第百九十九話 強くならなきゃ生き残れない
「あれは祝福されし者じゃないよ、でも祝福されし者の想いが残した欠片ではあるね」
「想いの欠片っていうのは何だ?」
俺はファンが言っていることの意味を知りたかった、だから重ねて彼女に問いかけた。ファンはまた考え込みながら、分かっていることを断片的に話してくれた。
「魂の一部……とも違うか、本人はもう亡くなっているんだし、ええと記憶の欠片っていうのが近いかな。ただの記憶の欠片じゃなくて、新しいことも学んで考えることができる、……多分、そんな感じ」
「ラウトも自分のことを影だと言っていた、本人が光なら残された思考できる影ということか」
ファンの言葉を俺が補足すると更にディーレとミゼが話に加わってきた、特に珍しくミゼが難しいことを言いだした。
「レクスさん、あの大賢者ラウトさんは本人ではありませんが学習能力はあるようです。数百年前には知られていなかった、現在使っている回復魔法の欠点などを知っていました」
「ですからレクス様、あれは人工知能なのです。……って祝福されし者がつくったんなら人工じゃないか、とにかく魔道具か何かで維持されている成長する知能ということです!!きっと『計算』という概念と『魔道具』という道具を用いて『知能』を研究する計算機科学の一分野を作り出してるんですよ…………可愛い女の子AIでなかったのは残念ですが」
「……ディーレの言っていることは分かった、……ミゼ、お前の言っていることはよく分からん」
とにかく大賢者ラウトが祝福されし者ではないことは分かった、祝福されし者が残した自らで考えることができる、つまり今のラウトは知能がある魔道具ということだろう。それにしても凄いものを作ったものだ、使用した魔石もただの魔石ではないだろう。
皆に俺が大賢者ラウトに会ったことを話した後、俺の生活は昼に少しの時間だけ寝て、ディーレ達と戦闘訓練をする。そして、夜にはラウトと会ってまた戦闘の技術について学ぶことになった。その合間に仲間と話したことをラウトにも聞いてみた、ラウトはとても饒舌でまるで生きている人間のようだった。
「そう、レクスたちの仲間が言ったとおりだ。私は祝福されし者の欠片であり、考えることができる知識の塊だ。本体は場所は国家機密だから言えないが、ラウト国で大事に保管されている大魔石を使った魔道具だ。」
「……そんなに簡単に自分の正体をバラしてもいいのか」
「大丈夫だと、レクスとの会話から判断した。君はこのことを簡単に外の人間たちに話したりしないし、また国家機密をバラして喜ぶような輩ではないと思っている。私はこの国のどこにでも現れることができる、もちろん個人の権利を尊重して風呂など人として配慮する必要があるところには出ない」
「そういう心配はしていなかったが、まぁ風呂なんかでいきなりあんたが現れたら驚くな」
「大賢者ラウト様は私という心の欠片を残した、もう二千七百五十八年も昔のことだ。フェリシアと呼ばれているレクスの恋人にその間に会ったこともある、彼女は悲しそうな顔をして私は大賢者ラウトでないと泣いてしまった。私はあくまでも欠片であり、祝福されし者自身にはなれない。彼女が私に会いに来たことはその後に一度も無かった」
「……そうか、フェリシアはラウト本人を知っているからな。余計に違和感を感じるのかもしれない、友人に会えると思ってきたなら落胆も激しかったんだろう」
「大賢者ラウト様の娘であるシアンスもそうだ、私のことを初めて見たときはお父様の幽霊が出たといって泣き喚いたが、大人になってからは私という自我を別個体として認めていると言った。そう大賢者ラウトが望んでいた、自分の代わりに娘であるエルフのシアンスを見守ってくれた存在だと言ってくれた。エルフの寿命は長くても千年ほどだから、今はシアンスの子孫が私を維持する魔道具を持っている」
「そうか、ラウト国の住民が今でもあんたに会えるのはそのおかげなんだな」
「ああ、そうだ。ところでレクス、休憩はすんだか。次は私に負けないように翼を使って飛んでみろ」
「分かってる!!はぁ~、幻とはいえなんでそんなに速いんだ。いや、俺が遅すぎるのか」
俺はラウトから森の中を翼を使って飛び回る訓練を受けていた、森は背丈が高い樹木が茂っているので非常に飛びづらい。なのにこのラウトの影は生きていないから当たり前だが、息もきらさずに俺に楽々とついてくる。今までのどこの国でもヴァンパイアを受け入れてくれる国はなかったから、それで翼を使わなかったつけが現在の俺にきていた。ヴァンパイアの国で生まれたのなら翼を使うのは日常の一部だろう、それにヴァンパイアの寿命は長いから俺より多く経験をつんでいるわけだ。
「なぁ、ラウト。ヴァンパイアの寿命は一体どれくらいなんだ」
「個体による、祝福されし者から生まれた個体は寿命が長い、何千年でも良質な血があれば生きていけるようだ」
「そっか、そんな相手と戦うとなると気が重いな」
「レクスもそう卑屈になるほどは弱くない、ヴァンパイアは普通の人間を襲うのに慣れているから、真面目に鍛錬しない者も多い。大丈夫だ、勝機は十分にある」
「なるほどなっと、『標的撃!!』」
「『障壁』うむ、狙いは正確だが発動が遅い」
俺は森を飛び回りながら反撃の練習もはじめた、ここにきているラウトは魔道具本体の分身のようなもので、小さな魔石が核になっているそうだ。だからその魔石を傷つけない魔法を選んで反撃の練習をしている、だが飛びながら魔法をねりあげて使うのはなかなか難しかった。ラウトは防御にも長けていて並みの呪文では当たらなかった。さすがに広範囲を破壊する上級魔法は使えないが、その練習も必要なことだからしていた。
「レクス、そろそろ乱戦の経験もつんでもらおう」
「何!?――――って増えるのかよ!!」
大賢者ラウトが十人に増えて追ってくるようになった、飛び回りながらその相手をするのだが一瞬も気が抜けない。どういう理屈になっているのかは分からないが、どの分身もラウト自身であって魔法で攻撃もしてくるし、逆にこちらからの魔法は楽々と避けてしまうのだ。一層、集中力がいる鍛錬になった、確かにヴァンパイアの国に行ったら、複数のヴァンパイアと戦うこともあるだろう。
俺は翼の使い方を学んだ、そうしなければ生き残れないからだ。ラウトの特訓は実験のようなところがあった、ラウト自身も俺相手にどれだけ手加減していいか分からないようだ。ラウトは俺の実力を測りかねて魔法を当てることもあった、手加減してある『標的撃』だったからいいものの、そうじゃなかったら俺はもう何十回も死んでいる。
「レクスは霧に姿を変えられるか?」
「ああ、できることはできるが何故だ」
「それならば部分的な霧化を覚えた方がいい、それで傷を癒やしたり攻撃の幅が広がる」
「マジか、あれは相当に疲れるんだがな」
それから俺は翼の使い方だけでなく、部分的な霧化も覚えていくことになった。ラウトから攻撃された部分だけ一瞬の間に霧化して元に戻る、言うだけなら簡単だがやるとなったら大変だった。霧化はとにかく魔力をくうので最小限にとどめなければならなかった、最初はなかなか使いこなせなったが、俺の食事になる木々は森に山ほどある、だから時々は回復をしながら霧化を自分の力にしていった。霧化した腕の先を伸ばしてメイスを振るう、などという攻撃まで可能になった。
「レクスさん、随分と強くなったんですね。はぁ~、僕も努力しないと」
「うっそ、レクスったらまた強くなってる。僕も負けないから、ドラゴン族だって空は飛べるもんね」
「はうぅ、私は訓練は結構でございます。愛玩用、私は可愛い愛玩用の猫なんですってば!!」
昼の間は睡眠を短い間だけとって、ディーレ達の時間が空いていたら鍛錬の相手をしてもらった。大賢者ラウトに特訓されているだけあって俺は強くなっていた、ディーレの魔法銃を以前よりも余裕をもって避けることができるようになった。ファンは人間体でも翼の出し方を覚えた、それで俺と空中戦をしたが、これが良い訓練になった。空中での戦いはやはり翼の使い方が重要だ、より一層俺は飛ぶのが上手くなった。エルフたちが鍛錬に使っている広場で、表向きはただの鍛錬の『幻』をかけてから訓練していた。ごく少数だがエルフだけじゃなく、外の人間も出入りしていたからだ。そんなことをして過ごしていたある日、俺は大賢者ラウトからこう言われた。
「レクス、まだ君には大きな問題が一つある、……記憶の封印を解かなければならない」
広告の下にある☆☆☆☆☆から、そっと評価してもらえると嬉しいです。
また、『ブックマーク追加』と『レビュー』も一緒にして頂けると、更に作者は喜んで書き続けます。