第二百十二話 誰でも終わりが来るのは避けられない
「悪いがフェリシアをここに置いていったとしても、お前たちは一年と経たずに死ぬことになるだろう」
「う、嘘だ!!ウィル様はあたしたちが王を守ればいいって、そうすれば永遠に王は生き続ける存在になるって言った!!」
「…………フェリシアが永遠になる、それは大魔石にフェリシアの記憶を移して、自我を持った魔道具を作りあげるという意味だ。本物のフェリシアは死んでしまう、それにはもう一年もかからない」
「うぅ、嘘だ!!そんなことはない、あのお優しい王が死ぬわけがない。だからあたしたちも死なない、仲間の誰も死んだりはしないはずだ!!」
俺はミットライトたちを見回した、体が小さく力も弱いようにみえる。それなのにフェリシアの警備を任されている、これは俺の心を揺さぶるための罠だ。それならば余計な時間をこいつらにかけるわけにはいかない、俺たちとフェリシアにはもう時間があまりないのだ。俺はメイスをウィドアといっていた女に向けて言う、できるだけ恐ろしく聞こえるような声で宣言する。
「俺はフェリシアを助ける、ここから解放して自由にする。その邪魔をするならば殺す、たとえ女でも容赦はしない」
「あ、貴方が王に敵うわけがない。王はここにずっといてくれる、あたしたちと一緒にいてくれるわ!!」
ミットライトたちは震えているだけで手をだしてこなかった、だから俺は彼らの頭上を飛び越えて更に奥に向かって走った。今回は意識のある者を殺してしまわなかった、だからすぐにもっと手強いフェリシアの護衛が来るはずだ。いや既に奥にいるに違いなかった、王であるフェリシアの警護をミットライトたちだけに任せているわけがない。途中から通路が幾つかに分かれていた、これも罠の一つだろうが俺は迷わずに世界の根源の力を辿った。そうすると俺の体には軽い負担がかかることになるが、今は余計な道で罠に捕まって時間を無駄にするよりは良かった。
俺は暗く灯が少ない通路を風のように走り続けた、そうしていたら突然のことだった、俺は理由は分からなかったが嫌な予感がしてその場から飛び退いた。今まで俺がいた場所に剣が振り下ろされていた、誰かが転移してこの場にやってきて攻撃したのだ。俺はその相手を見た瞬間に、思わず握っていたメイスに力をこめなおした。キリル・パシオニス・ニーレ、フェリシアを慕う真っ赤な燃えるような癖のある髪と同じく赤い瞳した女ヴァンパイアだった。ヴァンパイアの城が何者かに襲撃されてるのに、この忠誠心に溢れた女がフェリシアを守らないわけがなかった。
俺はすぐに戦えるように体勢をとっていた、だがキリルはいきなり切り付けてきたくせに俺を見ると動きを止めたのだ、しかしそれは瞬きをするような僅かな時間でその次の瞬間には迷いのない動作で剣を鞘に収めていた。俺はキリルの行動の意味が分からなかった、剣を使わずに魔法戦に持ち込もうというわけでもなさそうだ。まるで殺気というものがキリルには無かった、彼女は何かに怯えても俺を恐れてもいなくてただ静かに問いかけてきた。
「お前はフェリシア様を助けに来た、それに間違いはないだろうな?」
「ああ、俺はフェリシアを助けに来た。ここから連れ出して自由にする、たとえフェリシアがそれを拒んでも、きっと説得して一緒に連れ帰る!!」
キリルは赤い血のような瞳でじっと俺を見ていた、ただの時間稼ぎかと俺が思った時だった。俺がやってきた方角から軽い足音が聞こえてきた、するとキリルが俺に思いもしないことを言った。
「私の後ろにある柱の陰に隠れろ、そしてじっとして気配を消していろ」
「………………」
俺を騙そうとしているのかとも思った、もしかしたら仲間たちが駆けつけてくるのを待っているのか、それから全員で俺に襲いかかってくるのかとも考えた。だが、キリルの瞳は澄んでいて迷いがなかった。結局は俺は直感に従って彼女の言うとおりにした、キリルの横を走り抜けて傍にあった柱の陰に身を隠した。軽い足音の主はいくらも経たずにこちらにやってきた、それはミットライトのウィドアといった女だった。
「キリル様!!よそ者が王を狙ってきています。あたしたちに酷い嘘を言いました、こちらに誰か来ませんでしたか!?」
「こっちには誰も来ていない、他の道の罠を皆で確認してきなさい。もし罠にかかっているようなら、しっかりと止めを刺しなさい」
「はい、分かりました。キリル様、あの、その、王が一年で死ぬなんて嘘ですよね?それであたしたちミットライトも死ぬなんて、あの汚れているよそ者の酷い嘘ですよね?」
「…………王はまだ生き続ける、たった一年足らずで死ぬようなお方ではない」
「はい!!皆で他の道を探します、きっと悪い奴は罠にかかっているはずです。それでは!!」
「手強い敵かもしれないから注意しなさい、貴女たちが傷つけば王がまた悲しまれるのだから……」
どうしてなのだろうかと俺は疑問で頭がいっぱいになる、キリルは出来損ないと呼ばれるミットライトとはいえ、本来なら仲間であるヴァンパイアに嘘をついてまで俺を隠してくれた。ミットライトのウィドアという女はキリルの言葉を疑わずに他の道に俺を探しにいった、きっと他の追っ手たちも別の道にある罠を探してまわるのだろう。俺たちにはこれで少し時間ができた、俺は柱の陰から出てきてキリルに声をかけた。
「一体どういうつもりだ、お前はフェリシアの護衛じゃないのか」
「私は……、私こそが……、あのお方を……」
キリルは俺に向かって何か言いかけたが言葉にならないようだった、何かが彼女の心の中で必死に葛藤していてうまく言い表すことができないでいた。それでもほんの数舜で彼女は呼吸を整え、俺にいつものように偉そうに指示を出してきた。
「くだらないことでいちいち煩わしいから黙れ、貴様ごとき輩が私のことを知ろうなんて度が過ぎる」
「そうか、そっちが戦う気がないなら俺はこのまま進むぞ」
「――――待て!!私についてこい、あのお方のところまで。少なくとも私が進めるところまで、極めて不愉快だが案内してやる」
「お前ってなんだか、いっつも素直じゃないよな」
俺の言葉にキリルは答えなかった、彼女がそのまま勝手に走り出したから、俺も少し考えたがその後をついていった。何故だか知らないが今のキリルには殺気がなかったのが理由の一つだ、それに世界の根源の力も彼女が走り出した方と同じ方向に向かって流れていた。走りながらキリルがまた話し出した、だがそれは俺に話しているんじゃなかった。それはフェリシアにだ、彼女に向けてキリルは話し続けていた。
「フェリシア様、貴女は素晴らしい方です。そのお名前をつけた奴は気に入りませんが、幼かった私を愚劣な人間から救ってくれた偉大な方です。ヴァンパイアというだけで幼い私を嬲った者たち、最悪な人間の屑たち、そんな者たちから貴女は私を救ってくれました」
「………………」
「人間は嫌いです、人間からヴァンパイアになった者も嫌いです。でも、貴女はこのままでは死んでしまう、永遠に存在する魔道具なんて馬鹿げている。ウィルはまるで汚らわしい人間のようです、あの者に囚われたまま貴女は死んではなりません」
「………………」
フェリシアに向かって話し続けるキリルに俺はついていった、きっと既にキリルはフェリシアと話をしたのだ。だがフェリシアの意志は変えられなかった、彼女は自分が生き続けるよりも魔道具に意志を移して、別の自分を作り上げることを選択しようとしている。どうしていきなりそんなことを始めたのだろうか、俺は実はそれがずっと気になっていた。一度はエルフの里から出た時に俺に助けを求めてきた、きっとウィルの奴に魔道具の話を強引にすすめられたのだろう。キリルはその理由をきっと知っている、そう俺が密かに確信した時だった。キリルは走る速度は緩めないまま、俺の心臓が止まるようなことを言いだした。
「たとえ貴女の寿命が迫っているとしても、一年しか生きられないような選択なんて間違いです」
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