第十九話 相手にしてやることもない
「見てたわよ、さすがは私が見込んだ男ね!!」
俺はラビリスの街に入るといきなり声をかけてきたアウラというくそ女、そいつに向けている瞳がスッと細くなるのが自分でもわかった。
こいつは何らかの方法で俺達を見ていたのだろうか、だとしたらそれは非常に面倒なことになる。上級魔法の使い手がいると知られれば、運が良ければ貴族や王族からスカウトされるかもしれない。
だが、もしも運が悪かったら?強大な力を持つ存在を、矮小な人間達が放っておくだろうか、いいやそうはしてくれないだろう。
だから、俺としては珍しいことをした。いつもなら完全に無視をする、アウラとかいうくそ女の話に耳を傾けてやったんだ。
「貴方もそんなに私が心配だったのね、これからデビルウルフを退治しに行く私に、さぁ言うことがあるでしょう?その為に、あんなに急いで走ってきたのね!!」
…………やっぱりくそ女は、ただの勘違いくそ女だった。ああ、もう本当に面倒くさい。俺としては本当は一言もコイツと話したくないが、この際だから言っておこう。
「わ、私も待っていたわけじゃないのよ、貴方が来たいと思ってい……た……」
俺は全身に残っている魔力を高める、そして、その獲物の目を見る。コイツは俺の邪魔者だ、敵だ、排除すべき物だ。そんな脆弱で忌々しい獲物を上から見下ろして一言。
そう一つだけ、はっきりと、本当のことを教えてやっただけだ。
「俺は、お前に、何の興味も持っていない」
その瞬間、近くの家の屋根にとまっていた鳥たちが一斉に飛び立った。俺達の周囲にいた人間達の動きが一瞬だけ停止した、周囲に重い圧力がかかったように、空気さえ流れることを止めたように見えた。
「…………あっ、あ、あ、あ、ああ……」
俺の目の前にいる女は初めて俺を見たような顔をした、顔色は真っ青で唇が震えている。いや、体そのものががくがくと震え、手で自身の頬を抱き、今にも気絶しそうな有様だった、遂にその女は足を支える力を失い、その場にぺたりと座りこんだ。
「………………」
俺はその無様な姿を見下ろして、ようやくこの獲物が自分の立場を、自分が喰われる側であると理解できた姿を見た。そして、俺の視線から獲物を外して、その場を離れた。
あれでも理解できないようなら、今度こそ本当に迷宮で事故が起こるだろう。俺が人間を殺したりはしないさ。ただし、何故か迷宮の魔物が、特定の人間に群がり殺してしまうかもしれない。
「…………お見事でございました、レクス様」
「ああ、あれぐらいすれば、馬鹿な人間でもやっと立場がわかったらしい」
生命の危機、相手との力量の差を察する能力は動物や魔物の方がずっと高い。現に俺が迷宮に行くと、意識して魔力を抑えなければ最近では魔物が寄ってこない。
おっと、そこで気がついて俺は自分の魔力を抑えた。周囲の人間達は何か感じるものがあったのだろう、何となく怖いそんな表情で俺のことを見ていた。もしくは、落ち着きがなく周囲を見まわしていた。
「んーん、しかしこれで俺の周囲も静かになることだろう」
「左様でございます、ミゼも嬉しゅうございます」
俺はいつものように軽く笑ってミゼと話し出す、面倒な雑音は処理した。これからやりたいことはまだ幾らでもあるのだ。
「空気銃の試作品を完成させなければ、それにギルドで棒術と武術を教えてくれる人間を見つけたい。俺の動きはあくまでも力任せの無骨なものだ、洗練された戦闘だとは言い難い」
「いっそ、ギルドに依頼として出してみては、ランクを銀以上にすればそこそこの実力を持っている方が見つかるでしょう」
「おお、ミゼがまたまともなことを言いだした。だから、先ほどあんなに凄い大雨が降ったんだな」
「私の価値をレクス様はもっと素直に認めるべきだと思います」
いやいや、俺だってミゼの価値はちゃんと認めている。ただ、残念な部分も多いので相殺されているだけだ。
「まぁ、とりあえず。今日は疲れたから、風呂に入れる高級宿で今から休むぞ」
「お風呂、はぁ~。命の洗濯でございます、楽しみです!!」
それから俺は宣言通り、まだ陽は高かったが風呂付きの高級宿屋で休息をとった。真夜中から夜明けにかけては、もう習慣と化した森での鍛錬に励んだ。
「うおぉ、おっちゃんが教えてくれるのかよ、こりゃ信用できるからいいや」
「これも何かの縁だ、武術は俺。棒術も知り合いの、実績のある奴に頼んでやる」
「レクス様の為に、ありがとうございます。よろしくお願いいたします」
ミゼの言うとおりに冒険者ギルドにランク銀以上、日給で銀貨30枚と依頼を出したら、あの商隊で世話になったおっちゃんがその依頼を受けてくれた。それからは冒険者ギルドの鍛錬場で体術や、棒術を教えてもらうことになった。
「意外だ、おっちゃんの指導が丁寧で、かなり分かりやすい」
「これでも一応は銀だからな、基本の型やあとは実戦的な無駄がないが、型にとらわれすぎない応用くらいは教えてやれる」
おっちゃんは人のいい性格で、本当に指導も丁寧でわかりやすかった。おっちゃんが仕事を受けていない時、そういう条件で教えて貰った。
おかげで人間相手への手加減が上手くなった、やはり素手でないと危険だが、前よりもずっと相手を殺さずに無力化できるようになった。
「力任せに振り回すだけでなく、無駄な動きを省いていくの。そして、常に回避した時もいつでも攻撃に、次の動作に繋げられるように考えなさい」
「回避も攻撃の動作にうつる前の準備ってやつか、確かに今までの俺の動きは雑だった。先生の動きは滑らかで無駄が無い、なるほど、なるほど」
意外なことにおっちゃんが紹介してくれた棒術の先生は女性だった、女性は男性よりも力が弱い。だから、より一層のこと無駄の少ない動きで、力を最大限に生かせるように彼女は動いていた。
大雑把にただ力に任せて殴りつけていた俺とは比較にならない、俺は新しく覚えた『重力』という魔法を使って怪力と速度を抑え、棒術という技術を学んだ。
棒術もいろいろとあって、俺のメイスは狭い場所でも戦えるように身長の半分程度のものだ。しかし、先生が使っていたのは身長よりも長いものだった。おかげで少し使えない技もあったが、そちらも一応は型として覚えておいた。
「平和な日々が一番だな、ミゼ」
「はい、何事もないのが幸せでございます」
そうそうあの勘違いくそ女その二はあれ以来、冒険者ギルドでも見かけなくなった。きっと貴族のお嬢さんの気まぐれだ、単純に飽きたのだろう。俺の雑音は基本的にきかない主義のおかげで、おれの周囲は静かなものである。
「そうそう、魔法銃の開発も一段落ついたしな」
「一応はできましたね、あくまでも一応でございますが」
空気銃は風の魔石を使ってグリップ、銃の手で握る部分の中に魔力を含んだ空気をできるだけ圧縮する。そしてトリガーになる引き金を引き、細いフレームから弾を撃ち出す。これが魔法銃の基本的となる構想となるはずだった。
問題はいろいろとあった、まずは威力をあげる為に大量の空気を圧縮して、それを入れておける器に硬い金属が必要なこと。
他には弾丸自体を何にするかということ、物理的に金属の弾を作っても良かったが、そうすると弾が無くなれば装填という作業が必要になる。また、弾切れが起きる場合もある。
「一つめの金属の問題は、宝物庫にあった金属でとりあえず解決したな」
「あれはミスリルではないでしょうか、加工を依頼するのが大変でしたね」
あの最初のヴァンパイア屋敷には、よく分からないがやたらと硬い金属があった。とにかく、慰謝料代わりにと『魔法の鞄』に放り込んできたかいがあった。
ただ、やたらめったら硬いので魔法銃の加工は冒険者ギルドに依頼して、アンダーグランという鍛冶が盛んな街に注文して作って貰った。
「弾はこめる魔力を変えることで、いろんな弾が撃てるようになったな」
「氷、石、それに魔力のこもった炎弾、風の弾もなかなかのものです」
俺が魔力をこめて魔法銃を持つことで、魔力そのものを圧縮することができる。氷、岩、炎、風、どれも魔力は純粋な力の塊だ、それが獲物に命中すると同時に、各属性に合わせてはじける。
氷ならば内蔵から凍り付いてしまう、炎ならば焼ける、岩ははじける、風は体内で竜巻を起こすようなものだ。
「ははははっ、これにて魔法銃の完成品1号だ。名前はそうだな、古い言葉で吸血鬼という意味、ラミアにしよう!!」
「草食系ヴァンパイアであるレクス様が、吸血鬼を使われるわけですね。あれれ、高位ヴァンパイアは中位や下位のヴァンパイアを使うのですから、た、正しい?」
これが俺達が開発した、ミゼ曰く旧空気銃もどきである。もはやただ空気を圧縮するのではなく、純粋な魔力の塊を圧縮しているのだ。
ミゼが知っている空気銃とは威力が比べものにならないくらい強い、実際に弾を空気で押し出しているわけじゃない、魔力という純粋な力の塊で押し出している。
この魔法銃の中には、俺が今持っている中で一番に良質なアルラウネの魔石が使われている。この魔石をさらに暴発した時の為に、硬い金属の器で保護。そして、魔石にこめる魔力によって、様々な種類の弾丸を同じ金属のフレームから撃ち出す。
こうして、魔法銃ラミアは完成した。いやまだこれ1号だし、これからもっと改造するかもしれない。ミゼは両手に銃を、二丁拳銃は男のロマンとか一部暴走していたが、せめて片手が使えないとメイスが持てないだろうが!!
俺の戦闘スタイルはメイスという近距離戦闘、武術・棒術とラミアという銃の近・中距離戦闘。そして、魔法という遠距離戦闘術で落ち着いたのである。
「ただ、ラミアにはどの程度まで、魔力をこめれるのか分からん。……不安だ」
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