第百八十五話 思わぬ試験は難しい
「ふふふっ、この可愛い黒猫さんの飼い主は貴方かしら」
「ごろにゃあん」
聖女の言葉にミゼが普通の猫のふりをしながら答える、普通の猫のふりをしているということは俺たちの情報は何も話していないわけだ。だから、俺は素知らぬふりをしてミゼを受け取ろうとした。だが聖女である女は意味深に笑うばかりでミゼを渡してくれなかった、青い瞳と同じ色の長い巻き毛の女のそこそこの美人だった。この馬鹿な従魔であるミゼの好みは幅広い、幼女から美女まで綺麗だという一点で女好きなのだろう。
「ああ、昨日からいなくなって探していたんだ。保護してくれて助かる」
「あらあら、まだよ。私はピシア・フメットと申します。神のお導きに感謝を、新しき勇者の従者たちよ」
ピシア・フメットということはこの国の王族の関係者だ、これはまた面倒そうなことになった。それに新しき勇者の従者たちと言われているのが非常に嫌だ、これこそ面倒ごとになるぞと頭のどこかで他人事のように感じている。何も知らないふりもできそうにないから、少しだけ譲歩して相手の様子を見ることにする。
「ピシア姫、寛大なお心で従魔を助けていただいて感謝する。どうかその黒猫を渡していただけませんか」
「それがそうはいかないのですよ、私の受けた予言によるとこの子の周囲には、勇者さまの助けになる方々がいるということです」
「……俺たちはそうは思えないが、ただの行商人なんだ」
「とにかく、一度お城に来てもらいます。ふふふっ、皆さん。ご案内をよろしくお願いします」
聖女ピシアの後ろには屈強な騎士たちが何人もついてきていた、おそらくは宿屋の裏口も塞がれていることだろう。本格的に面倒なことになった、ミゼの奴め後で許さん。俺たちはなす術もなく、王城へと連れていかれることになった。屋根付きのわりと質素な馬車に乗せられた、ピシアとミゼは別の馬車に乗せられている。俺は馬車の中で誰かに聞かれていることを前提で仲間たちと会話をした。
「王城といえば王族や貴族のいるところだ、何もせずにすぐに間違いだったということで帰してもらおう」
「はい、分かりました。はぁ、そういった場所には慣れません。『貧民街』の方がいいくらいです」
「えっと、身分が問題なんだよね。なるべく大人しくしてようっと」
王城に着いたのはもう夜だった、城の片隅にある屋敷を貸して貰えることになった。行ってみるといろんな人間が集められていた、新しい聖者や騎士の候補たちだろうか。そう思って話しかけてみようとすると無視された、あまり仲はよくないようだな。与えられた部屋に案内されて、やっと一息つけることになった。
「『無音境界』はぁ、これで自由に話せるぞ」
「はい、疲れました。ここではどう過ごせばよいのでしょうか」
「凄く面倒くさそうだな、ミゼったら後で絶対にお仕置きなんだから」
「とにかく三人とも上級魔法の使い手だということは隠そう、バレたらこの国で一生を終えることになるかもしれない」
「はい、分かりましたが、僕の場合は少し難しいです」
「ディーレは優しいからね、誰か死にそうな人がいたら助けちゃう」
「王城だから魔法使いも最上級の奴がいるだろう、そいつらに治療は任せたほうがいい。って言ってもいざとなるとお前は助けてしまうよな、そうなったら指名手配を覚悟で逃げるだけだ。そうなった時は気にするな」
「はい、すみません。僕は死にそうな人がいたら放っておけないと思います」
「そこがディーレの良いところだもん、えへへへっ。本当に気にしたら駄目だよ」
「ディーレは魔法銃も隠していたほうがいい、『無限空間収納』にいざという時の為に入れておけ」
「はい、ライト&ダークと離れるのは不安ですが、この魔法銃は珍しい物ですからね」
「僕もホワイト&ブラックを『無限空間収納』に入れとこう」
そこまで話したところで夕食が運ばれてきた、王宮だけあってスープやパン、豊富な野菜に肉料理と全部質がいいものだった。だが、俺たちはこの食事では満足できない。とりあえず俺はスープと水だけで良かったからファンに他の物は譲った、ディーレは普通に食べていたが皆が口をつける前に『解毒』をかけてくれた。ファンは食事をしたが食べたりなそうだったので、保存食にしてある干し肉やプディングなどを『魔法の鞄』から出して食べていた。『魔法の鞄』には結構な食品を入れてあるが、料理が必要な物が多いから何日も滞在するなら厨房を貸してもらう必要があった。それから三人で交代で眠りに入った、王宮なんて下手をしたら森にいるよりも危険だった。
翌朝も部屋に朝食が運ばれてきて、昨日の夕食と同じように分け合って食べた。味はいいのだが場所が場所なので落ち着いて味わえないのが残念だ、それから闘技場のような大きな広場に全員が呼びだされた。呼び出された俺たち三人は何が起こってもいいようにしていた、そうしたらデビルベアが闘技場の中に解き放たれた。なんと三頭もいる、フメット国とは物騒な国だな。一応逃げようとしてみたが闘技場の入り口は既に閉じられていた、俺とファンはディーレを庇うような恰好になった。
「ディーレは回復と防御に専念しろ、ファンはディーレを守れ。こいつらは俺が相手をする!!」
「はい、『聖なる守り!!』」
「いいよ、任せて!!『衰弱!!』」
俺はデビルベアの最初の一頭に向かっていった、こんな状況になったら何もしないというわけにもいかない。デビルベアはまだあまり攻撃的でないのが救いだった、そしてファンの『衰弱』が効いて油断しているうちに片づけることにする、まずは一頭目を素早く確実に魔法で仕留める。
「『火炎槍!!』」
俺の放った魔法は攻撃しようと立ち上がっていたデビルベアの心臓を射抜いた、一頭目はそれで倒れたが二頭目はこちらに全力で走り襲いかかってきた、こうなると狙えるのは頭だがデビルベアの脳は小さくて当てずらい。ひとまずはその猛攻をかわして、そのすれ違いざまにフレイルで足を叩き折った。脚さえ潰せば後は怖いのはその強靭な両腕の爪と口の牙だ、だが俺は近寄ることをせずに魔法でデビルベアを焼き払った。
「『火炎嵐!!』」
うぎゃおがああぁぁぁぁっぁぁあぁぁ!!
そして炎に驚いて立ち上がった瞬間にすぐに次の魔法を唱える、狙いはやはり心臓だ。デビルベアが何とか炎を消そうをあがいている中で、真っすぐに心臓を狙って攻撃する。
「『火炎槍!!』」
これで二頭目も倒れた、次はディーレ達を襲っている三頭目だ。ディーレの結界でファンも守られていた、時々は結界からかぎ爪だけ出してふるっている。三頭目はそれで片目がやられいて手負いだった、やみくもにディーレたちに攻撃をふるっていた。そんな三頭目を後ろから軽くフレイルで殴ってやる、そうしてからすぐに距離をとった。三頭目は片目はファンにやられていたが、それで俺のほうに向かってきた。これで攻撃がしやすい、俺を倒そうと立ち上がった瞬間に魔法を放つ。
「『火炎槍!!』」
今度も炎の槍は見事にデビルベアの心臓を射抜いた、生き物の内臓の位置さえ知っていれば狙うのは難しいことじゃない。こうして三頭のデビルベアを倒した、俺は仲間のところへ行って無事を確認する。
「大丈夫か!?」
「はい、助かりました。レクスさん」
「全然平気だよ、えへへへっ」
ディーレの結界のおかげで二人とも傷一つなかった、それは良かったがここはなんて乱暴な国なんだろうか。勇者の従者を探す為だけにデビルベアの相手をさせるとは、普通の冒険者だったらこれで死んでいてもおかしくない。そう思って少しだけ怒っていると、やがて闘技場の扉が開いて人間が入ってきた。
「怪我はないか?」
「あんたらの大歓迎のおかげで怪我一つ無い」
「はい、大丈夫です」
「平気だよ」
医者らしき者に嫌味を言ってやったが、信じられないとだけ返された。デビルベアを片付けていく兵士たちとも目があったが、同じように信じられないという顔をしていた。このくらい腕の良い冒険者や傭兵ならできるだろう、何がそんなに不思議なのかが分からなかった。そしてあの青い瞳と同じ色の長い巻き毛の女、聖女ピシアがまたミゼを抱いてやってきた。
「ふふふっ、勇者さまの新しい従者が強い者たちで安心したわ」
「悪いが俺たちはその従者になる気がない、もうその黒猫を返して解放してくれないか」
「あらぁ、勇者さまの従者になったら、金も女も手に入り放題よ」
「意外と俗物なんだな、どちらも要らないから解放してくれ」
「むうぅ、駄目」
「おいっ!?」
聖女ピシアはまたミゼを抱いたまま騎士たちに守られてどこかにいってしまった、俺たちはまたあの屋敷に帰されたが部屋が一層豪華な物に変わっていた。くそっ、ミゼのことがなければこんな場所には関わりたくないのに。それからしばらく経つと昼食が運ばれてきた、この際だ言いたいことは言っておくことにする。
「悪いが厨房を使わせて貰いたい、これだけの食事じゃとても足りない」
「さようでございますか、少々お待ちくださいませ」
料理を運んできたメイドはそう言って部屋を出ていった、その間にディーレに『解毒』をかけてもらい出された食事をしておいた。そしてしばらく経ったが次に入ってきたのはメイドではなかった、燃えるような赤い髪と茶色の瞳をした少年でこう言った。
「新しい従者たちよ、この勇者セイヴィと共に魔王を倒そうではないか」
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