第二話 大人しく言いなりになる気はない
俺の成人の儀、15歳の誕生日の夜。案の定、マリアナは普段よりも上等な服を身にまとい、俺に近寄ってこようとした。
それをいち早く察した俺は、マリアナとの間に村人を挟むようにして、全く相手の方を見ないようにした。俺達の他にも一人、今年成人する子どもがいて、村民たちの前に俺達三人が並んで立たされた。
当然だが、俺は間に他の村の子を挟んで立った。俺にとってはマリアナは近寄ることすら嫌な奴だったからだ。
「今年は我が娘マリアナも成人を迎えるめでたき年、ささやかな宴で新たに大人になった者達を……」
俺は村長の長話を右から左に聞き流していた、服装も至って普段着の汚れてもいいような作業着姿。もし、このままマリアナとの結婚発表があったなら、そのまま村を出てもいいように既に家の中は片付けて荷造りまでしてあった。
そんな俺の心中と用意周到さを知りもせず、マリアナはそわそわとこちらを見ているようだったが、もはや俺にとっては世界中で一番どうでもいいことだった。
「いや、いやぁ、何、何なのよぉ!?」
「ば、化け物!?」
「きゃあああああ、いやぁ、助けてぇ!?」
「……………………」
ただ、今年の成人の儀は穏やかに終わらなかった。黒い影、最初はそうとしか俺にも見えなかった。いくつもの素早く動く黒い影がいきなり現れて、まず話していた村長の体が切り裂かれた。
「きゃあああああ!! 父さん、何!? いやぁ――!!」
それから、何が遭ったのかは俺にもよく分からなかった。とにかく何かが起こったことは察した。素早くどこかに身を隠そうと思って動いたのに、俺の逃走はその時既にもう遅過ぎたのだ。俺は衝撃を感じると共に、激しく地面に叩きつけられた。
「あらぁ、こんな寂れた村にもなかなかのものが、うふふふ、美味しいヌーボーが飲めそうねぇ」
見上げると女がいた。マリアナのような整えても、パサつくような髪ではない。濃い紅色の美しい髪をした、真っ赤な瞳の女性が寂れた寒村にはあり得ない、豪奢なドレス姿で無理やり地面に引き倒された俺を見下ろしていた。
それから、俺の記憶はいきなり漆黒の闇に包まれた。どこかでマリアナの悲鳴がまた聞こえた気がする。暗い、どうしてここはこんなに暗いんだ。そう本能的な恐怖があったのだが、同時になぜか襲ってきた闇にスッと安心して俺は意識を落とした。
次に俺が目覚めたのは今まで見た事もない豪華な調度品が並ぶ部屋、体が沈みこむような柔らかいベッドの上だった。肌触りがおかしいと思ったら、俺はいつの間にか絹地のシャツに上等な生地のズボンに着替えさせられていて、起き上がろうとしたら先ほど闇の中で笑っていた少女がいた。
「あらあら、今年のヌーボーのメインね。あとの二人は大したことがなかったわぁ、貴方は楽しませてくれるといいんだけど……」
そうして、真っ赤な瞳を細めて笑うのは、マリアナとは比べ者にならない美少女だった。艶のある髪も、白磁のような滑らかそうな肌も比較するのも馬鹿馬鹿しい。
だが、俺からすればその少女の美しい笑みも、マリアナの勝ち誇ったかのような昨日の笑顔も、どちらも等しく醜悪なものだった。嫌悪すべきものだった、受け入れがたいものだった。
だから俺は、俺はこの女を――……
俺はまた目が覚めた、もう夜は明けているようだったが、ぶ厚いカーテンが部屋にかけられていた為によくわからなかった。柔らかいベッドで寝ていたおかげで、体は今までにないほど好調だった。
起き上がって自分の周囲を見回してみたらおかしなものがあった、薄着だが女物のドレスだ。多分、貴族とかお偉い連中が眠る時に着るような服だと思う。
今まで村にあった、数少ない本の知識からの推測でしかなかった。しかし、この服の持ち主は一体どこにいったのだろうか?
俺はベッドから降りて部屋を捜索してみた、特に何もみつからない。ぶ厚いカーテンも開けてみたが、そこには窓の代わりに風景画が飾ってあった。この部屋に窓は一つも見つからなかった。
「何なんだよ、ここは」
窓のことを不気味に思いつつ俺はその部屋を出た、元々部屋の扉は少し開いていたがその先にも誰もいなかった。何故だか所々に点々とどれも上等そうな生地の服が落ちていた。そういえば、俺の服はどこにいったんだ、誰が一体勝手に人を着替えさせやがったのか。
まさか記憶のない間に女じゃねぇが勝手に体をいじくりまわされてたりとか、……止めよう考えたくない。俺の記憶の中にそんな悍ましいものはない、もし何か事実があったとしても覚えていないのならば問題はない。
でかくて豪華な屋敷をおりていくと、やっと1階につき外にでるための扉があった。とりあえず迷わずにその正面の入り口を開けると、ちょうど昼くらいの時間だった。眩しい太陽で体が温まるのを感じて暫くそうしていたが、やっぱり誰も出てこないので再び屋敷の捜索に戻った。
「おーい、誰もいないのかー?」
「誰かいませんかー、俺は帰りたいんですけど――?」
「……くそったれっ、誰もいないのかよっ!!」
「レクス!? レクスなのね、私を助けにきてくれたのね」
「…………………」
最後の悪態に返事があった、俺は思わずげぇっと反射的に吐き気がした。大嫌いなマリアナの声だったからだ、果てしなく無視して進みたかったが、半日をかけてもう捜索していないのは、聞きたくもない声が聞こえる方向しかなかった。
仕方がないのでその方向に向かって行ったら、他にも何人か聞いた声がする。俺と同じ年で成人した奴の声も、地下室の扉には分厚い鍵がかかっていた。
ブチンッ
しかし、その鉄製であろう分厚い鍵は俺がちょっと引っ張ったら、金属にあるまじき音を立てて外れた。……よほど古い鍵をかけていたものだと思われる。そして薄暗い地下室を見て回れば、数人の村の連中と見知らぬ人間がやはり何人か捕まっていた。
鍵束が入り口にかかっていたので、今度は正しい手順のもとに牢屋になっている地下室を、片っ端から開けていった。マリアナは一番最後に解放した、そのまま抱きつかれそうになったので、俺は素早くその地下室から逃げ出した。
「あーあ、くっそっ、気持ち悪い」
「レクス、レクス、まってよ。私を助けにきてくれたんでしょう!!」
完璧な勘違い妄想女が追いかけてきたので俺は逃げた、いい加減薄暗いところはごめんだったので太陽の下に出られる正面入口へと全力疾走した。
「あー、疲れた。しかも、余計なものしか見つからなかった」
俺が再びもう傾きかけている夕日の元で、心の洗濯をしているとマリアナのくそ女はまたしつこく追いかけてきた。
「レクス、レクス、貴方ってやっぱり――――ぎゃああああああああ!!」
またマリアナの自己満足、勘違い発言が始まるのかと思っていた。そうしたら、およそ人間があげるようなものじゃない悲鳴がして、振りむけばシュウシュウと煙をはき出しながらマリアナ?らしき真っ黒い人形が地面を転げまわっていた。
「痛い、痛い、いだああぁぁぁいぃぃいぃい――――!!」
ほんの十数秒の出来事だっただろう。そのまま、あの勘違い女と思われる人の塊らしき物は炭と化し、ほんの少しの風で壊れて崩れてなくなった。
夕日の光が届かない、屋敷の奥のほうではマリアナの悲鳴を聞いたのだろう。地下室から救助した人々が何かを話し合っていた、やがて彼らは行動に出た。
「あっ、おい!?閉めるな、てめえら何をしやがる!!」
俺が目の前で起きた悍ましい出来事に少し呆然としている間に、屋敷の正面入り口は閉ざされてしまった。
なんてこった、恩を仇で返しやがったな。俺はまだ日が落ちきっておらず、夜にならないうちに屋敷の周囲を確認したが、ここは四方が切り立った崖に囲まれた陸の孤島だった。
おいこれ、一体俺にどうしろっていうんだ?もうすぐ日も落ちる。さっきのマリアナの最期と館の連中の態度からして、あいつらはもしかして人間じゃなくなったのか?
どうやら日の光が苦手そうな奴らだ。どうしようこのまま夜になったら俺はあいつらに何をされるか分からない、地下牢から助けてやったのに全く理不尽な話だ。
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