第百九十八話 残されたのは欠片でしかない
「…………時にはそれしかできることがないか」
「そんな時も確かにある、だがレクス。君は本当に他に方法はないか、それをよく考えたのかな」
俺は森の中にある大樹の枝に登っていた、いつの間にか星の光しかない夜の暗闇になっていて、いきなりその声は聞こえた。よく周囲を見回して俺は思わず大樹から落ちそうになった、暗闇の中に星の光を集めたような人間がぼんやりと浮かんでいた。『浮遊』の魔法で浮かんでいるのかもしれないが、それにしてもあまりにも気配がなく幻想的なのですぐには気がつかなかった。
そしてその男が大賢者ラウトであるのが俺には分かった、ディーレたちが言っていた会えば分かるという意味も理解した。見た目は月を細くしたような光る長い金の髪に、海のような蒼い瞳でとても美しい人間に見えた。だが違う、これは祝福されし者だ。フェリシアと最初に会った時のような不思議な印象があった、だがフェリシアと違うのは分身でもない、これは実態を持たないまるでそうだ……。
「『幻』の魔法か?」
「そうだな、ある意味で正解だ。私は遠い過去の幻であり、現実には存在しない影でもある」
とにかくこの大賢者ラウトには気配が無かった、それが『幻』の魔法なら頷ける話だった。それにしても大賢者ラウトが祝福されし者だということはおかしい、祝福されし者はフェリシアを残して全て消えてしまったはずだった。もし大賢者ラウトが生きている祝福されし者なら、きっとフェリシアが喜ぶはずだ、そう考えたところでなんだか胸がズキリと痛くなった。
「あんたは祝福されし者か、今もあの塔の中で本体が生きているのか」
「その質問は正解であり間違いでもある、私はかつては祝福されし者だった。今はただの幻だ、私が持っている情報によると君はソリチュードの恋人だね」
ソリチュードとはエルフの間で呼ばれていたフェリシアの名前だ、孤独という意味であまり俺は好きな名前ではなかった。
「ソリチュードではなくフェリシアだ、それじゃラウト。あんたは一体何者なんだ」
「今はフェリシアと呼ばれているのか覚えておこう、あの子に恋人ができる日がくるとは影を残したかいがあった」
「だから幻とか影とかどういうことだ、つまりあんたはなんなんだ」
「それを説明するのはとても難しい、まず祝福されし者であった、大賢者ラウト本人はもう亡くなっている」
大賢者ラウトは亡くなっている、だが今ここにいるのは一目で祝福されし者である、そう分かるような姿をしている者だ。ただし、生き物の気配はまったくしない。そう目の間にいるのに幻をみているようだ、ゴーストだってまだ気配があるだろう。俺は返ってきた答えに軽く混乱したが、相手に敵意は無さそうなのでまた質問をしてみた。それは大事な質問だった。
「フェリシアをヴァンパイアたちの王から解放したい、彼女の望むように自由にしてやりたいんだ」
「…………それは難しい問題で、実は簡単なことでもある」
「謎解きみたいな答えはもうたくさんだ、方法があるのなら簡潔に教えて欲しい」
「では聞こう、レクス。君が本当に戦うべき相手は誰だね、君が相手の意志を折らなければならないのは誰なんだ」
大賢者ラウトの言葉に俺は言葉につまった、俺が戦わなければならないのはヴァンパイアたちそのものだ。そうしなければヴァンパイアの王であるフェリシアの解放はあり得ないからだ。
「…………フェリシアを慕う、ヴァンパイアたちそのものだ」
「違う、違う、違う。それは間違いだ、レクス。チェスのポーンをいくらとったところで勝利はできない、ビショップやルークも意味をなさない。そう、このゲームで大事なのはキングだけだ」
ヴァンパイアの実質的な王はフェリシアではない、ウィル・アーイディオン・ニーレとかいった、フェリシアを母と慕うヴァンパイアだろうか。だがチェスでいうキングであるウィルを殺したところで、フェリシアを慕う他のヴァンパイアが諦めるとは思えない。
「俺がたとえウィルを殺したとしても、他のヴァンパイアがフェリシアを諦めるとは思えない」
「ウィル、ああ。フェリシアの親友だったキアローレが生んだヴァンパイアだな、レクス。君の答えは間違っている、私は言っただろう。チェスのルークをとっても意味はないんだよ」
俺はまた考えるウィル以上に俺の邪魔をするヴァンパイアがいるだろうか、いやそもそもヴァンパイア側で一番強くてフェリシアの邪魔をするのは誰だろう。フェリシアの意志を捻じ曲げる奴、彼女が自由になれない原因はなんだ。俺が長く考え込んでいるとラウトはその様子を微笑みながら見ていた、空に浮かびながら微笑む様子は美しくまた儚い幻でもあった。そして、ラウトは言った。
「まぁ、確かにフェリシアを助けるために、ある程度はヴァンパイアと戦う必要もあるだろう」
「…………なるべく最小限の犠牲ですませたい」
「それは君次第だ、レクス。君はまだまだ弱すぎる」
「悪かったな、こっちはまだ生まれて19と少ししか経っていないんだ。何百年も生きているヴァンパイアとそうそう勝負ができるわけがない」
「伸びしろは十分にある、だが時間はあまりないな。レクス、君が一番倒さないといけない相手のことはよく考えなさい、そしてそれ以外に戦う必要がある相手のために強くなるんだ」
「……俺が一番倒さないといけない相手か」
俺は大賢者ラウトの言ったことを理解できなかったが忘れないようにした、そうして強くなる必要があることをまた感じた、高位の草食系ヴァンパイアとはいえ俺はまだまだ弱かった。
「それじゃ、まずは翼の使い方から覚えなさい」
「ん?」
そこからいきなり大賢者ラウトの特訓が始まった、俺は幻のようなラウトにたくさんの木々が生い茂る森、そんな悪条件で追いかけまわされることになった。森の木々が多いから翼を使って飛ぶのに苦労した、時には翼をたたんで木の枝に飛び乗り、それからまた飛び立って森の中を翼で逃げ回った。
「鍛えているヴァンパイアならこのくらいは当たり前だ、正体を隠したくて翼を使っていなかったようだが、これではヴァンパイアと戦う時に不利になる」
「――――はぁ、はぁ、はぁ。――――あんた、どういう空の飛び方をしているんだ。なんで追いついてくるんだよ、おい!!」
俺が全力で森の中を飛び回っても、大賢者ラウトはすずしい顔をしてついてきた。いや時には俺よりはやく飛んでいって、待ち構えていることもあった。俺は全力で飛んだり、急旋回したり、時には地上に降りて疾走したりしたが、ラウトのことを引き離せなかった。
「これからレクス、君は毎晩この森に来なさい。普通のヴァンパイアと同じくらい、いやそれ以上に戦えるように学ぶんだ」
「…………逃げているだけでも強くなれるのか」
「もちろん反撃も覚えてもらう、だが今はまず翼の本当の使い方を覚えなさい」
「ああ、分かった」
その日は数時間で解放してもらって俺は仲間たちが待っている宿屋に深夜に戻った、ディーレたちが心配していたが俺が大賢者ラウトに会ったことを告げると今度は喜んでくれた。
「良かったですね、レクスさん」
「見てすぐに分かったでしょ、祝福されし者の欠片だから僕も分かったよ」
「フェリシアさんと雰囲気がよく似ていらっしゃいます」
「ちょっと待て、ファン。祝福されし者の欠片っていうのはどういう意味だ」
俺は仲間たちの言葉の中でファンの言ったことが気になった、結局のところ大賢者ラウトの正体が俺にはよく分からなかったからだ。ファンはうーんと少し考えながら返事をした。
「あれは祝福されし者じゃないよ、でも祝福されし者の想いが残した欠片ではあるね」
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