第二十一話 人を拾ってみてもいい
「おかげで助かりました、ここで貴方と出会えた神の御心に深い感謝を。あっ、僕はクレディーレと申します。ディーレとお呼びください」
「神の……」
「御心でございますか……」
俺が助けた男はクレディーレと名乗った、よく見れば質素な白の法衣を着ている。神様に仕える聖職者というやつだ、一応は助けてみたのだがこれ以上は関わり合いにならない方がいい気がする。
「僕には急がなくてはならない事情がありまして、それで実はお願いしたいことがあるのですが、よろしければ僕と共にここから歩いて二日ほどにある、ルティング村へ行っては貰えませんか?」
「ルティング村?」
「聞いたことのない名前でございます、この近くに村がございましたでしょうか?」
有名な都や街を除けば、俺が生まれたような寒村。小さな村などそこらへんに、ゴロゴロと点在している。ルティング村というのも、おそらくはその一つなのだろう。
「実は都であるフロウリアから僕は来たのですが、そのルティング村では流行り病が起こっているそうです。逃げてきた村の方から話を聞いて、居ても立っても居られずに僕はすぐに都を飛び出したのです。聖職者の一人としてまた人間として、このまま彼らを見捨てるわけには参りません」
「へー、それじゃ。頑張ってね、ディーレさん」
「立派なお心がけでございます、私ことミゼもディーレさんのご活躍をお祈りしたいと思います」
「え!?あっ、もしかして報酬の件が心配なのでしょうか。その銅の冒険者証、病の方は私が上級魔法を使えますので、まず心配はありません。お願いしたいのはルティング村までの私の護衛です、報酬は往復で銀貨5枚でいかがでしょうか?」
「…………うーん、ミゼよ。金額としてはそこそこだが、どう思う?」
「報酬にフロウリアの都の案内を追加して貰えるなら、良いお話かと思います」
ここから都までは俺が全力で疾走すればすぐにつく距離だった、だがミゼの言う通りにこれから行くフロウリアの都、そこに人脈を作っておくのは悪くない。
「それじゃ、引き受けよう。俺はレクス、こいつはミゼだ。よろしく」
「レクス様の従魔であるミゼと申します、これからよろしくお願いいたします」
「ああ、助かりました。これも神のお導き、よろしくお願いします」
こうして俺はクレディーレこと、ディーレの護衛をすることになった。ギルドを通していない依頼だから、ひょっとしたら依頼自体を無かったことにされる可能性もある。
それでも別に構わない、俺が気になったのはこのディーレが上級魔法の使い手だということだった。上級魔法を使える人間は少ない、俺だって回復系の上級魔法は使えるが、他の奴が使っているところを見てみたかった。ところがこのディーレくんはいろいろと問題を抱えていた。
「おい、ディーレ。お前一体どこのお貴族さまの生まれだよ、なんっも役に立たないんだな」
「…………はい、本当に申し訳ございません」
「まぁ、まぁ、レクス様。ディーレさんは、一応は依頼主でございます」
ルディング村までの道中で判明したことがある、このディーレくんは生きていく技術というものを、きっぱりさっぱり持っていない。
そもそも都から三日ほどとはいえ、旅をするのならば最低限の準備というものがいる。一緒に旅をするようになってから聞いてみれば、このディーレという馬鹿はそれすらしないで都を出たらしい。というよりは、何が旅に必要かわからなかったのだと彼は言った。
「僕は元は孤児で成人する今年までは、都の孤児院におりました。本来ならそのまま教会に仕えるはずでしたが、何故だか試験に通らなかったんです。ですから、防御と回復系の魔法ならお任せください」
「…………………」
「…………………」
そう言って胸をはるディーレくんはあまり頼りになりそうになかった、まず狩りすらすることができず、当然ながら食事も作れない。また彼は倒れたりしたが、回復させてみれば体力はなくもなかった。ただ森についての知識を知らず、ハーブと間違えて毒草を取ってくることがしばしばあった。
「聖職者にも試験があるのか、なんでお前はそれに落ちたんだ?」
「はぁ、それはわかりません。神の教えに関する筆記試験も、実技である回復魔法も中級魔法を使うことができました。普通ならそれで充分だったはずなんですが」
そう言ってディーレは首を傾げていた、俺には少し気になったことがある。こいつは上級魔法が使えるのに、なんでわざわざ中級魔法を試験で使ったんだ。俺はその疑問をディーレ自身に聞いてみた。
「なんで上級魔法が使えるのに、お前は中級魔法を試験で使った?最高の実力を示した方が、その試験にも受かりやすかっただろうに」
「私の育ての親、孤児院を担当されていた司祭さまが、上級魔法を使えることは決して教会には教えるなと申されたのです。理由はわかりませんでしたが、ご高齢でそれが遺言でもありました。だから、僕は教会の試験でも中級魔法を使用したのです」
俺とミゼは顔を見合わせた、おそらく俺達は同じことを考えている。上級魔法は危険なものだ、それがたとえ回復系のものであったとしてもだ。
以前、俺達は上級魔法の実験をしてみた。環境整備魔法である『恵みの滝』でさえ、その使い方を一つ間違えれば恐ろしく威力のある魔法だった。
「あのなディーレ、多分お前の育ての親は教会と関わらずに、自由に生きていって欲しかったんじゃないか?上級魔法が使えるということは、よほど信頼できる奴にしか言わないほうがいい」
「……確かに義父のカーロ様は、教会の司祭さまでしたがあまり教会が好きではありませんでした。回復魔法を使用する料金が高すぎると、いつも悩んでいたようです。僕はそんな義父の力になりたくて、回復魔法を習得したのですが」
ああ、やっぱりな。恐らくディーレが使う回復魔法は強力過ぎるのだ、天性の魔法に対しての才能があるんだな。上級回復魔法が使えるとディーレの力が教会連中に知られれば、こいつはその能力を俗物どもに徹底的に使い潰されるだけなんだろう。
「まぁ、教会にこだわることはない。ディーレ個人で回復屋でも開いたらどうだって、……それはまずいのか。やっぱり能力は隠した方がいいだろう、冒険者なんだから信頼できるパーティを見つけて、そこで活躍すればいい」
「えっ、僕は冒険者ではありませんよ」
ディーレがさらりと言った言葉に、俺は思わず全身の動きが停止した。まさかとは思うが、この野郎は依頼でもないのに流行り病が起こっている、そんな危ない場所へ行こうとしているのか!?
「――はぁ!?お前、人から頼まれてそのルティング村とかに行くんだろう?それってまさか、冒険者ギルドの依頼ですらないのか?」
「はぁ、とりあえず成人したからと僕は孤児院を追い出されました。義父のカーロ様からいくらか金銭は頂いていたので、これからどうしようか考えているうちにルティング村の方にお会いしたのです。そこからは、もうご説明したとおりです。」
馬鹿だ、すごい馬鹿だ、物凄い馬鹿がここにいる。ディーレの育て親とかいうカーロさんとやらは常識というものを教えなかったのか、お人好し過ぎるにもほどがあるぞ。
何なんだろうか、こいつちょっと目を離したら、さくっとあっさり死ぬような気がしてならない。俺もだが、ミゼの奴まで呆れた様子で旅をするディーレをみていた。
そして、約二日の旅を経て俺達はルティング村にたどり着いた。いや、ルティング村の跡地へと辿りついたのだった。
うおあおぉぉぉあぁおぉあぁおぁおぁおおぉぉぉぉぉぅうぅ
「あーあ、こりゃゾンビ祭りだな。もう、手遅れだったんだろ」
「また村が一つ消えた、そんな怪奇小説のような光景でございますね」
元ルティング村であろう場所には、まだ肉が固そうな新鮮なゾンビがうろうろと歩きまわっていた。生きている村人がいるのだとしたら、こんなものはうろついていないはずだ。
俺は愛用のメイスと、魔法銃のラミアを構える。できるだけ、メイスは使いたくないな。まだ固めとはいえゾンビの腐肉で汚したくはない、後のお手入れが大変なんだ。
俺がゾンビどもを掃討すべく村の方へと入っていこうとしたら、ディーレくんがいきなりそれを止めて祈りはじめた。彼から強い、とても強い魔力を感じられた。
「偉大なる神よ、ここで命を失いし哀れな者達に、どうかその御心により安らぎをお与えください『大いなる浄化の光』」
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