第二百十一話 心を守らなくては意味がない
「行くぞ、ミゼ。大人しく気配を消していろよ」
「はい、レクス様。お気をつけてお進みください」
俺はミゼに声をかけて『隠蔽』の魔法を二重にかけるのを忘れず、ヴァンパイアたちの城の中へと足をすすめた。中にはいろんな者がいた、逃げ惑うヴァンパイアたちの髪の色も瞳の色もバラバラだった。問題は地下への道をみつけられるかだった、城の頂上が目的地ならば簡単な話なのだが、それが地下となるとどこから道が繋がっているの分からなかった。だから、俺はヴァンパイアたちをよく観察して地下へ逃げていく者の後を追いかけた、太陽の光が差す上へ向かう者は高位のヴァンパイアか、その配下のグールでしかないはずだ。
できるだけ急がずヴァンパイアたちの下へ移動する速度に合わせた、そうやって俺はヴァンパイアの城の地下へと向かっていった。だがこれだけではフェリシアの元に辿り着けない、フェリシアは最も警備があつい場所にいるはずだからだ。ヴァンパイアの保護者であり、王でもあるフェリシアをただ下位や中位のヴァンパイアと同じ場所に置くとは思えなかった。特にウィルという高位のヴァンパイアはフェリシアを母と慕っている、こんな普通のヴァンパイアと同じところにいさせるわけがない。
だから俺は途中で城の下へと逃げるヴァンパイアたちから離れた、それから避難の指示をだしているヴァンパイアに目をとめた。他のヴァンパイアたちに指示を出すということは、そいつがそれなりの地位にいるということだからだ。辺りにその指示していたヴァンパイア以外いなくなった時、俺は『隠蔽』の魔法を解いてそのヴァンパイア目掛けて襲いかかった。そのヴァンパイアは俺に気づいて反撃しようとしたが、それよりも俺がメイスでそのヴァンパイアを壁に叩きつけるほうが速かった。
「――――があっ!?な、何者!?」
「大した者じゃない、お前に聞きたいことがある」
俺は壁へと叩きつけたヴァンパイアを見下ろして問いただした、この者から何とかして情報を引き出さなければならない。それが俺とミゼの命運を分けることになるだろう、時間がかかればかかるほど俺たちへの危険も増していく。俺に捕まったヴァンパイアは喚き散らした、俺はそれに動じずに静かに問いただしていった。
「何が、一体何が聞きたいんだ!?」
「お前たちの大切な祝福されし者、そうヴァンパイアの王はどこにいる?」
「そ、そんなこと喋るものか!?」
「そうか、素直に喋れば命は助けてやるぞ」
俺の優しい問いかけにそのヴァンパイアは黙り込んだ、黙っているということは何らかの情報を持っているということだ。俺はメイスでそのヴァンパイアの右手を叩き潰した、そして痛みで悲鳴を上げられないように素早く口を手で抑え込んだ。
「次は片目をえぐりとる、さぁお前たちヴァンパイアの王はどこにいる」
「ぐうぅ、ま、まさか人間のヴァンパイアハンターか」
「……ああ、そうだ。お前たちヴァンパイアが俺は憎くて堪らない」
「くそったれ、どうせお前は俺たちの餌だ」
ヴァンパイアはそう言って俺の問いに答えようとしなかった、俺はそのヴァンパイアの勘違いを訂正しなかった、そして残酷なことだが俺は言ったことは実行する。フェリシアを助けるためならばしたくはないが、ここにいるヴァンパイアたちだって全滅させる。俺は攻撃用の腰に下げていた長めの短剣でその哀れなヴァンパイアの右目をえぐった、また声にならない悲鳴をそのヴァンパイアはあげた、俺が手で口を押えているから声が出せなかったのだ。そして、その体は今更だがガタガタと震え出した、俺が本気で何でもやるとようやく分かったのだろう。
「王は!?王は地下にいる、だがその道を俺は知らない、知らされていない!!」
「そうか、分かった。ヴァンパイアがそこに行けるかは分からないが、光溢れる新たな世界がお前を迎え入れますように」
俺はディーレのように神に祈りを捧げてから、一太刀でそのヴァンパイアの首を切り落とした。ただの短剣でも俺が本気で力を入れればこれくらいのことはできる、そのヴァンパイアの体はやがて灰となって崩れ落ちた。枯れた木のようになって遺体が残った高位ヴァンパイアを過去に見たが、あれはまだ生きていたのだろうか、今殺してしまったヴァンパイアは遺体を残さなかった。
「レクス様、大丈夫でございますか。無理はしないでくださいね」
「俺は大丈夫だ、ミゼ。お前はそうやって心配してくれているうちは……、きっと俺は大丈夫だ」
俺はそれから見えない影のように城の中を動き回って、同じ問いを別のヴァンパイアに繰り返していった。当たりが出たのは六人目だった、片手をメイスで潰して右目をナイフでえぐったとたんに心が折れたのか、話せるように口を解放してやるとそのヴァンパイアは凄い勢いで喋りだしたのだ。
「お、俺たちの王は地下に居る!!一階の中央にあるヴァンパイアの像、それをどかしたら下に道があるんだ。そこから王の居室へ繋がっている、そこにあの方はいるんだ、王は必ずいる。いるんだ、ほらっ喋った。俺は喋ったぞ、全部本当だ。お願いだ、殺さないでくれ。俺は、俺は死にたくないぃぃ!!」
「………………そうか」
ヴァンパイアの王がフェリシアだとしてもその支配は一枚岩ではない、だからその支配力以上の暴力にさらされれば王だとしてもその居場所を話す者もいる。素直に話してくれたこのヴァンパイアには申し訳が無い、確実に俺とミゼがフェリシアを助けられるように、助けた後に一緒に脱出できるうように時間がいる。俺たちの痕跡はできるだけ残さないほうがいい、だから俺はそのヴァンパイアを今まで何も喋らなかった者と同じように始末しようとした。殺して永遠に口を塞いでしまおうとした、だがその時だナイフを振るおうとした俺よりも速くミゼが動いた。
「『気絶』でございます、レクス様。この者は喋りました、約束は守らなくてはなりません。たとえこの者が理を守らなくても、レクス様は約束を守る心を持たなくてはなりません。優しく誰かを思いやるお心を、ご自分の心を守らねばなりません」
「………………そうか、そうだな。ミゼ、お前は賢くて優しい従魔だ」
俺はそのフェリシアの居場所を話したヴァンパイアを殺さなかった、ミゼが俺を止めたからそうした。こんな非常時でも心を殺してしまうのはいけない、精神への傷は後になってどんな影響が出るか分からない。だから俺たちはそのヴァンパイアを物陰に隠してそっと城の一階の中央に戻った、そこにあった大きなヴァンパイアを象った像を俺は押して動かしてみた、かなりの力がいるがゴゴゴッっと音を鳴らしながらその像は動き下に階段があるのが分かった。俺たちは開いた下への階段に飛び降りた、どういう仕組みになっているのか分からないが、ヴァンパイアを象った像は元の位置にまたゴゴゴッと音を鳴らしながらゆっくりと戻っていった。
俺はその階段を下へとおりていった、フェリシアの元に一気に転移することはまだできない。世界の根源の力を操るフェリシア自身が俺を拒否しているからだ、あれからフェリシアから初めて世界の力で弾き飛ばされて拒絶された時から、彼女には世界の根源の力を使っても接触できなかった。俺が直接フェリシアに会うしかないのだ、そうして彼女自身を説得するしかない。大賢者ラウトの影は言っていた、ポーンやナイトを取っても意味はないのだ、このゲームはキングを取らなければ勝てはしないのだ。
下へと向かう俺たちに小さな影が立ちはだかった、それは何人かの小柄な女性や男たちだった。全員が震えていてそれでも侵入者である俺たちに立ち向かっている、俺がその行動の不可解さに小首を傾げていたらその中から一人の女が出てきた。そして、俺に向かって必死に懇願してきた。
「あたしはミットライトのウィドア、一族のまとめ役として貴方に頼む。……どうか我らの王を連れて行かないで、あの方がいなくなればあたしたちも長くは生きられない!!」
「ミットライト、牙を持たずに生まれてくるヴァンパイアか。血の食事だけでは生きていけない、そうオッドから聞いたことがある」
「れ、レクス様。どうなさいますか、でも私たちはフェリシア様を助けなければなりません」
俺は以前に高位ヴァンパイアでも変わり者であるオッドからミットライトについて聞いていた、彼らは寿命が短いはずだが何人か一族というほどの者たちがいたのか。だが、俺のやることは決まっている、もう全て決めてしまっているのだ。俺だって何の覚悟もせずに来たわけじゃない、フェリシアを助けることでどうしても失われる命がある、そうそれを知っていてここまで来たのだ。
「悪いがフェリシアをここに置いていったとしても、お前たちは一年と経たずに死ぬことになるだろう」
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