第二百話 そう簡単には上手くいかない
「レクス、まだ君には大きな問題が一つある、……記憶の封印を解かなければならない」
「――――!?俺は記憶が時々だが曖昧になっていることがある、だがその話をあんたにしたか」
「私は生きているものではない、だからレクス。君のことも目を通してみているんじゃない、時には生物には見えない魂までも見える。それで魂の表面である精神におかしな枷がはまっていることにも気づいた、しかしこの枷はかなり頑丈そうだ。無理に外すと精神に影響が出るかもしれないが、かといってはめたままでいるのも危険だ。……どうしたものか」
「おーい、ラウト。考え込むのはいいが、結局のところどうするんだ?」
俺はいつものラウトの特訓をうけている最中だった、俺の記憶が時々だが曖昧な箇所があることを大賢者ラウトの影は見抜いた。だがどうしたらその枷が解けるかまでは即座に判断できなかったようだ、それでラウトは考え込んでしまったが、俺も一緒になって考えるほどの余裕がない。
なぜなら今はラウトが『念力』で浮かせた、約百本あまりの剣から狙われているからだ。ラウトが考え込んでいる間にも剣たちは俺に攻撃をしかけてきた、俺はそれをできるならばメイスを使って受け流すか破壊し、時には翼を使って飛んで回避し続けている。そんなことをしているからラウトのように考え込んではいられなかった、しばらくするとラウトが考えをまとめたようだ。
「うむ、仕方がない。無理にでもその記憶を引きずりだすとしよう、多分そうした方が安全だ。精神に干渉された部分を残していると、敵に精神魔法を使われた時が危ない。となるとこの程度の特訓では足りないな、攻撃の種類をもう少し増やしてみよう。まぁ、死んでしまうまではまだ大丈夫だろう」
「おい!?適当な考えで危険なことをしようとしてないか!!死ぬまではまだ大丈夫って、それは間違っていないか!?」
ラウトが出した結論に俺は反論した、だがこの大賢者様の影は実は結構一度決めたことはやりたいようにやるのだ、俺が受けた特訓の数々がそれを物語っている。俺の周囲には剣だけではなくて槍や弓矢など複数の武器が突然に出現した、絶対に俺を殺しにかかっているという殺気であふれているな。
「チッ、死んでたまるか!?」
俺はそれまで以上に速く動いて、不規則に攻撃してくる武器をメイスで受け流し、時には回避して森の中を逃げ回った。特訓はヴァンパイアと戦うために必要なことだが、それで殺されたら意味がない。時々は避けきれない攻撃を受け、その度に霧になって体を素早く癒しながら、どうにかラウトの影を攻撃できないか隙を伺っていた。だがラウトは離れた一定の距離から『念力』で浮かせた武器でしか攻撃してこない、ラウトに近づこうとすると武器が増えて針鼠にされそうになった。結局、その日は死にそうにはなったが、俺の記憶の封印が解けることはなかった。
「記憶の封印を解かなきゃいけないらしい、ディーレ。ファン、何かいい考えはないか」
「そうですね、レクスさん。お手伝いしたいですが、精神魔法はレクスさんの方が得意ですから、僕の魔法では対抗できません」
「そうだよ、僕も精神魔法に関してはディーレと同じ、……レクス本人が解かなきゃならないよ」
「私には聞いてもくれませんね、レクス様。つまりません、いっそどこかで頭を打ってきたらどうですか、衝撃で記憶も戻るかもしれませんよ」
「そうか、ミゼ以外はありがとな。ミゼも真剣に主人を想って考えてくれているなぁ~」
「うぎゃあぁぁぁ!?レクス様、しっぽ!!しっぽを引っ張らないでくださいぃぃ!!」
「……レクスさんが記憶が曖昧になるのはどんな時でしたか」
「えっとね、危ない目にあった時が多いよ。クナトス国で戦争をした時がそうだった」
「だとしたら大賢者ラウトさんの特訓も間違いではないですね」
「レクス、かわいそう。しばらく死ぬような特訓が続くのか」
「…………やっぱりそれしかないのか」
「なんておかわいそうなレクス様、このミゼは宿屋のベッドの中から応援しておりますって、しっぽ、しっぽは止めてください!!」
昼間にディーレ達に意見を聞いてみても特に名案はなかった、ミゼはちっとも真剣に考えていないようだから、少々強めにしっぽを引っ張っておしおきしておいた。それから夜は当然ラウトの特訓に行ったが、ますます武器が凶悪な物になっており、草食系ヴァンパイアの俺じゃなければ多分もう死んでいる。霧に姿を一瞬変えて傷を癒すのも、魔力は消費するのだからずっと続けてはいられない。
そんなある日のことだった、ラウトの特訓を受けに森に行ってみたら、いつになく森が騒めいていておかしかった。そして、そこには冷ややかな雰囲気で、白髪と赤い瞳を持った美しい青年が待ち構えていた。
「やぁ、レクスだったか。ママのことはもう諦めて、耳長どもと暮らすことにしたのかな」
「ウィル!!」
俺は即座に戦闘態勢にはいった、ウィル・アーイディオン・ニーレ。祝福されし者の子どもであり、ヴァンパイアではかなり高い地位にいる青年だ。盲目的にフェリシアを母として愛していて、俺とは険悪な仲にあるヴァンパイアだった。何故、ここに奴がいる。俺と会うはずだったラウトはどこにいった、もしかしてこいつに破壊されてしまったのか。そう数舜の間に考えている暇もなかった、ウィルはどこか優雅なそしてかなり素早い動きで片手剣を使い俺に切りかかってきた。
「ぐっ!?――やるな。だが、おかえしだ!!」
「はぁ~、まだまだだね。ママもどうしてこんな出来損ないにこだわるのか分からない」
ウィルの剣を受けて、メイスでお返しに殴りかかる。そんな戦いがしばらく続いた、普通の人間には見ることもできまい、俺たちの動きは常識を超えていた。高位ヴァンパイア同士が戦うならこんなものだ、そして次に来るものも分かっている。
「『抱かれよ煉獄の熱界雷』、こんがり焼けるといいね」
「やかましい!!『耐えぬきし雷への結界!!』」
そう上級魔法の打ち合いだ、ウィルは雷の上級魔法をつかってきたが、俺はそれを同じ上級魔法で防いで見せた。続けてまた上級魔法が放たれた、息をつくような暇もなかった。
「『抱かれよ煉獄の氷塊』、氷像の方がまだ可愛げがあるよ」
「うるさいぞ!!『耐えぬきし氷への結界!!』」
雷が森の中を走ったかと思うと、凍えるような冷気をまとった氷塊が襲ってきた。それを上級魔法で防御しながら戦う、次にきた寒さが特にまずい。そうふと考えた時だった、ウィルがニヤリと笑ってまた魔法を紡いだ。
「『抱かれよ煉獄の氷塊』、同じことを繰り返すのも芸がないけど、まぁしばらく付き合ってよ」
「『耐えぬきし氷への結界!!』、はっ!!本当だな、つまらない芸は見飽きている!!」
俺は上級魔法で氷塊の攻撃を防いだが、それでも冷気を全部消すことはできなかった。この寒さはまずい、俺の動きを阻害する。その前に決着をつける!!
「これで!!どうだ!!」
「ふふっ、考えも動きも甘いよ『氷竜巻』」
ウィルは俺のメイスの攻撃を片手でしのぎながら、今度は詠唱が短くてすむ中級魔法を使ってきた。俺は翼を使って全速力で飛びかかったのだが避けられた、何百年か何千年も生きているヴァンパイアだけはある。戦闘の経験が圧倒的に不足している俺は弱い、そうやって何度か打ち合っているうちに周囲の気温はどんどん下がっていった。メイスを持つ手がかじかんで震える、だが火の魔法を森の中で使うわけにもいかない。そんな俺の僅かな隙をウィルは見逃さなかった、俺の首筋目掛けて鋭い剣が振りおろされた。
「さようなら、出来損ないのヴァンパイアもどき」
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