第二百十話 命なんてかけるものじゃない
「それじゃ、行ってみるか。ヴァンパイアたちがいる真の王国、アンペラトリスに」
俺はいつものメイスと皮鎧に黒い動きやすい服装それに皮のブーツや手袋、加えて腰にまいた小さな鞄にはディーレが作ってくれた大事な物、改良されたポーションが綿に包まれて割れないようにして十本入っている。『無限空間収納』の空間にも、それ以上のポーションを入れている、だが戦闘中に素早くそれらを取り出せるかは難しいところだった。それ以外にも必要な物があったから、これは大きめの鞄に入れて背中に背負っている。
「うん、行こう。僕の準備はもう大丈夫だよ、アンペラトリスへの道はもう分かってる」
「それでは参りましょうか、……神よ。慈しみ深い方々の中でもっとも優しき小さな神よ、苦難に負けず光あふれる道を歩けるように、僕たちに知恵と勇気を授け導いてください」
「はいでございます、ヴァンパイアたちの王国。きっと可愛らしいお嬢さんもいると信じて、私も行ってみるとしましょう!!」
仲間たちもいつもどおりだった、ファンは俺と同じような装備の冒険者姿。ディーレは懐かしい法衣を久しぶりにきていた、丈を短くして動きやすくしているものだ。ミゼはいつだって変わらない、いや今日は首のところに赤いリボンを巻いていた、ファンにでも用意してもらったのだろうか珍しい。
「それじゃ、皆。僕のまわりに集まって、アンペラトリスに長距離転移するよ」
「ファンさん、無理はしないように、ではよろしくお願いします」
「私はファンさんに抱っこされて幸せでございます、ああもうこの腕の中から出たくないです」
「強くなったな、ファン。……それじゃ、頼んだぞ」
俺に向かって力強く頷いたファンを中心に俺たちは集まった、ファンが魔力を集中しだすと光の輪ができて俺たちを囲んだ。ここはラウト国の近くにある森だ、俺はその森から最後だと思って思いっきり生気を分けてもらった。大賢者ラウトの影が見送ってくれた、彼は静かに俺たちに言葉をかけた。
「この国の者を傷つけなかった優しく親切な隣人よ、どうか無事にその望みを果たせるように」
その言葉を聞いた直後にファンの魔法が発動した、ファンが『転移』と唱えると俺たちはまったく違う場所にいた。そこも森の端だったが暗くて光が少なかった、少し森の外を見てみるとすぐに崖があって、ここがアンペラトリスがある島の端だと分かった。
「はぁ~、成功した。成功したよ、レクス!!」
「ああ、よくやってくれた。ファン!!」
俺は頑張ったファンの頭を撫でて褒めた、ファンは満足そうにそれを甘受していた。ディーレが島の地図を取り出して広げた、ファンはその一か所を指さした。俺たちはアンペラトリスがある島の端に辿りついていた、ここで俺と皆は一旦お別れになる。ディーレとファンも十分に強いが、高位ヴァンパイアはもっと強く残酷だ。すぐに皆はラウト国に引き返した方が良かった、俺はファンの頭をもう一度撫でて、ディーレとは軽く手を打ち合わせた。ミゼも俺の足元にすりよってきた、その体を軽く撫でてやった後で抱き上げてファンに預けた。
「それでは今度は僕が長距離転移をします、どうかレクスさんに優しく小さな神のご加護がありますように」
「気をつけて帰るんだぞ、ディーレ。皆を頼む、俺は大丈夫だ」
俺はそう言うと少し仲間たちから離れた、ディーレの魔法に対する才能は信じている、だが長距離転移はとても難しいものだ。だからディーレたちの無事を祈りつつ魔法が完成するのを待った、そしてディーレが『転移』と魔法を完成させる瞬間だった、突然ファンが俺が思いもしない行動に出たのだ。
「レクス、頑張って!!ミゼ、ちゃんとレクスを連れて帰って!!」
「はい、頑張りますでございます!!」
「ファン!?何をって、ミゼ!?」
ファンは胸に抱いていたミゼを俺に投げてよこした、俺は反射的にミゼを怪我させないように上手く受け止めた。ディーレもそれをあらかじめ知っていたようで魔法の発動に乱れはなかった、ディーレとファンの笑顔が『転移』の魔法発動と共に消え去った。そして、その場には俺とミゼだけが残された、ミゼは落ち着いていて俺の腕の中で振り返りニヤリと笑った。
「さぁ、レクス様。フェリシアさんを助けに参りましょう」
「こ、この大馬鹿者!!ここはヴァンパイアたちがいる王国だぞ、中級魔法しか使えないお前が残ってどうする!!」
「ディーレさんとファンさんに頼まれました、このままだとレクス様は命をかけてしまうと、でも私というお荷物がいればそれはできないでしょう」
「な、馬鹿な。お、お前は!?お前たちは無茶苦茶だ!!」
ディーレにもファンにも分かっていたのか、俺はいざという時には自分の命と引き換えにしてでも、それでもフェリシアを助け出そうと思っていた。でももうそれはできない、そんなことをしたら俺を信じて、そう俺が勝つことを信じて残ってくれたミゼが犠牲になる。ああ、なんて良い仲間たちなんだ。俺には勿体なさ過ぎる、そうだ。全く軽々しく命なんてかけるものじゃない、そんな生ぬるい覚悟では生き残る意志が弱くなる。
俺がずっとそういう後ろ向きな考えでいたことをディーレは何故か知っていた、ファンも同じようにドラゴンの勘で感じ取ったのだろう。二人が俺についてくることはできなかった、それでは二人を守って戦う俺の負担が増えてしまうからだ。それでミゼを二人で説得したのだ、ミゼくらいなら俺は背負って戦える。それでもミゼは基本的に憶病だからその説得は困難を極めたはずだ。でも最終的にミゼは俺を信じてここにいる、本当に馬鹿なやつだが優しい俺の大切な従魔なのだ。
「…………そうか、そうだな。一緒に行くか、ミゼ。フェリシアを助けて、その膝の上で可愛がって貰え」
「はい、ご一緒に参ります。それにフェリシアさんに可愛がって貰えるとは、レクス様の従魔として最高のご褒美でございます」
俺たちはそれから森の中を気配を消して歩き出した、ミゼのことは皮でできた紐で俺の体に縛り付けておくことにした、ファンがミゼと一緒に投げてよこしたものだ。俺の心臓がある位置にミゼがいる、ここへは絶対に攻撃を受けることができない。ミゼは従魔とはいえ中級魔法が使えるだけの黒猫だ、だから簡単な傷で死んでしまう。俺は守る者が増えた分だけ気合が入った、今までは自分の体の傷を軽視していたがそんなことはもうできない。俺が死ねばミゼもまた殺されるのだ、だから俺は慎重に気配を消して進んでいった、『隠蔽』の魔法をミゼと二重で使って暗い森の中を歩いていった。
「レクスさま、この森をぬけたところに世界の根源の力が流れているそうです。ファンさんもラウトさんも地下を探せと言っておりました、そこにフェリシアさんはいるはずだそうです」
「そうか、それじゃ。あの城にある地下を探せばいいのか、こんな島の中にどうやってあんな立派な城を建てたんだろうな」
一刻ほど森を歩いているとやがて広い場所にでた、そこにはとても豪華な城と城壁が建っていた。時間は高位ヴァンパイア以外は動けない昼間だ、俺はしばらく城の様子を観察したが見張りは城壁の四方の一角に一人いればいいほうだった。高位ヴァンパイアはせいぜいが二百人程度しかいないという、だからこんなに見張りも少ないわけだ。昼間に活動できるのは高位ヴァンパイアだけだから、それ以下のヴァンパイアは城の中の日がささない場所にいるのだろう。
それに誰もこんな辺鄙な場所にある城を襲撃するなんて思わないはずだ、俺はまずはもってきた大きめの鞄をおろした、油と火種をつける布が入った瓶が何本も出てくる。ミゼが教えてくれた火が出る瓶だ、とても大きな火の手が上がると言っていた。城壁を『隠蔽』の魔法で気配を消して登って、それから城のあちこちに火をつけてその瓶をばらまいておいた。実はこれまで歩いてきた森の中にも何本か置いてきた、火をつける部分を長めの布にしていたがもうそろそろそれが発火して火が出る頃だろう。
城のあちこちから煙があがりだしたら、慌てて見張りが飛び出してきた。森のほうでも煙が見え出した、燃えてしまう森には可哀そうだが今回ばかりは手段を選んでいられなかった。
「行くぞ、ミゼ。大人しく気配を消していろよ」
広告の下にある☆☆☆☆☆から、そっと評価してもらえると嬉しいです。
また、『ブックマーク追加』と『レビュー』も一緒にして頂けると、更に作者は喜んで書き続けます。




