僕たちの傍にいることを王はお望みだ」


俺は頭の中が真っ赤になる、これは純粋な怒りだ。何故、このヴァンパイアは分からない。フェリシア自身が大賢者ラウトの影に会ってから、これはもう大賢者ラウトではないと二度と会いに行かなかったその意味を考えないのか、それとも知っていても自分ならばもっと上手くやれる、そんなふうにうぬぼれているのか。俺とこのヴァンパイアは分かり合えない、それこそ永遠に理解し合えることはないだろう。


「俺はウィル、お前を倒してでもフェリシアをここから解放する、そう自由にして残り少ない時間を彼女自身(・・・・)を大切に愛して生きていく!!」

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