第百八十六話 勇者の代わりはどこにもいない
「新しい従者たちよ、この勇者セイヴィと共に魔王を倒そうではないか」
「いや、申し訳ないが俺たちは旅の途中だから断る」
「その旅の終着点はここだ、君たちは選ばれた戦士になるのだ」
「そんな大層なものになる気はない、ただ解放して欲しい」
「遠慮することはない、ピシアが認めたということは相当な素質があるということだ」
「素質があろうとなかろうと、俺たちは魔王退治などする気はないんだ」
「なんて遠慮深い戦士たちだろう、今までの者とは違うようだ。君たちの活躍を待っている」
「えっ!?おい、お前は人の話を聞いているのか!?」
一方的に自分の要求だけを言って、勇者セイヴィはまた部屋を出ていった。いくらもしないうちにメイドさんが何事も無かったように来て、厨房の準備ができましたとだけ言われた。勇者セイヴィの話の通じなさには参ったが、しばらくここにいることになりそうだ。俺たちは厨房を使わせてもらうことにした、厨房だけじゃなくそこにある肉や野菜なども好きなだけ使っていいと言われた。
それなら好きなだけ使わせてもらうことにする、皆で肉を焼いたり野菜を刻んだりして寸胴鍋いっぱいのスープと大皿3枚に山盛りのステーキを作った。見ていたメイドやコックはぽかんと口を開けていたが、俺たちの日常ではこのくらいの食事がファンには必要だ。部屋に戻って『無音境界』の結界をはってからまた一息ついた。
「ファン、遠慮せずにどんどん食べろよ。どうせ金を払うのは俺たちじゃない」
「はい、成長期にはしっかりと食べないと背が伸びませんよ」
「そうなの、ちっちゃいのも便利だけど。大きくなりたいから、食べたいだけ食べるね」
「さてこれからだが、またデビルベアみたいなのと戦わせる気かな」
「あれが試験といった感じでしたね、でもあの試験を通れるのはかなりの手練れた方だけです」
「新人の冒険者なら死んじゃうよ、もぐもぐ。僕だって一人だったらデビルベア3体は面倒だな、はぐはぐ」
「なるべく無能なふりをしたいが、ああいう試され方だと逃げようがないな」
「ミゼさんを助けて早めにここを出た方が良さそうです」
「あーもう本当にミゼの女の子好きは厄介なんだから、ごくんごくん。後でそれだけお仕置きしてあげるんだから、ごくんっ、ぷっはー。ごちそうさま」
その日はそれで休むことをにした、豪華な部屋には風呂までついていたので交代で使って、見張りをたてて休んだ。それから翌日のことだった、朝食に凄く沢山の料理が運ばれてきた。昨日作ったのと同じくらいあったから、『解毒』をかけて遠慮なく皆で食べた。それからまた闘技場に移動させられた、今度の相手は一人だった。
「では私がお相手を務めます、賢者クレアールと申します」
賢者クレアールは肩くらいまでの黒髪に紫の瞳をした男だった、ぺこりと優雅に一礼したと思ったらいきなり魔法を使ってきた。
「『抱かれよ煉獄の火炎』」
賢者とか言って馬鹿じゃないのかこの魔法使い様は、上級魔法の炎でこっちを焼き尽くすつもりだろうか。殺されるわけにも勇者の従者に選ばれるわけにもいかないので、咄嗟に三人とも中級の防御魔法を使った。
「『重なりし小盾!!』」
「『聖なる守り!!』」
「『強き結界!!』」
賢者様の上級魔法を受けても三人の中級魔法で三重の結界なら大丈夫だった、賢者は闘技場を焼き尽くす炎の向こう側から冷静にその様子を見ているようだった。なんて物騒な国なんだろうか、勇者の従者を選ぶにしてもやり方が無茶苦茶過ぎる。しばらくすると炎は収まったが、今度は別の上級魔法をかけられた。同じく三重の結界で俺たちはそれに耐える、そんなやりとりが数回続いて賢者はこう言った。
「これくらいできるなら合格でしょう、勇者様の代わりをしっかり務めなさい」
その言葉に反論しようとしたが、賢者との間に騎士たちが出てきて割り込んだ。闘技場は炎などの魔法で壊れかかっていたが、別の魔法使いが土魔法で修復を始めた。俺たちはまたあの屋敷に戻されることになった、部屋がさらに豪華になったがどうでもいいことだ。俺は仲間たちに話して、ミゼと連絡をとってみることにした。『従う魔への供する感覚』を使ってみる。
『ミゼ、お前は一体どこにいる』
『あっ!?レクス様こそどちらにいらっしゃるのですか』
『お前のおかげで王宮の外れにある屋敷にいる』
『こちらでは聖女ピシア様が大喜びですよ、勇者にふさわしい者がやっと見つかりそうだって』
『ミゼ、貴様。俺たちを勇者の従者にするつもりじゃないだろうな』
『うひょおおおおおぉぉぉうぅぅぅ、まさかそんな。でもちょっと憧れてしまうような、って嘘です。私にはそんなつもりは毛頭ごさいません!!』
『それじゃ、どうして俺たちは断っているのに勇者の従者にされそうなんだ』
『はい、それはピシア王女と勇者セイヴィ様のとの結婚がかかっているからです』
『……詳しく話せ』
『はい、実は――』
俺はまた部屋に『無音境界』の結界をはった、そうして仲間に現状を伝えていく。
元々は勇者セイヴィが現れたことから始まった、地方の貴族の息子だそうだが異常に剣が上手く皆をまとめる力が強かった。そうしていつしか勇者と呼ばれるようになり、隣国へのグラウェル国への戦争に利用するされることになった。ところが国王の一人娘の王女ピシアが勇者セイヴィに惚れてしまった、だから隣国への戦争に行かせるのに反対した。国王としても一人娘の願いを聞いてやりたいが、既に民衆は勇者が戦場に行くことを望んでいる。だからピシアの命令で強い者を集めることになった、その途中で俺たちに目が止まったということらしい。
ピシアは勇者であるセイヴィには言っていないが集めた者たちを勇者の身代わりにして、勇者のふりをさせて戦争に行かせるつもりらしかった、手加減を知らない彼女のせいで審査も異常なほどに厳しいものになったのだ。
「つまりこのままここに居ると戦争に巻き込まれる、もうミゼを助けて脱出した方が良い」
「それでは今晩にでも逃げ出しましょう」
「了解、まったくもう手間をかけさせてくれるんだから。ミゼったら!!」
今日の夜の脱出に備えてそれぞれが仮眠をとった、俺は城の詳しい構造をミゼから聞いておいた。そうして皆が寝静まった夜になると屋敷から三人で抜け出した、『隠蔽』を三重にかけているから見つかる心配はほとんどないはずだった。そうして城のはずれでディーレとファンには待機していてもらい、俺だけが城に忍び込んだ。草食系ヴァンパイアの常識外れの力を使えば城の壁くらい登っていけるし、人が囁くよりも静かに動くことも簡単だった。王女の部屋だけあって中には見張りが沢山いたが、外の外壁は誰も見張っていなかった。外側から窓をそっと開けて、部屋の中に忍び込んだ。
「ごろにゃあん」
すぐにミゼは見つかった、俺はミゼの首根っこを摑まえると布で体に巻き付けた。そうして登って来た時と同じように城の外壁を降りていった、外壁を降り切った時のことだった。突然、城の中が煩くなった、面倒ごとはごめんだと思って城のはずれの合流地点まで急いで走っていった。
「ディーレ、ファン。遅くなったが馬鹿は回収してきた」
「ああ、良かった。神よ、貴方の光の輝きで、僕たちの道を照らしてください」
「ミゼったら、後でお仕置きだからね!!」
「そんなファンさん、私だってあんな年増よりファンさんの方が可愛いし優しくて良かったです」
それからは簡単なはずだった、城壁を『浮遊』で乗り越えようとした。おかしい何かに妨害されて魔法が使えない、仕方がないので俺がディーレを背負って、ファンがミゼを布で体に巻き付けて城壁を登っていった。降りていくのも同じようにして出来た、しかし一体なにが城で起こったというのだろうか。面倒だから関わり合いになりたくなかった、俺たちはフメットの都の壁も乗り越えてこの国から逃げ出した、行先はグラウェル国にした。敵国ならまず追っ手もこないはずだからだ、行商人の身分もここまでだった、グラウェル国でまた何か仕事を探さなくてはならない。旅に戻った俺たちはフメット国の噂をグラウェル国に入ってから聞いた。
「ねぇ、知ってる。フメット国から勇者が消えてしまったんだって」
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