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第百九十三話 一人じゃとても逃げ出せない

「選ばれし者たちよ、聖女エスタ様からお言葉を与えます」


教会から宿屋に来ていたのは一人のシスターだった、彼女は戸惑う俺たちの様子にはお構いなしでこう続けて言った。


「太古の者の末裔、癒しの聖者、竜の戦士、そして異界の迷い子よ。小鳥は東にある塔の最上階にいる、もしもその小鳥が本当の巣に帰れたら、貴方たちは大きな味方と力を得るだろう」

「…………どういうことだ」


俺はシスターらしき女に訊ねたが、無表情の彼女はそれ以上何も言わなかった。そうしてまるで何かに操られているかのようにふらふらとどこかへ帰っていった、彼女が宿屋を出ていったがもちろん俺たちは後を追わなかった。


それよりも聖女エスタとは何者だろう、俺たちのことを随分と良く知っているようだ。それも隠しているはずのことを知っている、放置すればこっちが危なくなるかもしれない。宿屋では俺たち以外にあのシスターの言葉を聞いた者はいなかった、だが人前で同じことを言われればまずい。ディーレの癒しの才能やファンがドラゴンであることまで知られている。俺たちは宿屋の自分たちの部屋に戻った、そうしてそれぞれ話をしてみる。


「聖女エスタと何者だ、俺たちの正体を知っている」

「ええ、この国を早く離れたほうがいいかもしれません」

「でも、小鳥がどうとかも言ってたよ」

「貴方たちは大きな味方と力を得るだろう……、ですかそれは必要な味方なのでしょうか」


「小鳥は東にある塔の最上階だと言っていたな、きっと教会の塔のことだろう」

「それでは小鳥に会いに行かれるのですか、小鳥とは誰のことでしょうか」

「いいな、僕も誰だか知らないけど、何だか会ってみたいよ」

「きっと可愛い女の子ですよ、どんなおにゃのこか興味深いですね」


俺はそうして仲間と話した後に宿屋から出ていった、教会の東にある塔を目指して歩いていく。教会に着いたら念のために『隠蔽(ハイド)』の魔法を二重にかけた、そうして姿を消したままで教会の中に忍び込んで東にある塔を外から(・・・)登っていった。草食系ヴァンパイアの力は強い、小さな凹凸があれば古い塔を登るくらい簡単だった。たとえ落ちても俺には翼がある、そうして最上階まで登っていったら開いている窓があった、そこから中に入り込むと同時に声をかけられた。咄嗟に戦闘態勢をとるが、俺に声をかけたのはとても小さな女の子だった。


「太古の者の末裔、よく来たわ。私はエスタと呼ばれる聖女よ」

「……そうか、聖女様が俺になんの用だ?」


「どうかここから私を連れ出して、そして故郷に帰してちょうだい」

「お前は――!?」


塔の最上階は最低限の家具しか置いていない場所だった、夜だというのに灯すらない場所を窓からの月光が照らし出した。草食系ヴァンパイアの俺の視力ならその月明りで十分だった、聖女エスタと呼ばれる女の子は足を壁から伸びる鎖に繋がれていた、それだけじゃない彼女は人間ではなくエルフだった。エルフには以前にいろいろと恩がある、彼女の話をうのみにはできないが、話を聞くだけの価値はあると思った。銀色の髪に青い瞳をした、10歳くらいの可愛い女の子が俺に向かって話しだした。


「私の本当の名はミュステリウム、ミュスと呼んで。村の外れで遊んでいたら人間に攫われた、どうか私を村に帰して欲しいの」

「小鳥とはお前自身のことか、それで俺に何の得がある。聖女を攫うってことは、国を敵にまわすんだぞ」


「しぃー、静かにして今は時間がないの。早く私を背負って壁を降りて、そしてこのスフィーダ国から逃げ出すのよ」

「……随分とよくさえずる小鳥だな」


俺はほんの僅かに迷った、この少女を助けるかどうかを迷ったが、だがエルフにはかなりの恩がある。とても見捨ててはいけはしない、最終的に俺は彼女の言うとおりにした、彼女の足の鎖を引き千切ってベッドの敷布を割き、それを縄替わりにして彼女を背負い固定して高い塔の窓から逃げ出した。そして『隠蔽(ハイド)』の魔法を二重にかけたまま宿屋まで逃げた、宿屋にもこっそりと誰にも見られないように入った。


「レクスさん、おかえりなさい。……ええと、その方はどなたです?」

「うわぁ、すっごく可愛い子」

「はぅ、これはまた絶世の美少女を誘拐とはレクス様、ロリコンに目覚めましたか」

「ろりこん?またよく分からないことを言ってるな、彼女はミュスという。教会に攫われてきたエルフの子だ、元の村に戻してやりたい」


「それではすぐにここを離れましょう、教会の権力は大抵の国では大きいものです」

「分かった、すぐに用意をするよ。ほらっ、ミゼ。急いで」

「私はいつでも準備などいりません、この身一つで大丈夫。……ってファンさんの写し絵は要ります、絶対に要ります!!」

「いつものように都の壁を乗り越えていくぞ」


俺たちは宿屋には前払いで泊まっている、だから何も言わずに宿屋を抜け出した。それから全員で『隠蔽(ハイド)』を二重にかけて姿を消す、都の壁は『浮遊(フロート)』の魔法で乗り越えた。スフィーダ国の都はどこも明るくて賑やかだったが、俺たちが聖女を攫って逃げ出したことを知る者はいなかったはずだ。そして全員で逃げる間、ミュスは俺の背中にいたがとても大人しくしていた。俺たちはこうして何かあると逃げ出すことが多いな、逃げ足だけはとても早くなったと思う。


「ここまで来れば大丈夫、とりあえず追っ手は他を探しているわ」


スフィーダ国の都を逃げ出して街道は通らずに森の中に入った、そこでミュスがいきなりそう言った。彼女の言葉だけでなく、かなりの距離を進んでいたから一休みして交代で短い眠りについた。


ミュスも俺の背中から降りてスヤスヤとよく眠っていた、夜が明けてから分かったのだがこの子は盲目だった、目を開けていても何も見えていないようだった。目が見えないのに何故周りのことが分かるのか不思議だった、ミュス自身は手探りだったが自分のことを自分でしていた。短い休憩をとると、これからのことをミュスに確認するために聞いた。


「お前の村はどこにある、そもそもお前は目が見えているのか」

「私の目は生まれつき見えない、でも代わりに皆の未来がほんの少し見えるの」


「生まれつきの才能か、村の場所も分かるのか」

「村の場所は分からないけど、これからのことは分かるわ。私たちは必ず村に辿り着ける」


「あの勇者になる者の予言も、その未来が分かる力のせいか」

「あれは国に言われたの、何かの力を持った者を探して言えって、……何も言わないと酷いめにあったわ」


ミュスは服の中に隠れている部分を俺たちに見せた、惨いことに二の腕や太ももなどに火傷の痕があった、何か火で熱した物を押し付けたのだろう。ディーレが顔をしかめた後に回復魔法をかけて、ミュスの傷跡を綺麗にしてくれた。それからはミュスの言うとおりに道や森を進んでいった、追っ手がかかっているそうだが、一度も誰にも遭遇しなかった。ミュスの未来が見えるというのも嘘ではなさそうだ、だがそうなら何故彼女は攫われたのだろうと思って聞いてみた。


「自分の未来は見えないの、私が見ているのは貴方たちの未来よ。炊き出しで初めて会った時に、私を助けてくれる貴方たちの未来が見えたの。だからシスターの一人に暗示をかけて、私の予言を伝えた後に彼女にはそのことを忘れてもらったわ」

「お前は人を操ることもできるのか?」


「そんな強い暗示をかけれるのはほんの短い間だけ、それもかなり集中して一人だけよ。だから私だけの力じゃ、攫われた奴隷商人からも逃げられずに教会に売られたし、その教会からも逃げ出せなかったわ」

「便利なようで不便な力だな、まぁ村に帰れたら今度は大人しく村の中で暮らすといい」


俺の言葉にミュスは笑った、それは少し悲し気な笑いだった。俺たちはミュスを連れて、十日ほど森の獣道をすすんでいった、その間にそれぞれミュスと仲良くなった。


「ディーレは良い人間ね、私は今まで悪い人間しか周りにいなかったから、貴方に会えてとっても嬉しいわ」

「そうですか、僕は普通の人間ですよ。ミュスさんこそ、人間の僕に怯えないでくれて嬉しいです」


「ファンも良い子ね、いつか強いドラゴンになれるといいわね」

「えへへへっ、今だって強いけど、僕はまだまだ強くなるよ」


「ミゼ、貴方は凄いわね。周りに適応して生きてきたのね、貴方が元居た場所にいつか帰れますように」

「……ミュスさんに言って貰うと、いつか本当に帰れるような気がしますね。ああ、謎めいた美少女とはなんて尊いのでしょうか」


ミュスは自然に俺たちのパーティに接していた、人間から酷い目にあわされたのにディーレに怯えることも無かった。未来が見えるということはエルフを大人にするのだろうか、十歳くらいにしか見えないのにとても落ち着いていて大人しい少女だった。そうしてある時、俺にはこっそりとこう言った。


「レクス、貴方はね。貴方以外の何者にもなれないわ、でもその孤独に負けたりしないでね」

広告の下にある☆☆☆☆☆から、そっと評価してもらえると嬉しいです。


また、『ブックマーク追加』と『レビュー』も一緒にして頂けると、更に作者は喜んで書き続けます。

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