第百八十四話 募集されても応募しない
「聖者を名乗る者よ、勇者の御前にはせ参じるように」
聖女を名乗る女の声が追いかけてきたが、俺たちは無視して飯屋の裏口からこっそりと抜け出した。聖者を名乗る者とはディーレのことだろうか、ミゼの奴そこまで俺たちの情報を流してたら許さん。だが、それは杞憂だったようだ、勇者たちは俺たちを追いかけてはこなかった。別の道で群衆に紛れていたら、聖女が群衆に向かって同じことを言っていた。聖者とやらを探しているらしい、他のことも言っていた。
「勇者を守らんとする、騎士よ。今こそ、立ち上がれ」
勇者に聖女、それに魔法使いの賢者に聖者。ややバランスが後衛に偏った編成だ、それを埋めるための騎士を募集しているということなのだろう。俺たちはほっとして一度宿屋に戻った、ミゼの奴はずっと豪華な馬車で聖女に甘えていたが、あいつ俺の従魔だということを忘れ去ってないか。
ほっとした分、腹がたってきたので皆で迷宮に行くことにした、迷宮でモンスターに八つ当たりしたい気分だった。だから迷宮に行って深い階層に潜っていった、いつもどおりにジャイアントの群れに出くわしたので戦うことにした。
「ディーレ、ファン。いつもどおりに、見張りがいないから気をつけろ!!」
「はい、ここまでは勇者さんも追いかけてきませんね」
「ディーレ、大丈夫だよ。……後でミゼはお仕置きしておいてあげる」
ディーレはさっき勇者一行に聖者候補に選ばれたと思ったのか、ちょっと落ち着きがなかった。そんなときでも精密射撃は外さない、むしろ射撃もしながらミゼの代わりに見張りになってくれた。ファンは素直にミゼに対して怒っていた、もしも、ミゼがこれでディーレの情報を他に流していたらお仕置きどころでは済みそうにない。もちろん、俺もそうなったら遠慮なく怒る、回復の上級魔法の使い手という情報は気軽に話していいものじゃない。ディーレの自由は下手をしたら、国家に囚われてなくなってしまう。おっと今は目の前のジャイアントに集中だ。
いつもどおりにジャイアントの足を潰してまわるのは俺だ、フレイルという武器を使っているがこれがなかなか使い辛い、できればメイスに戻したいくらいだった。遠心力を利用すればいい一撃がでるのだが、そうできるように練習はしているがメイスほど簡単にはいかなかった。それでもフレイルでぶん殴ればジャイアントの足のくらいなら、上手くいけば圧し折れるか骨に罅を入れるくらいは簡単だ。そうして俺が蹲らせたジャイアントをファンが素早く、その両手に捕まらない様に首を狩っていった。ファンの両手の爪はドラゴンの時の延長したものだから、ジャイアントの首くらいなら簡単に狩れてしまうのだ。そうやって、十体近いのジャイアントを始末した。
「それじゃ、今日も僕が見張りね」
「おう、頼んだぞ」
「はい、手早く剥ぎ取りますね」
昨日と同じようにディーレと俺とでジャイアントの魔石や皮を剥ぎ取っていく、ファンはその間の見張りというわけだ。剥ぎ取った魔石や皮はとりあえず、『魔法の鞄』に入れておく、今は金に困っていないからいざとなったら売ればいい。それから俺は見張りをファンと代わった、ファンにちょっと食事をさせてやるためだ。
「ファン、俺が見張っておくからドラゴンに戻って食事していいぞ。『隠蔽』」
「そういえばファンさん、しばらくドラゴンでは食事されていませんでした。『隠蔽』」
「やったぁ、うん。世界の力が結構使えるようになってきたから食事の量が減ったの」
ファンはさっそくドラゴンに戻ってジャイアントの柔らかそうな肉にだけ噛みついていた、ファンはまだまだ成長期だ、沢山良い食事をさせてやりたいがモンスターはしばらく食べさせてやれなかった。『隠蔽』でその姿を二重に隠したから、万が一に他の人間に見つかってもドラゴンだとは分からないだろう。
世界の力のことを俺はまた見張りをしながら考える、どうして使えなくなってしまったのだろうか。俺の体の成長に合わせているそうだが、それなら体が次の段階に成長するまで待つしかない。今でも宿屋などで世界の力を貰う修行は欠かさない、そうしないとあの感覚を忘れてしまいそうだからだ。ふとそこでミゼのことを思い出したので連絡をとってみる。
「ディーレ、少しミゼと連絡をとってみる。見張りは一人で大丈夫か」
「はい、この階層までくる方は少ないですし、大丈夫だと思います」
俺はディーレに見張りを頼んで、『従う魔への供する感覚』でミゼに連絡をとってみた。
『異常なし』
『聖女と同じ馬車に乗っておいてどこが異常なしだ、この馬鹿たれ!!』
『うひょおおおおおぉぉぉうぅぅぅ、レクス様。どこかで似たような黒猫を見間違えたのではないでしょうか』
『もう一度言うぞ、馬鹿かお前は!!この魔法は感覚を共有するからお前の焦っている感覚も筒抜けだ』
『えっと、それは、えへへへっ、ごめんなさいでごさいます。』
『あんまり反省してない感情も伝わってくるぞ』
『反省しております、でも聖女さまのお膝の上も素晴らしい居心地でして』
『余計なことを話していたら、俺のパーティにお前の居場所はもうないからな』
『えっ、あの、レクス様ぁ!?』
そこで俺はミゼへの通信を切った、このくらいは脅しておかないと、あのお調子者は何をするか分からない。ファンの食事も終わったようなので迷宮をでることにする、そのまえに血まみれになったファンを洗って乾かした。
「『水』に『乾燥』、それじゃ昼飯を食べに行くか。まだ食べれるか」
「えへへへっ、全然大丈夫だよ。人間で食べるぶんは別腹だもんね」
「そうなのですか、ドラゴンさんは便利ですね」
昨日と同じように飯屋に向かう、せっかくだから別の飯屋で違う料理を頼んだ。やがて、料理が運ばれてきて皆で話しながら食べることにする。
「ミゼのやつはちょっとばかり叱っておいた、まぁしばらくすれば戻ってくるだろう」
「そうですか、分かりました」
「そっかあ、ミゼも早く帰ってくるといいのにね」
「帰ってくるさ、ファンのことが大好きだからな」
「えへへへっ、そうかな」
「そうですよ、では食膳の祈りを。神よ、貴方の慈しみに感謝してこの食事を頂きます、ここに用意されたものを祝福し僕たちの心と体を支える糧として下さい」
ディーレが今しているのは普通の冒険者の格好だが、祈りの言葉を口にするのは変わりがない。なるべく人に聞かれないか、このような込み合っていて誰も気にしない時に神への祈りを捧げている。俺たちはそれを有難く聞きながら食事にした。都だけあってスープ料理が豊富で嬉しい、今日はミネストローネというトマトなどの野菜がとろとろに煮込まれているスープにしてみた、それに柑橘系の爽やかなジュースが美味しかった。食事を楽しみながら、午後の時間の過ごし方を相談する。
「午後はどうする、また演劇を見るか」
「そうですね、それも良いですが僕はこの国の『貧民街』も見てみたいと思います」
「あっ、それじゃ。僕がディーレについていって護衛してあげる」
「『貧民街』はどこも治安が悪いから気をつけてな」
「はい、『貧民街』の顔役の方が良い方だとよろしいのですが」
「『貧民街』の代表者ってわけだね」
『貧民街』も無法地帯のようで、彼らなりの法というかルールがある。顔役とはそのルールを守るように皆を取り仕切る代表者のようなものだ、どこに行っても『貧民街』にはそんな人間が必ずいた。慈善家であることもあったし、逆に奴隷商人のような奴もいた。ディーレも『貧民街』には慣れていると思うから、深入りはしないで帰ってこれるだろう。俺はどうしようか、祝福されし者の修行はディーレがいないとできない。だったら、森に行って食事と読書をすることにしよう。俺はまず読むための本を買いに、食事が終わったら二人と別れて本屋に向かった。
そうして夜になるとそれぞれ、草食系ヴァンパイアの食事や読書、『貧民街』での奉仕活動を終えて宿屋に帰ってきた。夕食前のことである、では飯屋に行こうかという時に借りている部屋をノックされた。開けてみるとなんと世間では聖女と呼ばれている女が立っていた。
「ふふふっ、この可愛い黒猫さんの飼い主は貴方かしら」
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