第百八十七話 迷ってしまったら助からない
「ねぇ、知ってる。フメット国から勇者が消えてしまったんだって」
「ドラゴンも敵わないような勇者だったとか」
「剣の達人だったらしわ」
「魔法も使えたって聞いたよ」
「フメット国では大騒ぎなんだって」
「またか、あの国は落ち着きがないな」
「何度負けてもこりないのさ」
「また戦争かよ、止めて欲しいぜ」
俺たちはグラウェル国で勇者の噂を聞いた、あれから勇者も姿を消したらしい。俺たちのことは噂話にもなってないから無関係と判断されたのか、それとも下の悪魔族にまで伝わっていないかのどちらかだ。
でも、今はそれよりも重要な問題がある。それは俺たちの身分証だ、フメット国を逃げ出してきたわけだから、今まで使っていた行商人の身分証を使うのには不安があった。グラウェル国の今いる街、ダホートの街には通行料を二倍払って入ったのだ、この方法は使える街や都に限りがある。何とかしてこの街にいる間に、新しい仕事を見つけなければならなかった。
「新しい仕事だがどうする、冒険者はちょっと無理があるよな」
「ええ、そうですね。冒険者はレクスさんが白金の冒険者になってますから、二重登録がバレやすいと思います」
「そうすると傭兵、それともまた行商人」
「ファンさん、お仕置きが長くありませんか。うわーん、レクス様の膝枕なんて拷問ですぅぅ」
「やっぱり傭兵か、行商人がいいところか」
「行商人でフメット国に入りましたから、傭兵にした方がいいかもしれませんね」
「僕はどっちでもいいけど、ミゼ。まだお仕置きは続くんだから、次はディーレの膝を借りなさい」
「ああ、なんということでしょう。ディーレさんはお優しいですが、やっぱり男性ですから太ももが硬いですぅぅ」
「しかし、一度傭兵にはなっているからな。二重登録がバレなければいいが」
「傭兵ギルドに行ってみないと分かりませんね」
「よし、それじゃ。行ってみようよ、次はレクスがミゼを抱っこしてね」
「ひいぃぃぃ、レクス様。出会った頃は女の子ように可愛らしかったのに、もうすっかり男性です。ああ、私の癒しのファンさんが厳しくて泣けてきますぅぅ」
ミゼはフメット国で迂闊な行動をとったお仕置きをして、俺とディーレに世話されるという謎のお仕置きを受けていた。女の子が大好きなミゼにとっては地獄の苦しみであるらしい、ファンはきっちりとこのお仕置きを受けさせる気らしく一切妥協しなかった。女の子は怒らせると怖いのだ、総じて女性は怒らせるものじゃないようだ、俺もフェリシアを怒らせない様に気を付けよう。
俺たちはそれからダホートの街の傭兵ギルドに行ったが何の心配もいらなかった、また力に対する審査があっただけで簡単に傭兵になれた。
「こんなに簡単に傭兵とはなれるものなのか」
「ああ、新人さんには不思議ですか。実績のない傭兵なら誰でもなれますよ」
「どうしてそうなんだ」
「傭兵なんて脛に疵があるような方がいっぱいいますからね、明確な犯罪歴さえなければいいんです」
「……なるほど、分かった」
「実績のない傭兵には依頼がなかなかきませんから、早く実績を積むことをおすすめします」
悪魔族の角と翼がある傭兵ギルドの受付の女はそう言った、俺たちはフメット国を逃げ出したが勇者の失踪とは無関係とされているようだ、そうでなかったら身分証が作れなかっただろう。とりあえずは安心した、これで一応は身分証が手に入ったからだ。そうして傭兵ギルドを出て行こうとしたところだった、隣の受付にいた赤い髪と金色の瞳をした少年に気づいた。同じように新人かと思ったら、その顔には見覚えがあったのだ。
「お前はゆう……」
「しー!!しー!!しー!!わぁ、久しぶりだね。皆、変わったなぁ。あっちで酒でも飲もう!!」
「おっ、おい!?」
「オレはセイヴィヤだぜ、忘れちまったのかよ。戦友!!」
俺たちが見つけたのはフメット国で勇者と呼ばれていたセイヴィという少年だった、少し赤い髪を短く切り過ぎていて瞳が金色になっているが間違いない。受付嬢たちは面倒ごとはごめんなのか何も言ってこなかった、俺は勇者だったはずのセイヴィに背中を押されて酒場の方に連れていかれた。仲間たちも不思議そうな顔をしながらついてきた、傭兵ギルドの隣は酒場だった。まだ昼間だったが他にも傭兵らしき奴らが数人いた、店主に俺は酒をディーレとファンにはジュースを頼んだ。勇者だったはずの今はセイヴィヤと名乗る少年は麦酒を注文していた、まだ15歳くらいの成人して間もないくらいの少年だった。
「いいか、これから話すことは他言無用だからな」
「分かった、それでいい。一体お前はどこの誰なんだ?」
「オレは本当はセイヴィヤというただの悪魔族だよ」
「そのただの悪魔族が何故、人間の国でその、ゆう……」
「それは言うな、こっちから話すよ。なんでアレをやっていたかは成り行きで偶然だ、本当はそんなつもりは無かった」
「よく分からないから詳しく話せ」
それからセイヴィヤの話を聞くとこうだった、元々はセイヴィヤは見た目が人間に近くて、仲間から出来損ないと呼ばれる悪魔族だった。それで人間に似てるならその世界に行ってみようと隣国へ行ってみた、人間として冒険者になり剣で戦っているとどんどん強くなりランクも上がっていった。そしてとある貴族から息子にならないかと言われ、てっきり冗談だと思って引き受けた。それからも冒険が面白くて続けたが何故か人間の信望者が増えていった、しまいには勇者と呼ばれるようになってしまい王女にも会った。そうしたら王女ピシアに気に入られてしまったが、故郷のグラウェル国と戦争をするつもりだと聞いて怖くなった。
「最初は何言ってんだって思ったね、オレが一人強くっても戦争なんて勝てっこない」
「まぁ、そうだな。だが、人間は信じるもの為なら時に恐ろしいくらい強くなるからな」
「そうだよ、でもオレは神様じゃない。もちろん、勇者でもない」
「それで逃げ出したのか」
「まぁな、馬鹿だなって笑うなら笑えよ。止めたかったけど、もう止められなかったんだ」
「どうやって逃げ出した、勇者なら周囲に人が多くいただろう」
「人払いをして外壁を伝って逃げた、人間よりも俺は少しだけ強いんだ」
「フメット国はお前を探しまわっているぞ」
「まさかグラウェル国までは探しに来ないさ、なんせ敵国だからな。オレの話はおーしまいっと!!」
「おいっ!?飲み過ぎだ!!」
セイヴィヤという少年は小声で他の悪魔族には分からないように話していたが、最後まで話すまでに相当な酒を一気に飲んでいた。話し終わると机に突っ伏して寝てしまったくらいだ、放っておいてもいいのだが、成人したてくらいの少年を放置しておくのも気にかかる。どうしたものかと迷っていたら、いきなりミゼが悲鳴をあげた。
「レクス様、この方!!ほとんど息をしていません!!」
「何っ!?」
「ええ!!それはいけません!!」
「なんで!?」
俺たちは慌てて少年を起こそうとしたがミゼにそれを止められた、それからまたミゼは俺には分からないことを言いだした。
「急性アルコール中毒かもしれません、横向きに寝かせて衣服を緩めてください!!それから体を暖かくするために毛布でもかけてあげて、ええとあとは無理に吐かせてはいけません、救急車って無いわそんなもん!!ディーレさん回復魔法をかけてあげてください、それからこの世界のお医者さんを!!意識がしっかりと戻って、飲めるようなら水を飲ませてください!!」
「分かった、とりあえず横に寝かせる、店主!!悪いが床を借りるぞ!!」
「回復魔法を『大治癒!!』それに内臓を活性化させる『活性!!』」
「毛布って持ってないよ、ああ。レクス、上着を貸して!!それから僕、傭兵ギルドでお医者さんを呼んでくる!!」
俺たちは意識がもうろうとしているセイヴィヤをとりあえず横に寝かせた、その振動のせいか酒を吐き出したので、そのまま喉につまらせないように横に寝かせる姿勢を保った。体が冷えてきているから、俺の上着を脱いで着せておいた。セイヴィヤの衣服を緩めた後にディーレが回復魔法を使ってくれて、それでどうにか呼吸は正常に戻りだした。その頃にはファンが呼んできた医者も来たが、医者にできることは既にディーレが魔法でやってしまっていた。医者はあとは酒を飲んだ本人の体力しだいだと適当なことを言いやがった、元々魔法が発達しているから医者はあまり役に立たないのだ。
「……なぁに?……オレ、どう……した……の……」
「水だ、飲めるか?」
「うん、飲めるけど、……げほっ、けほっ」
「無理ならまだ飲むな、吐けそうなら全部吐き出すんだ」
しばらくするとセイヴィヤの意識が戻ってきたので、水を横向きのままで飲ませた。また酒と水を吐き出したりしたが、酒の嘔吐を繰り返すと意識もだんだんはっきりしてきた。やがて水をしっかりと飲めるようになり、飲む水の量が増えると呼吸も落ち着いてきた。酒場は吐しゃ物で酷い状態になったためにもう閉店になっていた。数時間後に意識がはっきり戻ったセイヴィヤをとりあえず引き取ると、迷惑をかけたお詫びに金貨5枚を店主に払った。それで店主は怒らずに済ませてくれた、さてこの少年を一体どうしたものだろうか。とりあえずは俺たちの泊まっている宿屋に連れてきた、少年はまだ辛そうにしていて頭を押さえて言った。
「親父に連絡してもいいよ、オレは死刑になるかもしれないけど」
急性アルコール中毒は怖いので気をつけましょう、お話の中の応急処置はあくまでもお話の中のことですので注意してください。どうしたらいいか迷ったら救急車をすぐに呼んで、電話で指示されることに従ってください。お話の中の医者の言っていることはあくまでも作り話です。
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