第百九十五話 未来が決まっているわけない
「さぁ、エルフの王国。ラウト国よ、ここで私とはお別れね」
「ここがお前の故郷なのか」
俺は歩いていくと森の中にだんだんと見えてくる大きな木々でできた壁を見ながら聞いた、だが俺の背中にいるミュスは首を振ってそれを否定した。
「私の故郷へはもう連れて行って貰えたわ、旅の途中でお祈りをした小さな森が私の故郷だった」
「故郷だった?何故、そこへ帰らないんだ?」
「もう誰もいないからよ、私が攫われたことでエルフの集落があることが人間に知られた。仲間たちは皆、バラバラに逃げ出した未来が以前にみえたの」
「お前、それでここへ移住するのか?」
「そう、それが目的の半分ね、でももう半分はレクス。貴方のためよ」
「俺の?それはどういう意味だ?」
「私は言ったでしょう、もしもその小鳥が本当の巣に帰れたら、貴方たちは大きな味方と力を得るだろうって」
「…………味方と力か」
ミュスはそれからしぃっと口に指をあてて黙るように合図した、そうしてそれ以上は国に入るまで何も喋らなかった。俺たちも何も聞かなかった、ミュスのここまでの案内は確かなものだったし、彼女が俺たちに不利益なことをするとも思えなかったからだ。やがてラウト国に入ることになった、木々が自然と重なってできた木の高い壁があって、入り口には役人なのか武装したエルフが何人か立っていた。そして、こう聞かれた。
「ラウト国へ、ようこそ。旅の者たち、何の用でここまできた?」
「…………この国の礎になられた大賢者ラウト様、そのお知恵を借りにここまで来ました」
「ラウト様との面会を望むか!?」
「…………はい、血の穢れを知らぬこの若きヴァンパイアがそれを望みます」
ラウト国の門番へはミュスが代表になって答えた、その途端に門番たちが騒めいた。俺たちを見る目が厳しくなった気がする、特に俺は一番に注目を集めた。エルフの国でヴァンパイアだと俺の正体を明かしてしまった、とても危険なことではないかと思った、まぁ俺は草食系ヴァンパイアのわけだが、彼らからすると普通のヴァンパイアと区別できないだろう。思いがけずミュスから出た言葉だったが、いまさら引っ込めることもできない。
「……ラウト様がそれを望めば会うことができるだろう」
「……この国の礎に感謝と謙虚さを忘れぬように」
「……ふっ、久しぶりにきた客だ」
「……上手くラウト様に会えるといいな」
「……お前たちが私たちを傷つけない限り、優しく親切な隣人として迎い入れよう」
「…………ラウト様に拝謁できますように、この国の方々を傷つけず優しく親切な隣人として感謝致します」
それで門番たちとミュスとの挨拶は終わりだった、俺たちはラウト国に恐る恐る入っていった。すると樹でできた家がずらりと並んで建っていた、食事ができそうな店や宿屋らしきものも何件かあった。入り口の門番たちからの強い視線はついてきたが、殺気を帯びたものではなかったのでとりあえずは無視した。まずはいつものように宿屋を借りるためにミュスの指示でそれらしき建物に入った、一泊で銅貨5枚だということだった、なかなか綺麗に掃除してある安めの宿で部屋の中の雰囲気も良かった。
「さてと、それじゃ。これからのことを話しておくわね」
「ああ、まずいろいろと聞きたいがラウトさまっていうのは誰だ?」
「この国の大賢者様とおっしゃっていましたね」
「大賢者って何?」
「ファンさんそれは40歳を超えたある特徴を持つ男性……ってレクス様!!しっぱ引っ張らないでください!!」
「ふふふっ、ミゼったら嘘を教えては駄目よ。この国の大賢者ラウトにはね、レクス。貴方が会ったらすぐにわかるわ、……そう上手くいって会えたらね」
「会ったらわかるとはまた大雑把な説明だな」
「はぁ、一般に大賢者様とは知識や見識に優れた方のことですが」
「要するに頭の良いエルフってことかな」
「エルフさんは長生きされるそうですからね、人間よりもずっと賢い方がいても不思議じゃありません」
借りた宿屋の部屋の中でベッドに各々座って話し合っていたが、ミュスはあまり詳しい説明をしてくれなかった。いつものにっこり笑顔でいた、相変わらず謎の多いエルフの子だ。それから思いもしなかったことをミュスは続けて言った。
「私もこれ以上は分からないの、レクスと大賢者ラウトが会う未来をみたけど、それも確定されたものじゃないから。不安にさせるといけないから言わなかったけど、未来っていうのはそう決まっているものじゃないのよ」
「お前がみているのは未来ではないということか、未来とは決まっているものじゃないのか!?」
「当たり前よ、レクス。私がみているのは高い確率でそうなるという予想されたものよ、予想が大外れすることもあるし、未来が私たちの今からすることで変わることは多いわ」
「………………」
ミュスはころころと笑いながら俺の質問に答えた、俺はてっきりミュスがあまりにも堂々と未来がみえると言うから、それは変わらない不動のものだと思い込んでいた。だが、未来が何をしても変わらないものだとしたら、それは幸福でもあり逆にある者にとっては不幸にもなり得るだろう。それからミュスは笑うのをふと止めて、見えていない盲目の目でまっすぐに俺を見てまた恐ろしいことを言った。
「特にレクスの未来は外れて欲しいわ。…………永遠に変わらない美しい虚像を残されても、きっとレクスは幸せにはなれないから」
そういうミュスの表情は真剣そのものだった、永遠に変わらない虚像とは何だろう。それは何を意味するのだろうか、未来をみているのならもっとはっきりと教えて欲しい。そう思ったのが俺の顔にでていたのか、ミュスは一瞬で表情を切り替えてまたころころっと笑った。
「まぁ、皆はこのラウト国でいろいろと見物をするといいわ。それと私の就職活動にも手を貸してくれると嬉しいわ、これでも身寄りが一人もいない寂しいエルフなの」
「就職活動?お前が働くのか、ここで?」
「ええと、孤児院などはないのでしょうか。教会……もさすがに無いですよね、エルフは孤児の面倒はどうされるのでしょうか」
「ミュス働くんだ、すっごい」
「なんと!!就職活動、嫌な響きでございます。ああ、蘇るあの親切そうでぶっちゃけお断りのお祈りメールの数々!!」
ミュスは苦笑いをしながら肉親がもういないことを俺たちに言った、それに働くということはこの子は見た目は十歳くらいだがもう成人しているということだ。エルフの年齢は全く見た目では分からない、なんともいろいろと判別しずらい種族だった。
「そう私にできるのは裁縫とか編み物とかね、そういうのは目が見えなくてもできるから得意なの。きっとこの国でお針子を募集してるところに就職できると思うの」
「そうか、それだと洋服などを売っている店だな。……未来をみる力のことは国には言わないのか」
「もうこの未来がみえる力は私の周りだけに使うの、ラウト国なら奴隷にされる心配はないわ。でもエルフも人間と同じよ、過ぎた力がどんな結果を残すか分かったものじゃないわ」
「そうか、確かにその力は隠しておいた方がいいな」
「大丈夫よ、レクス。もう話したとおり私は見た目どおりの年じゃないから、なんとか一人でもやっていくわ」
「そう言われてもな、お前は幼く見えて小さすぎる」
それから俺たちはエルフの国を見て回ることになった、半分はミュスの就職先を探してもう半分は俺がラウトという大賢者に会うためにだ。
「レクスたちはいつもどおりに自然にしているといいわ、大賢者ラウトは運が良ければそんなレクスたちに目をとめるはずよ」
俺たちは自然体でエルフの国をみてまわることになった、閉鎖的だが外との交流も少しあるようで、わずかだが人間の商人たちを見かけることもあった。エルフの商店で俺たちはまた保存できる食料などを買いこんだ、それらを『魔法の鞄』に入れておいた、いつ何があるか分からないから食料は沢山あった方が良かった。
「良かったぁ、ここのエルフってお肉も普通に食べるんだ」
「よろしゅうございましたね、ファンさん」
「果物のジュースがすごく美味いぞ」
「この国には『貧民街』がないんですね、僕は本当に驚きました」
「ディーレ、この国は孤児の面倒をしっかりとみるし、仕事が無い者は暮らしていけないようになってるの。どうしても職が得られなければ、この国にいる適正が無いと自ら判断して、そして外の世界に行くのよ。私の両親が暮らしている村がそんなエルフたちの村だったわ」
ラウト国の食堂で食事をしながらファンがほっとしていた、少なめだがファンが好きな肉料理もしっかりとあったからだ。エルフも肉を食べないわけじゃないらしい、ミュスも旅の間に肉のスープなどをしっかりと食べていた。ディーレは『貧民街』がないことに感動していた、この国は福祉にかなり力をいれているようだった、ミュスの話では働けないものは自然と外に出ていくらしい。
ミュスの仕事も国の役所らしきところに行ったらすぐに見つかった、盲目の少女など働き口が無さそうだが、ミュスの裁縫の腕はかなりものだった。それで洋服屋に雇われることが決まった、住み込みなのでとても良い条件だった。ミュスはスフィーダ国で捕まっている間に裁縫と編み物しかすることが無かったらしい、それらは攫われてきたミュスの正気を保つために材料が豊富に与えられていたそうだ。
「それじゃ、レクス。ファン、ディーレ、それにミゼ。この国にいる間は私のところにも遊びに来てね」
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