第二百九話 後悔することはもう何もない
「ミゼ、お前はもうよくやってくれた。なんなら俺の従魔をやめて、このエルフの国で自由になってもいいんだぞ」
「はい?私がこのエルフの王国で自由に!?エルフのおにゃのこに囲まれたこの楽園で、なんと自由に生きていっていいということですか!?」
ミゼが俺の言ったことを何だか勝手に曲解して言っている、俺はすぐに嫌な予感がしてならなかった。ミゼはかなり他種族の女の子が好きだ、ここにコイツを一匹で残していったら、エルフの女の子に劇薬を置いていくようなものだった。
「冗談だ、ミゼ。…………お前は立派な従魔だから、俺が死ぬような場所へは一緒に行こうな」
「え?いや、レクス様。さすがにそれは私には荷が重いかと思われます、まさか私をヴァンパイアの王国であるアンペラトリスに連れていくとか。い、いいいっ、言いませんよね。そんなこと言いませんよね!?」
「ミゼ、お前の忠誠心はしっかりと受け取った、中級魔法でも中位ヴァンパイアくらいなら倒せるから大丈夫だ」
「それのどこが大丈夫でございますか!!私では高位ヴァンパイアには手も足も出ないではございませんか!?」
「俺は知らん、だがここにお前を置いていくと面倒事を引き起こすということ。それだけはしっかりと分かる、今までの経験が俺にそう確信させてくれる」
「ぐっ!?私のことをよくお分かりですね、レクス様。ええいっ、どこへでもお供しますよ。へっ、そこがヴァンパイアの王国でも構いませんとも!!」
こうして何故かミゼが俺と一緒に高位ヴァンパイアたちがいる王国、アンペラトリスに共に行くことになった。まぁいい、ディーレやファンと一緒に行ってすぐに引き返して貰えば済むことだ。猫の一匹くらいなら『転移』の負担も僅かだ、ミゼもアンペラトリスという場所を見ればそれで満足して大人しくラウト国に戻るだろう。
「それよりも俺は『転移』と、世界の根源の力の使い方を覚えないといけないな」
「僕は『転移』を覚えながら、レクスさんがいつ傷を負ってもいいように傍にいます」
「はーい、僕も『転移』の練習をしながら、世界の根源の力を辿ってアンペラトリスまで辿り着けるようにするよ」
「私はファンさんと一緒におります、主に癒し系として働きながら、厳しい修行のお供をさせていただきます」
それから一月弱俺たちはそれぞれがしなければならないことに没頭した、俺とディーレはまずは『転移』の習得を始めた。これはそんなに難しいことではなかった、始めたばかりの頃は魔力を必要以上に使ってしまったりしたが、そのうちに距離と移動する人数に合わせて魔力の調整ができるようになった。それよりもやはり問題だったのが俺が世界の根源の力を使うことだった、俺がこの大きな力を扱うには力の器、俺の草食系ヴァンパイアの体がやっぱり脆過ぎるのだ。
「レクス、いつものように私が攻撃をする。世界の根源の力も使って傷一つ負わず、攻撃する私を無力化してみなさい」
「簡単に言ってくれるな、ラウト。ディーレ、何かあったら頼む」
「はい、お任せください。神よ、恵み溢れる光。あなたを信じる者の心を満たす光、希望をどうかお与えください」
大賢者ラウトの攻撃は今までより過酷なものになった、十人ほどに分身してもう数えきれない武器を『念力』で操って攻撃してくる。俺は時にはそれをメイスで受け流し、霧化して無効化した、それでも避けきれないと判断した時には更に無理矢理に力を引き出した。
世界の根源にある力、祝福されし者なら簡単に使える力を無理矢理に引き出すようにしたのだ。するとラウトの激しい攻撃がまるで止まっているように見えた、そしてそれぞれの武器に繋がっている『念力』の力の糸が見えるようになり、それらは俺の僅かな力で容易く切断できたのだ。
「くっ、げほっ!!」
「レクスさん!!『完全なる癒しの光!!』」
俺は世界の根源の力を無理矢理だが使うことができるようになった、だがその代償は俺の体に確実に跳ね返ってきたから堪らない。思わずその場で俺は血反吐を吐いて蹲る、しかし、ここで気絶などできない。それはこれからアンペラトリスに行く俺の死を意味する、最初は力の反動に耐えきれなくて何度も気絶してしまった。それでも負けずに根気強く同じことを続けていたら、少しずつほんの僅かな変化だったが、ようやく世界の根源の力を効率良く引き出せるようになっていった。
「はぁ、はぁ、はぁ……。ディーレ。すまん、迷惑をかける」
「迷惑なんかじゃありませんよ、レクスさん。……固い心を和らげ、冷たさを温め、乱れた心を正す神よ。あなたの恵みの力で正しい道を、僕たちが迷いなく進むことができますように」
俺の修行で一番に迷惑をかけたのはディーレだ、長距離の『転移』の習得もしなければならない。それなのに俺の治療とそれからディーレがいなくても戦えるように、前よりも更に改良したポーションの研究もしていた。ポーションの材料にはファンのドラゴンである血が使われていたから、貧血を起こさないようにファンはいつも以上にしっかりと肉を中心に食事をとっていた。
「ディーレ、ファン。あのな……」
「レクスさん、もうすみませんとか、無理につきあわせてごめんなとか聞きませんからね。僕は好きで貴方のやりたいことを手伝っているんです、それについてレクスさんが謝る必要はありません」
「そうだよ、レクス。本当は僕なんてレクスについていって一緒に戦いたいくらいなんだから、僕たちが好きでやっていることをそんなに申し訳なさそうに言わないで」
「はうぅ、ディーレさんもファンさんもイケメンでございますね。私はそんなファンさんにドキドキいたします、女の子でもイケメンになれるのですね」
ディーレもファンも体にかかる負担は相当なものだっただろうに、何も文句を言わずにそれどころか俺を励まし続けてくれた。一月弱は長いようで短い時間だ、俺はかなり無茶な戦闘訓練を繰り返した。それでも心が折れなかったのは優しく強い仲間がいたおかげだ、ディーレやファンはもちろんミゼもいつもの軽口を忘れずに雰囲気を明るく保ってくれた。
「レクス、君は見違えるほどに成長している。何よりもまず絶望に負けない心を大切に、アンペラトリスに行けば仲間たちはいない、君一人で戦うことになるが決して孤独に負けないようにしなさい」
「ああ、ラウト。後悔だけはしないようにやれるだけのことはやっていく、もしかしたら体のどこかに後遺症が残るかもしれないが、決して俺は孤独じゃない自分から負けたりしない」
大賢者ラウトの影はまるで生きている者のように俺の心配をしてくれた、そして体を鍛えるのはもちろんだが何よりも精神的に負けないようにと労わってくれた。その不器用で温かい心使いが有難かった、ラウトは本当に俺の良い味方になってくれた。
『レクス、貴方はね。貴方以外の何者にもなれないわ、でもその孤独に負けたりしないでね』
俺をこのラウト国に連れてきてくれたミュスというエルフの女の子、その子の言ったことがしばしば鍛錬中に頭に浮かんでは消えた。俺はフェリシアのような祝福されし者にはなれない、俺は世界にたった一人の草食系ヴァンパイアだ。だが俺には仲間がいる、愛する者もいる、何があったとしても俺は孤独ではない。誰かしら俺のことを想ってくれている者がいるんだ、これで自分は一人だなんて言っていたら何か罰を受けるに違いない。俺は大切な仲間たちと共に自分を鍛えて、今は深く愛している女を助けにいきたいと思っている。
一月にも満たない時間が過ぎるのはあっという間のことだった、そして俺は自分にできる限りのことをしてその間を過ごした。それで良いのだろうと思って後悔することはもう何もない、たとえ不満を言ったところで残酷だが時間は止まってはくれないのだ。ディーレやファンの準備もできた、改良されたポーションもできるだけ用意した、ミゼも表面上はいつもどおりにすました顔をしていた。
「それじゃ、行ってみるか。ヴァンパイアたちがいる真の王国、アンペラトリスに」
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